人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
【ハナコさん、あなたは本当に素晴らしいわ】
【その素晴らしさを見込んで、お願いがあるの】
友人たちと笑い合い、学び合い、遊んで別れる。そんな当たり前の学園生活。
【あなたならきっとできるわ、ハナコさん】
【忌まわしい、パテル分派の連中を…】
当たり前の学園生活を送りたかった。
【あなたは誰の敵で、誰の味方なの?】
【中途半端な真似はやめてちょうだい。あなたは誰の肩を持つの?】
大切な友人と、未来を語り合うような。
【あなたは敵よ。穢らわしい】
【二度と私に話しかけないで】
大切な友人と、とりとめのない恋愛話で盛り上がれるような。
【あなたならきっと、この学園のトップになれる】
【上手くやってくださいね?簡単でしょう?】
大切な友人と、かけがえのない青春を送れるような。
【だって───】
【皆、あなたより馬鹿なのだから】
───あぁ。
私は…そのような価値のある人間ではないのに………。
「君が取り組んだテストの点数は三点…しかしたった一問解かれたそれは、そのテスト内で最も難しい引っ掛け問題だった。それ一問だけを解いたという事は、テストを通じて私に伝えたいことがある…そういう事だな、ハナコ」
「うふふ…♡やはりアダム先生は私の思った通りの御方ですね。あの映像のように強く、逞しく、聡明で、慈悲深い大人…」
アダムは押し倒され、ハナコに馬乗りのマウントポジションを取られていた。アダムの視点からは豊満すぎる胸に遮られハナコの顔が見えない状態での会話である。
「ティーパーティーの歪みも取り払い、トリニティの派閥も越えた補習部まで作り上げた。その手腕には感服するばかりです。先生は、本気で学園生活の全てを愛しておられるのですね…」
「君はそうではなさそうだな、ハナコ。見たところ、学園から…トリニティから去りたがっているように見受けるが」
「……それは、どうでしょうか?そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。ほら、心の内は誰もわからないものですし…」
「学園生活を好むものは、学園を監獄とは呼ばん。深層心理に懐いた本心は、計らずとも言葉となるものだ。どれだけ聡明でもな」
アダムは彼女を知っていた。かつてのハナコは才気煥発、才色兼備の化身であり、全教科満点は当然のこと、2学年離れた範囲の勉強範囲ですら満点を取るほどの隔絶した秀才であった。
「しかし、過ぎた才能は生き方を狭める。君はトリニティの政治争いに否応なく巻き込まれていった。君自身の、意識にかかわらずな」
シスターフッドは愚か、ティーパーティーの後継にすら選ばれるほどの秀才。それによる数多の勢力の引き抜き、勧誘、裏切り、嫌がらせ、誹謗中傷、根も葉もない噂話。
それらは、ただ『普通で当たり前の学園生活』を望むハナコの心を乾かしていった。共に学び合う友などどこにもいない。腹の中のドス黒さを、誰も彼が薄っぺらい笑顔で隠している。
辺りを見渡せば、いるのは敵か敵の敵だけ。まともな青春などどこにもない…──ハナコに及ぶべくもない凡俗達から向けられる過度の期待──その環境に、彼女は疲れ果ててしまったのだ。かといって、まだ学園生活を捨てきることもできない。
その発露の結果が、水着姿による徘徊。自分の思うままに振る舞うこと、自身をさらけ出す事。それが、あれしか無かったのだろう。アダムはそれを、不器用極まる自己表現と解したのだ。
「………。誰も彼もが、アダム先生を信じています。アダム先生は生徒の皆さんを、必ず助け支えてくれる。必ず良い方向に導いてくれる。そう信じ、助けを求める皆さんに、あなたは応え続けるのでしょうね」
ハナコはその言葉を聞きながら、アダムの服のネクタイを緩め、上着のボタンを外していく。ゆっくりと、労るように。
「皆さん、どうして気付かないのでしょう…?『本当に助けて欲しいのは、アダム先生なのだということに』」
「…………」
晒されたアダムの身体には、目を背けたくなるほどに痛ましいヒビ割れの傷が刻まれていた。それは神殺しの際に受けた咎にして傷。今尚罪の在り処を刻む、アダムがかつての神を殺した何よりの証。それをハナコは、見抜いていたのだ。
