「母さん・・・僕は・・・僕は・・・」
『・・・ありがとう』
「・・・!」
『キングゥ。あなたは・・・私の、大切な子。それだけは、誓って、本当・・・』
「・・・母さん・・・」
『・・・けれど、ごめんなさい。・・・私は、あなたを・・・目覚めるために、利用した・・・』
「・・・」
『・・・親が、子を利用することは・・・あっては、ならない・・・なのに・・・私は・・・』
「母さん・・・」
『・・・キングゥ。あなたは、あなた。・・・私のために、生きなくていい。あなたは、あなたの、やりたい、事を・・・』
「・・・――」
遥か彼方の時代の英雄神、マルドゥークが降臨せしメソポタミア。――魔獣を一掃し洗い流した後、黄金の神は悠々と空を飛ぶ。当然ながらイシュタルの妨害はない。イシュタルの神格など足元にも及ばぬ、戦闘力ではあらゆる神々の何倍もの力を持つ『英雄神』。ティアマトすら単独で討伐せしめた神の中の神。人格や存在ではないにせよ、その神威を知り手を出す神はもれなく身の程知らずの烙印を押されるであろう
マルドゥークという神は暴れん坊で、洪水、七つの風、守護龍、数多の武器を所有し、とても傲慢でもあったという。メソポタミアに、かの神に意見するものは存在しない
『気に入らないから滅ぼす』など、マルドゥークは容易く行える力をもつのだ。それが世界であろうと、親であろうと、神であろうと。
「君にぴったりだね、ギル」
「そう誉めるな、照れるであろう。――我が一目置く神でもある。己のみで神を殺した原初の神性が一柱。――我がカルデアの都市神には相応しいと言うものだ」
――祈りに、応えてくれて・・・良かったです
ほっ、と胸を撫で下ろすエア。・・・皆の力になることができて、良かった・・・
マルドゥークにて飛行し、ウルクを望める城壁に降り立ち、カルデア一行はその町並みを見据える光景をその目に写す。
『マルドゥークの待機はお任せください、王よ』
「うむ。――さて、ここなら一望が叶うか?」
王は愉しげに笑い、光景を誇示するように手を広げる
「見るがいい。これが都市国家の雛形。貴様等人間が群れをなす都市の原典。――我が宝、ウルクの町並みである」
エルキドゥも穏やかに笑いながらその様子を目にし、たおやかに目を向ける
「「わぁ・・・!!」」
そこにあったのは――
「新入荷!新入荷だよ~!ドゥムジ工房の最新作!『黄金巨神』の麦酒だ!魔獣を蹴散らしたすげぇ機構の紋様入りだ!今だけしか味わえないぜ!」
酒屋が元気に声を上げ、皆が喉ごしを確かめんと足を運ぶ
「両替!両替はこちらだ~!今だけ限定の銀替え制度、利用しない手はないよ~!今なら『羊の銀』一つで『魚の銀』五つ!「麦の銀」一つで『亀の銀』が三つだ!」
人々が忙しなく、後500年ほど先の文化たる紙幣制度を活用する
「うちで飯を食うのなら鳥の脚肉を一つつけるよー!ただし塗りものは持参してくれ!」
飯屋が陽気に声を上げ、楽しげな食事を繰り広げる
「諸君!西地区では粘土運びの人員を募集している!力自慢は日が登りきるまでに市中運河の停船所に集まってほしい!皆の腕力に期待する!」
「いやまて!兵学舎にも人が足りない!このままじゃ、貯蓄する武具が木の枝になっちまう!武器作りの覚えがあるやつは来やがれ!ブイン族が作った武器に負けんなー!」
兵士たちのいかつい声が響き渡り
「えー、花屋ー、メルルの花屋でございまーす!戦いが収まった今こそ潤いを忘れずにー!お祝い事、奥さまへの贈り物など、何でもご相談くださーい!」
人々の声が、生活を謳歌する声が、生きようとする声が際限なく木霊する
『・・・――なんと、無駄のなーい・・・』
シバニャンが感嘆の声を漏らしたのは、ウルクの地図を目の当たりにしたからだ
一切の無駄がない。役職ごとに完璧に分けられた区間、連携の行き届いた交通網。兵産、建築、商業、生活。その全てを城塞の中のみで完結するように再設計され、計算され、そのように街のカタチを取っている
・・・古代都市など、後の時代のレッテルに過ぎない。此処に在りしは、あらゆる災害、神の災厄にも決して屈することなく、人のみの力で生きる事が叶う『戦闘都市』――
――これが、ウルク!王が治め、認め、愛した土地!愛した国!わぁ・・・わあぁ――!
