人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
立香「は、はい!」
りつか「そう畏まらずに。私は若輩…まだ、地球も漂白されていないのです」
立香「…!?」
りつか「進行は皆よりも、大分遅いのです。…そうだ。ホームを歩いてお話し致しませんか?お互いの事を知るためにも…」
立香「よ、よ…よろしくお願い致します!」
「成る程…辛いときも、悲しいときも…マシュ・キリエライトと共に歩んでいったのですね。素晴らしい事です」
ホームの縁。カルデア制服の二人が、話を広げながら、ゆっくりと静まり返った通路を歩いていく。僅かな足音も広がる静寂が、闇にへと吸い込まれていく。
「マシュの気持ちも、ロマニの気持ちも、オルガマリーの気持ちも我が身の事のようです。ですから…世界を救うに至れたこと、最後のマスターとしての本懐を遂げられた事、皆様に劣らぬ成果を出せた事は私の誇りとなりました。この出会いに、感謝を」
「りつかちゃん……」
その振舞いに、藤丸は息を呑む。身体は小さく、幼い身ながら、その威風は彼が旅にて出逢ってきた王のサーヴァントとなんら引けを取らぬものだと感じたからだ。その有り様は、リッカと同じく隔絶…超越した存在の印象を受ける。
「ふふ……私、不謹慎なのですが。世界の存亡の危機に立ち会えたこと…私にも役割があった事…それらに感謝しているのです」
「自分が、立ち向かえた事に?」
「えぇ。……この世界に生まれた者で、自らの命の価値を、成すべき事を、命の意味を完全に把握できた者はたった一人…いえ。『無』に辿り着いたロマニを加えて二人しかいないでしょう?」
りつかの足取りは確かだが、小さい。重ねる歩幅は、彼女が懸命に歩まねば立香に追いつけない。
「人は数十年あまりの寿命すら、満足に全う出来ずに死んでいく。それは人間という宿命。そんな中、この幼い…六年程しか積み重ねていない人生。それを、世界の人々の為に使えたことは望外の幸運にして光栄。人類最後のマスターという称号は、私の誇りなのです」
「…辛いこと、悲しいこと…たくさんあったよね」
立香の言葉に、りつかは首を振り笑顔を向ける。
「生きていれば、そんなものは当たり前です。私はそれよりも、あまりにも多い幸運に目を向ける事ができました。…私はお弁当、タコさんウインナーとウサギのリンゴが入ったお弁当が好きなのです。特異点では、必ず持参しておりました。キャメロットでも、メソポタミアでも。…それは、最後のマスターになってから出来た嗜好なのです。皮肉なことに、私の人間性は、マスターとなった後に形作られていきました」
「それは…どういう?君はお父さんとお母さんを探して…」
「えぇ、そうです。私は父と母を探しております。世界のどこかにいる父さんと母さんを探すために…一人で生きていくために…私は『国連』にて英才教育や、魔術的措置。睡眠学習といったあらゆる手法を施されました」
国連。カルデアスに対する認可や監督を行う組織。そこに身を寄せていたのが、りつかだという。
「私は、皆様とはほんの少し異なる生い立ちですね。物心ついた時から、あらゆる知恵や知識、生きるための全てを学んでいきました。国連が求めたのは、人類の滅亡を解決できる人材。私はそのために調整、整備された人間なのです」
「そんな……じゃあもしかして、君がカルデアのマスターになるのは、ひょっとして…」
「えぇ、定められていた事です。国連は何らかの手段で、世界が燃え尽きる事を知っていた。ですが問題は解決した後と、カルデアに集った勢力の処理。国連が事後処理に有利に立つために、カルデアに送り込む刺客として私を仕上げた。私の使命は、『私が世界を救う事』。国連の不都合になる魔術師を抹殺する事。敵対勢力を始末すること」
「………まさか」
「えぇ。レフ・ライノールがやらなければ、私が行うつもりでした。オルガマリー・アニムスフィアの暗殺に、Aチームと呼ばれるマスター以下参加者の抹殺。利権と内乱の種を抱えていては、世界は決して救えない。世界の危機に挑むマスターなど、そう何人もいる筈がないと国連は判断したのです」
キリシュタリアや、オルガマリーを抹殺する。そんな使命が、彼女には課せられていたのだと。
「そんな──」
「そんな事が出来る筈がないとお思いですね?」
瞬間、りつかが立香の背中へと跳び付いた。
「─────!」
首筋には、後ろから回された手に握る暗器たる刃。少し手を引けば、立香の首筋の動脈は切れ、血の噴水が出来るだろう。
