人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜   作:札切 龍哦

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ラスティ「トリーナを発見した…か。そうだよ、リッカ。その存在は紛れもなく、ミケラの半身たる存在だ」


「静かではあるが、確かに彼女には意志がある。その意志は、必ずミケラに関するヒントになる筈だ」


「何らかの手段を使うべきだけれど…ただ、トリーナの『蜜』を吸うことだけはしてはいけないよ」

「それは、永眠の毒。──どのような存在であれ、死ぬ程の威力を持っているからね…」


聖女トリーナ

〈………………〉

 

静かに咲くように佇む、眠りの聖女トリーナ。ミケラの捨てた、愛たる半身。

 

トリーナはミケラの女性的な側面であり、永眠と愛を司るもの。ミケラの人間的な部分と言ってもいいものだろう。それが、このように地の底に捨てられている。

 

彼女は言うなれば当事者だ。彼女はミケラの顛末を、それに関する何かを知っている。ラスティの言うように、ほんの少しの意志であれ、ミケラの真意を悟るためには無視できない存在だ。

 

「でも、どうしたものかな…何とかしてお話できればいいんだけど…」

 

リッカの懸念の通り、トリーナは静かに佇む…いや、静かに眠っている。目を閉じ、語ることなく。

 

対話、というものは互いの意志が通じて初めて行われるものだ。この場合は対話ではなく、彼女の意志を聞き及ぶ事が大切だろう。

 

【リッカ。先のティエリエという男、所作と装いからして、毒を扱いし者だ。そして察するに、やつは何かの毒を希釈して服用し、トリーナの言葉を賜わろうとしていたのだろう】

 

ラダーンの声と洞察により、一つの解をリッカは導き出す。

 

「…トリーナの蜜を吸って、永眠の中でしか声を聞けないってことかな…?」

 

ティエリエは毒のエキスパートであった。おそらくトリーナの蜜という神の猛毒を細心の技術で希釈して、自身に服用していたのだ。トリーナの言葉を賜るために。

 

それに倣うならば、リッカらの誰かがトリーナの蜜を吸わねばならない。永眠の微睡みの中でしか、トリーナの声は聞こえないというのであれば。

 

【リッカが飲むのは承服できん。万が一にもそなたが永眠に囚われては、人理たる世の希望を失うこととなる】

 

ラダーンは鋭く制する。褪せ人や黄金律の住人の様に、不死身ではない身に万が一は許されないと判断したのだ。

 

「そうだ。そして……貴公にしか出来ない意志への触れ方を、このマレニアは思いついている」

 

マレニアはそう言うと、ミケラの大ルーンを表すポーズを取る。身体の右側で、右腕と左腕で円を作った。

 

「ミケラの大ルーンを使い、リッカ殿の意志をトリーナへとリンクさせる。さすれば大ルーンを仲介し、トリーナはリッカ殿に語りかけるであろう」

 

「そんな手法が…!」

【(妙なポーズだ)】

 

「敵意はない。なればこそ、兄様の力であった大ルーンの輝きに懸けるべきだ。我々には、生きてやるべき事があるのだから」

 

マレニアの言葉に、リッカは決心を固める。

 

「頼む、リッカ殿。兄様の…兄様の捨て去った半身を救い上げてほしい」

 

「………うん!」

 

リッカに迷いは無かった。トリーナに揺るぎなく歩み寄り、大ルーンを懐から取り出す。

 

「武力や魔術よりも、私のやるべき戦いはこっちだから!」

 

そして大ルーンを持ち、魔力を以て鎧を着用。輝きを増していく大ルーンを、静かに掲げる。

 

【…思えば、あの馬鹿者が大ルーンを捨てはすれど砕かなかったのは、これもあったのかもしれんな】

 

ラダーンのいう状況。即ち、トリーナへと触れ、真意を察し把握する者への支援。

 

【捨てた理由が煩わしさでないのであれば、そこには必ずやむを得ぬ心境がある。さすれど神が、信徒や肉親に悩みを打ち明けることは難しいのかも知れん】

 

「………!」

 

【ゆえにこそ、マリカが信じた者らに自身も信頼を託した……というのは、やや強引な解釈だったか?】

 

大ルーンが輝きを増していく。無垢金の光が、部屋を満たしていく。

 

「ううん、そんなことないよ。とても素敵な発想だと思うな」

 

そしてその光が、リッカの身体を包んでいく。トリーナともどもにだ。

 

「愛ある人は…そういうロマンや感情を大事にする人ばかりの筈だから」

 

頭に浮かぶ、たくさんの良き人々を思い返しながら…

 

リッカは、トリーナと共に。大ルーンの齎す光へと満ちていった…。

 