宝石箱を開けた子供のように目を輝かせるエア
何よりエアが素晴らしいと思ったのは・・・民たちの活気だ。誰も下を向いていない。誰も悲観的になっていない
伝えられているであろう『滅び』を目前に控える時であっても――皆、懸命に生き、心から笑い、戦っている
滅びを討ち果たすために、皆が力を合わせて生きているのだ。――現代創作の勇者や英雄が苦難の果てに決意する覚悟を、此処にいる民達は既に決め、一丸となって戦っているのである
その様子が、誇らしく、輝かしく。――絶望に負けない人達が、尊くて。エアは目を輝かせ、胸を躍らせながらウルクの町並みを、民の営みを見つめ続ける
《――――――・・・・・・フッ・・・》
期待していた以上のリアクションを行った姫に、いつもより気持ち穏やかに頭をなで、共にウルクの営みを見つめる英雄王
「・・・?あれは・・・」
エルキドゥはその視力で、天の丘――友とはじめて会った思い出の場所に、何かがあるのを見出す
「――へぇ。どこかで影響されたのかな?」
そこには、小さな桜の枝が刺さっていた。確かに、控えめに、それでいて、絢爛を主張し、柔らかに桜が咲いていたのだ
その他にも、医療区画、魔獣飼育区画、バターケーキスイーツ区画、様々なオーパーツを感じさせるものが立ち並んでいる
それらの集まる場所は・・・『ブイン族区画』と仕切られている
《ふははははははは!部族扱いではないか部員どもめ!しかと受け入れられているようだ、やるではないか!ふははははははは!!》
その様がツボに入り高らかに笑う英雄王。彼等の戦いの証しは、確かにウルクに刻まれ、受け入れられているのだ
・・・それは、城壁にも記されている
「おやおや、これは」
城壁に、ティアマト十一の魔獣を打ち倒す、様々な武器を持った者達の肖像が刻まれているのだ。年代は様々なれど、一同に皆『ウルクを守護している』
(指揮官クラスがまったくいなかったのはそういうことか。・・・ありがとう、皆)
ウルクを愛し、護った何者かに、静かにエルキドゥは感謝の証となる鳩を象り、空へと飛ばし、カタチにする
(田舎の野蛮な都市だと思ってた・・・ウルクすげぇ。やるなぁ古代・・・)
《当然よ。むしろ現代などより余程無駄なく余分がない。――エアよ。我は奴隷を10人集め、誰か一人を奴隷の任から解放せしめんと思案した。――だが、できなかった。何故だかわかるか?》
無駄のない世界、奴隷・・・エアは答えに至り、告げる
――皆に役割があり、奴隷だからと無下にする事すら叶わないほど無駄がなかった、ということですか?
