人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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もはや、互いに言葉は要ず

【--】

【--】

ゆっくりと刀を抜き放つ黒縄地獄。二刀流にて構える人形の邪龍

狂い果てた宿業の化身の地獄。人類の悪性そのものたる人間

互いに対話の機会は逸し、生と死との狭間にて語り合うより他道は無し。

『いざ、平将門の名の下に--出でよ、神気立ち上る我が極致。旭照らす日ノ本を見守りし神田明神の仕合舞台』

何者をも寄せ付けぬ将門公の固有結界。神田明神の境内にて二人の母子が向かい合う

【いざ】

【いざ】

【【いざ--!】】

魂と気迫を突きつけ、気炎吐き出し二人がその総てをぶつけ合う

互いを想い、互いを重んじ--互いを、殺すために--

【いざ我が屍踏み越えよ藤丸リッカ!--いざ、尋常に!!】

今--

【--勝負!!!!】

極限の果たし合いが、幕を上げる--!


英霊剣豪・御前試合~一切粛清vs人類悪~

紅き月、黄金の守護神が見守る、首塚在りし下総の一幕にて--火花と決意が交わる大一番が行われる

 

 

それは、忌まわしき御前試合。神が見届けし、心繋がりし親子の果たし合い。血染めの華が咲き乱れ、肉斬れ骨砕くその仕合。否--正真正銘の死合也

 

どちらも生き残る、などと言った幸福な結末は何処へなりとも消え失せる。総ての悲劇を蹴散らし笑う英雄王も、今此処にはおらず。この悲劇と血に染まりし筋書きに立ち向かうはただ一人の少女

 

【黒縄地獄ぅうぅうっ!!!】

 

気迫と決意を吼え、母の躯と打ち合うは藤丸リッカ。人を知らず、愛を知らぬ獣から、世界を救う使命を以て羽ばたいた人形の龍。その少女が無数無限の剣劇を演じ、狂い果てし母上の躯纏いし魔物に挑む

 

【藤丸リッカ――!】

 

一切粛清、黒縄地獄。一切鏖殺の宿業をその身に埋め込まれ、狂いに狂い果てた平安の守護者にして神秘殺し。それ既に懐きし深く大きい愛は、一人の未知の獣を確かに救った一助となった。・・・それが今、血に染まり、業に狂い。その技総てが愛する娘に振るわれ首を刎ねんと躍り狂う。戦と合戦にて真価を発揮するその武勇、まさに源氏の棟梁と呼ぶに相違無き冴えを見せる

 

それが今――最愛の子を殺すために振るわれている。娘もまた、母上の武勇を信じ、母上の武勇を染み付かせ、全く同じ武勇を振るっている。互いに心通じ合い、互いを深く愛し、互いを――殺すためにその総てを振るっている

 

刀での凄烈なる打ち合いがあった。互いの剣劇、童子切の間合いは完璧に把握しているが故に、母が娘の鎧を撫でども致命傷には至らず。娘が母の剣劇を捌きつつその刀身振るわず

 

弓での壮絶なる撃ち合いがあった。互いの心理、言わずとも通じ合うが故に、全く同じ軌道にて撃ち落とされ互いの生命に届かず。母の弓矢、鎧に刺さるもその身には突き刺さらず

 

魔力を放つ競合があった。互いの覇気、共に譲らず、黒く染まりし黒縄の稲妻に、泥たる魔力がぶつかりあい相殺される。共に互いの身には届かず。狂い果てた英霊剣豪、人類が産み出せし澱みにして汚濁。共に真っ当なる存在でなき故に

 

互いに手の内の総てを包み隠さず互いを殺めんと奮い起つ。その胸中に、如何なる理を懐き如何なる所感を懐き、如何なる想いにて戦うのか、静かに平将門公は推し量る

 

『・・・・・・』

 

その誰もが目を背ける血染めの親子の触れ合いを、けして目を背けず真正面から見届ける。それが立会人としての礼儀、立会人としての礼節

 

この刹那の時間、時刻。果たし合いの総てを見届けるが為。平将門公はその役目を果たす

 

これ即ち。神田明神、其処におわす神が見届けし空前絶後の会合にして一騎討ち

 

 

これ即ち――『英霊剣豪・御前試合』也――!

