人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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迷い宿──それは人の欲を試す場所

無人でありながら手が行き届いたその宿には、目も眩まんばかりの財宝、食物、織物といった極上の物資が備わっており、迷い込んだ者の性根を問う

欲に負け、どれか一つにでも手を出せば二度と宿から出られる事はなくなる

しかし、欲に負けず感謝と節度を持ち財宝に手を出さなければ、それは一転して恵みと幸福となる

『感謝を忘れずに』『慎ましく生きなさい』といった、教訓と戒めを描いた昔話の一つ。そして・・・これが、後の紅閻魔の起源である──


紅と、お爺さん

──遊郭から逃げ出した禿が一匹、息を切らして山奥へ消えて行きました。

 

あまりに必死に駆けたのでしょう。足の皮はずるむけ、衣服は破れ、身体中は生傷だらけ。今にも息絶えんばかりの有り様。最早行き倒れるのも時間の問題──それでも、この禿は走りました。ただ、黙って殺されてしまうくらいなら、と

 

そんな逃亡が、どれ程続いたのか。やがて禿は霧深い山中にある、立派な屋敷に迷い込みます。

 

 

『・・・ここは・・・』

 

そこにあったものは、今まで目の前にありながら、決して手の届かなかった光景でした。暖かな布団、たくさんのご馳走。叱りつける大人たちのいない世界。

 

誰もいなくて屋敷が一人ぼっちなことだけは気になりましたが、庭には多くの雀が遊んでいたので、お屋敷も寂しくはないだろう、と笑いました

 

『すごい、こんな場所があるなんて・・・』

 

まるで夢を見るように、禿は息を呑みながら。ふらふらと揺れながら、いくつものお座敷を回ります

 

財宝を、布団を、ご馳走に手をつけるより先に・・・禿は、手を合わせて仏様に感謝しました

 

『死ぬ前に、屋敷をくれてありがとう。最後に、綺麗なものを見せてくれてありがとう』

 

禿は美しい御屋敷の在り方に涙を浮かべて、息絶えました。何日も食べておらず、ぼろぼろの体であったのです

 

遊郭の生活で舌を抜かれ、喉が潰されていたから。たくさんのご馳走があっても、禿はそれを口にすることが出来なかったのです

 

 

・・・・・・──禿が目を覚ますと、そこは地獄の入り口、賽の河原でした

 

【・・・死んだ、筈でちたのに・・・?】

 

あまりに不憫に思った御仏の慈悲か、屋敷で何も食べなかったお陰なのか。禿は死者ではなく、雀の鬼として。大昔の地獄に生まれ直したのでした

 

【紅さん、お疲れ様でした。これからは地獄が職場です。懸命に頑張り、労働に励みましょう】

 

閻魔を補佐する鬼神より、紅という名前を与えられ、賽の河原でも真面目に働きました。真面目にお勤めを果たすこと幾星霜・・・──

 

【紅ちゃん、そろそろ君にもいい赴任先を用意できるよ。私の名代として頑張ってくれるかな?】

 

【貴女の頑張りは特筆するに値します。これは、出世コースとお考えください】

 

閻魔大王と鬼神に認められ、その名代として地上の『迷い家』を任されたのです

 

【庭先の雀達も、紅ちゃんなら従うと言ってるからね。あ、辛くなったらいつでも戻っておいで?】

 

【は、はいでち!ありがとうございまチュ、閻魔さま、鬼神さま!】

 

雀は閻魔大王の言いつけ通り、真面目に『迷い家』を守り立てました。・・・ですが・・・

 

 

【山から、下りてみたいのでち。人間の暮らしを見たいのでち】

 

鬼となった今も以前の名残があったのでしょう。雀は人恋しくて人里に下りてしまいます。

 

そこには──

 

 

『これは珍しい、火のように真っ赤な雀だよ!叩くと人の声でなく、世にも珍しい雀だよ!』

 