《そうだ。奴隷にすら役割があり、責務がある。もて余す無駄など何一つない。――だからこそ、我がウルクは神との戦いに挑めるのだ、エアよ》
――それは、本当に凄いことだと思います。何より・・・
一人一人が、肩を組み、笑い合い、懸命に生きている。その事実そのものが、本当に・・・
――滅びを知りながら、皆が戦い、抗っている。その選択が、事実が・・・本当に、尊いです・・・
《そうだ。よく微笑み、よく感嘆した。我が民の真価、正しく見抜いたようだな、エア》
満足げに、上機嫌にエアに天空神の酒の酌を任せ、景色を肴に喉に流し込む
《お前はやはり、我がウルクの民と同じ幸福な魂よな。全く――これでは迂闊に街を歩けさせられぬではないか。もう少し愚かで俗ならば、雑に扱えたものを》
そう言いながらも、エアを見る英雄王の眼差しは、何処までも優しげで、穏やかで、誇らしげであった
「気にしないで。民や街が誉められて、嬉しいだけだから」
エルキドゥがからかうように笑い、無言で杯をエルキドゥに投げつける英雄王。にこやかに笑いながらキャッチし投げ返し、黄金の波紋に回収する
《ともかく。――どうだ?エア。我がウルク、お前の愉悦の眼鏡に適うものか?》
――はいっ!とっても、楽しみです!王やフォウと、隅々まで歩いてみたいですっ!
《そうか。――そうか。・・・姫の目にも適うならば、我が都市も捨てたものでは無いな?》
ふははははははは!と笑い、愉快げにエアとフォウと共に王はウルクを自慢気に見下ろし続ける
『一応、補足しておくわね。シュメル人は紀元前4000年から歴史に登場した人達。――その文明は実に細やかなものだったわ』
オルガマリーが眼鏡をかけ、資料を読み上げる。マシュが興味深げに聞き、リッカがポプテピめいて頷く
『現人類最古の都市文明。数千人が暮らす村社会の脱退から始まり、灌漑農耕による穀物の増産を始め、数万人からなる都市国家群を形成したのよ。それだけの発展を進めれば、文字の発明、学校による高等教育も行われるわ』
「木材だけは恵まれなかったから、杉の森に行かなきゃ行けなかったけどね。フワワのいる・・・」
「――その話はよい」
「・・・そうだね。続けて?」
『は、はい。二つの大河に囲まれた、肥沃な大地は良質の泥を生み出し、泥を練った粘土で様々な城塞を作り上げたの』
「僕とかね。それが泥と粘土、麦と羊の国、メソポタミア。僕とギルの故郷さ」
「ふはは!民の頑強さも比べ物にならぬぞ?イシュタルめの7年飢饉、大洪水、大飢饉。それら全ての災害をさらりと受け流し復興する強さと逞しさを持ち、現代の勇者10人分の冒険をするのがウルク民よ!現代人程多様さはないが、その分凄まじいまでの個体平均値を誇る、地獄にて生き延びる人間の見本品どもだ!」
エルキドゥとギルガメッシュが、自慢げな姿とアピールを隠そうともせず笑い続ける
――ウルク民の皆様!お疲れ様です!
(泥で死ぬなんて現代人は脆すぎるって言ってたのはこれが理由かぁ・・・――本当に解せないな。人間の理想のモデルスケールを目の当たりにしておきながら、あの失敗作どもは何故あんなゲスになったのやら)
――フォウ?
エアの胸の中で不愉快そうに鼻をならすフォウは、すぐに気を取り直す
(気にしないで。君が思考するのも勿体ない異世界の話さ)
――う、うん!何か、辛いことがあったらいつでも相談に乗るからね、フォウ
(ありがとう――)
ニュルリン、と尊さが詰まった粘土になるフォウ
――フォウ!?
「こねこね・・・」
エルキドゥが拾い上げ、フォウをこねこねしながら復活を手伝う
(ボクはどんな姿でも美しいのさ!)
