人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
命が夢見る至高の境地へ至るがよい。
死に至る要因を取り除け。
お前の愛しき者を分かつものを排除せよ。
死は、肉の檻に囚われている。
それを討ち払いし時。
命より死は、永遠に取り除かれるであろう。
「おぉおおぉおおぉおおぉおっ!!!」
遥か彼方より飛来した精霊…紫色の衣装に身を包んだ、狂三が『夜刀神十香』と呼んだ存在。それは、狂三よりも更に零光に近い様相と性質を持っていた。
「っつ…………!!」
それが明確な敵意と殺意を以て、狂三と剣戟と武装武闘を繰り広げる。未だ完全なる特異点修復が成ってはいないとはいえ、余波で大地や建造物が叩き斬れる程の圧倒的武力と破壊力を、少女の身で巻き起こしている。
『これはデートに懸ける訳だわ……武力制圧など望むべくも無いのだから…』
オルガマリーの所感はカルデア一同の所感の代表と言っていい。一振りで対軍宝具を振り回すような存在に、人類がわからせなど出来ようはずもない。
「時崎狂三…!悪の組織『カルデア』に身も心も売り渡したに飽きたらず!シドーを殺した悪魔に与するのか!!」
「何ですって…!?」
「知っているぞ!カルデアは人類の歴史を濫用する悪の組織であり、数多の並行世界を滅ぼす悪魔であると!あの日一人逃げ出したに関わらず、このような裏切りまで…!」
「夜刀神十香、あなたは一体何を…!」
「これ以上!私達の世界を好き勝手にはさせん!!」
より一層力を増し、狂三を圧し返す十香。その強さは膂力も然ることながら、それは揺るぎない意志と決意によるものだ。
「その精霊…いや、悪魔をこちらに渡せ!シドーを目覚めさせるためには、そやつを完全に打ち払わなくてはならない!」
【あ、ぁう……】
「五河士道君…目醒めてないの!?」
「そうだ!シドーに力を貸した数多の精霊達も未だ目覚めていない…!私だけが、一足早く目を覚ましたのだ!」
刃を突き立て、目に涙を溜めながら夜刀神十香は声を上げる。
「目覚めた時、頭に声が響いたのだ…!悪の組織カルデアにより、シドーは悪魔に命を奪われたと!だから、悪魔を倒しシドーを取り返せと!だから来た!その悪魔を倒すために!」
【ぁ……ぁ………】
「私から、シドーから、世界から未来を殺した悪魔め…!他の精霊達の無念を含め、私がその悪魔をやっつけてやる!!」
『──おかしい。何故夜刀神十香はカルデアの事を知っている?』
キリシュタリアの疑問がカルデアとリッカに届く。そう、夜刀神十香たる精霊は、目覚めぬ愛しい者と同胞の仇を討つためにやってきた。
『カルデアを知っているなら、わざわざ狂三ちゃんが頼みに来る理由があるか?悪の組織呼ばわりされてるんだぜ?』
『これは…目覚めた時か寝ている時に何か仕込まれたんじゃねぇのか?如何にもやりそうな事だぜ?』
「……ビーストΩ……」
リッカの言葉通り、それをできる存在はかの者しかありえまい。正真正銘、あらゆる世界に干渉する力を持っている終末の獣は、このように世界に干渉していたのか。
『コラボイベントの度にアイツの痕跡が出てくる羽目になるのかね!?』
『副所長、冴えてますね〜!』
『嬉しくないよシオン君!?』
「…もう嫌だ…置いていかれるのも、置いていくのも…!」
「…!」
リッカはその刹那、小さく夜刀神十香が呟いた言葉を、その揺らぐ瞳を見て、聞いた。
(怖がってる…?)
見れば、突き付けた大剣もほんの僅かに揺れていた。それは敵意と殺意で必死に押し殺している、根源的恐怖。
(零光の力…!死への恐怖が、まだ全然抜けてない…!)
夜刀神十香を怖れさせているもの、恐慌に陥らせているもの。それは零光に齎された【死】という概念そのもの。
〜
「はぁっ!はぁっ!はぁっ……!ぁ、あ……!」
(わ、私は…生きている?生き返ったのか……?)