「ハトさんとお話しているところも何度か拝見致しました。アダム先生は、私達とは異なるルールや法則を有している…とも、予測してみたんです」
「答えは出たのか?」
「はい。アダム先生は、本当に聖書の『始まりの人類』なのだと。そう考えれば、あの超絶的な力も納得です。全ての人間の先を生きる者…雄弁な、自己紹介ですね♡」
アダムの鍛え抜かれた胸板に、そっとハナコは身体を重ねる。
「でも、この傷は…アダム先生が平気であるはずはありませんよね?この傷ではもう、動く事も…」
「心配は要らん。もう慣れた」
「慣れた…。……ふふ、先生?それはそう錯覚しているだけですよ。傷は、曝け出さなくては治りません。診せてくれなくては…ね?」
傷をなぞり、ハナコはアダムの瞳を覗き込む。
「…アダム先生。良かったらこのまま…私と学園を去りませんか?」
「……」
「今ここで、私はアダム先生に身体を捧げます。アダム先生は私と、私の有する神秘を思うままに貪ってください。アダム先生は生徒に手を出した大人として、私は先生を誘惑した淫売として…この学園都市から追放されるでしょう」
「それで、どうする?」
「二人で、一緒に誰も知らない場所でいつまでも暮らすんです。誰にも邪魔されることなく、誰にも期待されることも、願われることもない静かなどこかで…何もかもを捨てて、二人だけのどこかへ…」
アダムの切れ長の鋭い瞳と、ハナコの碧色の瞳が見つめ合う。
「うふふ…アダム先生のイヴになる、というのも…悪くありませんね♡先生さえ良かったら…この身体も、何もかも…好きにして、いいんですよ?」
ハナコの肢体は、誰もが羨む程の豊満さと靭やかさ、そして均整を併せ持つ至高のものだ。桃色の長き髪も併せ、千人の男性がこの誘いに理性を弾き飛ばし、獣になるのは間違いないだろう。
ハナコとしてこれは極めて不本意な評価ではあろうが、女性としての魅力を駆使したハニートラップによる陥落も権謀術数。彼女はトリニティの在り方を厭いながら、誰よりもトリニティの生徒に相応しかった。
「………魅力的な申し出だ。女神が如き美貌の君を手籠めにできるのなら、何もかも捨てて良いとする男性は後を絶たないだろうな」
「─────」
アダムの言葉に、ハナコの表情が僅かに失望に歪む。所詮、先生も皮を剥けばこんなものか、と。
───しかし。
「だが、そんな後ろ向きな逃避行など御免被る。逃げることも、一線を超えることも私は断固として拒否しよう」
「!」
「何か勘違いしているようだな、浦和ハナコ。私は君に誘い込まれたのではない。君が私に捉えられたのだ。個別授業カウンセリングにな」
「えっ…?」
「甘ったれるな、浦和ハナコ」
アダムは上体を起こし、ハナコの肩をがっしりと掴み目を見て反論を告げた。それは、彼が彼女を本気で叱っている何よりの証だ。
「学園生活がままならなかったのは痛み入ろう。相談に乗れなかったことは詫びよう、悔やみもしよう。だが、そんな刹那的な逃避手段による退学など私は絶対に認めん。無論、わざとテストを失敗する稚拙な真似も叱らせてもらう」
「……!」
「学園生活とは呼べぬ腹の探り合いは窮屈だったろう、さぞ不満だった事だろう。だが逃げてその後はどうする?成長し、卒業し、社会人になれば君が今感じている苦労や苦痛などは山程体験する。その度に君は逃げるのか?その才知を、ただただ嫌なことから背を向ける為だけに費やすのか?」
「それ、は……」
「何故生徒は学び舎で学ぶと思う?日常生活で古文や法則、理科の実験に数学の方程式などまず使いはすまい。日々これらを懸命に学び、暗記する事になんの意味があるのかと一度は誰もが思うだろう。その答えを、伝える大人は少ない様だからな」
アダムの気炎に満ちた問いに、ハナコの目は力無く泳ぐ。先程とはうってかわって、雌雄は完全に決していた。
「己の人生の可能性を広げるためだ。知る事を増やし、成績で自己をアピールし、いつか自分が見つける『本当にやりたいこと』にたどり着く力とするためだ。社会では残念ながら、一人一人の人格や長所を詳しく知ろうとはしない。故に、成績や実績という絶対的評価を使って人間を評価するのだ」
「………」