意地悪なおばあさんに捕まった雀は、またいじめられ、たくさんの酷いことをされてしまいます。叩かれ、ぶたれ、火の箸を押し付けられ、水をかけられ・・・

 

雀は驚きのあまり、自分が鬼であることも忘れ縮こまってしまいました。・・・そういえば。昔何度も、同じことがあったような。

 

『ほうほう、それは確かに珍しい。お隣さんや、お隣さんや。わしに譲ってくださらんか』

 

そんな雀を引き取ったのは、村でなんとなく遠巻きにされていたお爺さんでした。お爺さんが何故村人から疎遠にされていたかというと、実益のない、意味のない事にも精を出す変わり者だったからです。いじめられていた、紅色の雀を引き取ったのもその一つ・・・

 

お爺さんは、さみしいさみしいと鳴く雀と、長年貯めた自分の蓄えのほとんどを取り替えたのです。その尊く、人として優しい行いの意味を、紅はわかりませんでした。助けてくれたことは嬉しいけれど・・・

 

『お爺さんはなんであちきを助けたチュン?人間は得にならない事はしないチュン?』

 

『わしにもわからんなぁ。ただ、まわりが不幸せなのはよくないことだろう?』

 

お爺さんは傷ついた雀に手当てをすると、なんでもないことのように雀を山に返しました。『もう捕まるんじゃないよ』と、笑いながら

 

それから暫くたった頃。雀はお爺さんが困っていることを知りました。年貢が払えず、村人たちからの助けもなく、ひもじいまま亡くなろうとしているのです

 

 

【──よくいらっしゃいました、お客様。ここは閻魔亭。善き心を招く隠里でち】

 

山中で一人旅立とうとしたお爺さんを、雀は迷い家に招きました

 

『おや・・・死ぬ前にこんな素敵な場所に招かれるとは。長生きをしてみるものだ』

 

お爺さんは雀に感謝し、楽しい時間を過ごしました。でも、雀はもっと楽しかったのです。あのとき助けられた喜びは、もっともっと大きいものだったのですから。

 

【ずっとここに、いていいのでちよ。お爺さんは】

 

『そうだなぁ、でも・・・』

 

雀はいつまでもお世話するつもりでした。でも、お爺さんは里に帰ると言うのでした。雀は、その意思をどうしても、無視することが出来ませんでした。・・・ならば、せめて・・・

 

『──あなたは一羽の雀を助けました。そのお礼に、この葛籠を差し上げましょう』

 

雀は迷い家の決まりに倣い、二つの葛籠を用意しました。大きい葛籠、小さな葛籠。お爺さんはもう充分と断りましたが、受け取らなければ帰せないと雀は脅します

 

『すまないね、気を遣わせて。それでは・・・』

 

お爺さんは申し訳なさそうに小さな葛籠を選び、自分の世界に帰っていきました。その後、お宿から持ち帰った葛籠からは、毎日慎ましい量の幸が満ちるようになりました。・・・お爺さんは穏やかに、幸せに暮らしたとさ。・・・めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

──でも、それは嘘なのでち。なにひとつ嘘ではないのでちが、嘘だったのでち。

 

 

お宿から帰ってきたおじいさんは、村の噂になりまちた

 

 

『もう何年も前に消えた爺が、あの頃のままの姿で戻ってきた。しかも妙に身なりがいい。何があったか話を聞いてみようじゃないか』

 

村人らは、珍しさと羨ましさ半分でお爺さんの家に押し掛けたのでチュ。そんな、浅ましい人達にもお爺さんは笑顔で話しまちた

 

『何、山の地蔵さまの御導きだよ。これから正直に生きるなら幸をやろう、と言われてねぇ』

 

賢いお爺さんは、あちきの話しはせず、でも隠しもせず、宿で過ごした奇想天外、愉快だったことを皆に語りまちた

 

それが人生の助けになるように。辛い毎日における、在るおとぎばなしになるように。

 

