人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
『某は朝倉宗滴と申す、此れより一意専心を以て主人を支えましょう。』
真名:朝倉教景(宗滴は法名)
クラス:セイバー
性別:男
出典:史実、朝倉宗滴話記
地域:日本
属性:秩序・中庸 人
身長:182cm
体重:87kg
好きな物:政務、戦場、他者との交流、鍛錬
苦手な物:一向宗、怠惰を貪る事
ステータス
筋力:B
耐久:B
敏捷:C
魔力:E
幸運:B
宝具:A
スキル
対魔力:C
魔術に対する耐性。
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない
騎乗:C
乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。
正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
軍師の忠言:B
状況を把握、分析することにより味方側に正しい助言を与えることができる。
本来宗滴は軍師では無いが、軍監として朝倉三代(9代貞景、10代考景、11代義景)に渡って仕え、数々の忠言や諫めの言葉を以てして内政や外交にも深く関わり朝倉の最盛期を築き上げた事でこのスキルを得た。
越前の軍神:A+
宗滴が築き上げた武威が昇華されたスキル。
味方に攻撃力UP、敵に攻撃力・防御力downを与える。
後述に記する九頭竜川の戦では30万の一向宗相手に1万で勝利を納め、更に各地を転戦してはそのほぼ総てにおいて勝利を掴み取った事で近隣大名には恐れられ、幕府からは篤い信を置かれた(各地への出陣も主に幕府からの頼み事であった為)
更に越後の軍神たる長尾景虎も宗滴へ仲良くしてほしい旨を記した書状を送ったと云われており、宗滴存命中は朝倉に攻め込む勢力は一向宗以外存在していなかった事も拍車を掛けている。
勝事が本にて候:B
宗滴が遺した数々の言葉の中でも一番有名な言葉にして宗滴の戦における価値観がスキルになった物。
自身に宝具威力UPとArtsバフを付与する。
『武者は犬とも云へ、畜生とも云へ、勝つ事が本にて候』と言う一文であるが勝つ為には何でもしても良い、と言う意味では決して無い。
『城攻めの時は無理な攻め方は避けなければいけない。それでは大将としては失格だ。兵を目の前で見殺しにしてはならない』
と言う他文の様に、非情になっても無道の如く道に外れた行いをしてはいけないと言う意味が込められている。
宝具
『退かぬ!!朽ちぬ!!勝利を得る!!我等の勇猛、此処に知らしめようぞ!!』
九頭竜川の驍将
ランク:A
対軍宝具
朝倉宗滴に於ける一番有名たる戦での武勇が昇華され宝具となったもの。
周囲に後述する九頭竜川の戦にて参陣した朝倉軍兵士達が出現し、宗滴の掛け声と共に敵に向けて突撃をかける。
その際宗滴も自ら先陣を務め大将にも関わらず最前線にて剣を振るう。
兵士達だけに任せず自身も最前線へ突撃を掛けるのには宗滴の心構えが要因となっている。
宗滴が遺した言葉の1つとして『総大将は前線に立つのが基本である、功を挙げた家臣が手柄を見せに向かう為自然と前線が強化される物だ』が在る。
総大将が最前線に出ると言うのは当時の戦としては並大抵の武勇では出来る事では無いが、其れを実行出来る宗滴ならではの宝具となっている。
自身の攻撃力UPと敵全体の強化状態解除後、敵全体に強力な攻撃を与える。攻撃後味方全体のNPを少しチャージする。
・人物像
越前朝倉家に仕えた名将と呼べる武将。
嘗て応仁の乱で下克上を果たし越前守護までのし上がった7代当主朝倉英林孝景の八男。
その名が知れ始めたのは、一族の朝倉景豊が企てた謀反を鎮圧し敦賀郡代&金ヶ崎城主となった事から始まった。
そして天下に知れ渡ったのが一向宗との戦である九頭竜川の戦いである。
当時の朝倉家は9代当主貞景の下、幕府寄りの立場で反細川の立場を取っていた事から時の管領細川政元の扇動を受けた加賀一向一揆が越前へ侵攻してきた。その総数は諸説在るとされているが凡そ30万と云われ、其れに対し朝倉軍は1万1千程であった。
此れに対し宗滴は自ら先陣を切って夜襲を仕掛け、勢いそのままに一向宗を打ちのめし奇跡とも言える勝利を掴み取った。
一説には勝利した後に何故勝つことが出来たのか?と言う9代当主貞景の問いに対し宗滴は『農民であれば農耕が得手、坊主であれば念仏が得手、然し戦に於いては我ら武士が最も得手とする物。数を集めた所で得手で無い事では烏合の衆たる事を教えてやっただけの事にございます。』と平然たる様で答えたと云われている。
