人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
リッカ「あの…緑色の鎧の人?」
アンスバッハ「えぇ、彼は…」
拾い虫『ギィィ』
リッカ「おおっ!?」
拾い虫『ギィィー…』
『ぬくもり石』
リッカ「…くれるの?」
拾い虫『ギィ』
リッカ「ありがとう!」
アンスバッハ「…彼は拾い虫…腐敗の眷属の、同胞なのです」
リッカ「!…エオニアやマレニアの…」
アンスバッハ「どうか、道をお示しください。哀しみの只中にある、彼を。あなたの、ミケラ様と同じ…否」
リッカ「アンスバッハさん…」
アンスバッハ「あのような恐ろしい魅了などではない、あなた自身の魅力でもって」
リッカ「…やってみます!」
「やぁ。レダ様や、アンスバッハ様から、お話を聞いているよ。…自分も、会いたかったんだ」
アンスバッハが連れ寄った場所にて、物資に囲まれし緑青の鎧に身を包んだ、辿々しい言葉を発する男。彼の周りには、腐敗の眷属たる拾い虫が物資を集め置いていく。
「はじめまして。自分は、ムーア。君や、皆の、仲間だ。拾い虫も、君を歓迎したよ」
「はじめまして!私は藤丸リッカ!好きなものはコミュニケーション全般、嫌いなものは先入観!よろしくね!」
リッカは彼を、彼の人柄を見抜く。その声音から、見た目より幼き印象をムーアは与え、リッカはそれを受け取った。
「君に、迷いや悩みを伝えるといい。レダ様は、そう仰った。…でも、初対面だから、まだ、早い」
「そうかなぁ?」
「だから、君に。物資をやりとりする。そうすれば。きっと、仲良くなれる」
やりとり、つまり買い物という事。物資の仕入れや調達とは、そういうものなのだろう。
「オッケー!じゃあ腹を割って、買い物タイムと行きますか!」
「では、私が代金代わりのルーンをお支払いいたします。ルーンならば、そこらに有する者が数多おりました故に」
リッカは、ムーアから様々な物資を買った。それは、腐敗の眷属たる拾い虫と協力して集めたもの。
「…調達は、楽しい。君も、レダ様も、アンスバッハ様も。皆、喜ぶ」
彼は、人の役に立つことを喜ぶ者だった。自身のことより、他者への貢献と笑顔で生き甲斐や自己を肯定できる存在であった。
「…………」
だが、リッカは静かに勘付いていた。彼は、腐敗の眷属に連なるもの。
腐敗とは、エオニアから通ずる世界の外からの概念であり忌み嫌われしもの。停滞の黄金律に巣食い、温床として蔓延したもの。
マレニアは、それに苛まれていた。そしてかつて、腐敗の女神にすら至る程に蝕まれていた。言うなれば、マレニアは彼ら腐敗の眷属の母たる存在と言えるのだろう。
だが当然ながら、マレニアが腐敗を本当の意味で受け止めた、受け入れた事は一度もない。
彼女は抗い続けた。自身の矜持と理性にて、腐敗の女神となるその瞬間まで、人として抵抗したのだ。
つまり、腐敗の眷属とはエオニア、マレニアの系譜として産み落とされながらも、親に拒絶されし子供たちと言うこと。生まれ落ちながらも、母に愛されること無く見捨てられ、放逐され生きていくしかなくなってしまった生命たち。
ムーアも、そうなのであろう。腐敗の眷属に連なるのであるならば、そこに例外はあり得ない。
ムーアという腐敗の眷属は、母に愛されぬまま捨てられた一人の子供である。そしてそれこそが、レダが託した意味。
「……自分は、迷っている」
だからムーアは、寂しげにこぼす。本当は、ずっと最初から解っていた事を。
「……母が、子供たちを捨てた」
「!」
「母は、愛さなかった」
本当か、或いはもっと根源的な部分で分かるのだろう。腐敗の女神は、それに連なる者は、母より愛されてなどいないのだと。
それは、悲しいまでに事実だ。マレニアは自身が腐敗を受け入れる気など毛頭なく、朱き腐敗は誰からも忌み嫌われてしまうもの。外なる神の権能にして、黄金にへばり付く概念。
世界すら、マレニアすら拒絶し抗った腐敗、そこから生み出された生命。それを、愛する者などいるはずがない。
理屈はそうであっても、道理はそうであっても。そこに生み出された生命は、心は、納得できる筈が無いのだと。ムーアの言葉は告げていく。
「子どもたちは、どうすればいい?ずっと、ずっと。悲しいまま?」
親に愛されぬ心は、その哀しみは満たされることなど無いのか?
