人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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オルガマリー「さて、と」


『顧客リスト』

(いい加減だんまりを貫かれるのも困ったわね。仕方ないわ・・・慰安(物理)と行きましょう。・・・あぁは言ったけれど、カルデアの仲間であることは変わり無いしね)

「たまには荒療治も必要、ということで・・・じゃ、行ってみようかしら」

『カドック・ゼムルプス』

『オフェリア・ファムルソローネ』


やらかしゼムルプスくん

「・・・僕は何故こんな所に・・・」

 

 

もう、何度目かも分からない溜め息と嘆きを漏らし、頭を抱える。閻魔亭・・・迷い家の旅館の一室、喋る雀が切り盛りする謎の旅館の一室に放り込まれた事実を嘆き続ける白髪と質素な服に身を纏った少年・・・カドック・ゼムルプスは嘆きに嘆いていた。気がついたらこんな場所に迷い込み、謎の手厚い歓迎を受けている自分の環境と境遇に、もう何度も理解不能と意味不明の溜め息を漏らしていた。何故こんなことになったのか。備え付けられた羊羮とお茶がやけに美味しい。いや、美味しいからなんだと言うのか。確かにおもてなしや振る舞いは素晴らしいものではあるが、だからといってそれを何も知らずに受け入れる事が出来るほど能天気な頭はしていない。説明と状況説明が欲しい。ついでに精神安定剤も欲しい。もうどうしてこうなったのか、僅かばかりでも切っ掛けが欲しいのだ

 

(確か僕は講義を受けて、そして帰ってきて、部屋に戻って・・・そしたら・・・)

 

そう、いつものように部屋にいたとき、誰かがいたような気がする。いたような気がするのだ。「ようやく連絡がついたわね」という落ち着き払った女性の声。何処かで聞いたことがあるような声が自分に語りかけてきたような気がして、それで・・・

 

 

「あなた、疲れているでしょう。皆まで言わなくても大丈夫よ」

 

「えっ、何が・・・なんの事だ・・・!?」

 

「慰安に行きましょう。大丈夫、意見は求めないわ」

 

「ぐっ・・・!?」

 

 

にこやかな笑顔からの渾身の腹パンを受けて、気がついたら部屋に転がされており、目が覚めたら客間の一室に御招待されていた。顔の部分と全体的なフォルムには強い認識阻害がかかっていたのか、どんな姿なのかまるで覚えがつかない。自分はそもそも何に拉致されたのであろうか。夢でも見ているのだろうか。明晰夢を見ているのだろうか。答えを誰かが教えてはくれない。とても空しい自問自答を繰り返していても答えは出ない。鳥の囀りが近いようで遠い。御茶の香りが素晴らしい。心が和んでいくのを感じる。いや和んでいる場合じゃ無いのだけれど

 

「・・・とりあえず、僕は何をすればいいんだろうか・・・」

 

此処に来ても何もすることがない、此処にいても何も出来ることがない。それだけは理解した。見たところ、旅館は繁盛しているようだ。盛り立てる必要も、立て直す必要も無いくらいであることは読み取れる。もう粗方の問題は解決しきっているのだろう。自分はただ、本当に客として招かれたのだ

 

・・・何故か分からないが、『またか』という感覚が胸の内に去来した。かのカルデアのように、何かを為し遂げる事もなく。人理を救う名目に、使命に、名を遺す事もなく。そしてまた、この不思議な旅館に単なる顧客として招かれている

 

「・・・軟禁とでも言うべきか。どうせ僕が浮き世から離れたって、誰も気にかけやしないだろう」

 

未だ何も成せていない、歴史も浅い魔術師が一人消えた所で、気にするものは誰もいないだろう。だからこそ、自分は此処にいるのかも知れない。何処にいても、何をしても変わらない、影響のない端役。だから自分はこんな場所にいるのだと。なんとなく、思い至った気がする。もしかしたら、自分は此処で無意味に死ねと、あの女は伝えたのかもしれない

 

・・・どのみち、自分はカルデアから五体満足で帰ってきてしまった身だ。此処で朽ち果てようと変わらない。生命の使い時はもうとっくに過ぎた。だったらもう、だらだらと生き永らえるよりもいっそここて・・・

 

「──あら。此処から腐ったシメジのような気配がするとヴィイが言うから来てみれば、その通りにジメジメした見慣れない方がいらっしゃるのね」

 

ふと、そんな声音が後ろから響いた。部屋に確認もせずに開けるとか、そんな当たり前の疑問が浮かんだがそんな疑問は、美しい少女──カメラを構えていた少女を一目見た瞬間に抜け落ちてしまった

 

「・・・君は・・・」

 

「私は自撮りとツーショットに命を懸け、コタツを愛しコタツに愛された女、アナスタシアよ。気が向いたので今は御店の御手伝いをしているわ。見るからに寝不足のあなた、お茶のお代わりはいるかしら」

 

否応なくすすすと部屋に上がり、そして滑らかに御茶を淹れるアナスタシアと名乗る少女。どうしてここに、日本の旅館のような場所にロシア系少女がいるのか、何故店員をやっているのか。そんな疑問は、さらりと流されることになる

 

「はい、どうぞ。御茶です」

 

「おい、猛烈に指が入ってるんだが・・・」

 

「あらごめんなさい、お詫びにこちらを差し上げます。ヴィイ人形。可愛くて人気ナンバーワン(予定)のパペットよ。お土産にいかが?」

 

「目付きが怖いぞ、これ・・・経済戦に名乗りをあげるには心許ないんじゃないのか・・・」

 

