人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
マレニア「兄様……何故、どうして……」
ラダーン【………】
マレニア「愛の無い者が…どうして優しい世界を作れましょうか…」
リッカ「………」
霊体『………ミケラ様』
リッカ「!」
霊体『あなたは、捨ててしまったのですね。決して、捨ててはならないものを』
ラダーン【…!】
霊体『自らの半身も救えぬものが、どうして世界を救えましょうか…』
リッカ「半身……」
ラダーン【…聞いたことがある。ミケラには、眠りを司る側面…トリーナたる姿があると】
リッカ「もしかして、愛と一緒にそのトリーナも…!?」
ラダーン【確かめるほかあるまい。あの馬鹿者が捨ててしまったであろう半身を…】
リッカ「うん…!…マレニア、大丈夫?」
ミリセント「…すまない、君。今は、彼女の代わりに私が前にいる」
リッカ「ミリセント!」
マレニア「衝撃だが、初志は揺らいでいない。行こう、リッカ。大穴の底へ」
リッカ「うんっ!」
南部の大穴。果てしなく深い、ミケラが愛を捨てた大穴。リッカら一同は、その最奥たる奈落の断崖の下へとやってきていた。
「……………」
とてつもなく穴は深い。まともにみれば底どころか景色すら見えない。数百メートルはあろう深さの穴に、一同は挑む。
『……トリーナ様、どうか私に勇気をお与えください…』
霊体が示しているように、この真下にこそトリーナは…ミケラが捨てた半身は在る。それは最早、確定事項に等しかった。
【私に任せるのだ、リッカらよ。重力魔術の真髄を今魅せよう】
此処においても、ラダーンは活躍を見せる。一同に重力魔術を使用し、ふわりと浮き、ゆっくりと降下して見せたのだ。
【このままであれば、恙無く最深部へと到れるであろう。しばしの空中下降を楽しむと……】
「…………」
【……すまぬ。洒落や戯言はあまり上手くはなかったな…】
背中を丸めて落ち込むラダーンの背中を、リッカはそっと撫でる。マレニアは、誰が見ても意気消沈をしていた。
「……ミケラは、本当にどういうつもりなんだろう」
ミケラは、愛を捨てた。愛とは思いやり、優しさ、誠実さが生み出す感情の発露。
他人や自分を愛するからこそ、繋がりや絆は育まれる。であるならば、果たして今のミケラは一体何が原動力なのであろうか。
「………兄様は、けして他者を傷つけようとする者では無かった。それは、他者への愛があったからだ」
マレニアの憔悴と不安は、ミケラの現状を深く憂いたものだ。彼女が何よりも、ミケラの愛に触れてきた存在であろう。
故に、その変化と変容、今のミケラの状態への憂いは特別に強いものだ。優しさと愛で、自身という存在を気にかけてくれたミケラ。
愛によって救われたマレニアにとって、ミケラの愛とは自身と同義ですらあったのかもしれない。それを捨て去ったとは、つまりマレニアすらも捨て去ったということ。
「愛も、優しさも失ってしまった兄様が、どんな状態でありどのように変化してしまったのかを察することが恐ろしく…そして何より、悲しいのだ……」
ミリセントか、マレニアか。その姿と嘆きに、ミケラの刃たる熾烈さは無い。赤髪を萎びさせ、顔を覆い涙する姿は、身長や体躯よりずっとずっと小さく見えた。
〜
【此処が最下層だ。トリーナが打ち捨てられし場所…】
リッカ達は辿り着く。奈落の最下層、紫のスイレンがところどころに咲く不可思議な空間を。
「…!待って、なにか来る!」
リッカ達の状況把握を無視し、静寂と闇が満ちるその空間を引き裂くような、騒々しき足音が響き渡る。それは、馬のいななきと駆ける音。
『───────!!!』
下半身が溶けた馬に跨り、アーチ状の大鉈を手にした奇形の骸骨といった姿。長い首の先には頭蓋骨の代わりに黒い塊がくっついており、その中にふたつの瞳が光り、よく見ると肋骨の内側もドロドロとした黒い【泥濘】で満たされている異形の存在。
泥濘の騎士───。トリーナを守護する、腐肉であった肉塊。それが、リッカらの前に現れたのだ。
「ッ!?」
素早くリッカらが戦闘態勢に入る──その最中だった。
『……………』
泥濘の騎士は、大鉈を振るうことなく一同の前に立ち、静かに立ち尽くす。それはまるで、歓待するかの如くの立ち振舞い。
【我々を迎え入れるのか…?】
騎士に戦いの意志は見られなかった。始めからリッカ達を待っていたかのように。
『……』
