人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜   作:札切 龍哦

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黒服【あなたのお姫様を、無事迎えられますように。アダム先生。………さて】

ベアトリーチェの残滓【ぐっ…ぐぅ…っ】


黒服【アダム先生は我々の願いを叶えてくださいました。完全なる消滅は、今しばらく待ってほしいと】

ベアトリーチェの残滓【…………】

黒服【あなたには完膚なきまでの屈辱と敗北に塗れていただきます。死んだほうがマシ、いや……】


【死なせてほしいと懇願する程のね。クックック…クックック………】


神殺しの拳〜光り輝く楽園たる場所へ〜

「──君の歌、君の想い、君の願い。確かに届き、聞こえていたよ。ミカ」

 

 

満身創痍のミカ。今とどめを刺されようとしたその刹那、その助けに割りいった存在が、背中越しに彼女に語りかける。

 

「自分を赦す為には、誰かを赦す。決して出来ないことをする事を、償いと呼ぶ。……君が、私の教えを大切にしてくれたからこそ。この結末はやってきたんだ」

 

アダムが見据えるは、慈悲の歌を阻まんとするベアトリーチェの最後の置き土産。時空より切り取られた憎悪の残滓。ベアトリーチェ本人が消え去っていてもなお、それらは蠢いている。

 

「ありがとう、ミカ。でも…誰もが迎える結末には、君自身だって欠かせない」

 

「!」

 

「君も至るんだ。楽園へ。誰かを赦し、自らの総てを懸けて償いに向き合った君も…楽園に到れる資格を持っている」

 

「……!」

 

「だから迎えに来た。……自己犠牲では、本当の意味で総てを幸せにすることは出来ないよ、ミカ」

 

少しだけ、ミカに向けたアダムの表情。

 

「オレも、皆に教えてもらったんだけどね。オレ自身もまだまだ、皆に教えてもらいたいことがたくさんあるんだ。大切で自慢の生徒達に。私が長い長い旅の果てに見つけた、宝物達に。だから───」

 

憎悪の残滓が唸りを上げる。主であるベアトリーチェを討ち果たした怨敵である事を理解したのだろう。混ざり合い、ひしめき合い、その姿を何倍にも巨大化させて顕現する。無貌の怨恨へと。

 

「──一緒に生きよう。オレはミカにも、幸せになってほしい。いや……」

 

「───!」

 

「───オレが、幸せにするよ。まだまだ自分の赦し方や、自分の大切の仕方が下手な君を。その為に此処に来た。その為に会いに来た」

 

ネクタイを下ろし、上着を脱ぎ、ミカをふわりと包み込む。

 

「君を迎えに来たよ。──オレだけの、お姫様」

「────!!!」

 

ミカの頭にそっと手を置き、彼女を撫でるアダムの笑みは。彼女が思い描いていた…

 

否。もう二度と彼以外を思い描けない程に鮮烈で。彼女の心を焼き尽くした。

 

「後は任せておいてくれ。何もかもを終わらせよう。楽園の道を阻む総てを。君達を傷付ける総てを」

 

「アダム…先生…」

 

「少しだけ待っていてほしい。必ず帰ろう、皆のところへ。オレと一緒に」

 

頬を撫で、アダムは怨念と憎悪の怪物へと向き直る。その表情は、決意に満ちた厳格な先生へと戻る。

 

「──この時空に在りし憎悪の終焉を以て、エデン条約の締め括りとする。総ての魂が赦される時だ」

 

シッテムの箱はミカの傍へ。万が一にも壊れないように。

 

「訣別の証として見せてやる。私がかつて──」

 

【─────!!!!!】

 

「───『神を殺した一撃』を」

 

アダムの身体中から、膨大極まる魔力と神秘が溢れ出す。辺り一面に、彼の覇気と神威が満ち溢れる。

 

【!?!?!?】

 

「身体の傷は既に癒えた。今までの、『本気』でカバーしていた手打ちの一撃ではない…『全力』の一撃を貴様らに叩き込もう」

 

