災害の獣、人類より生じた悪よ。回帰を望んだその慈愛こそ、汝を排斥した根底なり――
・・・あぁ、まさに・・・それこそが・・・――
決戦を控えしカルデア、その電脳世界
メソポタミアの時代に向かうまで、残り三日を切った、嵐の前の静けさ
――穏やかな星空、草木の安らぎ。静かな川の辺りにて、腰を下ろす者がいた
「Aaaaaa、Aaaaaa――」
足を水に浸し、静かに、緩やかに響く歌声。目を閉じ、ただ、そこに在るだけ。ただ、ありのままにて歌い続ける電脳生命体
(随分と御機嫌じゃないか。喜ばしい事だけどね)
その姿、大地を顕す角、内海を写す瞳を持つ原初の母――ティアマトの傍に寄る生命が一つ
「――フォウ、でいいのでしたか・・・?」
(そう呼んでほしいね。もうキャスパリーグや災厄と呼ばれるのは飽きたからさ)
フォウだ。フォウが電脳世界に顕現し、ティアマトに会いに来たのだ。足を浸す膝に、おいで、と言わんばかりに手でたたく
(ありがとう。流石に胸にはいけないからね。エアへの不義になってしまう)
ピョコン、と膝に飛び移り、へにゃっと脱力する
(拘束、外れたんだ。良かったね)
ティアマトの手足は、解放されている。電脳防衛システムに意思が宿った形のため、権能は再現されていないためだ
母でありながら、何も産み出すことのないモノ。穏やかに、ただ見守るだけの、女神の残滓。・・・それが、いまここにいるティアマトだ。――本物なのは、その『意志』と『愛』である
「あなたたちのおかげです。わたしは、全てを投げ捨てて・・・ようやく、子供たちの庇護に回ることができた」
(・・・愛が深いのも考えものだね。普通、全能を手放すことは恐ろしいことの筈なのに)
ティアマトはその言葉に、首を振る
「――私の全ては、不要なものなのです。この世界に在ると願うならば、私は、全てを捨てるのは当たり前。――それが、子供達の世界ならばなおのこと」
(・・・――)
「・・・あなたは、人類愛になれたのですね。・・・よかった」
ティアマトが、フォウの身体を優しく撫でる
(お陰さまでね。――そして、次の特異点は・・・ボクも『獣』として戦う。獣に堕ちたアナタの産み出す生命を、ボクが殺す)
「・・・・・・」
(命を奪う、なんて生易しい話じゃない。その先――『抹消』だ。ボクがいるかぎり、アナタの子供は『産まれることすら赦さない』。・・・――止めるなら今のうちだ。ボクをここで仕留めれば、アナタの子を護れるよ)
「――・・・」
真剣な表情でお腹を見せるフォウ。――これは、フォウなりのフェアネス精神だ。人の中で生きてきた自分を認められないなら、今ここで殺すがいい。異星人に与した同胞を赦せないのなら、と
その不器用な気遣いに、ティアマトは・・・優しくフォウを撫でただけであった
「――獣と人は、解り合えないもの。それを、アナタは打ち破った。あの――姫と共に」
(・・・――)
「その気持ちを、忘れないで。・・・私の子を、よろしくお願いいたします。アナタが護るべきものは、私が祝福すべきものたちは、とうに・・・繁栄を謳歌しているのだから」
生命は、既に満ちている。自分の力で、一生懸命に掴み取った、かけがえのない生を、既に
・・・そこに、新しい土台は必要ない。もう、新たなるヒトなど必要ない。――それらは、積み上げてきた歴史を、積み上げてきた努力を、連ねてきた歴史を。
・・・子供たちを、否定することに他ならないからだ。あってはならない。あってはならないのだ
子供が親を否定するのはいい。それは、子供に許された自我であり、成長であり、自立であるからだ
けれど・・・親が子を否定する事は、何があろうと許されない
親は子を見守り、愛し・・・やがて、旅立ちを穏やかに見守るもの
子は育ち、旅立ち、親から巣立つもの
それが正しきこと、正しきカタチ
それを理解できなかったから、それを理解せず、『回帰』を願ってしまったから
私は・・・人類悪などに堕ち、子を殺す禁忌を犯してしまったのだと・・・ようやく理解できたのだ
だからこそ、だからこそ。願わずにいられない
「――アナタの手にした全てに、祝福を。もう――『
彼は、私の理想だ。手を取り合い、その力を、人類を護るために振るえるところまでに至った
・・・その奇跡に、祝福を。ヒトはとうとう――不理解の理すら乗り越えた――
(・・・任せてくれ。アナタの愛した人類は、その土台は・・・ボクが護るよ)
フォウの言葉に、笑みをこぼすティアマト
「けれど、やり過ぎないように。アナタは少し、かげきなところがあるから・・・」
(そこは愛嬌さ。雄々しくないとオスとしてやっていけないからね!)