多くの村人が目を輝かせ、多くの村人がお爺さんを羨みまちた。お爺さんが迷い込んだお宿を探したものもいまチュ。無くしたものが戻るように願ったものもいまチュ。正しく生きようとするものも、自分に正直に生きることにしたものも。

 

正直に生きて、道を踏み外し。妬ましく目を曇らせながら涙をぬぐい。多くの身勝手で、あてのない日々の糧となる夢を見たのでチュ

 

その全てが叶いはしなくとも、村人たちの多くは報われまちた。・・・当たり前でチュ。お爺さんは彼らの夢が叶うよう、葛籠の幸のすべてを、彼等のために使っていたのでちから・・・

 

村はきれいになって、村人たちは仲良くなって、皆、貧乏じゃなくなって。村は本当に、幸せで、暖かい世界になったのでち。

 

 

・・・ただ一人。いつまでも『かわりもの』として遠巻きにされていたお爺さん、以外は・・・

 

 

『おかしいでち!こんなのおかしいでち!なんで皆に言わないでちか!みんなが幸せなのはお爺さんのお陰だって!』

 

あちきはそう、お爺さんに言いまちた。あちきが幸せになってほしかったのはお爺さんでち。お爺さんが幸せにしたかった人達ではありまちぇん。あちきは、お爺さんに幸せを使ってほちかったのでち

 

何故、村人が立派になっていくのにお爺さんはみすぼらしいままなのでちか。何故、村人の家が立派になっていくのに、お爺さんの家は小さなままなのでちか。月の光だけしか、お爺さんを明るく照らしてはくれまちぇんでしちた。あちきは、鳴かずにはいられまちぇんでちた

 

『お前たちの幸せは誰かのお陰だ、なんて言われても嬉しくないだろう?うまくいっているならいいんだよ。わしが口を開けても、誰も幸せになれないからねぇ』

 

違う、違うでち。お爺さんが黙っているから、なにも言わないから。皆が幸せになっているのでち。それなのに、それなのに・・・肝心のお爺さんだけが、幸せになっていなかったのでち

 

財宝をみんなのために使って、いいことをすれば幸せになると希望を示し、そうするために嘘をつき続けまちた。

 

多くの作り話を、ほら話、お伽噺を。たくさんの愉快な嘘を本当にする度に。お爺さんは、現実に残されていって・・・

 

気が付けば、村人は皆幸せにこの世を去る頃にさしかかっていまちた。妻に、子供に、家族に看取られて、幸福なまま。

 

でも・・・お爺さんはほら話を語るだけの変わり者として、最後まで一人きり・・・

 

 

・・・なんで、なんでお爺さんは・・・独りで死ななくてはならなかったのでちか。今でも、今でもわからないのでち。今でも・・・

 

 

・・・──お爺さんは、独りのままなくなりまちた。でも、その死に顔はとても幸せだったのでち

 

誰も看取った者はいませんでちた。でも・・・葬列は、とても華やかなものでちた。お爺さんの生命の終わりを聞いて、多くの村人が集まってきたからでち

 

その中には隣の村の人がいて、そのまた隣の村の顔ぶれもいて。・・・だれかが、お爺さんの優しい嘘に気付いていたわけではないでちけれど・・・

 

お爺さんの作り話で救われた人々が、笑顔でお礼を言いに来たのでち

 

・・・幸せな御別れだと、人はいうでち。皆が皆、お爺さんに感謝したでち。お爺さんが望んだように、誰も不幸せになっていないのでち

 

最高の臨終。最高の晴れた空。悲しい事など、何もないのに・・・──

 

 

・・・ごめんなちゃい。あちきは、嘘はつけまちぇん。だから、言わなくてはならないのでち。隠したくはないのでち

 

 

・・・悲しいのでち。とても悲しいのでち。誰も、誰も・・・誰もお爺さんに、幸せをあげられなかったのでち。だれも、だれも、あの笑顔に報いてあげられなかったのでち

 