この武名に朝倉家に宗滴在り。とまで語り継がれる事となりその後も幕府の要請で美濃や若狭・近江へ転戦しては勝利を納め、幕府から信も置かれた事で朝倉の家格を押し上げ朝倉家の全盛期を築き上げた。
余談だが、近江転戦時に浅井初代の浅井亮政と誼を通じた事(小谷城に金吾砦を勝手に増築して半年居座って亮政を多いに助けた)が浅井朝倉の長きに渡る同盟の始まりとなっており信長とも大いに関わってくる。
晩年は誼を通じていた長尾景虎からの要請に応じ、加賀一向一揆を叩くために出陣。一向一揆を追い詰めるもあと一歩の所で病に倒れてしまい陣中で亡くなった、この時79歳と言う高齢だった。この宗滴の死は景虎にとっては大きく、北陸方面への不安を遺す結果となった事から第二次川中島合戦の和睦、と言う結末の遠因になっている。
また亡くなる時は『後3年は生きていたかった、其れは死ぬのが怖い訳で無く織田信長の台頭を見届けたかった。』と遺している。
宗滴は信長がうつけと呼ばれ、尾張統一より前から信長を人使いの上手な名将であると警戒していたと云われている。
事実その予想は正しく、宗滴死後に朝倉家は信長によって滅亡に追い込まれている。
因みに宗滴は武勇、兵法、内政外交に長けていたがそれ以外にも鷹を卵から育てる人工繁殖を含めた養鷹法の作成や鮭の卵からの人工孵化の研究と色んな事も行っていたりする。
また、数々の現代にも通じる言葉を多く遺しており其れは朝倉宗滴話記と呼ばれ資料が今も残っている。
その内容を一部纏めるとこんな内容となっている。
・『重要な戦の際兵士には少しの弱気も見せず、また言葉にしてもいけない。』
・『敵を攻める際、慢心を抱き敵はもう持ち堪えられない等と言ってはならない、万一敵が持ち堪えた時に味方の総勢が平常心を喪うからだ』
・『戦を心掛ける者は諸国の道、海、川、難所等を予め知っておく事が必要だ』
・『人に与えた恩は忘れてしまうのが良い、だが人から受けた恩は死するまで忘れてはならない』
・『諸国の戦についてよく知る者を身辺に置くと得る物が大きい』
・『合戦に負けた時自害するは失態である。敵を誰であれ一人でも多く討つなり捕えてから討死すべきだ。其れは死に様でなく生き様である』
・『名将とは一度大変な敗北を喫した者である。負けたからこそ自分に足りぬ物を自覚し、其れを得んと動く。その点私は勝ち戦ばかりで敗北を喫した事が殆ど無いので名将とは言えないだろう』
と言う内容となっており、さり気無く自分の事を上げている内容も含まれているのは戦国クオリティと言える。
・性格
一人称は某。
剛毅果断な性格で迷いを持つ事が家臣達の不安を煽る事を知っている事から戦時には弱音を吐かず厳格に振る舞う事が多い。(信頼を深めたマスターならばその数少ない弱音を受け止める時が訪れるだろう)
しかし厳しいだけでは無く、平時は好々爺然としており茶の湯を振る舞ったり子供サーヴァントとも交流を図ったりするなど精力的に他サーヴァントと関わりを持とうとしている。
『主人は、家臣から恐れられるだけではだめだ。心から慕われるのが望ましい。そうでなければ、家臣もいざというときに、命を捨てて主人の役に立とうとはしない』と言う言葉も遺しているからこそ、背中を預ける事となるサーヴァント達とも信頼関係を築きたいと言う考えを抱いている。
その為人であれ鬼であれ神霊であれ怯まず先ずは接しに往く。
朝倉家では軍事・内政・外交の全てに深く関わった影響か、召喚されても政務事に携わろうと進んで色々な手伝いをしようとしており一部サーヴァントからはそのワーカーホリックぶりを心配されたりしている。
軍師系のサーヴァントとは将棋にて対局してはその知略を身をもって知り自分の糧にしようとしたり、武勇に優れた逸話を持つサーヴァントとは剣を交え武勇を磨かんと試みるパワフルなお爺ちゃんである(将棋なのは朝倉家で盛んであった事と朝倉駒と呼ばれる当時の将棋駒が一乗谷遺跡から出土した事が関連している)
マスターとの関係は基本的に主従を弁えた丁寧な対応をしてくれる。だが時々忠言や諫言を以て間違いはしっかり訂正してきたりもする。
・容姿
普段は浅葱色の肩衣袴を着用しており、軍神とも言われた関羽に肖ろうとしたのか長いアゴ髭を蓄えている。
戦時は黒漆塗の甲冑に荘厳な兜、総面と呼ばれる矢から顔を護るための武具を付け、大太刀を武器とするフル装備となっている。
一見するととても重たそうに見えてしまうが宗滴からすると慣れた物らしい。
・他サーヴァント及び関連人物
織田信長
自身が名将であると予見してた通り、天下に後一歩の所まで登り詰めた事を知った時は小さく頷いた。因みに朝倉滅亡に関しては恨みは無く、戦国乱世なりの割りきり方で気にせず接してる。