 

・・・そして、将門公は垣間見る

 

物言わずただ刀を、武を示す互いの心胆を

 

互いの、その胸の内を垣間見るのだ。その、絆を紡いだ親子は・・・生死を越えた狭間にて、何を懐くのか。それを、日ノ本の守護者は、確かに垣間見る――

 

 

 

 

 

 

――泣いている。泣いている。涙を流して泣いている

 

物言わぬ躯が、物言わぬ屍が確かに涙を流している。宿業無くして動かぬ、ただのカラクリなれど、確かにこの胸に去来するものは・・・悲哀の慟哭。頬に伝わる、粘性のある液体は、泪だ。血の、血の泪

 

嗚呼、何故。何故このような事になってしまったのか。この有り得ざる日ノ本にて、この有り得ざる世界にて、私は一体、何をしているのか。

 

この身の総てをとして、何を、何を傷付け、殺そうとしているのか。英霊の座にまで召し上げられながら、私は何をしようとしているのか

 

目の前にいるのは平安の平和を脅かす者ではない、妖怪ではない、土蜘蛛でなければ、虫などでは断じて無し

 

――娘だ。死して、二度目の生を得た果てに出逢った、かけがえのない愛娘。私の事を、臆面もなく『母』と呼んでくださった、私の救いにして運命。血にまみれた丑の魔性たる私の愛を受け入れてくださった、何より愛しき私の子

 

そんな娘に、私は何をしようとしているのか。――宿業にて、何を為そうとしているのか

 

【藤丸リッカ――!】

 

虐殺。そう虐殺だ。キャスター・リンボが初めに殺せと伝えた藤丸リッカだ。私の存在に、刻み込まれた私の光

 

『教えてください、母上。私は何をすれば、貴女に愛してもらえますか――?』

 

目を閉じれば思い出す。あの、魂が傷だらけで、身体中から血を流しながら笑顔を浮かべる、哀しき愛を知らぬ子

 

なんのために、なんのために私は彼女を我が霊基に刻んだと言うのか。聞くまでもない

 

愛するため。愛して、愛して、愛し抜くため。世の中には無償の愛がある。あなたを愛する何者かがいる。私がいる。私があなたを愛します

 

だから――泣かないでと。私が傍にいるのだから。もう貴女は泣かないでと。その為に、私はみずからに、彼女を刻んだ筈なのに――

 

この身は今、何をしている。あろうことか彼女に刃を向けている。あろうことか彼女を殺めんと猛っている。宿業の縛りから脱却叶わず、なんとしても彼女を殺さんと総てを刃として――

 

【――、!】

 

その事実を認識する度、躯が哭く。とめどなく泪が溢れ、物言わぬ慟哭が魂を振るわす

 

ごめんね――

 

ごめんね、ごめんなさい。こんな筈じゃ、こんな筈ではなかったのに

 

料理を教えてあげたかった。健やかに遊ぶ貴女を見ていたかった。華やかに笑う貴女を見ていたかった。金時と腕白に遊ぶ貴女を見ていたかった。

 

貴女の――母で、在りたかった。

 

この血染めの宿痾をなんとする。我が子に刃向ける事実をなんとする。何処までいっても、私が教えられる事はこんな人殺しの業だけなのだろうか。

 

やはり――私は、狂いに狂い果てた丑の魔性。こんな有り得ざる亡霊が、新たに子を得ようとした事こそが間違いだったのでしょうか

 

彼女もまた、私を殺すために奮う。その身から雄叫びを吠え猛る。憤り、落胆し、失望しているのかもしれない

 

・・・――せめて。我が屍が、役に立つというならば

 

この身に染み付いた総て、総て、総てを使い、藤丸リッカに総てを託す。血に狂い果てた業と云えど、今を生きる彼女に、幾ばくかの何かを遺せると信じて

 

藤丸リッカ。私を母と呼んでくれた、心優しき愛娘。どうか、どうかこの愚かな母を踏み越えてください

 