大地が抉り取れるほどに踏み締め、爆発したかと見紛う程に身体中に力を込める。視線は揺らがず、肉体は弛まず、討ち果たすべき対象を、ただ真っ直ぐに。

 

「──楽園にて神を殺めた事が原罪だと言うのならば、罪を背負うは私のみでいい。他者の誰にも罪はない。命全てに罪はない。この一撃こそ、かつて神が死んだ事の何よりの証」

 

高まる覇気。満ち溢れる神威。それらはこの世界にもう存在しない筈の濃度と量の神秘にして、真エーテルの奔流…、否。大瀑布。

 

「全ての生命に福音よ在れ。我が拳、世界の全てに捧ぐものなり」

 

かつて、神は世界の全てであった。神こそが世界であり、世界こそが神であった。

 

故にこそ、『神を殺すためには世界の総てを殺す必要があった』。ただ一人の神が世界に満ち溢れ顕在しているのなら、神が宿る総てを破壊する必要があったのだ。

 

アダムはそれを成した。男尊女卑の理、唯一神のみが讃美される理が敷かれたその世界…その理そのものたる神を殴り殺した。

 

世界は砕け、滅びる筈だった。しかしアダムが崩壊のエネルギーを全て自身で受け止め、自身が新たなる世界の楔と理となってエデンの雛形を作り上げた。

 

その時の反動により、長らくアダムは壊れかけであった。その時の反動を受け止めたからエデンは存続した。一人の人間が、既に神殺しの偉業と世界創生を成し遂げていた。

 

世界総てを破壊した拳。故にこれこそは『対界宝具』。マルタ、モーセ、ヤコブが連ねたものの源流にして起源。

 

アダム・カドモン。魔術世界においての『宝具』と呼ばれる一撃。彼自身が、何ら頼ることなく成し遂げた『拳』の絶技。

 

「────遍く全てに、光在れ」

 

【我の全てに光在れ】。世界の理を支配していた神を討ち果たした際の祝詞をトリガーに、今アダムは討ち放つ。

 

其は─────。

 

 

「『創世神話・神殺しの拳(ゴッド・スレイ・アダム)』」

 

───アダムの宝具が振るわれた刹那にて、それらは全てが決着した。

 

普段の渾身のモーションではなく、直立不動にて右拳を前に突き出す所作。それと同時に、『切り取られていた時空の全てが砕け散った』。

 

 

ベアトリーチェの遺していた憎悪は愚か、切り離されていた時空も、用意されていた隔絶も、無限に湧き出る筈の憎しみも。その全てが跡形も無く原初の塵へと消えていった。

 

神殺しの拳。彼自身の宝具たる『世界を打ち砕く』拳。嫉む神が支配していた世界の総てを破壊し、砕き、神を殺した逸話の再現。

 

対象は『世界』という一人に限られる。それ故に、これは世界に犇めく神を殺し、新たなる創生を成し遂げるための拳。

 

『攻撃』でも『粛清』でもなく、『創生』という最大規模の現象にして【殺害】という最小単位の攻撃であるため、理論上は対粛清防御すら破壊し貫通しうる、彼が振るう最強最大、空前絶後にして全身全霊の一撃。

 

────彼が神を、世界に満ち溢れていた邪神を討ち祓った拳。温羅と同じく、彼は有している。汎人類史を破壊し打ち砕く力を。

 

だが──そんな事は有り得ないと告げることに、最早言葉は不要だろう。彼は、自らのエデンと同じ様に。

 

『汎人類史』と、そこに生きる全ての命と歴史を。心から愛しているのだから。

 

「終わったよ。お待たせ。ミカ」

 

時空が破壊され、元ある形へ戻っていく。憎悪は消え去り、偽神が恐れ慄く神殺しの偉業は此処に完全に復活した。アダムはミカに、そっと歩み寄る。

 

「王子様というには、かなり年月を重ねてしまっている。だからせめて、言動は若々しくあろうと思ったんだ。かつて神を殺す前の若き言動で、オレの姫君の君の前だけでは、せめて」