「勉強は辛いかもしれん。日々の学業は大変かもしれん。しかし、それらは先生の為でも、ましてや社会の為でもなく自分の為に行うものだ。自らの人生の選択を増やすために、自らの人生の彩りを増やすために。今この場で全てから逃げ出したら、君には一体何が残ると言うんだ?」
「……それは……」
「君のその才気ならば何にでもなれるだろう。翻訳、通訳、秘書、学者、科学者、デザイナー、研究科。君のその美貌ならば何にでもなれるだろう。グラビアモデル、アイドル、キャスター、女優。軽く思うだけでこれ程君の未来は多種多様の道を示しているのだ、ハナコ」
「こんなにも……」
「だが、ここで逃げては選べる未来は極めて狭まる。才能を活かすも殺すも君自身の自由だ。だが君は周囲のつまらぬ悪意に囚われ、君自身を殺そうとしている。私はそれが、どうしても許せないのだ」
アダムは真摯に、彼女に告げる。それは、燃えたぎるような情熱の説得だ。
「君は、君自身の人生を生きるんだ。私は、君の輝きに満ちた人生をもっともっと見てみたいのだから」
「……!」
「自身の魂がやりたいことを、勇気を持って曝け出せ。それは威嚇めいた露出より、諦観めいた悟りより、ずっとずっと気持ちいい筈だ」
「アダム、先生……」
「そして───その気もなく、勘違いを招くような蠱惑的な態度にも私は釘を刺しておくぞ」
そこからのアダムは──ハナコの土俵へ上がった。
「君の想いが本気なら、私は喜んで応えよう。しかし私は今6000年継続の禁欲中だ。情事は愚か自慰行為すらやり方を忘れて久しい。そんな私の男気を目覚めさせる覚悟が君に本当にあるのか?」
「えっ、えっ……?」
「一ヶ月は飲まず食わずで意識を飛ばすと思え。気絶も許さん。家庭において子孫繁栄は当然の事、専業主婦にて家庭を絶対に護り抜いてもらう。家族は一年に三人は増えると覚悟してもらおうか」
「あっ、えっと…その…あの……」
「ではもっともっと、極限にまで解りやすく君の中の雌に伝えよう」
アダムはこれ以上無い程の真顔で、ハナコに告げる。
「浦和ハナコ。君は私の腹の上で死ぬ覚悟が出来ているのか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
衝撃的な発言の後、訪れる沈黙。長い長い沈黙の後、観念したようにハナコは告げる。
「…参り、ました。アダム先生。あなたという男性は、何もかも中途半端な今の私では釣り合いませんね」
「気にする必要はない。私の積み重ねた年月が多すぎるだけだ」
「うふふ…♡解りました。今は負けを認めましょう。これからの学園生活に、誠心誠意取り組むことを御約束致します」
「本当か!」
ハナコは柔和に笑う。どうやら彼女に、火がついたようだ。
「あなたに釣り合う女性になるには、トリニティの改革やエデン条約の一つや二つ完璧にこなさないといけないようですし…。はい。それならやる気も、出ると言うものです♡」
「何よりだ。君の青春を、これからも応援させてほしい」
「勿論です♡……それに、ね、先生?」
「?」
「あんな男らしい告白に…お腹が疼かない女の子なんていませんから♡私がいつか、あなたに相応しい女性になれたなら…」
ハナコはアダムのボタンを締めながら、そっと耳元で耳打ちを行う。
「私を…先生の『イヴ』に、してくださいね♡約束、ですよ。アダム先生♡」
「いいのか? イヴは私の娘だが」
「!?」
……こうして、食うか食われるかの戦いはアダムの勝利で幕を下ろした。
この後、アダムはハナコ特製のイチジク柄の水着のトランクスとアロハシャツをプレゼントされ、それを愛用するようになったという。
ハナコ「お待たせしました〜♡」
コハル「あんたたち!何やってたの!?ま、まさか本当にエッチなことを…!?」
ハナコ「それはまだです♡まだ…ね」
アダム「あぁ、まだだ」
コハル「なんだ、まだかぁ……まだって!?いずれやるってこと!?」
ミカ「わ~お…アダム先生ってそういうのもアリなんだ…!」
ハナコ「ふふふ、ミカさん?」
ミカ「!」
ハナコ「恋愛に…予約制なんて、ありませんからね♡」
ミカ「……ふ、ふ〜ん…?」
アズサ「???」
……ハナコは後に、再テストを申請。
補習テストにおいて、100点以外の点数は取らなかったという。