フォウのマッスルポーズに、また愉快げにティアマトは頬を緩める
・・・虚数の海では、望むべくもなかった触れあい。そして、交流
そんな、細やかな奇跡を・・・ティアマトは噛み締めていた
或いは、それこそが・・・原初の母の望むものだったのかもしれない
(・・・一つ、聞いてもいいかな)
フォウがくるりと身体をおこし、ティアマトと目を合わす
(アナタはどうやって、ここに流れついたんだい?見たところ、偽物と言うわけでも無いんだろう?)
「――・・・」
ティアマトは空を見上げ、フォウを優しく撫でる
「――アナタと、似ています」
(ボクに?)
「はい。・・・私もまた、有り得ざる経験を記憶している・・・その興りは、私にとっても複雑なものですが・・・」
泥を産み出すことのない、一欠片のティアマトの理性は語り始めた
その、不思議な、数奇な運命の巡り合わせを・・・
~~~
私は・・・倒されました
翼を折られ、冥界に落とされ、責め苦を受け、死を知り、訣別の一撃を受け、深淵に堕ち・・・誰も起こさぬ眠りへと誘われました
その瞬間――私は、安堵しました
もう、今度こそ・・・哀しみが終わる
今度こそ・・・この慶びが終わる。
今度こそ・・・誰も、私を愛さない
本当に、本当に・・・安心したのです。だって・・・それはおかしいこと
かの王が言っていたように・・・子は、巣立つもの
それを邪魔する親など、在ってはならない。在ってはならないのです
だから・・・本当に、嬉しかった
『おまえはいらない』と言われたのではなく・・・『おまえがいなくても、自分達は立派に歩いていける』と・・・
その結果は――ビーストⅡの奥底に眠っていた
そして・・・死の刹那、私は見たのです
数多の世界を。その可能性を。人間が織り成す、その世界の営みを
それらは、本当に、本当に・・・綺麗でした。知っていますか?フォウ。夜でありながら地上には星が満ち、寒さに凍えることも、暑さに倒れることもない、そんな世界が広がっているのです
私はとても嬉しかった。そして・・・とても、哀しかった
そんな人間達を憎しみと哀しみで否定し、自らの愛を押し通そうとした自分の愚かさが・・・たまらなく哀しかった
だけど、その哀しみも直ぐに終わる。身体は朽ち果て、この私も直ぐに死ぬ
・・・幸福すら感じていました。子の旅立ちを見届けられるばかりか、その成果を死の間際に垣間見れるとは、なんて贅沢なのだろう・・・と
せめて、思い出と共に逝こうとした私の願いは――果たされなかった
――・・・まさか、原初の母が此処に至るとは。僅かな理性が流れ着いただけなのだろうが・・・数奇なものだな
気がつけば私は・・・何処ともわからぬ空間で、誰かと話をしていました
――私としても、これは想定外だ。貴女ほどの存在を、どうしたもの・・・ん?
――A、Aa・・・・・・
・・・私は、嘆きました。嘆き、哀しみました
Aaaaaa、Aaaaaa!Aaaaaaaaaaa――――!!!
どうして生き残ってしまったのか
どうしてまだ私がいるのか
どうして・・・完全な無に至る事ができなかったのか
この星に、私が必要なものなど何もいない
この星に、私が愛す必要のある未熟なものなど何処にもいない
それに、私がいてしまっては、私が存在しては・・・それは侮辱となる
――・・・・・・
『全てを懸けて、私を倒した』全ての生命への侮辱となってしまう。私は、死ねなかった私を悔やんだ。無に至れなかった私を責めた
わかっているはずだ。私は邪魔物だと
仕方無いと受け入れた筈だ。だから自分を封印した
それが、何故、何故・・・
Aaaaaaaaaaa――!!!Aaaaaa――!!!
何故・・・存在してしまっているのかと・・・ただひたすらに、私自身を責め続けた・・・
――死に目に混乱と戸惑いを浮かべる生命は数知れず、死後に自我を獲得する魂は稀。だが・・・初めてだな。『自らがあること』を嘆き、悔やむ存在は
そんな私に、何者かは声をかけました
――生命が残るのは、宇宙に在るのは『やりのこし』があるからだ。それはどんな完璧な人生を送ろうとも残るもの。だから・・・人は輪廻を繰り返し、また英雄は世界に召される
・・・Aaaaaa・・・Aaaaaaaaaaa・・・・・・――・・・
――原初の母よ。貴女がここに来た理由があるとするならば、それは『やりのこし』があるからじゃないかな?悔いはなくとも、心残りはあるのではないかな?
・・・そう呟く声に、私は顔をあげました
やりのこし、心残り。わたしが、したかったこと、できなかったこと
『人類悪』のアナタは討ち果たされた。回帰はもはや潰えた。ならば――あなたのしたいこととは如何なるものだ?その理性を輝かせるのは如何なる理由かな?
・・・・・・・・・・・・
――一度関わったよしみだ。面倒を見るとしよう。関わりたくないが、関わったならそれは果たさなければならない。カルデアばかりに特典を与えるのもフェアではないからね
その言葉に、私は考えました
願い、願い。私の、今の私の抱いた願い
――再び顕現したいと言うならそれはそれで構わない。君のしたいようにするといい。さぁ、何を願う?何をしたい?私はその因果を記録し、紡ぐものだ。――そんな存在が、人格を持つことはおかしいんだがね。経緯は語らないよ。旅路を遂げたものにしか教えてはいけないんだ。・・・さぁ
私は――
――君は、何を願う?
