人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
マレニア「来たか、貴公ら」
リッカ「うん!ちゃんとほら、ここにあるよ!ミケラの大ルーン!」
マレニア「おぉ…!…………」
リッカ「マレニア?」
マレニア「…いや、何でもない。それがあれば、この先の大穴にも侵入できよう。ともに行ってもらえるか?」
リッカ「勿論!ミケラの気配、確かめに行こう!」
リッカ(ちょっと悲しそう…どうしたんだろう?)
【時にマレニア。我等はミケラの人となりをよく知らん。妹たるそなたの口から、あやつの人徳を知りたいものだ】
馬で駆けるリッカとマレニアに、内なるラダーンが表出し声をかける。そこには、かつて破砕戦争にて殺し合った関係から脱却しようというラダーンの心遣いがあった。
「私も知りたいな。マレニア、ミケラこそ最も恐ろしいデミゴッド…とも言ってたし!」
「……う、うむ。もし兄様に出会ったなら、内密にしてほしい。あの方の側面と言うだけで、決してそれが全てではないのだから」
ミケラには言えなかった、本当に片隅にて感じていた事のようでマレニアは焦燥が見えた。軽く咳払いし、彼女は語る。
「こほん。知っての通り…我々兄妹は宿痾を背負い、生まれてきた。私は腐れを、兄は永遠に幼き宿痾を。神人でありながら、その生誕は決して祝福されたものではなかった」
今は完治しているが、彼女は足と片腕を失っていたほどに苛烈な腐敗の災禍を受けていた。そんなマレニアを、ミケラは一身に案じ、愛していたという。
「兄様は、自らの宿痾などよりも私や、報われぬ者達を愛し、案じた。弱いもの、名もなきものこそに、その力を尽くしてくださった。しろがねや、私…さまざまな理由で、愛されぬ者たちへの愛たらんとしてくださったのだ」
【むぅ……中々に奇妙さや、神故の傲岸さも垣間見えたが…やはり、その優しさは生来のものである事は肯定すべきであろうな】
ラダーンの配下たる、赤獅子のフレイヤもまたミケラの愛に触れた者だ。傷に口付けした彼の慈悲に、フレイヤは感謝と恩義を捧げている。フレイヤに何十と、何百と聞かされた逸話であったからだ。
「宿痾さえ宿らなければ、マリカの理想に一番近い世界を作れたかもしれないんだね…」、
「私もそう思えばこそ、ミケラの刃たるを自身に誓った。……かつて兄様は、父ラダゴンに問いを投げた事がある」
我等の宿痾は乗り越えられるものか。我等にも、黄金の祝福は与えられているのだろうか。そう、父ラダゴンにミケラは光の輪と共に質問したとされる。
「しかし、兄様は黄金を…黄金律を捨て去った。あの方にとって、宿痾に無力なる律は、世界の理になり得ない、と」
ミケラが望んだのは、優しき楽園の世紀。それはまかり間違っても、弱きものを切り捨て、蔑むようなものであってはならない。
ラダゴンとの対話を終えたミケラは、自身の手で新たなる律、新たなる世界を創造せんと動き出した。その一つが、エブレフェールにおけるミケラの聖樹。
「兄様はアレに宿る事で、黄金樹に代わる新たなる律を…世界を律する世紀を作り上げんとした。楽園の世紀。全てを抱き上げる世界の到来を…」
【その性質の是非はともかく…悉くを心酔させていくには値する優しき男であったようだな】
その点は疑いようがない、と彼は頷く。ラダーンに声をかけた理由も、その楽園の世紀の王になってもらう為だったのだろう。
「私も……兄様には存分に愛してもらった。欠け身、醜女と罵られ、泣いていた私を優しく抱いてくださったのもまた、兄様であった。自身も、その御身も決して健やかなものではなかったというのに」
ミケラの肉体も、成長を奪われたもの。永遠に幼い呪われし身でありながら、それでも彼は他者を、妹や弱者を愛した。
「魅了の力も、細やかな後押しや、不信が強い人間を助ける用途にばかり使っていた。陰謀の夜…ゴッドウィンが暗殺され、埋葬された時においても。兄様はずっとずっとゴッドウィンに祈りを捧げていた」
兄さま、兄さま。正しく死んでくださいな。少年としての静かな祈りを、ミケラは別け隔てなく与えたと、マレニアは振り返りながら告げる。
