人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜   作:札切 龍哦

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ヘラクレス「ほう……非戦の誓いを破るとは、なりふり構わぬようだな」

エンシャ『───!』

ヘラクレス「だが、こうは考えなかったのか?」

エンシャ『!?』

ヘラクレス「非戦の誓い故に、お前達は害されなかったのだと」

エンシャ『!!』

ヘラクレス「戦技────『獅子斬り』」

エンシャ『!!!!!』

レン「……流石はヘラクレス。勝負にすらならなかったね」

ヘラクレス「ここは此奴が先走った…。そういう事にしておけば、話はいくらか進めやすかろう」

レン「うん。ありがとう。それじゃ…行こうか」


壊れた世界の法

「おや、君達は…あの褪せ人達の同行者だったか。どうしたのかね?」

 

エンシャを容易く撃退したヘラクレス、そしてレンはその足でとある人物と出会う。そこにいたのは、円卓の褪せ人達の長、百智卿ギデオン=オーフニールであった。

 

「しろがね村に行った。そして私達はアルバスから聖樹の秘割符を受け取ったよ。正式に託されてね」

 

レンの物言いに、大量の耳があしらわれた兜を被り、机に齧り付くような状態のギデオンが顔を上げる。

 

「…そうか。しろがね村のアルバスは君達に託したか。それはよい事だな」

 

「悔しがらないのかい?『百智卿』。虐殺に次ぐ虐殺で、秘割符を求めていた筈なのに。横から私達が掻っ攫ってしまった事に」

 

レンは静かに、そして断固たる口調で告げた。

 

「しろがね村の虐殺は君の私兵の仕業だな。ミケラに関わる位置や所在に繋がる為の情報、その知恵に繋がる秘割符を求める為にしろがね村から秘割符を奪い取ろうとしたんだ」

 

「ほう……」

 

「百耳のサーコート。あれは君の私兵たる存在が着るもの。君の耳であり目である証。迂闊だったね。あわよくばまとめて消そうとでも考えていたのかな」

 

レンの言葉に、ギデオンは否定も肯定もせずに聞き及ぶ。そして、やがて静かに口を開く。

 

「何も気に病む事ではない。私は私の使命に従い、そして為すべきを成したまで」

 

「為すべき?懸命に生きている命を踏みにじる事が許される使命があるというの?」

 

「無論だとも。ただ生きるためだけに生き、知るべきことも識らず愚鈍に生きる命を踏み躙ろうと、私は『識らねば』ならぬのだ」

 

平然と、ギデオンは告げる。識るための犠牲。必要な虐殺であったと。

 

「この世界はどうしようもなく壊れている。しかし壊れていようと、智慧と知識は不変のものだ。識るべき事を識り、あるべき全てを知らねばならぬ。私の全ては、探求にこそ存在する」

 

「その使命とやらのため、しろがね村の命を踏み躙ったというか」

 

「壊れた世界とはそういうものだ。暴虐が認可され、それを咎める法も無い。力と使命ある者が奪い、虐げる。それこそがこの壊れた世界において無二の理。かつて神がそうであったように、全ての冒涜と略奪は許されているのだよ」

 

「………」

 

「そのような世界で、真っ当な倫理や感覚は捨てた方が身のためだ。息をするように差別が起き、当然のように奪う側と奪われる側の格差が生まれ、そしてそれを神が罰しない。全てが狂った世界において、君たちのような『真っ当』な存在こそが異物であり、悪なのだ」

 

ギデオンはさも当然のように告げる。この壊れた世界において、まともにして善良であることは『罪』なのだと。

 

「褪せ人は王となるために全てを殺し、奪う。それと同じ事だ。私はただ、己の識るべきために全てを殺し、奪ったにすぎない。…君も、同じなのではないかね?亜人の女よ」

 

「……………」

 

「私と君は同類だ。知るべきことを知るために今を生きている。狂おしいまでに求めた知るべきことが手に入る。それが目の前に在るというその時に、穢らわしい魔物が道を阻んだのなら」

 

君はそれを討つことを躊躇うのかね?その答えに、レンは沈黙を返した。

 

「そうだとも。何に感化されたのは知らぬが、私と君は共に何かを識ることを求めるものだ。君が識ることを求める限り、君が私を否定することも、また出来はしない」

 

「………」

 

「私の行いを蛮行と、悪行と誹りたいのであれば…この世界を修復するしかあるまい。君達が律となり、法となり、全ての蛮行、悪行、差別や迫害を世界より消し去るのだよ」

 

ギデオンはレンを、敵ではなく同類と見ていた。彼女の心の知への渇望を、応援していた。

 

「全てが壊れた世界で博愛を叫ぼうと、それは痴愚の妄言に過ぎない。弱きが踏みにじられるを許せぬのなら、君達が世界を変えるしかないのだよ。ここは、そういう場所なのだ」

 

「………そうか。解ったよ。また一つ、私は人を知ることができた」

 

レンは小さく頷き、ヘラクレスに退出を促す。

 

「行こう、ヘラクレス。知るべき事は知れた」

 

「しかし…」

 

「いいんだ。壊れた世界には、壊れた世界なりのルールがある」

 

「…賢明な事だ。亜人などにしておくには惜しいほどに」

 

「だけど、一つだけ言っておくよ。百智卿」

 

