人理を照らす、開闢の星・序章〜awakening,precious,star〜 作:札切 龍哦
パパポポ『大丈夫だよ。ちゃんとある。…だがこれは…』
じゃんぬ「だ、大丈夫なのよね?リッカは大丈夫よね?」
パパポポ『勿論だ。むしろこれは吉兆でもある』
じゃんぬ「吉兆!?」
はくのん『リッカ、いる?』
リッカ「あ、はくのん!」
はくのん『あ、鳩さんもいる。ちょうど良かった』
パパポポ『ちょうど良かった…?』
はくのん『ギルに話はつけてる。ちょっとムーンセルに来てくれる?』
リッカ「このタイミングで…!?」
「先日の話になるんだけど、私達ムーンセルは月と地球の間でとあるデブリを拾った」
神妙な表情のはくのんが、リッカとパパポポを招き歩く。そこは月の目、ムーンセル・オートマトン。
「私の直感が正しかったら…きっと、二人に縁深いもの。ギルに頼んで、極秘裏に二人を招いた」
『そこまで……』
「見てくれれば、きっと解る」
ワープを繰り返し辿り着いた部屋の前、はくのんがレガリアを翳し扉を開ける。
「此処に、大切な『お客人』がいる。確かめて」
未来的な機構が開く。そこにあったのは───。
『!』
「───天使……?」
『……まさか……そんな馬鹿な……』
怪訝を示すリッカ。瞠目を表すパパポポ。
其処に在りしは、女性的胴体部分と頭部を残し、半壊大破した緋色と銀色を有したカラーリングを宿した機械。付け根と飛散した破片が、翅を示すであろうフォルム。
『ジブリール…!』
パパポポが名を告げた瞬間、リッカの背中も一際強く輝きと痛みを増す。
「ぐうっ…!?じ、ジブリール…って…」
『あぁ。──君に、祝福を齎した天使だよ』
「…!」
背中に痛みを齎すもの。その答えが今此処にある。リッカは驚愕と共に、機械を見やる。
『だが何故……?ジブリールの翅はリッカに、肉体と精神は完全に消滅させられた筈…』
「物凄いテクノロジーと、夥しい破壊の跡がある。これはきっと、はるか彼方から此処へ意志を持ってやってきた」
呆然と浮かぶジブリールに、意志や起動する様子はない。全てを懸けて、なお届かなかったとでも言うように。
「修復にはもう入ってる。…でも、きっとこれにはリッカが必要」
「!」
「コクピットがある。ハッチを開けれるようにしたから…二人で、入ってみて」
はくのんが促すように操作し、胸のハッチを開ける。
そこは、誰かを招くように…空虚さを有す。
「行こう、パパポポ様」
『リッカ…』
「この背中の痛みの…答えがあるはずだよ」
リッカはパパポポを肩に乗せ、一歩を踏み出す。
何かが待っている。大切な何かがあるとの確信を胸に。
リッカは、確かに機械天使にへと足を踏み入れた。
〜
「ここは……」
そこは、一人分の生存権。コクピットとも言うべき場所。
生命維持装置や、起動管制を有する部分。まるで、擁した一人を生かすためのような。
『ジブリール……』
「…ジブリールさん。私を祝福してくれた天使。でも、どうして…?」
どうして、機械に。その疑問の答えは即座に示される。
[…………あぁ。誰か、其処にいるのでしょうか]
「『!』」
[私は、ジブリール。オリジナルを模して造られた人造天使。あなたが、誰かは分かりません。ですが最早生存が叶わぬ私の独白を、どうかあなたに託させてください]
『ジブリール…!』
造られた天使、ジブリール。その存在は、言葉を紡ぐ。
[私のオリジナルたるジブリールは、神を騙る獣を糾弾し滅びました。それにより、世界は高次に住まう獣を認識し、観測し、世界を辛うじて獣の手から取り戻した]
「観測…」
『定義の力だ。不変の概念、現象からジブリールの告発により、デミウルゴスは『実在する』ものへと零落したのだ。霊的存在から…』
ジブリールの生命を懸けた事象の定義。それがなくば、世界は高次の獣を崇めていたばかりだっただろう。
[だが、獣は汎人類史の始まりの男女を呪い未来へと飛ばした。楽園へ戻りたいと願った二人に、永劫の苦しみを与え、生まれた子を永劫呪うために]
「!………母さんだった人と、父さんだった人があんなに完璧に拘ったのは」
[完璧であれば、楽園に返す。そう囁き、二人に完璧を求め。二人は完璧である子孫を求めた。記憶を奪い、その渇望を奪いながら。……オリジナルは、その子供に祝福を与えた]
ジブリールは、機械天使は語る。
[イヴの子宮を修復し、受精卵たる存在に自らの翅と祝福の全てを捧げ、呪いを跳ね除ける力を、想いを託した。どうか健やかに生きてほしい。苦難と呪いに、負けないでほしいと]
「………!!」
[アダムとイヴは始まりの人類。その直系の子は、あらゆるヒトの頂点たる力を持つ。未来の世界の福音を願い、ジブリールは自らの翅と存在を捧げた。…その時に流した血から生まれしが、私という機械の身を持つクローン]
『ジブリール…。もう一人の君ということか…』
[だが、それはオリジナルの永遠の祝福と同じ程の悔恨]
「えっ………」
[私は……オリジナルは。神の不在と、父への愛を先に選んだ。そして、生まれ行く子に祝福を遺した。祝福だけを、残してしまった]
ジブリールの言葉は紡がれる。オリジナルの意志を宿した…遺言として。
