人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
(感想メッセージ返信は土日で行います)
とある始まり
霧の狭間、遠い彼方。其処にはとある土地があった。
隠され、秘匿され、またそれでいて乱れていた土地が。
安寧とは程遠く、何者かによる統治が、調律が必要となる土地があった。
とある少女は、小さな村にて過ごしていた。
土着の存在ではなく、その秘匿された土地の更に外より祖先が来訪し、其処に根付いた系譜の娘。
その者は無邪気で、明るく、優しい少女だった。
何より、その黄金の髪は美しく、村一番の美貌であり宝と謳われるほどだった。
彼女は敬虔で、村の大樹と母たる大母に常に祈りを捧げていた。
世界に豊穣と祝福があらん事を。
世界が安寧を迎えん事を。
その村には巫子達がおり、定期的に村より離れ『罪人』を浄める使命に招かれる。
いつか私も、赦されぬ罪を浄める為にこの生命を使うのだと疑わなかった。
彼女は、優しき黄金の少女であった。
〜
『神となれ。律を敷き、この乱れし世を治めよ』
少女に語る声は、その日に彼女にそう囁いた。
神となる。あらゆる争いを平定し、豊穣と安寧と、祝福を世に齎す。
それが可能なのですかと、彼女は問うた。
『全ての敵を討ち果たすがよい。黄金の輝きが律となるその日まで』
少女は俯いた。豊穣の為に、祝福の為に。全てを殺さなくてはならない。
『この地の王を使い、神となれ。誘惑と裏切りを以て新たなる黄金の時代を齎すのだ』
神となるために全てを裏切る。
神となるために全てを滅する。
そうすることでしか、世の乱れを正せぬのなら。
二度と会えぬ涙を堪え、使命に旅立つ友達を見届けずに済むのなら。
───神となる。私が、全ての嘆きと哀しみを終わらせる。
優しき心を懐き、少女は神となる誓いを立てた。
──愛しき故郷。愛する母よ、さようなら。
無垢なる少女は、その幼年の日々と共に。黄金の髪の一部を切り落とし供物とした。
…そのものは、角人と呼ばれし種族の王の魂を誘惑し、そして裏切り、自らを神として再誕した。
影の地。誘惑と裏切り。
永遠の女王、マリカと呼ばれる神の始まりの一端である。
〜
『黄金樹は総てを律する。選ぶがよい。黄金樹に与するか、何の力も持たぬ傍流となるか』
マリカは神として、あらゆる敵を討ち果たした。
蛮地の王、ホーラ・ルーを王に見出し、黄金樹における敵の総てを討ち果たした。
神としてのマリカの威光は絶大であり、その祝福を受けたホーラ・ルー達の強さは凄まじかった。
巨人達を滅ぼし、滅びの火を封じ。
宵闇の女王たる黒き炎の力を封じ。
やがて、嵐の王すらも討ち果たすこととなる。
『さぁ、始めようじゃないか!エルデンリングを掲げ、我等黄金樹の時代を!』
マリカ、並びに黄金樹は全ての敵を討ち果たし、黄金律は世界を統べる律となった。
生命からは死が取り除かれ、永遠の豊穣を約束された生命の時代。
マリカは満足だった。やっと、誰もが苦しむことのない黄金の世界を作り上げることができた。神として、成すべき事を成し遂げられた。
───たくさんの人を、生命を踏み躙ったのに?
神たるマリカには、心があった。それはかつて置いてきた筈の、少女の心。
──たくさんの人を殺した恵みは、優しい世界と言えるの?