その視線には、リッカの持つミケラの大ルーン。並びにマレニアの姿がある。どちらも、ミケラに縁深いもの。それを見て、騎士は主への関係者…或いはミケラに導かれし存在であると判断したのだろう。
そっと、騎士が来た場所へと戻っていく。その先には紫のスイレンが咲き誇っており、存在しているものの重要さを示していた。
「……あの向こうに、騎士が行った先に、トリーナはいるよ」
その確信があった。騎士を名乗るに相応しく、彼の動きには迷いや邪悪さは感じられなかったからだ。
【ならば行くしかあるまい。トリーナ……あの大馬鹿者のミケラが捨ててしまった半身を拝みに行こうではないか】
リッカ、ラダーンが進軍を決意する。しかしマレニアの動きは精彩を欠いたままだ。
「………兄様が捨ててしまったもの…それに意見を乞うとして、何を掴めるのだろうか…」
「マレニア…」
「私は恐ろしい。兄様の…本心に触れてしまうやもしれない出会いが。それが私の知る兄様でないのなら、私は…」
自身の大切な存在が、見る影もない怪物へと成り果ててしまっていたのならば。
このマレニアの弱気は元来のものだ。彼女は不敗、そしてミケラの刃という自負で自らの心を鎧い、矜持を掲げていた。
それが今、根本から崩れてしまっている。ならば垣間見えるのは、腐敗に屈していた頃の弱々しい少女の顔だ。今のマレニアは、自己存在意義の消失に陥りかけていたのだ。
「……」
リッカはマレニアにそっと寄り添い、肩を抱いた。
「不安や恐怖は、向き合わなくちゃ消えないよ」
「…!」
リッカはマレニアを諭す。優しく、そして厳しく。
「過去の兄さんと今の兄さんが違うかもしれない。その哀しみと怖さは察するに余りあるよ。でも…あなただけは、ミケラから逃げちゃいけない」
リッカは毅然と告げる。
「御恩を受けたのなら、奉公を以て応えなくちゃならない。愛されなくなったから、今までの愛や感謝を否定するのは間違っているよ」
愛されたのならば、愛しているのならば。そしてそれを捨て去った相手ならば。その相手を、まだ愛しているのならば。
「愛は片方だけの関係じゃない。ミケラが愛を捨てたなら…それが捨てちゃならないものなら。私達が拾い上げなくちゃ」
「……!」
「行くよ。まずはトリーナ様に会いに行かなくちゃ」
「…………解った。リッカ殿。……解った」
リッカの真っ直ぐな声音と誠実なる説得は、マレニアに踏み出す勇気をもたらす。
「兄様の真意を、掴まねば。そうしなくては……私は、私は……」
ミケラの刃なのだから。…まだ、そう告げることが出来ずにいても。
それでも、ミケラの愛を知るものとして。ミケラに愛されし者として。此処で挫けるべきではないと奮い立つ。
【神の心すら動かす言の葉…。武力に愛嬌。リッカ、そなたは一体何を持ち得ぬのだ?】
「うーん…私利私欲に人面獣心かな?」
【成る程、納得だ!だが、年相応の振る舞いは忘れてはならぬぞ?】
ラダーンの忠告に頷き、そっと歩みを進めると、スイレンが咲き誇る入り口に人影がある。
「………………」
そこには、銀髪と眠り顔を模した面を被りし、静かにまどろむ存在があった。それを、その存在を、リッカはレダより聞き及んでいる。
「ティエリエ、さん…?」
ティエリエ。毒を操り、トリーナを信仰する毒使い。ミケラではなく、トリーナを追って影の地へとやってきた存在である。彼は今、うずくまり微睡んでいたのだ。
「……あなたが、リッカさんですね。はじめまして…ティエリエと言います」
「ティエリエさん…」
「ここに、トリーナ様はいます。ですが…邪魔は、しないでください。私が、私だけが…トリーナ様の声を聞くのです。聞けるのですから…」
トリーナの声。ティエリエの言葉の意味を、リッカらは理解する。
人間大の大きな花の中に埋まっている女性。
花の中から僅かに覗かせるその顔の造形は整っており、美しい寝顔のまま固まっている。
組んだ腕の上に顔を乗せた様なポーズは辛うじて分かるものの、肩より下の様子は不明。あえて言うと、机の上に突っ伏して寝ている様な体勢に近い。
一方で、顔の位置は腰あたりの低いところにあるが、花自体はリッカとほぼ同じほどの背丈があり、腰が曲がっている様な様子には見えない為、ポーズとしてはかなり不自然な姿勢。
これこそが───
【聖女、トリーナか……】
一同は辿り着いた。
ミケラが捨てた愛、片割れの半身に。
トリーナ〈………………………………………………〉
リッカ「……?」
〜
────────、───────。
〜
リッカ「何かを……伝えようとしてる………?」