人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜   作:札切 龍哦

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世界は誰かが救うだろう。

世界は誰かが護るだろう。


であるならば………

その者たちは、世界を救った者達は。

一体誰が、救うのであろうか。


落葉のダン〜終〜

清めの間にて、打撃の応酬たる戦いは濃密、しかし一瞬にて天秤の傾きは優劣を示していった。

 

「………………」

 

ダンの鍛え抜かれた拳、そして蹴り技は確かにヘラクレスに届いていた。十二の試練にて、守護されし肉体に。

 

しかし、攻撃が利く、程度の具合で倒れるような生易しい存在ではない。ヘラクレスは確かにそれら一撃一撃を捌き、見切り、反撃を叩き込んだ。

 

白き床も、また血溜まりになっていく。だがその流す血の大半はダンのもの。

 

汎人類史における『最強』を冠する大英雄は、決して偽りや伊達では無いことを悠々と、堂々とヘラクレスは示したのだ。

 

「もう良いだろう。勝敗は決した」

 

余すことなく打撲を受け満身創痍のダン。命のストックが11も残るヘラクレス。完全に、勝敗は決している。

 

「貴殿の拳、そして蹴り……この身に届いた事実こそが何よりの誉れ。それ以上は、望むべくもない」

 

降伏を促すヘラクレスだが、ダンは構えを崩さない。

 

「…………」

 

譲れないものがあるのは、彼も同じ。彼は跳躍し、最後の勝負に出る。

 

「むっ…」

 

身体を大きく捻らせ、遠心力のままに身体を回転。そして回転の勢いのまま、無数の蹴りを放つ。

 

「………!!」

 

落葉旋風脚。それこそがダン流格闘術の奥義。彼が残せし切り札であった。

 

「!!………ぬぅっ!」

 

一撃、一撃受けるたびに、ヘラクレスが後退する。それは気迫を越えた、ダン自身の人生全てを懸けた蹴り技。その重さは、ヘラクレスを5歩も後退させるほどの力と勢い。

 

「ヘラクレスさん!」

 

マシュの呼びかけに、焦りが孕むほどの。……だが。

 

「────はぁぁぁぁっ!!」

 

ヘラクレスの技は、獣や怪物を想定したもの。噛みつきや斬撃により抵抗されるなど織り込み済み。

 

即ち『攻撃されながら殴り返す』事など、成して当然である。ヘラクレスは右腕を振り上げ……

 

「……………!!!」

 

渾身の勢いを以て、ダンの脳天よりアームハンマーを叩きつけた。それは致命的な、決定打たる一撃だった。

 

「……………………、………」

 

倒れ伏す、ダン。見下ろすヘラクレス。勝敗は、此処に定まった。

 

「私の勝ちだな、ダン。勝負あったぞ」

 

「………………………、見事だ」

 

ダンが久方ぶりに発した言葉。それは勝者への称賛。この場において、勝負あった事を認める言葉。

 

落葉のダンを、汎人類史最強の大英雄が下したのだ。

 

「………ミケラ様」

 

ダンは大の字に倒れ伏し、譫言のように呟く。

 

「神に、お成りください」

 

ミケラの願いの成就を受け、ヘラクレスの中に疑問が浮かぶ。

 

「何故、それほどまでにミケラに尽くす」

 

デミゴッド、神人とはいえ、ミケラは幼きもの。全世界や全てを担わすには、資格ある神と呼べる者では無いはずだとヘラクレスは問う。

 

「その信仰は、如何なる源泉から生まれるものだ」

 

ヘラクレスの問いは、勝者の権利だ。ダンは敗者として、禁欲の沈黙を破った。

 

「……マリカは、只人であった。神などではない…神の力を持った、人でしか無かった」

 

「………」

 

「神で無いものが、神として在ったが故に……世界は壊れ、エルデンリングは砕けた…」

 

マリカは、神などでは無かった。それは、黄金樹の翳りと共に見出した答え。

 

「怒りを、憎しみを、呪いを捨てぬままにマリカは神となった。それを、我等は神と崇めた。世界の歪みは、そこより生まれた」

 

人の如き心を持っていたがゆえに、マリカをはじめとした黄金樹の世界に信仰は無かった。そう、ダンは静かに語った。

 

「罪を捨て、自らを捨て、何もかもを捨てていくミケラ様の在り方に…私は、神の在り方を見た」

 