貴女を、貴女を愛している。この躯では、もう口にすることも、口にする資格は無いと、解っていても。それでもこの想いはけして消えず。何者にも犯されず。私の宝物として救いとして。永劫抱えて私は私で在るのです

 

ありがとう。私を母と呼んでくださって。私の愛を、受け止めてくださって。あなたの存在を、総て、総て、愛しています

 

・・・私の屍を、どうか踏み越えて。どうか、在るべき場所へ、在るべき未来へ

 

その未来にて、何者にも負けることがないよう。この躯を奮い、貴女の前にて鬼となる

 

それが私の、最後の抵抗。全身全霊を以て、貴女を阻み、貴女に刃を向けている

 

貴女なら、きっと乗り越えてくれる。貴女ならきっと、大丈夫

 

だって――私の娘なのですもの。【屍の私ごとき】、力強く乗り越えてくれる筈だから

 

だから――ごめんなさい。そして・・・ありがとう

 

私は、貴女に出逢えて・・・本当に――本当に。この上ない・・・――幸せでした

 

藤丸リッカ、私の運命

 

どうか、どうか――これより先も、健やかに。これが私の、源頼光の躯の。堕ち果てる前に懐いた、刹那の願い――

 

 

【黒縄地獄ぅうぅう!!!!】

 

止める、止める。なんとしても、命に代えても彼女を止める

 

私自身の問題じゃない、私の所感なんてどうでもいい。母上に、源頼光に。聞くもおぞましい虐殺をさせるわけにはいかない

 

此処で私が負ければ、狂い果てた母上を止める相手がいなくなってしまう。母上が、親子や小さい子を手に掛けてしまうことを看過し、見過ごすことになってしまう

 

そんな事をさせる訳にはいかない。私だ。私が此処で、どんな手段を使ってでも母上を止める。

 

肉裂けたなら骨で、骨砕けたなら魂で、魂砕けたなら気迫と気合いで生き返ってでも彼女を止める。

 

私が、私だけが彼女を止める。絶対にやり遂げる。絶対に為し遂げる。例え、親殺しの汚名を受けようとも、親の血で、手を染めようとも。絶対に私がやらなくちゃ、私が母上を止めなくちゃならない

 

だって――私にはその責任がある。私自身を、母上の存在に刻み付けてしまった責任があるのだから

 

私の存在なんて、重荷でしかなかったはずなのに。私の存在なんて、背負う必要なんて無かったのに。彼女はそうしてくれた。永劫、忘れない道を選んでくれた

 

母上が、お母さんがなんなのか教えてくれたのがこの人だった。愛されるのがなんなのか、教えてくれたのが彼女だった

 

私を・・・優しく受け入れてくれたお母さんがこの人だったんだ。私は彼女がいてくれたから、世界を救えた。頑張ってこれたんだ

 

生命の恩人だ。彼女に一生かかっても返せない恩義が、私にはあるんだ。だから――私がやるんだ。私が母上を殺すんだ。私が母上を解き放つんだ

 

邪魔はさせない。誰にも水入りはさせない。必ず私が為し遂げる。邪魔する奴から殺してやる。そしてすぐ、母上も殺す、私が解き放つ

 

絶対に、絶対に。母上を外道へと落とさせはしない。私だ、私が母上を護るんだ

 

平安の守護者、最強の神秘殺し。そして・・・金時兄ぃと・・・――私の。優しい母上を、私が助けるんだ

 

私が、母上を――母上の存在を護るんだ!私が救うんだ!埋め込まれた宿業から、私が!

 

人に逢えば手を伸ばし、神に逢えば幸を祈る。魔に見えれば腹を割り――母に逢えば、母を想う

 

龍華の理、此処に在り。私が、成し遂げるんだ!

 

宿業から、外道の道から――母上を――私が、私が――絶対に――!!

 

【母上ぇえぇえぇえぇえぇえっ!!】

 

私がこの手で母を斬り、私がこの手で母を救う

 

善悪相殺だと言うのなら、この魂をこそ喰らうがいい!