「…これが、死ぬということ…?あの、何もかも消えてしまう感覚が…?」
「……恐ろしい。怖い、怖い…怖い…!」
「怖い…!」
〜
『彼女は、怖がっています』
「!ティアマトママ!?」
瞬間、リッカの端末から声が響く。それは、ティアマト神。最も、死を恐れた女神。
「其処を退け!!あんなもの、あんな気持ち!絶対に無くさなくてはならない!あってはいけない!!」
【ひ、ひぃ……】
「あんなもの!この世にあってはいけないんだ!!シドーも皆も怖がっているなら!解き放たなくてはならないんだ!!」
過剰なまでの敵愾心と、苛烈な殺意は、心を鎧おうとした防衛本能なのだろう。今の彼女は全く正気ではないのだ。つま先まで、死の恐怖に支配されている。
他の精霊たちは目覚めていないのだろう。夜刀神十香と他の精霊の間で、何か差異があるのか。その目覚めは十香だけだったのだろう。
『怖がり、恐れ、死を遠ざけ、無くそうとしています』
「それは…」
『何もかも、間に合うと伝えましょう。リッカ、まずは落ち着かせて。彼女と話を、する為にも』
ティアマトの言葉に、リッカは強く頷く。彼女は決して敵ではない。大切な恋人を、仲間を、同胞を奪われたくないと叫ぶ怯えた魂だ。
「狂三、選手交代しよう。彼女を止めなきゃ」
「リッカさん…!?」
「彼女を、このままにしてはおけないから」
リッカは傍の零光を狂三に託し、彼女に歩み寄る。
「来るな!悪の組織の尖兵め…!容赦しないぞ!」
「私達は敵じゃないよ、夜刀神十香ちゃん」
「ば、馬鹿な事を言うな!」
「私達を、零光を殺しても、皆は帰ってこないよ」
「黙れ!黙れ、黙れ、黙れ───!」
零光の力に魂を支配された夜刀神十香は、半狂乱になりながら剣を振り回す。
それほどまでに、死の恐怖とは絶対的だ。リッカとて、中学時代の地獄無くば零光を受け入れることは叶わなかったろう。
だが、それでも。力や暴力で死を無かったことにはできはしない。
「私達と力を合わせよう。この世界で精霊と心を通わせた彼と、仲間達の力が必要なんだよ」
「だから!だから皆を取り返す為に、その悪魔を…!」
「彼女は敵でも、悪魔でもない。私達と同じ…この世界の存在なんだよ」
「っっっ……!!」
恐怖に歪んだ顔で、夜刀神十香はリッカの首筋に大剣を突きつける。
「───────」
「うっ、うぅ……っ」
少しでも剣がズレればリッカの首が飛ぶ状態。生殺与奪を握る側は明白。しかし、状況は真逆。
目線も、魂も、心も。一片の曇りない人間。
恐怖と、死と、絶に。震えて惑う精霊。
「……怖い。怖くて、たまらないんだ…頭から、離れない…」
「…………」
「シドーが、糸の切れた人形みたいに……。皆が、次々と倒れて…私は、護ることも、何も出来ずに…っ」
「うん。本当に…怖かったね」
「だから…私は、そいつを、倒そうと……悪魔を、倒せば…」
「そうしなくていい道は、きっとあるよ」
大剣に、手を添える。
「シドー君がやってきたように、力や暴力じゃなくて。話し合いでその道を探してみようよ、夜刀神十香ちゃん」
「!」
「『私の話を聞いてほしい』。『あなたの事を、知りたいんだ』」
「────!!」
それは、夜刀神十香が五河士道から貰った言葉。
数多の精霊達を救い、束ねてきた言葉。
夜刀神十香は、理解した。
この暖かい言葉を口にできる者が、悪党であるはずがないと。
彼女が護る悪魔のような精霊はきっと、シドーや私達と同じ関係だと。
「……………っ、っ……」
夜刀神十香の眼の前にいる人間は、士道と何もかもが違う。髪の色も、目の色も、性別すらも。
しかし、その言霊の優しさと暖かさは、かつて士道がくれたそのものであり。
その威風堂々とした佇まいは、人間として信頼に相応しい覇気を備えていた。
故に───。
「……わ、わかっ、た……」
震える手で、大剣を下ろした。
「頼む。私にできる事はなんでもする。だから……シドーを、皆を、助けてくれ……」
俯き、死の根源的恐怖に打ちのめされる十香。
「ぁ───」
その恐怖に震える手を…、
「うん、勿論」
柔らかな笑顔と共に、リッカは暖かくその手で包みこんだ。
十香「改めて、私は夜刀神十香だ。先程は驚かせてすまなかった…反省だ…」
狂三「本当ですわ。海より深く反省してくださいまし」
十香「うぅ……」
零光【ぅ〜……】
十香「……怖がらせて、すまなかった…」
零光【ぁ〜…!】
ロマン『アイン・ソフ・オウル、それに十……。夜刀神十香君、もしかして精霊は十人かい?』
十香「だ、誰だ!?」
ロマン『あ、ごめんね。お医者さんだよ。多分セフィロトに対応してるから人数はそれくらいだと思うんだよね』
十香「う、うむ。狂三や私も含め、それくらいだぞ。皆眠っているが…」
ロマン『やっぱりかぁ…』
オルガマリー『あなたは何故、カルデアを知っていたの?』
十香「目覚めた時、頭から声が聞こえたのだ。カルデアと、悪魔を滅ぼせと。悪を滅ぼせと」
オルガマリー『…楽園カルデアの前身はそうだったから否定しづらいわね…』
リッカ「頭に声が…。目覚めたのはあなただけ?」
十香「そうだ。シドーも、皆も…」
狂三「その理論で行くのなら、彼女は始まりの精霊という事になりますわね…」
絶死皇凰【──────】
夜刀神十香「あ…、そういえば、声はこうも言っていた」
リッカ「?」
夜刀神十香「悪魔を討ち果たせし時、世界より死は取り除かれる…と」
リッカ「────えっ?」
零光【ぅ〜?】