人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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天空

「大丈夫?しらぬい、辛くない?」

『ワフッ!』

「・・・うん!大丈夫!最後まで、頑張る!一緒に!」

『ワン!ワフッ!』

「だうー、きゃいー!」

『--油断すること無かれ。かの先にあるもの、闇そのものであり、そして--憎悪に塗れし我が半身である』

「あ--!」

『・・・久しき再会、心待にしていた。清き者らよ』

「まさかどさまだぁ!」

「きゃーぅ!あぃー!」


島原地獄絵巻

「へぇ、こいつはいい眺めだ。真っ当な世なら、富士山まで見えちまいそうじゃねぇか。暗雲が邪魔ッ臭くて今は陰気臭いにも程があるってもんだがよ」

 

 下の階にて、剣聖とリッカと武蔵がしのぎを削り生死の境地に挑むと同時刻。魔境と化したその城、厭離穢土城の天守閣・・・黒幕にして元凶なる妖術師、そして生け贄、礎として選定、選抜されし松平の娘・・・清姫が囚われし城の最上階に、堂々と。そして泰然と。気後れなど微塵も見せず現れしものが一人

 

【何用だ、下郎】

 

 白髪を結った長い髪、漆黒のバテレン装束に身を包み、その生きざまを顕す無銘の刀を右手に構えた妖術師が、憎悪と慟哭に染まりきった声音と視線を赤毛の侵入者へと叩き付ける。真っ当かつまともな人間ならば射竦められれば即座に震え上がる狂気の一瞥を、軽く鼻を鳴らし受け止める

 

「何、話はそう難しくはねぇ。単純な話だ。――名乗りな」

 

【・・・何?】

 

「これからブッた斬る相手だ。名前と顔くらいは覚えてやらなきゃ無礼ってもんだろうよ」

 

 その恐れを知らぬ物言い、此処に至りながら微塵の絶望も感じておらぬ言動に不快と苛立ちを覚えながらも・・・その程度の些事にて自らを波立たせるまい。サタンが見ておられるのだからと自らを律し、妖術師は自らが呼ばれていた名、かつて自身がそうで在った名を告げ、剣を振るい弄ぶ

 

【――天草四郎時貞。かつての世界ではそう呼ばれていたな。だが、このような名になど最早何の意味もない。編纂事象にて怒りを忘れ、英霊の座になど招かれた者と私は別人だ。同一であるものか!】

 

「――・・・」

 

【私はサタンの声を聞いた。そして世界を巡りに巡り、数多の世界より力を得た。徳川が幅を利かせる世界を総て、総て、総て焼き払い闇に沈める力を得た。漂流者となれどその力に微塵も狂いなく、その福音、その御言葉を受け取りし宣教の使徒となった!そう――選定されし世界を渡り歩きし漂流者。その怒りを持ち、主演とならず主賓とならず世界を流れ往くもの。それが私だ。私であったものであり、それが私を構築する総てなる!】

 

 漂流者、世界を移動するもの。世界を流れ行くもの。その単語を聞き及び、その用語を受け入れた瞬間・・・村正の頭にかかっていた靄や霞、煩悶が吹き飛ばされていくような感覚を覚えた。何故自分が此処にいるのか、何故自分が此処に喚ばれたのか。自分が何をするべきなのか。それらが情報として及ぶ、理解できる

 

「――抑止力。世界を害し滅ぼす輩が、真っ当な世界に転がり込んだってんで世界が青くなって都合をつけたって訳か」

 

 人類存続の意思。星を存続させる意思。自分を呼んだのがどちらかは解らない。だが確かに、これは抑止力によるこの身の召喚だと言うことは前にもまして確信できた

 

・・・腑に落ちない部分はある。抑止力の召喚する英霊は意識や人格がない存在であるのが通説であるというのが正しい認識のはずだ。それがどうだ、自分は今確かに意志がある。自分はこうして、立っている。これはどういった理屈にして理由付けであるのか。何か、自分の意志が必要な場面が在ると言うのか?

 

「――っあぁ、考えてもまとまらねぇ、纏まるはずがねぇ!神様がやらかす事なんぞ人の影法師、死人返りの輩に理解が及ぶはずがねぇ!」

 

 交錯と錯綜に陥る思考を頭をかいて吹き飛ばす。自分が何者であろうと、自分がどのような思惑に乗せられて此処にいようと。やるべきことは一つであり、成すべき事は一つでいい

 

「――此処で斬るぜ、外道」

 

それだけだ。それだけが理由だ。どんな思惑が在ろうと。どんな思案や思慮が蠢いていようと。刀鍛冶である自分に出来ることなど一つや二つしかない

 

【フン、刀鍛冶風情が粋がりおって。庵の主人となり隠匿しているならば世界の終焉の刹那までほうっておいてやったものを】

 