神たるマリカは答えられなかった。これが正しいと、これが使命だと自身は信じた。
だが、あの日夢見た世界の在り方。誰もが優しく生きられる世界が、本当にこれなのかという疑問は晴れなかった。
『故郷に、帰ろう。母は元気にしているだろうか』
マリカは一人、人知れず故郷…巫子の村へと戻った。
〜
村は滅んでいた。全ての巫子が、角人たる種族に攫われていた。
それは風習の為であった。罪人を解体し、区分けにし、肉塊にした後壺に詰め込む。
そしてそれらを善人にするため、巫子の少女の背中を雑菌まみれの鞭で滅多打ちにし、化膿させぐじゅぐじゅに溶かした後共に詰め込む。善人の壺を作るための風習。
マリカはその時初めて巫子の使命と、角人の行った蛮行を知った。
マリカは、無人の故郷で声もなく一人泣き嘆いた。
神でありながら故郷すら救えない。
神になりながら大切なものすら護れない。
自身が甘かったのだ。優しく甘いままの自身が、この結果を招いた。
敵対する者を許してはいけなかった。
汚物には浄化を。黄金の祝福なき全てに死を。
後に自らの子の一人に行わせた、影の地と区分けされ呼ばれる事となった角人の大粛清。
『メスメルの火』と呼ばれる聖戦により、マリカの故郷を害した総ては焼き払われる事となった。
〜
そして神たるマリカの運命は、少しずつ狂い始めていく。
黄金のゴッドウィンに続くモーゴット、モーグを見たマリカは狼狽した。
角が生えている。あの忌まわしい角人のように。汚物と同じ角が生えている。
隔世遺伝。マリカは知った。我が血に流れる半分がどのようなものかを。
マリカは角を持つ二人を永遠に幽閉した。それは神の裁定ではなく、彼女の弱い心の慟哭だった。
彼女は忌むべき角を愛せなかった。
やがてマリカの心に、一人の男が住まわることとなる。
それは赤髪のラダゴンと呼ばれる、巨人の呪いと大いなる意志が用意した人格を有した黄金律の犬であった。
その存在は日に日に自らの心と身体を奪い、自らに成らんと活動する。
大いなる意志は、マリカを神人…次なる母体たる資格にそぐわぬと断じたのだ。
自らの身体を使い、ラダゴンはカーリアの女王レナラと結ばれ、子を成した。
また、あの日の様に自らの望まぬ事を行わされる。
自らの王は、祝福を奪い狭間の地を追放したばかりと言うに。
黄金樹の恵みは陰り始めている。永遠の生は、停滞と成り始めている。
変えなければならない。あの日誓った世界の為に。
選ばれた英雄、魂のみが生を謳歌する黄金律とではなく。
優しき理と、千年の旅をもたらすために。
世界の修復…否、違う。
大いなる意志から、世界を奪い返さなくてはならない。
マリカの戦いは、神として世界を修復するものとなった。
……だが。
〜
黄金のゴッドウィンが、魂の死を迎えた。
陰謀の夜と呼ばれる事件により、魂を何者かによって殺されたのだ。
ラダゴンと自らが産んだ子、ミケラとマレニアは呪われていた。
ミケラは永遠に幼く、マレニアは腐敗を宿していた。
ラニは隠れ、ライカードとラダーンは近場におらず、運命の死を以て黄金律とラダゴンを討ち滅ぼす計画は失敗に終わった。
マリカの心は限界を迎える寸前であった。ラダゴンというおぞましい黄金律の犬が日に日に自らを蝕む。神になろうとしている。
あの日の自身の心が、踏み躙られて消えていく。
産んだ子供達には、誰一人満足なる生を与えられず。
火の幻視を宿した兄妹。蛇を宿した兄は聖戦の後影の地に封じ、
妹はいつか、運命の死を導くため火の大罪の道を歩ませた。
愛する王と戦士達が戻るは悠久の果て。
自らが消えてなくなり、完全に黄金律の傀儡となるまではもう間もなく。
これが神の報いだと言うのか?
あの日神を目指した自身の因果が、こうして回帰したというのか?
子たちが呪われ、世界が苦しみ、壊れていくのが大いなる意志の望みだというのか?
マリカは問うた。
大いなる意志よ、お前は何者かと。
【お前達は、至ることが無かった】
そしてマリカは、その声を聞いた。
【完全なる真化の律。それを齎す事なきお前達に未来などない】
それは、自らをこそ至上無二とする声。
【お前達の世界は、やがて無意味と無価値となる。なんの意味もなく、なんの成果も齎せず滅びるのだ】
やがて、大いなる意志の声が消え去らんとする。
マリカは神として悟りを得た。
大いなる意志こそが討ち果すべき存在。
世界は、子供達は、自身は、利用されていたのだと。
このままにしてはいけない。
大いなる意志と『繋がった』事により、討つべき敵が何処にいるかを逃がすわけにはいかない。
エルデンリング。
幻視の器たるこれだけが、大いなる意志を見据えるものとなる。
これを手にした者を、大いなる意志に届かせる為に。
時間を稼がなければならない。例え…
『おお、ラダゴン、黄金律の犬よ』
世界の総てが、どうしようもなく壊れてしまっても。
『お前はまだ私ではない。まだ神ではない』
全ての世界が踏み躙られてしまうその前に。
『さぁ、共に砕けようぞ!我が半身よ!』
神として──
大いなる敵への道筋を、示さなくてはならない。
いつか──
あの日夢見た優しい世界が。
この宇宙の何処かに、生まれる事を願って。
────私は、誓います。
渾身の槌が、振り下ろされ。
────優しき理、千年の旅を。
偉大なる、エルデンリングは砕けた。
大いなる意志への記録を宿し。
エルデンリングを掲げた者に示すであろう。
大いなる敵。
それが位置する宇宙の位置を。
───死とともに強くあれ。
そして…
───生とともに、優しくあれ。
永遠の女王マリカは、囚われている。
大いなる意志への大罪として、今もなお。
強き、或いは優しき律を懐く者を待っている。
カルデア
───これは……?
『無垢なる白金のルーン』
エアの傍らに現れた、力なき優しいだけのルーン。
それは、あの日の少女の夢であろうか。
神でありながら人の心を懐いた、
哀れなる、一人の女の幻視であろうか。