人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
『え?まさか、私を呼んだのかい?まぁ良いか、キャスター…朝倉義景。戦いは不得手だけど宜しく頼むよ。』
真名:朝倉義景
クラス:キャスター
性別:男
出典:史実、越州軍記
地域:日本
属性:中立・中庸 人
身長:171cm
体重:60kg
好きな物:遊び耽る事、芸術や文化に触れる事、面白そうな事、愉しい事。
苦手な物:戦や争い事、真面目に生きる事、生真面目な人。
ステータス
筋力:E
耐久:D
敏捷:D
魔力:D
幸運:D
宝具:B+
クラススキル
陣地作成:C
キャスターのクラススキル。
魔術師として自らに有利な陣地を作り上げる「工房」の形成が可能。
義景の場合一乗谷館の執務室を仮想とした工房を形成する事が出来る。
しかし其処でやる事は将棋やら和歌やら他サーヴァントと遊ぶ事やらで何だかんだと遊ぶ事ばかりの為、子供サーヴァント達が定期的に遊びに来ている。
保有スキル
気まぐれな軍略:B
越前国主として戦い続けた経験からその状況に於ける最善の一手を示してくれる。
しかし遊び人気質のせいでこう進んだ方が楽しくなる、と面白そうと思った方に導いてしまう事も有るため一長一短のスキルとなってる。
効果として味方全体の宝具威力up+場の味方一体の何れかに攻撃力up、防御力up、強化解除の何れかを与える。
理解されぬ深謀:B
戦国大名らしく、時に搦め手を。時に謀略を。
しかし義景の考えは家臣からは理解されず、家臣からは何を考えてるか分からないと不信がられる迄に成った。其れが越前朝倉家に利を与える物だとしても……
効果として敵全体の防御力Down、自分以外の味方に強化無効(1回)を与える。
遊興、永久たれ:A
楽しいと思えるからこそ、人は一生懸命になれる。世は硬く考えず柔く遊び耽る事こそ難儀なれどその人らしく在れる。と言う義景の信念がスキルとして昇華した物。
自身に重複可能のガッツ(1回)を与え、ガッツ発動時に味方全体のNPを増やす。
宝具
『此処は私が夢見た楽土、そして乱世に於ける民達の宿り木。さぁ…楽しい愉しい宴を始めようか。絢爛牢固・楽土一乗谷…』
絢爛牢固・楽土一乗谷(けんらんろうこ・らくどいちじょうだに)
ランク:B+
対軍宝具
朝倉家が誇る本拠地、そして義景が楽土として築かんとした見果てぬ夢が宝具として具現した物。味方の周囲に京の公家や貴族から北の京とまで唄われた一乗谷を展開する。
約100年に渡り混乱極まる戦国乱世において戦乱の火から逃れ続け、安定・平和・栄華を極めた事。
その絢爛栄華故に荒廃した京を見限り一乗谷へ避難する公卿貴族が多かったと云われている。
そして一度は織田の侵攻すらはね除けた事。(浅井の裏切りで撤退したとは言え一乗谷まで辿り着けなかった事実)
更に有名な宣教師ルイス・フロイスが越前を訪れた際には『日ノ本において最も高貴な主要国の一つであり、畿内より洗練されし文化が完全な物として残されている』とまで評した風聞や実績が昇華された宝具となっている。
一乗谷に居る者には目一杯の祝福を。この乱世に出来うる限りの宿り木にならんとする守りの宝具となっている。
効果は味方全体に弱体状態解除を与えた後に防御力up+弱体無効状態(3ターン)を与える。
・人物像
越前朝倉家11代当主にして最後の当主となった武将。
父である朝倉孝景の跡を継いで当主となった。
彼の治世では初期には名将朝倉宗滴が居たため近隣諸国は侵略しようとせず、主だった敵対勢力は隣国の加賀一向一揆だけだった事。そしてその後の政治問題等にも巻き込まれなかった事で越前国は安定した治世を歩み続けた。
その歯車が狂い始めたのは13代足利将軍が弑逆された事から始まる。
足利義輝が暗殺され、その弟である足利義昭が越前朝倉家を頼って越前を訪れる。
当然義景に上洛するよう申請するが義景は其れを断った為に義昭は織田信長を頼った、と歴史では語られる事が多い。
しかし此れは義景が深く考えた上での決断と言える。
越前一国しか領有しておらず、盟友の浅井も北近江しか領有してない状態で上洛を行えば、先ずは六角、そして三好と敵対するは必定。
三好長慶が死したとは言え讃岐・阿波・淡路・摂津・河内・和泉・山城、丹波と大和の一部、七か国と二国の一部を領有する三好家と戦うには戦力差が大きすぎたのだ。
しかし家臣からは反発の声も出た為引き留めようとしたがそのタイミングで嫡男の阿君丸が病没してしまった為それ処では無くなり、義昭は織田を頼り一乗谷を離れた。