「馬鹿抜かせ。耄碌扱いするんじゃねェ。妖怪悪鬼に魑魅魍魎の蔓延る世の中で何が隠匿だ。・・・怨霊がごとき人、人がごとき怨霊に成り果てちまったテメェにはもう思い出せねぇかもしれねぇが」

 

 そう。此処は、この世界は誰もが生きる真っ当な世界だ。人があり、国があり、そして日本がある。そういった当たり前の世界なのだ。それが平行世界だの、剪定事象だのはどうでもいい。そんなものは、上から眺める連中の視点に他ならない。この身がサーヴァントであろうと、真っ当な人間ではなかろうと。・・・一度その世界に現れ、そして生活を果たしたならば成すべき事は一つ

 

「此処は・・・ぬいや田助が生きていく世界だ!テメェの遊び場じゃねぇ!!」

 

子供が生きる世界を歪めて曲げる存在など、最も在ってはならない外道だ。それだけではない。まだもう一つ、叩き返してやらなきゃならん事があると、村正は手に握っていた羽織を投げ捨てる

 

「テメェの仕掛けた下らねぇ催しで・・・一人の女が羅刹に堕ちかけた事も含めての殴り込みだ。ただ滅ぼすなら道理は通る。焦土にするってんなら真っ当な怒りだ、だがな――」

 

それは怒り、憤怒。なにも残さぬその在り方は納得できるだろう。憤怒の業火は総てを焼くだろう

 

【・・・――】

 

だが、他者の運命を弄り、嘲笑うと言うのならそれは妬みと嫉み。美しきものが赦せない、華やかなる存在が赦せないといった下劣でどす黒く。それでいてせせこましき小悪党の蛮行に過ぎない

 

「人様の矜持を踏みにじり、弄ぶなら話はちげぇ!覚悟しやがれよ糞ッたれが、手間のかかるガキ三人に手ぇ出しやがった礼は、この手で返させてもらおうじゃねェか――!!」

 

 ガキが笑っていられる世界を護らねぇで何が英雄だ、サーヴァントだ。余計な理屈は後回しで構いやしない。目の前にある外道をたたっ斬る。それだけが出来れば、自分の在り方なんぞ構いやしない。自分は自分の譲れないもんの為に生命を懸ける。日本の奴等は皆、そうやって生きてきたのだから――!

 

【戯れるとも!この徳川の世こそがまやかしにして戯れ言なれば!その世に望むものなどただ一つ!老若男女分け隔てなく!サタンに捧げられ闇に呑まれて消える常世そのものだ――!!】

 

決意と慟哭の魂がぶつかり合う。未来を拓く剣、未来を閉ざす刀。その交錯をもって行われるその戦い。日本の未来を懸けるその究極の剣戟、まさに真剣勝負――

 

【ハハハハハハ!!柳生十兵衛でなく!服部半蔵でなく!さながら安倍晴明でもなき刀鍛冶の貴様ごときに何ができる!!】

 

 その身をバテレン妖術にて補強し、強化し、高められたその肉体。最早サーヴァント、英霊剣豪と遜色ない頑強さと強靭さに加え・・・蓄えに蓄えられた憎悪と絶望。それが人を越えた力を、怨嗟における穢れた力を宿らせみなぎらせ、村正を切り刻む。その情念を吸いに吸い上げたその刀もまた、一種の妖刀と成り果てサーヴァントに拮抗しうる刃となる

 

村正は気迫、気概の在りかたに妖術師と立ち合うことが叶っていた。村正の強さは、一対一ならけして害されない、敗北の無い強さである。それはまさに、けして揺らがぬ退かぬ、顧みぬ強さ

 

「テメェの企みを潰すに決まってんだろうが――よ!!

 

 振るい上げた刀が唸りを上げ、『天守閣』の一部を叩き壊し吹き飛ばす。斬られながらも害されながらも。その豪腕の一閃は止まらず振るわれ、妖術師の肉体もろとも城の内装外装を木っ端微塵に消し去る。その一撃はただ力任せの試剣術。刀もろとも妖術師、そして『城』を害する一撃となりて振るわれるのだ

 

『自らの生存を考案、考慮せぬ戦い』。ならばこそ彼に敗北は有り得ない。ならばこそ彼に、ただの一度も敗走はない。必ずや自らの成すべき事を成し、果たすべき事を果たすからだ。――自らの生存を度外視したその先に

 

【貴、様ッ・・・!】

 

 妖術師はバテレンにて即座に復活し、歯軋りにて顔を醜く歪ませる。その身を砕かれた事にではない。反撃を受けた事ではない。サタンから賜りし、サタンに捧げし穢土城を害された事による憤慨、憤懣、憤りに他ならない。神聖なるこの城を、何処の者とも知らぬ雑兵に害される。自らが信奉せしルチフェロなりしサタンへの冒涜に等しい行為にその憎悪が掻き立てられるのだ

 

