人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
分かたれ、産まれ、心を持った
けれどそれは、大いなる意志の過ちだった
苦痛、絶望、そして呪い。あらゆる罪と苦しみ
それらはみな、過ちにより生じた
だから、戻さなくてはならない
混沌の黄色い火で、何もかもを焼き溶かし
すべてを、大きなひとつに…
奈落の森。
そこは、影の地の地理における最下層…。影のアルターの土地の遥か遥か下。厳重に隔離された土地であり、そこには何者も足を踏み入れようとはしない場所。
角人は霊的な存在を神聖視する種族であり、死した後も、霊魂はやがて召されゆくものという教えがある。
故に彼等は霊的な儀式やしきたりを重視している。善き人を作る壺作りもまた、そういった風習やしきたりの観点から来るものだ。
そんな種族である角人たちが、何よりも忌避する存在がある。
────狂い火。
かつて黄金の勢力にまつろわぬ大商団が、異端の扱いを受け一族郎党生きながら地下に埋められたおぞましい事件が極秘裏に起きた。
生き埋めにされた商団は、絶望の呪詛を唱えその存在を呼び出した。
【狂える三本指】。
生命を焼き溶かす狂い火を司る、狂った指を狭間の地に呼び寄せた。
狂い火とは、霊魂すらも永劫灼き尽くす黄色い火である。
火が禁忌であるとされる黄金樹の世界において、巨人の火すら上回る禁忌の中の禁忌。
角人達にとって、それは未来永劫の消滅と死をもたらす絶対のタブー。
それらを使役する者は無論の事、ただ宿しただけでも万死に値する大罪であった。
それは例え、同胞であろうとも。角人であろうとも、狂い火を宿したのならばそれは地獄の劫罰に値する大罪となる。
かつて、それを宿した者がいた。
それがこの最下層の、奈落の森を居住としているのだ。
故にここは、禁足地に等しい扱いを受けている。
誰も立ち入ることが出来ぬよう、獄吏に値するものがこの地を封鎖し、またその者を封じている。
それほどまでに、同胞を地獄の責め苦に落とすまでに。
黄色い狂い火は、狭間の地と影の地において絶対の禁忌であった。
〜
奈落の森に、歩を進める者がいた。
白髪に王冠、黄金に赤き布を施した堂々たる王の装いの男。
真紅の瞳は、奈落の森のただ一点を見つめている。
ふと、その足元に伝言があった。
【引き返せ】
そう書かれたメッセージ。
【やつに見つかるな】
そう書かれたメッセージ。
【戦おうなどと思うな】
そう書かれたメッセージ。
意に介さず、その男は進んだ。
その男の周囲は、まるで燃え滾るように明るくまた熱かった。
【じっと、やり過ごせ】
踏みしめる男───ゴッドロードが進む先に、警告を示すメッセージが示される。
何一つ意に介さぬその男は、一歩一歩進んでいく。
暗い森だった。分厚い曇天、山火事を受けたかのように裸の木々が、不気味に屹立する。
森に在る生き物達のすべての目は黄色く爛れ燃えている。羊も、山羊も、鳥も、蛙も。それらすべての目が狂い火を宿していた。
ゴッドロードは一言も発さず歩を進めていく。
やがて、その歩みの先にそれはいた。
【ブブ、ボボ、ボボ】
それは、黄色く熟れたブドウを数多無数に顔に有した翁であった。
一つ一つが、熟れすぎて破裂したブドウが如き瞳。
黄色く燃え盛る、焼け爛れた目が十以上、顔と頭がある部分に満ち溢れている。
【ブブ、ブブ、ブブブブ】
泡が爆ぜたような音、人のうめき声に似たその音をもたらす、腰の曲がった翁が如き異形。ゴッドロードの道に、立つ。
【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】
ゴッドロードを見つけたそれは、歓喜の叫びにも似た絶叫を上げながら手にしたランタンを振り乱す。
我らが王に、発狂を捧げよ
皆にブドウを与えたまえ
皆のブドウを、熟させたまえ
そう告げるかの様に、ゴッドロードに駆け寄っていく。
【ヴォイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイ】
最早声とも呼べぬ咆哮と共に、翁が彼に手を伸ばす。
凝視だった。魂と目を焼き潰す凝視。ブドウのように熟させる邪視であった。
捕まり、見つめられたなら。たちどころに発狂し自死を選ぶだろう凝視。
それを歓喜と共に振るわんとして──
【ヴォ──】
無造作に、首をゴッドロードに掴まれた。
「─────」
その男は、右手で軽々とそれを持ち上げた。そして静かに一瞥し、そして───
【ヴォイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイ】
全身に炎を齎し、魂ごと灼き尽くす焔にてその翁を焼き払った。
「─────」
歓喜の断末魔を上げながら、黄色い炎に焼き尽くされ、燃え殻へと成り果てていく異形。
ゴッドロードはそれを、無造作に投げ捨てる。
打ち捨てられた燃え殻が、やがて樹木に引火し火の手が上がる。
「────」
ゴッドロードは、静かに歩みを再開する。
黄色い炎は即座に森に燃え広がり、地獄絵図と言うべき様相へと変化する。
奈落の森は、黄色い狂い火に焼き尽くされ始めたのだ。
【ヴォイィイィイィイィイィイ】【ヴォイィイィイィイィイィイ】【ヴォイィイィイィイィイィイィイ】
その炎に惹かれたように、先程の翁が大量にゴッドロードの前に現れる。
【【【【【【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】】】】】】
だが、それらは一様に膝を折り、まるで花道を彩るかのようにゴッドロードの道行きを讃え祀る。
【【【【【【【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】】】】】】】
歓喜の咆哮が響き渡る。
我らが王が帰還した。
我等の王が帰還した。
どうか世界を在るべき姿に。
世界のすべてを、焼き払いたまえ。
大いなる一つに、立ち返らせ給え。
我等が王よ。
我等が王よ。
【【【【【【【【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ】】】】】】】】
狂い火の王よ。
どうか願を、聞き届け給え。
そう告げた翁達は、軈て全てに火が付き燃え盛る。
歓喜の叫びを上げながら、その身を焼く狂い火に殉じていく者たち。
奈落の森が燃え落ちていく。
狂い火を宿していた全てが、燃え溶けていく。
全ての生物が、等しく黄色い炎に焼き尽くされていく。
業火の中、ゴッドロードは歩みを進めていく。
その地獄の如き光景の中において、彼に微塵も狂いも迷いも見られない。
紅き瞳に、爛れた跡は微塵もない。
その歩みに、揺らぎは微塵もあり得ない。
彼はひたすらに進んだ。
奈落の森の全てを焼き払いながら、彼は歩んだ。
そしてやがて……彼は辿り着く。
「………………」
十人ほどの、腕を縛られ正座のまま首を切られた死体が並ぶその場所にて。
燃え盛る森の最奥部分。そこには巨大なる館があった。
「…………………」
何一つ言葉を発する事無く、ゴッドロードは屋敷へと入った。
その眼には──
不倶戴天の、殺意が在った。
ゴッドロードは足を踏み入れた。その館に。
焼き尽くされた後が在った。
霊魂が如き魂を見やり、そして響き渡る声を聞く。
声『─────帰れ』
「……………」
『近付くな。禁忌に、近付くな……』
言葉の直ぐ瞬間に。
『うわあああああああああああああああああ!!!!!』
響き渡る、苦痛に塗れた慟哭の絶叫。
「………………」
ゴッドロードは歩みを進める。
その声の主………──
彼が殺さんとする者の下へと。