 

そこには、スイレンの花畑。

 

一連に優しく咲き誇る、紫の絨毯の如き様相。リッカは、そこにぽつんと立っていた。

 

「………………!」

 

すると、花畑から歩み寄る者が現れる。スイレンの如き紫の長髪をした、幼き少女。

 

〈…………………………〉

 

眠りの少女、トリーナ。精神世界においては、自らの脚と意志で存在し、立っていた。

 

「…トリーナさん、ですね?私は……」

 

リッカが語ろうとすると、トリーナは静かに頷く。解っていると、告げるかのように。

 

〈………ミケラを、止めて〉

 

「!!」

 

トリーナは告げた。彼女は、それを伝えることを待っていたのだ。

 

〈あの子を、神にしないで……〉

 

神にしないで。ミケラは神人。あくまで、神の資格を持つ者。

 

即ち、ミケラは全てを捨てて神に至らんとしている。黄金律とは別の律を敷くための次代の神に。

 

〈全てを焼かれた教会の先……。隠された秘境、エニル・イリム…。かつてマリカが神となった門に、ミケラは向かったの…〉

 

トリーナは告げる。そこで、マリカのように神へと至るのだと。

 

〈新たなる神は、王の魂に導かれ…そして、王の魂には、依代がいる…。彼は、ラダーンの魂と、黄金のゴッドウィンの肉体を使い、最強の王を…優しい世界の王を作らんとしているの〉

 

「……ラダーンの肉体を壊そうとしてたのって、そういう事だったんだ…」

 

リッカの言葉に、トリーナは頷き顔を伏せる。

 

〈あの子にとって…神は、牢獄。彼に囁いた、神の如き何かのように……〉

 

「!偽神を知ってるの!?」

 

〈牢獄の中の神は、誰も救えない………〉

 

トリーナはそっと、リッカの前に跪く。

 

〈………ミケラを、殺して〉

 

「…………!!」

 

〈あの子を…許してあげて………〉

 

トリーナは祈っていた。それは捨てられた嘆きや、哀しみというものではなかった。

 

ただ、慈愛。彼女は半身たるミケラを案じ、そしてその末路を憂いた。

 

神とはつまり、大いなる意志の傀儡。世界を支配する代わり、自らの全てを捧げねばならない。

 

それをよしとしないトリーナは、ミケラの魂の解放を願った。神になってしまえば、その魂は永遠に囚われたまま。その世界に救いはない。

 

ゆえにその前に、ミケラを殺せと。そうすることで、呪が如き神から解き放たれるのだと。彼女はそう告げたのだ。

 

「でも、それは………」

 

それは、半身のトリーナの死を意味する。半身が砕ければ、当然トリーナも運命を共にする。

 

「そんな事──」

 

トリーナは、その時…起き上がり、リッカの頬をそっと撫でた。

 

〈──────〉

 

「あ………」

 

そして、リッカの橙の鮮やかな髪に、そっと『スイレン』の髪飾りを差す。

 

「トリーナ様………」

 

そこには、何の毒性もなく、何の危害もなく、ただ咲く花があった。

 

ただ、優しく静かに咲く花があった。

 

〈……会いに来てくれて、ありがとう〉

 

「!」

 

〈あの人にも、どうか伝えてあげて。私の言葉を……〉

 

トリーナは、優しく微笑んだ。光が、また満ちていく。

 

〈私の、想いを。…強くて優しい、素敵なあなた……〉

 

「トリーナ様……!」

 

咄嗟にリッカは手を伸ばす。

 

しかし、光はそれ以上その世界を映すことはなかった。

 

 

【おぉ、リッカ!どうであった!?トリーナには会えたか!?】

 

一瞬の間、であったのだろう。気がつけば、リッカはラダーンに迎えられ、花畑に戻っていた。

 

そこには、微睡むトリーナ。先の出来事が、微睡みの夢であったかのように。

 

「…貴公、その花は…?」

 

マレニアに告げられ、リッカはそっと頭に触れる。

 

そこには、トリーナが優しく編み上げたスイレンの髪飾りが添えられていた。

 

「…聞こえたよ。トリーナ様の声が」

 

聞き及んだ。ゆえにこそ、道は示された。

 

隠されし秘境、エニル・イリムに…ミケラはいる。

 

「行こう。ミケラを止めに」

 

影の地の最後に至る地点が…今、示されたのだ。

 

トリーナの、優しい愛によって




トリーナの髪飾り

捨て去られたトリーナが
自らの代弁者と決めた者に贈ったもの

スイレンで出来た昏紫のそれは、だが一切の毒を含まず
ただ優しく髪に寄り添っている
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