 

私は人類悪、藤丸リッカ!母殺しの汚名、喜んで背負う!母の名誉の為、地獄に喜んで堕ちる!阿鼻地獄の責め苦、何するものぞ!

 

母上の苦痛に比べたら、そんな苦悩は些末な事!私は必ず、母上を救う!

 

それが、私の宿命で――私が出来る、たった一つの恩返しなのだから――!!

 

 

紅き月が昇り、守護者が見守る極限の死合。母と子が生命を奪い合う極限の刻。時空歪められることなくば、空が白み、陽が登り始める時刻に至るまで。二人は刃を交わし続けた。そして、――近付く、閉幕の刻

 

【――、・・・】

 

藤丸リッカ、まさに満身創痍。兜は斜めに亀裂が走り、血に閉ざされた左目が剥き出しとなる。身体中の鎧は裂傷と陥没にまみれとなり、誰が見ても立つがやっとと言った有り様。――しかし、片の眼は、変わらぬ気迫と決意を湛え、母の躯を見つめている

 

【――】

 

黒縄地獄、無傷にして健在。その躯、ただの一つも傷がなく、優雅にかつ泰然と立ち尽くしている

 

何故、こうまで隔たりがあるか?これがサーヴァント、人間の差であるのか?互いに何も告げず。互いに感じる――別れの時刻を

 

【――では】

 

【はい】

 

微かな掛け声にて、互いの今生の別れを告げる

 

【牛王招雷・天網恢々――】

 

高まる魔力、顕現せし牛頭天王の化身たち。その身に宿りし神なりし血を励起させ・・・一息にリッカに襲い掛かる!

 

【いざ、覚悟――!!我が最後の情念、我が理性の一欠片・・・!!】

 

黒縄地獄の叫びが、刃と共にリッカに振り下ろされる――!

 

 

・・・左手の龍吼が、やけに五月蝿い。さっさと躯を食ってしまえ、喰わせろと催促してくるのだ。悪いけど、そうはいかない。私の斬るものは母上の躯じゃない。肉でも、骨でも、魂でもない

 

宿業だ。キャスター・リンボが埋め込んだ、母上を狂わせし宿業をこそ、私は村正にて切り裂かんと決めていた。その為に、母上の身体にただの一太刀も入れず戦い抜いた。お陰さまで片目は血が入って見えないし、身体中を余さずボコボコにされて立つのがやっとだけど

 

丁度良い。余計な力が抜けて、頭の中もスッキリしている。そんな頭で考えたのだけど・・・

 

(母上の肉体に、宿業は無い・・・)

 

宿ってはいない。埋め込まれてはいるが、それは近くにはない。何処か、彼方・・・そう。遥か彼方に在ると知覚したのだ。童子切も教えてくれた。あれは躯で、何処にも切るべき場所は無いと。だから、ただの一太刀も入れず、戦いを続けてきた

 

なら――どうする?何処かにあるもの、遥か彼方にあるもの、どうやって切り裂く?どうやって断ち切る?どうやって、刃を届かせる?

 

・・・決まっている

 

身体に力を入れ、起こす。母上が宝具を開帳する。決めに来たんだろう

 

『辿り着く』。彼方に在るならば、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆け抜け、真芯を捉え、一刀両断に切り捨てる。

 

一万分の一秒の世界。刹那の世界。その最短を駆け抜け、遥か彼方に在りし宿業へと一息と辿り着く。何もかもを置き去りに、ただその一刀へ、ただその領域に至るため

 

【――すぅ・・・っ】

 

刹那の瞬間を駆け抜ける疾さ。刹那の真芯を捉える一閃。何者をも追い縋れぬ、光速の極致

 

その領域に、ただの一度至る。生涯を捧げ至るべきその境地に、私は至る。辿り着く。そうすることでしか、母上の魂は救うこと叶わぬ

 

剣士が目指す、極致が一つ――【刹那】の見切り。僅かな空白の無限を駆け抜け、その路へと、正しき願いを届ける一閃

 

そして――其即ち『人を救う剣』なれば。その境地至らずして、母上の宿業切り捨てる事叶わぬならば

 

【――私の、総てを懸けて――】

 

左手に、抜かずの村正を握り締める。その境地、刹那の見切りにて、神なる疾さ――雷の如くの速さを得て、遥か彼方に在りし宿業を断つ

 

【――母上――!】

 

此処に至り――母上の為に。何者かの為に。人理の空より来たりて。正しき祷りを胸に

 

【――――はぁあぁあぁあぁあ!!!】

 

龍は、善悪喰らう剣を執る――!!!汝、神なる刃を――唯一人の狂える魂の為に――!