その後義昭を奉じた織田信長が台頭してくるも義景は楽土一乗谷の為に織田を無視して越前の内政に勤しんだ。
其れが遂に信長の怒りに触れてしまった為に越前侵攻を引き起こす。
しかし義景は盟友浅井に文を送り信長の背後を突くよう要請を送った。但し信長と懇意になっている浅井長政ではなく、嫌信長派筆頭の浅井久政へと。
浅井が国人衆の集まりから生まれた武家、そして浅井の家臣団も長政派と久政派に別れていた事を知ってたが故に久政を煽動し、久政含む久政派家臣の暴走を止められぬ長政に織田を裏切らせるにまで至った。
織田との戦は一進一退、姉川では越前の一向一揆に内応した家臣の対処の為に一門衆の朝倉景健に総大将を任せるも徳川相手に敗走。
その後本願寺が挙兵すると顕如が越前の一向衆に不戦を命じた事で内憂を気にせず織田と戦える体制が整った。
浅井と共に出陣し近江宇佐山城を攻撃し、森可成(森長可の父)を討ち取るも戻ってきた織田軍と対峙する為比叡山延暦寺を利用する。
比叡山に布陣し、堅田の戦では織田に勝利。この信長最大の危機と言える志賀の陣で信長を打ち倒す寸前まで追い詰めるも機転を効かせた信長の和睦要請と会談で信長が見せたとされる土下座を見た事で面白いものを見れた、と満足し和睦を受けてしまう。
武田信玄が上洛するため動いた時も呼応して出陣し浅井救援の為小谷城の隣にある大嶽山砦に布陣し籠って武田を待つ戦法で信長を苦しめた。
しかしこの時突然撤退した為信玄や義昭から怒りの文を貰った、とされているが此れにも致し方ない理由が存在した。
当時は12月、更に戦国時代は小氷河期に中る時になっており現代よりも厳冬極寒と云われていた。
更に近江と越前の国境は豪雪地帯となっていた為に退路を雪に遮断されて孤立してしまう危険が有った。
孤立した上で兵糧枯渇と為れば全滅も有り得る、故の撤退判断であり義景としても苦渋の決断であった。
最後は再び浅井救援の為に出陣しようとするも、度重なる援軍出兵の為に国力が疲弊しており其れを理由に家臣から反対が多発する。
しかし浅井が滅べば朝倉も滅ぶ、浅井が防波堤になっているから朝倉は存命してるのだと。其れを理解してる故に説得するも聞き入れられず一門衆筆頭の朝倉景鏡を始めとした武将らは出陣せず動員兵数も最大の半分以下の1万しか出せなかった。
更に布陣する前に大嶽山砦を織田に落とされた事で戦略的敗北を悟り宵闇に紛れ撤退するも其れを織田に読まれた事で追撃を受ける。
この追撃で一門衆や主だった家臣を討ち取られ朝倉軍は壊滅。義景は一乗谷から朝倉景鏡の薦めで越前大野へ向かう途中六坊賢松寺へ避難する。
だが既に朝倉景鏡も義景を裏切って織田に与しており、景鏡の兵に囲まれた義景は自害して果てた。
基本的に越前一乗谷での民と自身の平穏な生活を維持する事を第一に考えており、織田と敵対した理由も越前に侵攻してきたから、と言うだけである(因みにキッカケとなった信長からの上洛せよ、と言う文には一乗谷から出るのが面倒、と言う理由で無視し続けた)
しかしその考えは一門衆や家臣の一部からは怠惰的だと受け入れられず、織田との戦にしても家臣や一門衆と足並みが揃わなかった事が彼の敗因の一つと云えるだろう。
後世に於いては凡将、暗愚と悪いイメージを付けられてしまっている。
だが実のところ軍才や状況判断能力に優れた面を持っている良将だが面白さを追求してしまう悪癖、そして決断をしたタイミングが悉く間が悪かった故に好機を逃してしまったとも云える。
更に義景の治世は京から避難してきた公卿達に『聖人君子の政をよく行い』と云わしめ、一向一揆の多発していた越前を良く治め民からは信を集めていた説がある等内政能力の高さを示している。
その為良く云えば抜群の内政官、悪く云えば乱世に似合わない武将と言う評とも云えるだろう。
因みに本人は自身の暗愚、と言う評価については全くと言って良い程に気にしていない。
『他人が決めた評価程つまらないモノは無い。其れに囚われるのは他人に縛られ、自己を見失いかねない呪いの一つだよ。』と義景は意味深そうに語る。
・性格
飄々として何を考えてるのか分からせない、戦国武将らしい腹の黒い一面を持つ。
しかし本質は遊び人寄りの為基本的にはお気楽な態度で気さくに絡んでくる割と陽寄りの性格。
越前国主と言う立場から解放された為か自由人染みた言動をする。
時に子供サーヴァント達と一緒に遊んだり、時には一緒にいたずらで遊んだり、時には信長や利休等と茶の湯を嗜んだり、時には絵描きサーヴァントと絵を描いたりと英霊としての生を此れでもかと満喫している。