 

「アダム先生……」

 

「ど、どうだ?似合っているだろうか?変じゃないか?若作りと言われたら、それまでなんだが…」

 

…ミカは、凄まじいものを見た。

 

それは、耳まで真っ赤に照れているアダムの姿。例えるならば成人男性が、五歳児の頃の言動をしているようなもの。

 

「わ〜……お………」

 

その恥を忍んで、『ミカだけの王子様』になってくれたアダムの心意気を汲み取り…ミカはたたただ、唸るのみであった。

 

「…こほん。そして、悪巫山戯や戯れとして君を姫と呼んだ訳では無い。大人として、責任の伴う発言である事も理解している」

 

そしてアダムは、ミカに向き直る。

 

「生徒の未来は生徒のものだ。だから私は、オレ個人がその未来を背負うと決意した生徒にのみ告げると決めていた。私は君達生徒の可能性を、エデンに齎さんが為に先生としてここにいる」

 

「う、うん。あ、えっと。はい!」

 

「故にこそ──オレの姫君とまで呼んだ君を、私はエデンの福音として迎え入れたい」

 

アダムの本懐。先生と生徒として、窮極の絆を結べたと確信できた生徒にのみ贈る願い。

 

「無事に卒業したならば──私と共に、エデンへと来ては貰えないか。オレの姫君として…君をオレの故郷に招きたいんだ」

 

「そ、それって……!」

 

「あぁ。──君の人生を、どうか共に背負わせてはくれないか。聖園ミカ」

 

「─────お姫様として…卒業した後も、一緒に…アダム先生と…」

 

アダムの言葉に、ミカは迷いなど抱くはずも無かった。

 

「はい!私…一生アダム先生と一緒にいるね!」

 

「ミカ……!」

 

「私、絶対無事に卒業してみせるから。アダム先生の隣に相応しい女の子になってみせるから!だからその日まで、ずっとずっと一緒にいようね!」

 

満身創痍の傷はどこへやら、元気満点と化したミカは、アダムの胸へ飛び込み力強く彼を抱きしめた。

 

「大好き、アダム先生…!私だけの、王子様──!」

「あぁ、私もだ。…帰ろう、ミカ。オレの姫君よ」

 

「うんっ!大切な皆がいる…楽園みたいな学園に!」

 

ミカは当然の様にお姫様抱っこを要望し、アダムはそれに応える。

 

──今度こそ、本当の意味で。

 

エデン条約を巡る一連の事件は、解決を迎えたのであった。




ミカ「アダム先生?でもひょっとしたら、アダム先生とエデンに行きたいって生徒は、私だけじゃないかもしれないよ?」

アダム「そうだろうか?」

ミカ「そうだよ!もし、今日の私みたいに、エデンに連れていきたい生徒を見つけたら…躊躇わず、声をかけてあげて」

アダム「いいのか?」

ミカ「勿論!どれだけたくさんそういう生徒が増えたって、最初にアダム先生が見初めたのは私だもんね☆」

アダム「そうか…。そうだな。私に人生を捧げてもいいという生徒が、一人でも多く現れるよう、恥じない生き方をしなくては」

ミカ「ふふっ、楽しみだね。…じゃあ、アダム先生」

アダム「?」

ミカ「んっ────」
アダム「………!」

ミカ「──わーお☆私のファーストキス、あげちゃった☆」
アダム「ミカ……」

ミカ「忘れないでね。今日の誓いと約束。これは、その証」
アダム「………大切なものを、もらってしまったな」


ミカ「アダム先生のお姫様として頑張るから。だからアダム先生も、私の王子様として一緒に頑張ろうね!」
アダム「あぁ!勿論だ!」

ミカ「さ、帰ろっ!私達の楽園に!」
アダム「私達の楽園…エデンたる学園に!」


…放浪の果て、漸く彼自身が手にした宝を抱きながら、アダムは歩きだす。

全ての罪が、赦されるかのように。

静かな朝焼けが──空と大地を包んでいた。
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