ピョコンと復活するフォウ。その様子を見て、満足げに笑うエルキドゥ
「良かった。ジグラットに行くんだろう?ボクはマルドゥークのメンテナンス、生き残りの魔獣の駆除、そしてイシュタルへの
――お逢いにならないのですか?かの王とは・・・
《玉座に座った時点で、ヤツと語り合う自由は失われているのだ、エアよ。賢しき我は、ヤツの死をもってウルクを治める人の王となったのだからな》
「そういうこと。――じゃ、皆、また会おうね」
少しだけ、寂しげな表情を浮かべながら、エルキドゥは瞬間移動にて消え去ったのだった――
「よし、では我等も行くとするか。魔杖に持ち替え、不馴れな魔術師の真似などしている賢しき我の過労死を間近とする姿をな!」
ズン、と身体を正面に相対し、高らかに、都市を揺るがす声音にて城塞より告げる
「日々の労働ご苦労!!民ども!英雄王ギルガメッシュの凱旋である!!王の帰還だ、当然宴の一つも用意していような!!!」
「え、英雄王ギルガメッシュ――!?」
「王様が増えた!?なんだあれは!?また魔術なのか!?」
「バカ野郎!王なんだ、増えるくらいこなすだろ!王なんだから!」
「だけど俺達の知ってる英雄王じゃないな!?あれは10年に、いや1000年に一度の上機嫌なときの笑い方だ!」
「上機嫌なのは良いことだ!賢王と英雄王が揃ったぞ!叫べ叫べ!今日は最高の吉日だ――!」
「「「「「「ギルガメッシュ王!万歳!ギルガメッシュ王!万歳!ギルガメッシュ王!万歳!!!」」」」」」
王の言葉に、即座に称える賛美の合唱が街を揺るがす
「よし、では行くぞ民ども!我等を傷一つなく!ジグラットへ導くがいい!」
「へ?」
「はい?」
むんず、とマシュとリッカを脇に抱え・・・
「ふははははははは!!ウルク行進!開始せよ!!」
そう告げ、なんと――
「わぁぁあぁあ!?」
「きゃあぁあぁ!?」
城壁から飛び降りる英雄王
「「「胴上げだ――!!」」」
それを頑強な肉体で受け止め、民たちがジグラットへ連なり
――うひゃあ~!?
(ほわぁ~!)
胴上げにて、絶え間なく、ふわふわと
「ふははははははは!!これがウルク名物『無限胴上げ』よ!堪能するがいい!ふははははははは!!はははははははははははは!!」
上機嫌な英雄王一行は、胴上げにてジグラットに導かれた・・・
ジグラット
「ふわふわしたね~」
「ふよふよしていましたね、先輩・・・」
「堪能したか?これは王のみに許された凱旋の余興なのだ、噛み締めるがいい」
――皆、ふよふよ浮いていましたね!楽しかったです!
(浮遊感・・・ですかねぇ・・・)
「さて、出迎えの一つも期待していたが・・・随分と侘しいではないか。もしや冥界に連れ去られたか?」
『たわけ。我がいなくばウルクはとうに滅びているわ』
――!王!
瞬間、英雄王に向けられる魔術の数々。数百の魔杖から放たれる術の数々が一斉に荒れ狂い、英雄王を襲う
「英雄王!」
「ギル!」
「よい――《エア!》」
瞬時にエアが状況と空間を把握する
『王を狙うもの』『フェイントとして放ちしもの』『マシュとマスターを狙うもの』『弾いてはジグラットを汚すもの』『曲がるもの』『速度が変わるもの』『意味のないもの』。それら全ての弾道と種別を見極め選別し、『それら全てを弾ける軌跡とルート』と『迎撃の宝具』を展開し、迎撃する
それら全ては一筋の射出により、反射し跳ね返され無力化され、『ジグラット』『リッカ』『マスター』『英雄王』誰も傷付けることなく無力化される
「――フッ。その我とは比べ物にならん射出精度。確かに貴様は特別な我の様だな。――見事である」
そこに現れたのは――
「長旅、御苦労であった。貴様らの活躍は耳にし、目の当たりにしているゆえ邪険にはすまい。――仕事も、緩やかになった事であるしな」
王権、斧を所持する――賢王、ギルガメッシュが玉座にて笑っていたのであった・・・
――あの方が、ウルクを治めし人の王・・・!
《殺す気の査定とはまた物騒よな。全く、賢しくとも我は我か。大人気ないにも程があろう》
(アーチャーのオメー程じゃねーよ)
『見事な空間把握、情報処理よ。・・・よくぞ来たな、英雄姫。我が衣装は気に召したか?』
――はい!その節は、ありがとうございました!
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