人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
悲しい顔一つしないなんて、薄情だね。
〜
だって私、この人の事、何も知らないし…
たった十年、一緒に旅をしただけだし……
〜
レン「───────、───────」
ギデオン「永遠に満たされるがいい」
「それが、君の旅の終わりだ」
「なんだい?知りたい事、知らなくちゃいけない事を知れたっていうのに──」
天井を見上げたレンの視界に、とある男性が映る。
「随分と、浮かない顔じゃないか」
彼女にとって、覚えのない男。
でも、決して忘れていない男。
「人間の事、知りたかったんだろ?」
青き服、水色の髪のその男は、悪戯っぽく問うてみせる。
「本に書いてあるなんて、教えてくれるだなんて。凄く親切じゃないか」
「解ってる癖に」
そう、レンは返す。全く知らない、決して忘れていない…
人を知る、きっかけとなった男を。
「此処は固有結界。ギデオンが創り出した魔術で…相手の知識欲を満たすもの。自分の識ってる事実でね」
「へぇ?」
「だから、私の中の知りたい人間の答えはこれ。だから、こんなものかって言ったの」
レンは、告げる。
「私の知りたい人間は、あんまり大層なものじゃないんだなって」
それは、ギデオンの固有結界で導いた答え。
「そりゃあそうだ」
男は答える。
「人間は大層なものなんかじゃない。最高の勇者だって、最後は老いぼれて死んでいく。そんなもんさ」
「そんなもんか」
「あぁ」
「じゃあ……」
なんで私は、知りたいって思ったのかな。
その疑問は口には出なかった。思い浮かべただけだった。
だが、男は微笑み、本棚から本を持ってくる。
「それは、こういう事さ」
レンに投げてよこした本。
そこには『トープス』『レナラ』と書かれている。
「…………」
手にとって、読む。
どうしようもない、才覚に恵まれなかった鈍石。魔術の落伍者、落ちこぼれ。
「………」
そんな彼が、やがて未来の世界に名を轟かす発見を、理論を、理屈を、構築してみせた。神の力すら弾く、新体系の魔術を編み出してみせた。
その輝きは、鈍かっただけで…唯一無二のものだった。
「……………」
指で本をめくる。それがだんだん速くなる。
満月のレナラ。星を求め、月に出会った魔術師。
その美しい魔術は学院を魅了し、やがてラダゴンと子を設ける。
月と黄金、その結びとなった女傑。大切な、母のようなこの地の師匠。
「不思議だよな。同じ人間なのに、こんなにも紡ぎ上げる物語が違うんだぜ」
男は愉快げに、椅子に座る。
「そんな薄っぺらい本に書かれてるような人間の本と同じなのに。本当に不思議だよな」
レンは解っている。
「不思議だよ。でも……今は少し分かるんだ」
「分かる?」
「短い生命で、限られた命で……私達エルフのような、ドラゴンのような長い生き物が想像もつかない事をする。それが…」
「それが…?」
「人間って生き物。──それが、私の知りたい、人間っていう存在の『魅力』なんだよ」
瞬間、図書館の本が本棚より一斉に飛来する。
「おお…」
無味乾燥、ただ識っていただけの情報、知識の蔵書の本は次々と輝きを取り戻していく。
「知識はただの知識でしかない。知ろうとしなければ、それはただの文字の羅列、情報以上でも以下でもない」
でも、とレンは続ける。
「でも、それにもっと踏み込めば。知りたいと心を走らせれば。情報は体験になり、体験は血肉となり、血肉はやがて自分のものと蓄えられる」
それらはやがて、本はやがて七色に輝く分厚い『叙事詩』として編纂される。
「私は人間を知りたいと言った。それは文字や、体質や、構成物質といった単純なものを知りたいって意味じゃない」
「…………」
「私は、人間と触れ合いたいし、人間の生み出すものを知りたい。生命の差があっても、死が待っていても。……ううん。差があって、死が待っているからこそ」
その叙事詩は、やがてレンを招くようにその眼前へとそっと置かれる。
「私は、今を生きている人間の全てを、ずっと未来へと連れてっていける。どうせ死ぬから、じゃない。もう会えなくなるからでもじゃない」
「…………」
「『人間は素敵な人達ばかりだった』と、ずっと未来に伝えていく為に…私は、人間をもっともっと知りたいと思う。この狭間の地でリッカや、みんなと旅をして…それが、きっと」
きっと、答えだと。レンは力強く、男に答える。
「私は、やっと気付いたよ。私は……」
「…………」
「人間の…人間の皆が、好きなんだって」