『ほう、女性となりし信長殿か……姿は違えど某の見立て通り、天下に勇躍したと聞き及んでおる。朝倉滅亡に於いては乱世の倣い、武士ならば恨む道理無し…と言う物。一度魔王と呼ばれし軍略を拝見したい物よ…』
長尾景虎
誼を通じていた縁かよくシミュレーターで手合せしたり酒を共に酌み交わしたりする。
宗滴としては加賀一向一揆の息の根止めれず病に倒れた事を申し訳無く思っており会った時に謝罪をした。(尚詫び代わりの手合せを景虎から提示され御互い乗り気で戦ったと云われてる)
『長尾景虎殿か。信長殿と同じく某が知る景虎殿とは姿が少し違えどもその武勇、そして軍略。間違い無く越後の軍神よ。軍神と共に闘えると言うのはやはり良い。話ついでに良い酒と肴を揃えたのでな、一献如何か?』
四葩
乱世の倣いとは云え、一族の姫(系譜的に兄の玄孫)がこうも過酷な運命を辿った事に己の無力を痛感。
朝倉滅亡に於いては乱世の倣いとして割り切れるがもしも、自分が生きていたならば四葩の地獄は無かったのでは無いかと少しだけ思わずには居られなかった。
彼女が暴走しない様にと目付け役兼傅役として振る舞う。
『マスター、今一時だけの弱音を御許し下され。四葩の辿った運命……乱世の倣いとは云え…某の不覚を痛感致した。朝倉滅亡に於いては朝倉に力が足りなかった。然し思うのです、某がもし生きていたならば…朝倉滅亡を止めることが出来たなら……と。勿論我々の生き様や世の流れを否定するつもりはござらん。ですが……その様な考えをふと思ってしまうのです。』
軍師系サーヴァント
積極的に談話を試みて、碁や将棋を指したり色々と行っている。
合理的なその判断は舌を巻く時も在るが、陳宮だけは少し自分には合わぬ所があるが難点…と思っている。
『孔明殿、司馬懿殿、陳宮殿、太公望殿…何れも智略自在、天下に名高き方々ですぞ。碁や将棋にて相対すればどの様な策が来るか…学ぶ事は非常に多いと言う物!!』
鬼一法眼
兵法家として一度は会いたかった人物。兵法に関する話をアレコレ酒を飲み交わしながら行った時は興奮のあまり手合わせまで行った。
『鬼一法眼殿まで居られるとは!!かの六韜三略については聞けずとも!!兵法に纏わる話を交わすだけでも得られる事が多すぎるという物!!手合わせにて六韜三略の兵法をこの身で受けた事は我が誉れと致しましょう!!』
朝倉義景
自身が支えていた主。その内政能力の高さを見抜いていた為自分が剣となって義景を支えんと尽力したが老いと病に勝てず志半ばで死んでしまった事を少し悔いている。
自分の知ってる義景では無くとも朝倉の当主として支えようとしているが、遊び人気質の義景を諫める為に定期的に義景に将棋で勝負を挑み、勝てば自分の忠言を聞いて貰う。負けたら今日は好きに遊んで貰って結構。と言うやり取りを結んでいる。
因みに勝率は宗滴が8割、義景が2割となってる。
『義景様も居られましたか。大名の政務が無いとは言え、武家の棟梁なのですから遊び耽るのも程程にしていただきたい。どうしても……と仰るならば!!某が将棋にて御相手致す。何れ程の知略を得たのか…是非とも拝見させて貰いましょう!!』
宮本武蔵、柳生但馬守宗矩
その剣技に感服しシミュレーターにて定期的に手合せを行っている。
強者との立会いに血肉沸き心踊るとの事らしく、爛々と目を輝かせて真剣勝負を繰り広げている。
『高名な剣士と聞いておりましたが…ここまで素晴らしいとは!! 打ち合いに敗れたとしても其れは恥ずべき事に非ず、経験を積み先を見据え武勇を磨く事が肝要!!さぁ武蔵殿!!但馬殿!!今日はあと100回は打ち合いましょうぞ!!』
ナイチンゲール
自身が働き過ぎである、過労死する可能性があるとして休む事を強制してくる為それを鍛錬と思い受け止めんとしている。
一度強引に抑え込まれた事が有り、それ以来武勇面での関心を抱いている。
『む…ないちんげぇる殿か。かの女傑…あの力、内政で終わらせるには勿体無いと思った次第。某を抑え込んだあの剛力…あの瞬間戰場で在れば某は討死しておりました。あの力の源……少しでも理解し、某の糧にせねばなりますまい。』
藤丸龍華(楽園カルデア)
我が主。自ら先陣に立ちその刀、弓と言った武具を振るい敵を屠る。他多数サーヴァントからも慕われている等、宗滴からすれば自身が追い求めてきた理想の大将の姿を体現してる為心の底から忠義を尽くさんと動いてくれる。
『これ程の……!!貴殿こそ正しく武士の体現!!この宗滴、感服し心服致しました…!!願わくばこの先も先陣に立つ事!!何卒御許しくだされ!!某が貴女に敵の槍先など1つたりとて!!届かせぬ戦働きを致しましょう!!』
雅桐 南斗さん、ありがとうございました!