歩みを止め、レンは僅かに振り返りながらギデオンに言葉を残す。

 

「いずれ世界は変わるだろう。古き世界の理は一掃され、全てが新たなる律の下に法を敷く。その時『知識を巡る旅は終わる』。識ることに終わりがないと思っているのだろうが、それは間違いだ。ギデオン・オーフニール」

 

「……………」

 

「恐れるがいい。在るはずのない終わりを。君の集めた知識が、壊れかけた世界における全てが、無意味になる瞬間はきっと来る。その時に──」

 

君は死ぬんだ。レンは冷徹を極めた声音でそれだけを告げ、ギデオンの私室を後にした。

 

「貴様の護衛のエンシャは死んだぞ。私が殺した」

 

「……あぁ、成る程。やつは先走ったか。ならばそれはそれでよい。やつはもう、終わったのだ」

 

ヘラクレスも静かに場を後にする。

 

「あぁ、そうだ。君。下の階にネフェリがいる。私は彼女の義父であるのだが…」

 

「!」

 

「私は奴を捨てた。興味があるなら、様子を見に行くといい」

 

そして彼も去り、静寂が戻る、ギデオンの私室。

 

「終わりなど、あろうものか。壊れた世界は、永遠に壊れたままだ」

 

永遠の現状維持を望む百智、ギデオンは揺らめく炎を前に一人こぼす。

 

「私が識っている。女王が求めているのは…永遠に足掻き続ける事なのだと」

 

それは、レンがもたらした呪いの言葉に対する、拒絶の様でもあった。

 

 

 

 

「ああ、あなたか…。すまないが、一人にしてくれないか。情けないことだが、心が乱れているんだ」

 

ギデオンの言葉通り、ネフェリは力無く項垂れていた。

 

 

「…義父に、捨てられたのか」

 

 

「…聞いていたのか。ああ、そうだ。私は義父に捨てられたのだ。感傷に溺れ、命を忘れ…彼の手駒を損なった、罰としてな」

感傷に溺れ、命を忘れ…彼の手駒を損なった、罰としてな」

 

あの場にネフェリがいたのは、ギデオンの命であった。

 

秘割符を手にする為に調査を命じられ、しかし、虐殺を目の当たりにし、戦士の矜持に従った離反であった。

 

「…義父は、ギデオン卿は、ずっと私の導きだった。彼がエルデの王になるために、何でもするつもりだった。それなのに、私は…彼を裏切ってしまった」

 

「ネフェリ…」

 

その言動に覇気は全く見られない。それはまさに、折れた斧のようであった。

 

「…そして私はもう、義父を信じきれずにいるのだ…。あの者たちが、義父の命であの惨劇を起こしたのなら。彼の正義はどこにある?義父は言っていた。彼がエルデの王になれば、もう二度と弱き者が奪われぬ治世を敷くと。あの言葉は…偽りだったのか?」

 

信じる者の裏切り。信じた者の暴虐。それが、ネフェリの意志を折った。

 

「ああ、違う、違うんだ。忘れてくれ…義父は、私の導きなのだ。そして私は、それを失ったのだ…」

 

がっくりと項垂れ、呆然とするネフェリ。レンはそれを、かたわらで見守る。

 

「…やはり、私はまだ何も知らないみたいだ」

 

「レン?」

 

「彼女をどうやって慰めればいいのか、また励ませばいいのか…。それが、解らないんだ」

 

レンの言葉に、ヘラクレスもまた沈黙を返す。

 

「誇り高き戦士よ、すまない…私はもう、戦えそうにない…」

 

ネフェリの有り様に、無責任な言葉を返すこともできず。導くこともしてやれない。

 

「……脆弱なものだ。敵を討ち果たす力など」

 

ヘラクレスは静かに、自分の無力さを恥じたのだった。




円卓

アンスバッハ「おや、御二方は褪せ人殿らの一行様ではありませんか」

ヘラクレス「アンスバッハ氏か」

レン「おじいさんも円卓に用が?」

アンスバッハ「えぇ、ちょうど良かった。あの白き髪の褪せ人殿か、鮮やかな橙の少女に渡してもらいたいものがあります」

『嵐鷹の古王の遺灰』
『傀儡の製薬』

「調査の最中、探索の折に見つけたものを。私にはどちらにも不要なものですので」

ヘラクレス「こちらは遺灰か…?」
レン「これは、薬…?」

アンスバッハ「古きストームヴィル城の王たる鷹。誇り高き故に誰の召喚にも応じぬ遺灰。そしてそれは、他者の心を壊し傀儡にする秘薬です。強き戦士に飲ませれば、戦力を増やせましょう」

ヘラクレス「………」
レン「…リッカに渡そう。ネフェリに、どちらを渡すかを委ねるべきだ」

ヘラクレス「………うむ」

アンスバッハ「…ネフェリ殿ですな。哀しいことです。信じたものを喪うというのは」

ヘラクレス「氏にも、御経験が?」

アンスバッハ「えぇ。…けして、捨てられぬとある誓いがあります。それを無くしたとなれば、きっと」

レン「ありがとう。確かに届けるよ」

アンスバッハ「はい。いつかお会いしましょう。我等が王朝にて」

アンスバッハからもたらされた、二つの命運。

ヘラクレスとレンは、それを見つめていた。
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