愛も知らず、想いも知らず、ずっとずっと悲しい生を送るしかないのだろうか?ムーアはそう問いたのだ。
「…………」
アンスバッハは目を伏せる。そうなのだ、誰にも判るはずはない。
親御に愛されなかった子供は、どのように未来を描けばいい?
明日に来る、無償の愛なき生という苦痛を、どう過ごしていけばいい?
愛されることなき人生を、どうやって全うすればいい?
子供どころか、大人にすら解らない。愛されることを知らない命は、果たしてどうやって生きていけばいい?
その答えは、アンスバッハすら解らない。どのような事を思い、どのように悲しみを乗り越えるのかなど解らないのだ。
愛なき生命などいない。いてはならないのだ。もしいるとすれば、それこそが世界の歪みそのものなの他ならないのだから。
「………」
レダがリッカに託したのは、無茶と無理を承知の上なのだろう。
哀しさしか待たない人生は、きっと彼を終わらせてしまう。
どのようなものでもいい。答えを示してあげてほしいのだと。希望に満ちていなくていい。夢に満たされていなくていい。
ただ、君自身の言葉を告げてあげてほしいと。誰もが目を逸らし、口を噤むしかない彼の問いに、君ならば答えられる筈なのだ。
それは、レダが見せた信頼であり…同志への救いを願う彼女の想いと優しさに他ならなかった。
「…………………ムーアさん」
───そして、レダの判断は正しい。
リッカはムーアに目線を合わせ、問いかけたのだ。
「未来で、悲しみは終わるよ」
彼女は、答えられるのだ。
何故なら彼女もまた、父親にも母親にも、愛されなかった人間だったのだから。
「…未来?悲しみは、終わる?」
「うん。愛されなくても、最後まで憎しみしか向けられなかったとしても。必ず悲しみは、未来で終わる。絶対に、終わるんだよ」
それは、揺るぎない実体験だ。彼女の言葉に虚偽も迷いも、詐欺もない。
彼女の生きてきた全てが、その証なのだ。
「生まれてからずっと、誰にも愛されない命なんてない。あなたの人生に、きっと晴れ渡るような愛はやってくるよ」
悲しみを繰り返したとして、それは決して永遠じゃない。
きっと誰かが、誰でもないあなたを待っている。
「だから、悲しみが終わる未来に一緒に行こうよ。愛されないから、悲しいままだからって、そこにいるだけじゃ何も変わらない」
「何も…変わらない…」
「愛されたから愛するんじゃない。誰かに愛される前に、誰かをただ愛した人になってみようよ」
リッカは手を差し出す。それは、祝福王モーゴットに贈られた言葉。
「それでも怖いなら……たった今隣人として、私があなたを愛して支えてみせるから!」
「……自分を、愛してくれる?」
「うん!いつだって、誰かが誰かを愛してる!そうやって世界は出来るんだよ!」
そうやって、自分は助けてもらったのだ。
かけがえのない親友から、学友に職員、英雄や親子たち。様々な、愛の形に。
「さぁ、一緒に行こう!未来が私達の、悲しみを終わらせるゴールだから!」
リッカは笑顔で、ムーアに手を差し出す。かつて自分が得た救いを、自分が今与えるために。
「…………ああ。それが、君の愛か」
ムーアは、彼女の言葉を知った。
正確には、その言葉の重さと眩しさを知った。
「誰にも、愛されなくても。きっと、その悲しみを終わらせるために」
リッカの手を取り、ムーアが立つ。
「もう、愛されない悲しみが増えないように。未来に、一緒に行かなくちゃいけないんだ」
愛されない痛みを、誰にも味わわせない為に。
「ありがとう、リッカ。もう、悲しいままにはならない」
「うん!」
「ずっと、悲しいままでは…ずっとずっと悲しいままでは、生きているとは、言えないから」
そこには、ミケラの魅了に全く劣ることのない力があった。
彼女自身の、『魅力』があった。そしてその魅力は…
かつて、リッカの悲しみを終わらせた全ての愛でもあった。
アンスバッハ「ムーア殿も、これできっと大丈夫でしょう。感謝致します。これでまた、一人が救われました」
リッカ「私は、ただ後押しをしただけですよ。……愛だけは」
アンスバッハ「?」
リッカ「愛だけは……私が、皆から貰ったものを分けているだけですから」
アンスバッハ「…そうで、ございましたか」
彼女もまた、常人では測れぬ重いものを有する。
今更ながら、それを知るアンスバッハであった。