 

親を殺す宿業を背負い――藤丸リッカ、『神雷』の境地に脚を踏み入れる――!!

 

 

・・・一部始終を目の当たりにしていた将門公は、その顛末に目を見開く事となる

 

完全停止していた藤丸リッカに先んじて襲い掛かる、四人の黒縄地獄。牛頭天王の化身が象りしその魂の形が持ちうる武装にて、刹那の先に蹂躙され、勝負は決まるかと思われた――刹那。そう、刹那だ

 

【――】

 

完全納刀していた筈のリッカに、抵抗は間に合わぬ。間に合わぬ筈だった。しかし――

 

右手に、その刀が握られていた。刹那の先には納められていた筈の。童子切安綱がしかとその手に握られていたのだ。同時に・・・『四人の黒縄地獄が、瞬時に切り捨てられていた』

 

この数瞬の刹那に、リッカは如何なる境地へと辿り着いたのか。それは、如何なる境地へと立ったのか。母を斬り、宿業を解放すると決意した一人の少女は、その覚悟と決意にて、如何なる奥義を見たのか

 

【――はぁあぁあっ!!!】

 

否、勝負はまだ着かず。最後の刀を振るいし真の黒縄地獄が、その刃をリッカの頭上より振るう

 

――そこから先は正に目にも止まらぬ、『目にも写らぬ』程の速業にして、神業の剣技であった

 

童子切により、身体中の魔力を雷に変え限界まで身体に負荷を懸ける。肉体の崩壊、精神の発狂、魂の瓦解をただ、決意と気合いにて捩じ伏せ、絆と気迫を胸に抱き、『肉体の総てを刀を振るう劔冑と化し』、何者も到達できぬ神速、遥か彼方の宿業へと到達する一刀に到達する

 

それ即ち【神なる雷】。空を駆ける稲妻の如し。空より飛来せし雷の如し。万物断ち切る刹那をも駆け抜け、彼方に在りし宿業へと辿り着く一閃――

 

英雄の肉体稼働より速く、おおよそ何者も追い付けず、辿り着くには数多の時間が、研鑽が必要な【極みの一太刀】を、藤丸リッカは振るいあげたのだ。――左手にて抜き放ちし、村正にて

 

【――――】

 

【――――】

 

時が止まったかのように硬直する二人の武者。振り上げていた黒縄地獄より迅く、村正が彼女の鳩尾を正確に貫いていたのだ。振り上げたまま、突き刺したまま。永劫の時を留めるかと錯覚する一瞬の刹那の交錯

 

一殺多生。一人を斬ることにより、数多の衆生を活かす剣

 

神雷。遥かなる刹那の交錯する戦場にて、1000分の一秒、万分の一秒の先にある極点を斬り裂く境地

 

母を斬り、母を殺し――母を救うが為に。藤丸リッカが辿り着いた、宿業両断の境地

 

 

【奥義開眼――龍哮一閃・雲曜神雷】

 

全身を雷とし、全身を振るい、有象無象無形問わず辿り着き、妖刀にて斬り捨てる。藤丸リッカのみの『奥義』

 

母上の雷を経て、自らの業に昇華した――母の屍を踏み越え辿り着いた宿業両断の境地

 

見るが良い。彼女の肉体の全身は、余さず筋肉が断裂寸前となり。魔力の総てを費やせしその身は死人のように蒼白。刀を握る末端は壊死が始まり、刀は身を捩り哭いている

 

母を手に懸ける。それだけの大罪を犯し、それだけの業を背負うことを代償に辿り着いた

 

しかし――そうすることでしか母を救うが叶わぬと知り、藤丸リッカはその境地に至り、宿業へと手を伸ばし、そして――

 