マスターに対してはマスター君、と気軽に呼ぶ。
因みに極々希に態度と言葉遣いが真面目になる時があり、其れを滅多に見れない越前大名モードと本人は言っている。
・容姿
藍色に染め上げた大紋と言われる直垂を着こなし、烏帽子を被っている。
翁の能面を加工して目元から額まで隠すタイプの仮面を着けており、此れは嫌なものを見ない為、と言う嘗ての家臣たちに対する意趣返しとした装飾を着けているが趣味に走り楽しんでる時は外している。当然理由は嫌なものじゃなく好きな物だからである。
・他サーヴァント及び関連人物
織田信長
言わずと知れた敵対関係。なのだが義景本人はそんな事気にせず自身の持ってる茶器を手に茶の湯に誘ったり、敦盛に合わせて笛を吹こうかと提案してきたりと信長自身『気軽すぎてビックリするんじゃが!?』と言わしめた程である。
『あー、信長殿。久し振りだねぇ…どうだい?私の朝倉文琳で茶の湯でも?若しくは君の敦盛に合わせて笛でも吹こうか?一乗谷ロックとかどうだろう?それとも私の髑髏杯でカンパーイでもやるかい?』
明智光秀
嘗て朝倉家に一時的にだが仕官していた間柄。
とは言え、面白味の無い人だなぁと思っていたのであまり重宝しなかった。
『光秀君じゃないか。相変わらず無愛想だねぇ。信長殿に仕えたって聞いたけど……あ、待って、大丈夫だから、信長殿の話をしてくれと言った訳じゃ無いからね?』
四葩
我が愛娘。生前は少し私に冷たかったのに私のために復讐するまでに成ってくれて……私は嬉しい。とまで言った所で顔を真っ赤にした四葩に頬をひっぱたかれた、痛い。
『四葩はねぇ……可愛いよねぇ。アヴェンジャーってのになるまでに私たちの為に動いてくれたんだろう?刑部のお姫様から聞いたけど、こう言うのをツンデレって言うらしいね。まぁ其れを言ったらまた頬を叩かれたんだけど……此れが反抗期ってモノなのかね?』
清少納言
文化の先生。キラキラでマジヤバなパリピ大名……良いじゃないか。ある意味運命に出会った、どうしてこうなった。因みに香子さんは其れを見てはわわわ、と狼狽している。
『なぎこ先生の言葉遣いも独特で良いよねぇ。文化の違いに貴賤無し、新しい文化を知る事で初めての体験に私も目から鱗がドロップ。』
葛飾北斎、ゴッホ
絵の先生。2人の絵を見て感じたインスピレーションとやらを絵に描き記しては2人に見て貰っている。
先生、と呼んだ事で感極まってゴッホが開花した時は珍しく宇宙猫状態になったらしい。
『北斎先生にゴッホ先生、凄い絵描きだよね。水墨画なら私も嗜んだ事有るけど……私のが子供の落書きに思えるぐらいに引き込まれる絵を描いてくるから負けられないよね。』
黒髭、刑部姫
オタク文化の先生。フィギュアから同人誌に至るまでありとあらゆるオタク文化を教えて貰っている。
こんなにも英霊を変える程のオタク文化……恐ろしい子!!と言う感想を抱いた。
『くろひー先生の真似をして言葉遣いを変えてみたぞなもし。次のサバフェスは拙者も覚悟完了しておっきー先生の本を求めるジハードに臨む覚悟ナリ。え?似合わないから止めた方が良い?そんなー』
武田信玄
甲斐の虎にして信長包囲網の主軸。しかし自身が撤退した事を理も知らず伊能文書
(大まかな内容:貴公の兵の大半が戦線を離れて帰国したことにびっくりしている。兵をいたわるのは当然だが、織田信長を滅亡に追い込める好機が到来した時に、そのような寛容な備えでいても、労あるのみで功などはない。)と呼ばれる文を送りつけてきた事に大名としての顔が出る程に怒っている。
『武田信玄……か。甲斐国は越前程に雪が無いのだろう。そうでなければあんな事、言える筈も無し。雪に閉ざされ孤立した場合の我々の兵站を工面する訳でも無しに、良く言えた物よ。寛容?私がその決断を下した経緯も決心も知らず申したその口、いつか塞いでくれよう…』
藤丸龍華
楽園のマスターにして可愛らしい女性、頼りになり過ぎる英傑、と言う認識。
とてつもなく強いがカルチャーにも明るく話してて飽きない為共に遊ぶ時を期待し過ぎて楽しくて堪らなくなっている。
因みに彼女を見る度に朝倉宗滴を彷彿、若しくは越えていると認識させる武術と歪む事の無い彼女の在り方を知ってからは感服している。
『宗滴の爺ちゃんを越える武術に文化や娯楽にも通じてるし、男勝りかと思ったら綺麗で可愛い。彼女がマスター君なら頼もしいし楽しい事この上無いよねぇ。………朝倉が軍略、かの女傑が為に』
雅桐 南斗さん、ありがとうございました!