「こんな城があるからいけねぇ。泰平の世に魔王の城なんぞ誰も望んでいる筈がねぇ。覚悟しやがれよバテレン妖術師。こんな膿がたまった辛気くせェ城なんぞ儂が纏めて消し飛ばしてやらぁ――!」

 

 そんな憎悪、そんな情念すらも薙ぎ払い、消し飛ばすその豪腕。真紅の一閃が振るわれ、払われ。城の床が抉られ、壁が叩き斬られ、天井に穴が開く。その戦いは個人に向けられた戦いではない。平穏を脅かす総て、憎悪と怨恨を促す総てに向けられる、図らずもそれは村正が求めた境地。肉ではなく、骨ではなく・・・

 

魔城が、魔城の上層部が吹き飛んでいく。嵐に浚われる家屋が如く。吹き荒れる紅い暴風が如く。刀が砕け散り、その度に打ち込んだ刀を振るい、刀の一つ一つをまさに壊れた幻想が如くに振るい上げ、其処にあるものを一切合切に消し飛ばす。遠目から見れば、その城の上層のみが消し飛ばされていく様が人の巻き起こしたものであると到底信じられる筈もない。それほどに凄まじかった。怒濤の勢いであった

 

そして・・・妖術師からしてみればそれは耐え難い狼藉であった。この積年の結晶、憎悪の具現。この美しき荘厳なる厭離穢土城。サタンに捧げ奉りしこの偉容、この尊容。このような下浅なりし者に踏みにじられていい筈がないと極限を越えて憤慨を表す

 

だが、何故だ。何故これほどまでに破壊が効率よく具象する?あの村正の何がそうさせる?依代が無くば、霊基すら保てぬ脆弱の英霊が、何故此処までサタンの栄光を害する事が出来るのだ?

 

【ぬぅっ――!!】

 

 迷う暇など不要であった。この者は霊基を砕かれても止まるまい。それだけの決意と気迫がある事は読み取れた。現に今も、いくら斬られようと、刺されようと。微塵も手を緩める様相、素振りすら見せることはない。・・・そも、他者の様相など、機微など知ったことではない

 

【図に乗るな、刀鍛冶風情がッ!!ならば招いてやろう!!貴様がなにをしようと、貴様が何であろうと無力にして無為である空間を!!】

 

 その憤怒と慟哭は、世界を侵食する呪いと忌むべき奇蹟と成りて村正を呑み込む。それこそはバテレン妖術の究極。世界を呑み込み、世界を書き換え、己の心象を具現化させる魔術の最奥足る奥義--

 

【甘受せよ!我が慟哭!!固有結界――『島原地獄絵巻』!!!!】

 

憤慨、絶望、慟哭、憎悪。その根源に在りし怒りと嘆きの根幹に、村正を引きずり込む――!




「此処は--」

炎、屍、躯、火焔。悲鳴、慟哭、憎悪。この世の総ての嘆きと叫びを真紅の紅蓮で彩りし地獄絵図

僅かにでも動けば焔が身体を焼きつくし、下手に息を吸えば即座に肺を焼き尽くされる程の概念化した猛火。その直中に村正は放り込まれたのだ

其処は正しく現世に産み出された阿鼻叫喚の図。かの島原にて、焼き付け忘れまいと決意した心の風景。妖術師の総ての始まりにして憎悪の源泉。その心象は、正しく徹頭徹尾の生き地獄

「これが、あいつの風景。この景色だけは、忘れなかったって訳か」

【然り!!この場にて、生者の存在など認められはしない!!】

虚空より響き渡る妖術師の憤怒に満ち充ちた声音。それを耳にするたびに、魂が爛れ往くような錯覚を覚える

【貴様ら生者悉く!我等が憎悪に抱かれて焼き滅ぼされるがいい!!我等に詫びを入れながらな!!】

その憎悪、その憤懣が肌を、魂を焼き払う。呪詛が魂を侵す。そしてその声音は陶酔を帯び、ついに天に高く示される

【そして感嘆し!祝福せよ!!貴様の狼藉により、穢土城の起動は今、成った!!貴様の魔力が最後の呼び水と成り!穢土城は今完成する!!おぉ、サタンの福音が降りる!この世界に空想の根が落ちる!最早何者も止められぬ!止められる物か!!おぉ--これこそが終末の幅員!徳川転覆の終末の光景が!正しき世に及ぼされるとは!!なんたる、なんたる--】

・・・それより先は、最早不要だった

「--そうか。城が出来た、か」

--妖術師が耳にした言葉は、懺悔や悔恨、ましてや絶望の声ではない

「そりゃあ--『一言多かったな』。妖術師」

憎悪、憤怒、憤懣。それらすべてを打ち破り打ち払うその音は

「なら--こっから先は、儂の仕事。我慢に我慢を重ねて待った、儂の大一番よ」

島原の地で、--鉄を打つ音。村正の右手に収まりし手甲が、目映く輝く--

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