「出来るのです。私の身体能力は、度重なる調整により成人のものとなんら変わりません。『器官』の部分は特注品なので、思考処理や魔術回路はそれ以上です」
「───強化人間…みたいなもの…?」
「いいえ。『GO‐M』…グランドオーダー・ミュータント。世界を救うために作られたデザインベビーに、実験と研究を重ねた存在。こういう『藤丸立香』もいるという事ですよ。立香さん」
くすり、と手を引き隣に戻るりつか。その声音も、表情も、年相応に戻っていた。
「父と母の生きる世界を救う。そのために私は私の人生を捧げました。人々の生きる世界を護る。そのために私はカルデアへと送り込まれました。その前には、自分の事しか考えられない俗物は不要なのです」
「っ……」
「マシュの気持ちはよく解ります。デミ・サーヴァントとしての歪みながらも無垢な命。オルガマリーの気持ちもよく解ります。自分ができるのか、上手くやれるかの不安。ロマニの気持ちも解ります。いつ来るかわからない滅びの日。先行きの解らない、ゴールの見えない全力疾走。…皆、覚えのある経験でしたから」
人類は、彼女に全てを背負わせた。正真正銘、彼女に世界の命運を担わせた。そのために、彼女は生まれたのだと。
「訓練と教育、調整しか経験しなかった私にとって、人間性の育成は特異点攻略の全てでした。タコさんウィンナーと、ウサギのリンゴ…お弁当は、特異点攻略の際に支給されたものでした。気に入ったんです。喜怒哀楽も、人への愛着も、グランドオーダーにて学んだのです。不謹慎極まりませんが…」
世界が滅んで、私が産まれたのです。そう、彼女は笑った。
「残りの生命活動時間は4年…皆様を察するに、魔神柱案件を片付けても波乱があるのですね。気を引き締めなくては」
「!?待って、今なんて!?4年!?」
「?えぇ。4年ですが?」
「それ…寿命が!?」
「はい。受精卵から調整されたので、一桁年齢から力を発揮する代わりに私の寿命は十年とデザインされました。言ったでしょう?マシュの気持ちも理解できると」
「そんな…そんなのって…あんまりじゃないか!」
立香の叫びがホームに響く。世界を救う為に生まれた彼女。人造の救世主。世界を滅ぼす為に生まれた彼女と似て非なる彼女には、他者から与えられた意味しか無いと彼は叫んだ。
「…。憤ってくれるのですね。私の運命に」
「他人の都合だけで…生かされる命なんてあっていいわけないじゃないか!」
「ありがとう。ですが良いのです。世の中には、80年近く生きて何も成せない生命の方が圧倒的に多い。その様な当たり前の人生よりも…」
「…!」
「私は、誰かの運命を切り拓く命でありたい。そう選んだが故に、私は藤丸立香を名乗り世界を救ったのですから」
世界を救った始まりは、使命と指令だったかもしれない。だが既に、それは自身が選んだ運命となっていたと彼女は語る。
「あなたは忘れないでください。誰かのために涙できるその心と在り方を。私はもう、泣くことと怒ることはできないので
「りつかちゃん…!」
「お話できて良かった。では、行ってまいります」
彼女は当然の様に出口へと向かう。それが、彼女の成し遂げるべき使命だと。
「…オレも行くよ」
「?」
「せめて一緒にいる間は…背負いたいんだ」
「…ふふ。感謝を。よろしくお願いしますね」
彼女の背負うものの重さを、せめて分かち合いたいと彼は告げた。
その、彼の人間ならではの不合理を…
彼女は笑って、受け入れた。
立香「一体、次はどんな異変が…」
男の声『りつか!』
りつか「!」
女の声『どこにいるの?迎えに来たの!』
立香「これ…!」
りつか「えぇ、私の父と母…施設にいた際の声です」
立香「まさか…異変!?」
りつか「…丁度いい。はっきりさせておきましょうか」
立香「何を…あ、ちょっと!?」
りつかを追って、立香は走る。そこには──
立香「え───」
機械『心配したんだぞ、りつか』
機械『もうずっと一緒よ、りつか…』
立香「なん、だ。これ…」
りつか「人工子宮。私を養育した機材です」
立香「!!」
りつか「思考転換というものをご存知ですか?人でないものが、人でないことを認識すると人格に障害をきたす。『自分は人間である』という証明が必要なのです。例えば…『父と母に出逢うという、女児らしい理由が」
立香「そんな、じゃあ、これは…」
りつか「私には、出会うべき父も母もいないという事です。それは私の『人間らしい健全な精神活動』の為の『設定』にすぎない…これが、真実なのでしょう」
立香「───あんまりだ、そんなの」
『父』と『母』の前に静かに佇むりつかの絶望を代弁するかのように。藤丸は膝から崩れ落ちた──。