【――見事、です。リッカ・・・よくぞ、そこまで】

【此は・・・母である、貴女が導いてくれた境地です】

 

無粋なる宿業は食らい尽くされ、母の躯は、ただの一つの刀傷を除いて無傷である。宿業に曝されし藤丸リッカは、確かに生きている

 

その顛末、勝敗は火を見るより明らかである。高らかに告げるは、平将門公の宣誓にして親子の別れの唄

 

『――勝負あり。勝者・・・藤丸、龍華』  

 

新皇により告げられし、その閉幕。血染めの母親と娘の果たし合い、此処に終わり、結びと相成る

 

親子を引き裂く宿業は妖刀に貪り喰われ。今此処に--確かな決着を見たのであった--




「ありがとうございます。リッカ」

宿業を穿たれ、両断され。エーテルの崩壊が始まる。ようやく、この狂い果てた召喚から解き放たれる黒縄地獄。・・・否。頼光

「私の為に、そんな無茶を通させてしまって・・・本当に、申し訳ありません。けれど・・・私は、本当に幸せ者です」

【--・・・】

「死した後に、娘が増えた。・・・生前の四天王は、男気ばかりだったので。貴女のような可愛らしい娘は、本当に、本当に嬉しい天からの賜り物と、はしゃいでしまう程でした」

その出逢いは、まさに運命だと。彼女は目を細めて語る

「大丈夫、ですか?きちんと・・・そちらの私は・・・精一杯。あなたを愛せて、おりますか?」

その末期の心配、禍根をも。最後にリッカは断ち切る

【はい。毎日毎日、だらしなく甘えてばっかりです。今まで一生分・・・愛してもらえています】

「--あぁ、それは。とても喜ばしい事です。えぇ、えぇ、本当に・・・」

涙が、リッカに伝わる。血の涙ではない、暖かい、情の涙だ

【ありがとうございます。お母さん。--私は、貴女に出会えて本当に・・・--幸せ者です】

「・・・私を、まだ。母と・・・呼んでくださるのですね。至らぬ私を・・・母と・・・」

【私はずっと、貴女の娘です。・・・ありがとう。黒縄地獄に成り果てようと、私を愛してくれて。頼として、私と歩いてくれた想い出を・・・生涯忘れません】

刀を引き抜き、力一杯抱きしめる

【どうか、安らかに。貴女は、誰も。殺していないのです。・・・お母さん--】

「--・・・藤丸、リッカ・・・あぁ、なんて・・・なんて、佳き子なのでしょう・・・」

抱きしめ返す。総てを擲って極みに至り、奥義を以て自らを救った、大切な愛娘を

「私は、あなたを・・・--何よりも、愛しております。ずっと、ずっと。時の果てまで、ずっと--」

消え去り、エーテルの崩壊が完遂するその瞬間まで、抱き合い、互いの存在を確かめ合い、そして--

【此処ならぬ何処かで、また逢いましょう。お母さん】
「はい。藤丸リッカ--どうか末長く。健やかに・・・幸せに--」

かくして--黒縄地獄は、此処に成敗つかまつる。最後に、母の愛を抱き、娘の温もりを手向けとしながら

【--・・・】

涙を流さず、胸を張って母上を見送る。その隣に、そっと寄り添う将門公

『--そなたの母親。日ノ本一の母神也』

・・・傷では、涙は出なかった

別れでも、涙は流すまいと顔を上げた

けれど・・・リッカにとって、その言葉が、何よりも嬉しく、誇らしく。また--かけがえのないもので

【--・・・・・・っっ・・・】

立ち上る日ノ出、静かなる朝焼けを見つめながら・・・将門公に見守られながら。リッカは、熱い、大粒の涙を流し続けた

『--・・・』

その様を、ただ静かに将門公は寄り添い見守りながら・・・共に日ノ本の夜明けを垣間見る

怪異は収まり、泰平の世は再び顔を出す

・・・激動と波乱の前日譚は、此処に幕を下ろし 

残るは、穏やかなる時間と、別れを残すのみ--

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