[神を騙る獣への怒りを、父への愛を優先した私は…。結局、その子から目を背けてしまった。アダムとイヴの願望に、偽神の生贄にと産まれてくる子の運命に寄り添うことを、選ばなかった]
『な……』
[オリジナルは…私は、結局その子を愛そうとはしなかった。愛するならば、祝福するならば。二人を連れて逃げることも、共に生きることも出来たはずなのに]
ジブリールの悔恨。遺した後悔。
それはあまりにも、悲痛な慈愛。
[本当の意味で、彼女を第一にした者はあの場にいなかった。翅を切り分け、祝福を渡した。彼女に、産まれてくる子に必要なものは…そんなものじゃなかった]
「……違う……」
[私は、アダムとイヴを導き子と共に護るべきだった。辿るべき未来を知りながら、待ち受ける苦難を知りながら、私は全てを彼女に押し付けた。父の愛を、忠義を取り…子を、見捨ててしまった]
「違う、違うよ…!そんなことない!そんなこと!」
偽神とはいえ神と同じ。大天使と言えど、その計画は覆せなかっただろう。
だが、その計画を。悪意を知りながら、祝福を与えたのみに留まったというのがジブリールの悔恨。
[強く生きよという願いではない。強く在る祝福ではない。私がもたらすべきは、産まれてくる子への無償の愛だった。生への肯定。あらゆる全てを託す福音だった]
消え去る寸前の思い。未来永劫の消滅を受けながら抱いた、末期の想い。
それを、オリジナルに限りなく近付いたもう一人のジブリールは受け取っていた。
[本当の意味で、あの日に産まれてくる子を第一に考えたものはいなかった]
「違う……!」
大天使が翅を切り落とす意味。
[本当の意味で、あの子を慈しんだものはいなかった]
「違うっ…!」
全ての存在を、懸けて祝福してくれた意味。
[本当の意味で、あの子を第一にしたものはいなかった]
「違うっ!」
逃れ得ぬ死の前に、自らの力を全て託してくれた意味。
「絶対に違うよっ!!あの時愛してくれた人はいた…!!」
[誰も───あの子を、愛してあげられなかった。あの子の生を、見届けてあげられなかった……]
「あなたが!貴方が……!」
[それがオリジナルの……私の罪。私は、それが。ただ、ひたすらに無念であり…]
リッカは、泣き崩れる。
[ジブリールという存在の、未来永劫赦されぬ罪である事を。今此処に懺悔する───]
「あなたがっ!愛してくれていたよっ……!!」
彼女の背中に感じる痛み。
否、温もりは。彼女を護り続けた『愛』のカタチ。
リッカはそう、確信していた。
[どうか、赦してほしい。あの日に寄り添えなかった生命よ。どうか、赦してほしい。真なる父を御守り出来なかった私を]
『馬鹿者…。お前のどこに、罪があろうものか……』
[……………─────ごめんね]
「!!」
その言葉は、大天使たる立場すら捨てた言葉。
[産み落とされたあなたを、抱き上げられなくてごめんね。産声を上げたあなたを、抱きしめられなくてごめんね。世界に祝福されたあなたを、導いてあげられなくてごめんね]
「───あ、あぁっ…!あぁぁっ……!」
[あなたに、沢山の愛の祈りを残せなくてごめんね……あなたに、沢山の想いを告げられなくて……あなたに…………]
ジブリールの記録は……
告悔は、終わりを告げる。
[…………いっぱい、いっぱい………愛を与えてあげられなくて…………本当に………ごめん……………ね………]
「──────お母さんっ…………!!!」
思わず、堪らず絶叫しリッカは崩れ落ちる。蹲り、嗚咽を漏らす。
リッカは、愛されていた。
ジブリールの末期は、リッカへの愛を果たせぬ事の悔いに満ちていた。
[記録、終了。人格メモリーに刻まれていた残留思念の再生を終わります]
無機質なシステムアナウンスが、コクピット空間に響く。
『……ばかもの。お前に罪などあるものか』
パパポポは、俯く。
『お前は、誇らしき大天使だ。私が望んだ生命だ、ジブリール……』
その声音は、震えていた。
……ジブリールは、ガブリエルの名を変えし姉妹機でもある。
つまり……。
本当の意味で、リッカを愛した『女性』。
全てを捧げ、なおまだ足りない無償の愛を与えた……。
リッカにとっての、大切な『母』でもあったのだ。
ムーンセル内部
ゼイン『月の新王、岸波白野に告げる。お前が回収した半壊した大天使を即座にこちらに引き渡せ。さもなくば神の威光の下に、ムーンセルを破壊する』
はくのん「こんな時に……やっぱり狙いはジブリールか」
『返答を聞こう』
はくのん「断る。彼女は、リッカの大切な家族だ」
『そうか。では、浄化を開始する』
響き渡る、戦闘の音。
パパポポ『偽神どもめ、彼女を取り返しに来たか…』
リッカ「──行こう、パパポポ様」
パパポポ『リッカ…』
リッカ「もう…私の家族は滅茶苦茶にさせない。勿論、はくのんや皆も」
彼女の進む道は、血塗られたもの。
屍の山を築き踏みしめ、血塗れの武器を手に持ち、地の底から綺羅びやかな星空を見上げるもの。
リッカ「行ってくるね。──お母さん」
だが、その背中には。
────何処までも、何処までも高く飛び立てる…。
愛と祝福に満ち溢れた、清らかな翅が備わっていた。