「……そうだ。兄様の根底には、常に愛があった。愛こそが、ミケラというデミゴッドが有する性質だったのだと言える」
マレニアの言葉は、そうであって欲しいともとれる切実さがあった。たとえ壊れた世界においても、人は格差と差別を捨てきれない。
故に、ミケラの愛こそが救いとなる。そう信じたもの達が彼の作り上げる世界を信じ、彼の救いを得ようとエブレフェールへと集っていたのだから。
「あの方の愛…ミケラの愛。それはただ優しい。誰もを等しく抱く兄様こそが、神になるべき存在と我等は疑わなかった。兄様こそが…。この世界を救いし愛を有するものなのだと」
それは、弱い者たちや悲しい者たちの信仰を一身に集めていたのだ。彼は、弱きながらも自身を顧みることなく他者を愛し続けた。
「私も、兄様の言葉や想いにどれほど助けられたか分からない。優しくささやき、そっと抱いてくださった兄様の感覚は、今でも思い返す事ができる」
【だからこそ、そなたは奴を護る熾烈なる刃たらんとしていた…ということか】
「その通りだ。世界を優しく、愛が満ちる世界にしたい。そう、何度も私は聞き及んでいたのだから」
ミケラの為、そして新たなる世界のため、マレニアは尽力したのだ。いつか、弱きものが弱きままに愛される世界を迎える為に。兄の理想を叶えるために。
「だが……影の地に向かうと決めた兄様は、少しばかり様子が違っていた」
マレニアが語る、ミケラの違和感。悲痛のような、悟ったかのような。彼の変化を、僅かながらもマレニアは感づいたのだ。
「世界のため、兄様は動いている。それは紛れもない事実だ。…だが、この地にて、兄様は肉体や力、大ルーンさえも捨て去っている」
その行動の真意は…彼女にも、測りかねるものだと。不安も孕んだ声音で、彼女は告げる。
「思えば、私は刃以外のどれほどのお役に立てただろうか。彼の心に、果たしてどれほど寄り添えただろうか。…今になって、不安が胸に巣食っているのだ」
「マレニア…」
「気弱な姿を見せて申し訳ない。だが、だが私は読み切れずにいる…。兄様は、どのような世界を見ているのか。どのような世界を迎えようとしているのか。それが…ただ、恐ろしくも感じるのだ」
何もかもを捨てていくミケラ。言葉にはしないが、マレニアは彼を案じているのだ。
その先に、果たして何が待っているのか。ミケラは果たして、何の世界を作らんとしているのか。
「願わくば、貴公らの世界と明日に繋がって欲しいと考えている。…しかし、それがもし…もしも」
マレニアは言葉に詰まる。
「もしも…恐ろしい世界であり、相容れないものであったのなら…私は、どうすればいいか。決断を下さねばならない。その瞬間が…私には、恐ろしいのだ」
「マレニア…」
【…………】
そこには、熾烈なる刃は無かった。
ただ、兄を案じる健気な妹の姿のみがあった。
「…詮無き事を言ってしまった。さぁ、着いたぞ」
そこには、巨大極まる大穴があった。底が一見して、見ることが出来ない程の。
「この下から…兄様の気配を感じる。きっと、手がかりがあるはずだ」
マレニアが言うように、そこには、大ルーンと同じ感覚の気配が存在している。
「…リッカ殿、ラダーン殿。正直に言えば、今の私は不安を感じている。此処に来ては、ならないような感覚を」
「マレニア…」
「私に、貴公らの勇気を分けてほしい。この先に、何が待っていようとも…それを乗り越える勇気を」
リッカは、無言でマレニアの手を握る。
「……ありがとう、貴公」
「ラダーンさんからも、強く心を持て…だって」
「ふふ…。無茶を、言ってくれる」
マレニアはそう言いながらも優しく微笑んだ。
三人は共に降りる。
ミケラが何かを遺した、大穴の最深部へと…。
……そして、三人は発見する。
ラダーン【………なんという…】
ミケラが遺したものを。
リッカ「……そんな…」
ミケラがそこに、捨て去ったものを。
マレニア「………あぁ、兄様……」
十字の下で、マレニアは泣き崩れた。
そこには、ミケラの言葉がこう記されていたのだ。
──────我が愛を、ここに捨てる。