どんな嘘も、どんな作り話も。お爺さんが自分のために作られたものではなくて──最後まで、最後まで。名前もないまま。多くの人達の幸福を見届けていたのでちから・・・

 

・・・あちきが、招いてしまったから。雀の宿に招いてしまったから。・・・人間を、宿に招くべきでは無かったのでち

 

結果的に、紅はお爺さんを不幸にさせただけなのでち。短い余生を、短い穏やかな時間を、『誰かのために使わせてしまった』のでち。・・・だから、だから──

 

・・・──だから、ちゃんと、恩を・・・恩を返したいのでち。助けてくれてありがとう。お話ししてくれてありがとう。宿に来てくれてありがとう。素敵なお爺さんでいてくれて、ありがとう・・・

 

たくさんのありがとうがあって、伝えきれない感謝があって。お爺さんに、返しきれない恩があって──

 

・・・閻魔亭を続けていれば、迷い家として残っていれば、いつかまた、会えるかもしれまちぇん。閻魔亭は、過去と未来に繋がる異界だから・・・

 

・・・皆が作ってくれた、建て直してくれた。ごきげんおーと宝物たちが建て直してくれている、閻魔亭を・・・見せてあげたいのでち

 

そして・・・紅は、お爺さんにもう一度会いたいのでち。あの、優しい笑顔を見たいのでち。愉快で暖かいお話を、聞きたいのでち

 

・・・あんなに苦手だった料理も。焦がしてばかりで、切り傷だらけで、お爺さんを困らせていてばかりだった料理も、上手になったから──

 

 

もう一度・・・お爺さんに、会いたいのでち──




紅「・・・ぐすん・・・みっともないところを見せてすみまちぇん。泣き出してしまうとか、情けないでちね・・・」

リッカ「──────・・・」

紅「リッカ?どうちまちた・・・?」

「むり・・・こんなの、むり・・・尊くてむり・・・あぁぁ、あぁぁぁあぁあ・・・」

「!?リッカ、なんだか粒子がでているでちよ!?」

スズカ「エッモ・・・センセマジエッモ・・・」

玉藻「御主人様、私の胸で御存分に・・・」

リッカ「ぉあぁあぁあぁおぉおぉお・・・!!ぁあぁぁあぐどーじぃいぃいぃ・・・!!」

きよひー「あんちんさま・・・何故嘘などを・・・」

巴「義仲さま・・・巴を、何故置いていってしまったのですか・・・」

「皆、大丈夫でちか・・・!?なんだかしんみりさせてしまって申し訳な」

リッカ「紅ママァ!!」

「!?」

「お爺さんは幸せだったよ!!」

「・・・リッカ・・・?」

「紅ママに逢えたからぁ!!」

「──!!」

リッカ「私、私・・・グドーシに教えたいアニメいっぱいあるから・・・グドーシが見たかったものいっぱい見るから・・・!私、グドーシが生きたかった世界を生きてるから・・・!これからも世界救う!!お爺さんや紅ママの生きたこの世界護るぅうぅう~!!!うぁあぁあお爺さぁあぁあん!!」

玉藻「よしよし、たくさん泣いてよろしいのですよ御主人様・・・」

紅「・・・リッカ・・・」

ギルガメッシュ「──フッ、古今東西。想い出はやはり美しきものよな」

「!ごきげんおー!」

「待たせたな、女将よ。これより『二日後』に迫る借金の対策を練る。落ち着いたならば天守閣に来るがよい。──とあるものを持ってな」

「とある、もの?」

「然り。それはな──」

──・・・ぐすっ・・・大丈夫です、紅閻魔さん。『その願いは、もうすぐ叶います』から──

フォウ(・・・やっぱり、ボクは嫌だなぁ。別れる故の美しさなんて、悲しいじゃないか・・・)

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