瞬間、叙事詩はレンの魂へと収められる。固有結界の影響を、跳ね返すための力となって。
「良かった。君はそうでなくっちゃ」
「………ありがとう。助けてくれて」
「いいって事さ。なんてこと無い。だって僕は…」
「『勇者』でしょ?」
男は、驚いたように眼を開く。
レンの目の前には、色褪せた物語を描いた本が在る。
「………………」
そっと開くと、そこには大冒険と大活劇。
青き勇者と、その仲間達。その中には、レンと同じエルフの魔法使いの姿が在る。
「…………」
大冒険の筈なのに。大活劇の筈なのに。
それらは灰色で、色褪せている。
「……どうして」
そして、最後は勇者の葬儀に佇むレンの姿。
めくったページに、涙が滲む。
「………『人の寿命は、ずっとずっと短いって解っていたのに』」
灰色のページに、涙が滲む。
その涙は、やがて大粒の雨となる。
「『なんで……私はもっと知ろうと思わなかったんだろう』……」
台詞を、読み上げる。
それが、レンのオリジン。
彼女は勇者を支える魔法使い。
人間の、最高の勇者を支える魔法使い。
彼女はエルフ、彼は人間。
当たり前のように、別れはやってきて。
「一緒にいた。ずっとずっと一緒にいた……」
「…………」
「私は……『ずっと一緒にいただけだった』……!」
堰を切ったように、レンは涙を流し本を濡らす。
「もっと、気の利いた言葉や…想いを伝える何かができたのに…出来た筈なのに……」
私は、ただ一緒にいただけだった。
葬儀の相手に言葉もない。
何も知らない。涙の相一つも流せない。
それがどれだけ残酷か、失った後で気付いたから。
「だから私は…人を知らなくちゃって……そんな事をしても、戻ったりしないのに……」
戻ったりしない。死んだ人間は戻らない。
だから生命は尊くて。
だから長生きは残酷で。
「一番大切な人を……置き去りにしちゃったんだ……」
静かにレンは泣き続ける。それは、とても静かに。
だが、決して晴れない曇天のように。
「……………」
男は、やがてそれを見つめた後……。
「未来に、連れて行くんだろ?」
そっと、レンの涙を拭う。
「過去は変わらない。無くならないし、戻れない。『青い勇者の物語』は、勇者の死亡でおしまいだ」
「………」
「その結末に不満があるなら、その結末を繰り返したくないなら。その後悔と無念すらも、未来に持っていくんだ。いや、持ってかなくちゃいけない」
光り輝く叙事詩を示す。
「今の君は、新しい物語の真っ最中だろ?こんなとこで泣いてる場合じゃないんだぜ?」
「……!」
「泣くぐらい悔しいなら、泣くぐらい悲しいなら。その気持ちを、もう二度と誰にも味わわせるな。自分も含めた誰にもだ」
「自分を含めた、誰にも…」
「あぁ。僕ならそうする。絶対に」
青い勇者は、笑った。
「だから、涙と悲しみはここに置いていけ。君の旅は、こんなところが終わりじゃない」
道を示す。そこには、戦うべき場所がある。
紡ぐべき物語が、待っている。
「過去が変えられないなら、現在をより良い未来に繋げるんだ。短い生命の意味を知っている君が、人の未来を連れて行け。誰もが笑顔になれる、流星群の夜空のような未来へ」
「……!」
「久しぶりに話せて嬉しかったよ。さぁ、もうお別れだ」
勇者の物語は、もう終わっている。
「ここからは────『
ここからは、彼女が進む物語。
「───行ってらっしゃい。『フリーレン』」
「───うん」
言葉は少ない。
話したい事は山ほどある。
でもそれは『また会った』時に取っておく。
「行ってきます。『ヒンメル』」
それはあっちも同じくせに。
死んでも直らない、お人好しの勇者の笑顔で見送る青い勇者に背を向けて。
──レンは、百智の世界から一歩踏み出す。
自身の知を、未来に繋げるために。
ギデオン「─────!」
瞬間、百智の世界が砕け散る。
「世界が……。まさか、世界を破壊する術なぞ、やつは……」
レン『『トープスの力場』。……それが原理の『魔を敷く法』』
砕け散った世界が、ガラスのように彼女を映す。
『君が知る由もない…神に届く力を見つけた魔術師の力だ』
ギデオン「馬鹿な…トープス、だと?あんな…!?」
ギデオンは瞠目する。
レン『───私の旅は、これからずっとずっと続いていく』
先程のレンとは比べ物にならない、魔力の高まり。
レン『決着をつけよう、ギデオン。……『百智』が君の二つ名なら、私にも自然と付けられた名前がある』
杖を構える。
フリーレン『『葬送』。葬送のフリーレン。君の識る生命を、終わらせる名前だ』
彼女は思い出したのだ。
人の全てを、未来へ繋げる為に。