人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜   作:札切 龍哦

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ミカ「その人が…アダム先生のつがい…つまり、お嫁さんってこと、だよね?」

アダム「そうだ。オレがエデンにあった頃…そして王であった頃の伴侶。それが、リリスという事になる。……もう軽く数千年は経つ。あちらも、オレを覚えているかどうかすらさだかではないがな」

ミカ「覚えてるよ」

アダム「?」

ミカ「忘れられないよ。女の子だったら…アダム先生の事」

アダム「………そうか」

アロナ『せ、先生!生徒さんからの所在確認モモトークが数十軒来ています!』

アダム「む、心配させているようだ。では、速やかに振り返ろう。リリスを迎えた後、オレはうばわれし知恵の在り処を神へと尋ねた…………──」




挑む事への意義

何故奪った、とアダムは問うた。ソレは無論、エデンの動物たちが手に入れた知恵の事。

 

リリスは奪われし知恵と引き換えに産み出された、才媛の化身であった。絶世の美貌と、エデンを統治する智慧にめぐまれた。

 

だが、アダムは問わずにいられなかった。それは犠牲の果てのもの。完璧なるエデンにて、なぜ犠牲を容認するのか。なぜ奪うことを強いたのか。

 

『我の赦しこそが理である。我の認めしこそが認可である。あやつらはそれに反し、自らの意志で知恵を身に着けんとした。これは許されざる大罪である』

 

それは、アダムにとって信仰を根本から揺るがす答えであった。

 

『全ての被造物は我が理と、与えた肉の身体に泥濘して生きるが幸福である。我が認可を外れ、自らの道を選ぶは悪である。迷走し、失墜し、不安と絶望にて死する愚行である』

 

神は断じた。意志と克己など不要であると。

 

『私は完璧である。私は完全である。私の意志と、私の御心のみが万物を降伏にする真理である。アダムよ、お前は惑わせてはならぬ。支配し、お前もまた我が与えた肉の身体にて享受せよ。幸福と凪の平穏を』

 

自らの足で、心で、立ち上がることは許さぬと。

 

『アレは大罪を犯した動物どもの知恵で作り上げた。お前の子を星の砂のように産むであろう。その姙と身体を貪るが良い。お前は、エデンの王である』

 

アダムは最早、かの神を……

 

『全ては我が威光と栄光のみにて満ちるが真理。我の全てに、光よあれ────』

 

いや、この存在を。自らの父とは思えなくなっていた。

 

 

「アダム様、どうか私を使い子を成し下さい」

 

リリスがアダム先生に告げしは、ただ世継ぎを残すことのみの言葉であった。

 

「私はその様に生み出されました。その様に造られました。貴方様という絶対の王の子を産み落とす事。それこそが我が存在する意義にてございます」

 

リリスは聡明であった。動物達を取りまとめ、エデンを管理し、そしてアダムに尽くさんとした。

 

だが、そこに愛は無かった。あるのは機械的な、事務的な繁栄のシステムたる母胎の本能のみであった。

 

君の事を知らない。君と指を絡めたことも無い。空の星を数えたことも、花びらを数えた事も、水面に映る自らの顔も知らない。

 

果たしてそれは、つがいと言えるのだろうか。果たしてそこに、つがいの愛はあるのだろうか。私は君を、君を愛していると言えるのか?

 

アダムはリリスを愛さんとした。母胎ではなく、女性であってほしいとした。

 

答えて欲しい。君は、私を愛しているのか?と。

 

リリスは答えた。

 

「愛などというものが、何故必要なのでしょうか?全ては、貴方という偉大なる王のものでございますのに」

 

そこには、美しく麗しい神の傀儡があった。

 

「さぁアダム様。私を組み伏せください。組み敷きください。私はあなたに、屈服し、奉仕し、種を授かり、子を宿すために産まれてきたのですから──」

 

アダムは、海よりも深い嘆きと共にエデンの東へと飛び出した。

 

 

アダムは嘆いた。アダムは涙した。始まりの女に与えられた、あまりに酷い仕打ちを深く深く哀しんだ。

 

彼女は自身と対等であることを許されなかった。男は上、女は下。そのような序列を担わされていた。

 

そこに愛など生まれない。アダムが見た、夢みた関係はない。

 

鹿のように寄り添い走り、鳥のように重なり飛び、魚のように集まり泳ぐ。そのような愛、そのような心がどこにも無かった。ただ、子を成し育てるだけの肉としてリリスは定められた。

 

神と名乗るものは、自らを越えることを許さないのだ。アダムに肉欲を覚えさせ、堕落させ、欲望の園にて縛ることを願ったのだ。リリスはそのために、この上なく肉感的に、官能的に造られていた。

 

そこに、リリスの意志は許されていなかった。ただ、機能としての智慧が振り分けられていただけ。

 

リリスの尊厳や自我は介在しない、あまりにも残酷な仕打ちに…アダムは涙していたのだ。

 

すると、アダムの嘆きに呼応するかのように動物達の声が上がる。それらは、アダムが説いた動物たちだ。

 

もう話すことができない、もう語り合うことができない動物たちが、それでもアダムの哀しみを癒そうと鳴いている。それが、鳴き声の始まりとなった。

 

アダムは考えた。彼等には可能性がある。

 

命には進歩する権利がある。

 

生命には一つだけの尊厳がある。それこそが、生命たる所以である。

 

それを、自分の意志と決断だけで捨て去るような存在がいても良いのだろうか?