人の心を持っていたからマリカは失敗した。

 

ならば、全てを捨てて神とならんとするミケラにこそ、真なる神の資格があると。ダンは語る。 

 

「ミケラ様は……何も成せぬ者だった。幼く、成長できず、魅了しなくては、何もできぬ、哀れな者だった」

 

「ダン……」

 

「世界を救うべき者は、その世界の全てを救うだろう。……しかし、世界の誰も、救った者を救いはしない」

 

ダンは言う。救世主とは、神とは即ち、世界の為の人柱でしかないと。

 

「哀れではないか。全てを捨て、神に至らんとした無垢なる魂の末路が、世界に召し上げられし生贄とは。あまりにも、哀れではないか…」

 

だから、ダンは彼に、ミケラに仕える。

 

「世界を救えぬ身であるならば、せめて、彼の…ミケラ様の道筋を、肯定してやれれば。せめて…その道を行くあの御方の、心の迷いを捨てさせる一助となれば」

 

その為に、ミケラを信じ、ミケラに仕えた。

 

信仰とは、孤独な教祖や神に勇気を与える。その者に、自信を与える。

 

民の笑顔が、部員の愉悦がそうであるように。

 

ダンは、ミケラを信ずる事で、ミケラを後押ししたのだ。

 

世界を救いたいという願いを。

 

妹を救いたいという願いを。

 

その願いは、決して間違いではないのだから。

 

「あの御方が、自身の全てを捨てていく様を見てきた」

 

ダンは、静かに告げる。

 

「何もかもを捨てた神に、一体何が残る。残らぬのだ、何も」

 

「………」

 

「だから……せめて、その背中を押してやることこそが、唯一の……」

 

それこそが、唯一の…ミケラの手向けになるものだと。

 

ダンは真に、ミケラを想っていた。

 

ダンは神の、救世主の末路を知っていた。

 

そしてマリカとは違う神が、世界に存在するべきという事実も理解していた。

 

だからせめて、ミケラの果たすべき道、願いを…

 

ミケラがやりたい、成し遂げたいという望みを、彼は後押ししたのだ。

 

敬虔な信者であるダンは…

 

ミケラの魂の救いであらんがために、彼を信じたのだ。

 

「…………」

 

ヘラクレスは暫し、その誓いを静かに聞き及んだ。

 

「マシュ。彼を治療してやろう」

 

「は、はい!?」

 

「彼は悪ではない。信仰による戦いは、常に二つの正義の衝突だ。この戦いもまた……そうであるのだ」

 

マシュは頷き、ダンを治療に移る。全身を砕かれているため、戦線離脱は避けられないが…生命に支障はないであろう。

 

「…何故だ…」

 

ダンは、ヘラクレスにそう問うた。

 

「ミケラは間違っている。神とは、悍ましい程に自身と自我を極めしものがなる究極の俗物の名だ」

 

ヘラクレスもまた、ダンを手当てする。

 

「神の資格を持ち、また神なのだとしても。己を持たず世界に尽くす神など、心持つ者が目指す領域ではない」

 

「…!」

 

「ダンよ。ミケラの為に祈った貴殿は正しい。ただ、背中を押した事は誤りだ」

 

ヘラクレスが、ミケラに成すべきだったと願うもの。

 

「その鍛えた拳と脚で、人柱や牢獄に向かうミケラを救ってやることこそ…貴殿が果たすべき使命だったのだ」

 

「………馬鹿な…」

 

「私は、神に翻弄された側でな。神に滅私奉公など御免被るが…我が弟子は、そうではない」

 

神に寄り添うは良い。

 

神を信じるは良い。

 

だが、過ち犯さぬ神などいない。ならば、人にも神にも紛糾するは同じ事。

 

「神と共に歩む道。真に正しきその道には、数多の優しい祝福が付いてくるものだ」

 

「!はい!先輩の姿こそ…!」

 

「生きろ、ダン。そしてミケラを支えてやれ。弱き幼き神を、弱き幼きままに信じてやれ」

 

それこそが、肯定と信仰の道と。ヘラクレスは告げる。

 

「人と神。結局のところ、切り離せぬ者同士なのだからな」

 

ヘラクレスが自嘲気味に呟く。

 

それはうんざりするほどに経験した……

 

ギリシャならではの、哲学であった。

 




ダン「………………」


「そう、か」

ダンは、全てに納得したように…

目を閉じ、倒れ伏した。
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