・・・思い返すのは、私に挑んだ人間達
都市を作り、武器を持ち、英雄を束ね、私に挑んだ人々たち
・・・素晴らしいと、私は思った
誇らしいと、私は思った
・・・願うなら、願いが、許されるなら・・・
・・・わたしの、ねがいは・・・
その言葉で、私は・・・謎の誰かに、告げたのです
・・・ひとの、ひごを。だいいちの、こどもに・・・ちからを・・・そして・・・
今度こそ、今度こそ・・・
・・・かれらのてで、わたしに、ほろびを・・・――
完膚なきまでの、拒絶と訣別を
今度こそ、今度こそ。人間達の手で、その手で
――聞き届けた。ならば君を理性として、かの世界の貴女に『転生』させ、自立した理性として顕現させよう。そこから何をするかは、貴女次第だ
・・・あぁ、安心した
これで、本当に、本当にこの私は滅びることができるのだと
そして――最後の最期で、人の味方が、出来るのだと・・・こんなに幸せな事はない
存分に自らの
ならば今度こそ、自らの全てをもって、世界に生きる生命を見守ろう
・・・どうか、私が、ただの一人も愛する我が子を手にかけず、私だけが滅ぼされる、そんな、素敵な結末を手にするために。また生きようと
あぁ、どうか。私が再び向かう世界の人々よ
――それでは、行ってらっしゃい。全ての母よ。かの世界が、本当に・・・君の深淵となりますように
・・・絶望にどうか――挫けないで――・・・
・・・そうして私は、この世界に・・・足を踏み入れたのです・・・
~~
(・・・ボクと同じ、か)
その言葉を聞いたフォウが、静かに頷く
「・・・転生した私は、かの魂に警告を送ることしかできませんでした。『夢』といった形でのイメージ。いずれ来る災厄のカタチを、漠然としか。・・・ですが、ぶい、ぶいんねっとにより、世界の繋がりが強まり、ビーストたちの集まりに参加することができ・・・そして・・・第一の獣が、『魂』に触れました。そしてようやく・・・『縁』が結ばれた。・・・そして・・・」
(電脳世界のティアマトを器に、理性の全てを飛ばしたと。・・・馬鹿な事をしたものだ。本当に転生が叶うなら、まったく違う生命に、・・・人にだってなれたかもなのに)
フォウの言葉に、首を振るティアマト
「私は母ですから。例え、私を愛するものが誰もいなくても。・・・私が子を愛することから逃げてはいけないのです」
それが、母の矜持。母は、最期まで子を見守ることが責務であるのだ
・・・結局のところ、ティアマトは憎み、哀しみはしたが・・・『嫌っている』存在は唯の一人もいなかった
「・・・マルドゥークにも、私は感謝しているのです、本当は。・・・私の身体を引き裂き、天と地に使ってくれた。邪魔物でしかなかった私を、天と地に生きるものたちを見守る役割を与えてくれた。・・・それが、私は・・・嬉しかった」
神々の反逆すら、緩やかに許容した。哀しみはあった、憎しみはあった
だけど・・・そこに『拒絶』はない。子の成すべき事は必然であり、それを選んだと言うなら、何も憂いはない
「私を引き裂き、世界を作った者達の選択は、間違いでなかったと信じている。だって・・・」
そう言って、フォウの身体を、ティアマトは優しく抱き上げる
「遥かな時の果てで・・・人と獣は、解り合うことが出来たのだから」
それこそが・・・ティアマトの救い
人は、とうとう。己の善のみで・・・災厄を退けることが出来たのだ
・・・その心こそが、ティアマトが願い、信じ、愛してやまなかった・・・『生物』が獲得すべき答え、そのものなのであると
原初の母は・・・確かに、子の成長に、立ち会うことができたのだ
(・・・・・・・・・)
「――戦いは近い。この世界の審判の時は、迫っている」
(ティアマト・・・)
「行きましょう。フォウ。母に、見せてください。――人と獣は、手を取り合える。母への愛など、創生の理など、最早無用なのだと・・・――」
フォウは、無言で頷いた
ティアマトは、満足げに微笑んだ
「・・・学んで気付いたのですが、私が出演しているげぇむも、あるのですね。・・・それが一番嬉しかったかもしれません。私を、『文化』に取り入れてくれたことが、凄く。それを知れただけで、私は此処に来てよかった」
(・・・日本が可笑しいだけさ。なんでもかんでも可愛くしちゃう)
「・・・それは、素晴らしい創造性・・・やはり、人間は・・・素晴らしいですね」
二人の獣は・・・何れ来る決戦を前に
ただ・・・穏やかな言葉を交わし続けた――
次回、第七研鑽
《見るがいい、エア》
――ぁ・・・
《これが・・・お前が望んだ世界の姿よ》
絢爛英雄記ギルガメッシュ
――近日、執筆予定
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