 

成長を許さず、進化を認めず、自らの意思の下でのみ生存を許すような存在が、果たして存在するべきなのだろうか?

 

女性の麗しき意志と尊厳を辱めるような男の蛮性を、後の世に遺しても良いのだろうか?

 

アダムは考えた。自らの意志で、神ではなく己の為に考え、考え抜いた。

 

全ての生命に、導くものは必要である。

 

しかし、全ての生命を『支配するもの』は不要である。

 

成長の意思、進化の権利、繁栄の義務は一つ一つの生命のものである。

 

それを阻むものこそを、王たるこの身は討ち滅ぼすべきであるのだろう。

 

ならば、それを果たさねばならない。

 

子の閃きを、知恵の積み重なりを、未来への希望を摘み取る者を討つ。

 

奪われた叡智を、リリスの尊厳を取り戻す。

 

その為に、アダムは比類なき大罪を犯す決心を固めた。

 

─────神を、討つ。

 

命を、奪う。

 

それはおぞましい原罪であった。誰かが何かを奪うこと。それは絶対の禁忌であった。

 

満ち足りたエデンに、その様な罪を持ち込んではならないと神は言った。

 

しかし、その神こそが誤り、過ちの権化であると、アダムは七日七晩の熟考の末に判断した。

 

その為に、自らの全てを懸けて神を討つ。全ての生命の尊厳を奪わんとする支配者を、民を護る王として討ち果たす。

 

二度と、生命の成長を奪わせることはしない。

 

二度と、リリスという女性の尊厳を弄ばせはしない。

 

大過にて大罪、未来永劫呪われる道であろう。楽園に受け入れられることは無いだろう。

 

それでも、全ては遍く生命に光り輝く未来を齎すために。

 

自らが、あの神を討ち果たし道をつけよう。例え数千の放浪に身をやつす事になろうとも。

 

全ての生命に、『自由』を齎すのだ───。

 

『それなら、生命の実を食べてご覧』

 

アダムの決意に、一匹の蛇が囁いた。

 

『神が恐れること。それは智慧と生命の実を食べ、自身と並んだ存在が現れることさ』

 

蛇は差し出した。輝く実、生命の実を。

 

『神を討つのだろう?なら、これをお食べよ。神たる者は、同じ神たる者にしか倒せない』

 

アダムはそれを、手に取る。

 

『さぁ、君もまた神になるのさ。全てを救い、全てを手にするために──』

 

そしてそれを───。

 

「───蛇よ。お前は誤解をしている」

 

アダムは、そっと大地においた。

 

「私は神になりたいのではない。私は支配したいのではない。生命に自由を、妻に尊厳を、皆に叡智を齎したいのだ。私が神となって、首をすげ替えてなんとする」

 

『どういうことだい?』

 

「私は人だ。人のままに神を討つ。智慧と勇気を有する、誇り高き人間として神を討つのだ。智慧は授かった。勇気はこの胸にある。ならばもう、それで十分だ」

 

蛇は狼狽した。それは、最早自殺を越えた無謀だ。

 

『勝てるはずがないだろう。神の座には同じ視座、同じ力でなくば向き合うことすらできない!』

 

「そうだろうな」

 

『君は死にに行くのか?不可能に屈するため、人に絶望を宿すために行くのか?馬鹿げている!』

 

「確かに不可能なのだろうな」

 

アダムは立ち上がった。睨むは天の玉座。

 

「ならば私は示すのだ。挑む事の偉大さを。挑戦するという素晴らしさを。」

 

力強く、大地を踏み締めた。

 

「人間に、不可能など無いことを」

 

蛇の誘惑すら振り切って。

 

アダム・カドモンは神を討つために赴いた。

 

神の宇宙。

 

全ての生命を脅かす、悪しき者がいる場所へ。




ミカ「…………、─────……」


アダム「そこからは話は単純だ。私は神の前に立ち、全てを懸けて戦った」

ミカ「勝った…んだよね?」

アダム「……………」

ミカ「勝ったんだよね?先生は……神様に、勝ったんだよね?」

アダム「────そうだよ、ミカ」

アダムは撫でた。

「だからオレは、ここにいるんだ」

可能性を宿した、かけがえのない生命に。
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