「あら、布団を用意しなくちゃいけないわね。待っていて、すぐに御用意するわ。・・・御相手は?」

 

「いない!というかそもそもまだ朝だろう!二度寝にしたってそんな丁寧な準備はいらないからな!あぁ止めろ、畳んでまた敷くなんて不効率の極みだろう!」

 

「男性は布団の下にいかがわしい雑誌を置くらしいけれど・・・本当かしら。ちょっと拝見」

 

「連れてこられた旅館でそんな回りくどい真似をするものか・・・!こら、待て止めないか!」

 

「邪魔をしないで。営業妨害で訴えるわよ」

 

「プライバシーの侵害をされているのは此方なんだが・・・!あぁこら、捲らないでくれ、頼むから・・・!」

 

そんな不思議な従業員と押し問答して一時間。お互い疲れたのか、言葉は少なく席に着席し茶をすすりながらひとときを過ごす。仮にも従業員が顧客と御茶をすするなどといった光景は前代未聞ではあるが、最早そんな突っ込みをする気力もカドックには残されていなかった

 

(クレームを入れようにも、やるべきことはやってくれている・・・接客態度が近すぎるはクレームに入るのだろうか・・・)

 

「日本の御茶は渋いのね・・・日本人の食の探求は素晴らしいけれど、『なんで食べようと思ったの?』という疑問も尽きないわね」

 

そんな擦れ違いの会話と思考が錯綜するなか、カドックは気付く。アナスタシアと名乗る従業員に圧され、先程まで考えていたネガティブな思考と感情が何処かに消え去っていることを

 

「・・・・・・」

 

淹れてもらったお茶が、やけに染みる。カルデアから帰ってきてから、味など楽しむ余裕はなく、食べ物などゼリーやサプリで済ませていたから尚更だ。自分はあのカルデアに何も残せなかった。そんな自虐が、いまこの間は消え去っていたのである

 

「──眉間の皺が取れたなら、可愛らしい顔立ちね、あなた」

 

「な、何を・・・」

 

「あとは目の下の暗い隈が無くなれば完璧ね。見たところ寝不足だと私は思うの。此処に何故あなたがいるのかは分からないけど、ファッキンホットもファッキンコールドも無い此処ならゆっくりできる筈よ。のんびり羽を伸ばしたら?」

 

この従業員、思った事をずけずけ言う・・・マイペースと言うんだろうか。そんな所感が思い浮かぶ。見ず知らずの顧客に肩入れし過ぎではないかと思わなくもないが・・・

 

・・・──不思議と、彼女と話していたら。胸の中に燻る炎と、口の中に絶えず詰まっているようなジャリジャリしたものが収まり、なくなっているような・・・そんな感覚を覚えるのだ

 

「・・・そう、だな。僕も何故此処にいるかは分からない。それに此処には、僕の知っている誰かがいるわけでもない。なら・・・」

 

「えぇ、なら・・・?」

 

「・・・愚痴ぐらいには付き合ってもらおうじゃないか。ハチャメチャな接客のクレームは、それで勘弁してあげるからさ。今更嫌とは言わないだろう?」

 

「えぇ、言わないわ。つまらない、面倒くさいとは遠慮なく言わせてもらうけれど」

 

「辛辣だな・・・!まぁいいか・・・そうだな、じゃあまず・・・」

 

・・・そうして少年は話始めた。自らの劣等感、無力感、焦燥感・・・それらを絶えず捨てられずに生きていること。カルデアで、それでもなんとか自分の出来ることをしようとし、結局・・・何も出来なかった事

 

「そうなの。コンプレックス拗らせ男子なのねあなた。ゴールデンボンバーというバンドの名曲を御存じ?」

 

「な、なんだそれ。知るわけないだろう」

 

「『女々しくて』と言うの。あなたにピッタリよ、一緒に聞く?はいイヤホン。片方貸してあげるわ」

 

「準備がよすぎる!そしてピンポイント過ぎる曲だ、狙ったのか・・・!」

 

アナスタシアはそれに茶々を入れ、あくびをし、時たま核心を抉る突っ込みを入れたり御茶を飲んだりと。楽しいのかそうでないのか分からないリアクションを取り続ける

 

・・・そんな不思議な、仲がいいのか険悪なのか分からない空間は暫し続いた。・・・変わった変化と言えば・・・

 

「典型的なネガティブシンキングね。ある意味貴重よ。あなたみたいな男性・・・いえ、人類は私の傍に一人もいないもの。絶滅していた動物や神話の動物を目の当たりにしている気分よ」

 

「そんなレベルなのか・・・!?確かに悲観的だけど、もう少しマシな筈だ、よくある悩みだろう・・・!?」

 

「ふふっ──打てば響く。面白い人ね、あなた」

 

「え・・・?」

 

「何でもないわ。さぁ早く次のお話を聞かせてちょうだい?生々しい失敗談はハニーシロップの味がするもの、あなたは甘くて美味しいわ」

 

「ほんっと・・・いい性格してるんだな君は!罷り間違っても、人生のパートナーに君のような女性は選ばないぞ・・・!」

 

・・・──一人の少年の表情筋が、がっつり解された事くらいである。




カドック「・・・僕の話は、こんなところだ。どうだ、聞いていて楽しい話でも無かったろう」

アナスタシア「えぇ全く。嫉妬に後悔、劣等感に卑下。ジメジメしっぱなしの一時だったわ。ファッキンレイン」


「ぐ・・・話を聞くって言ったのは君だろう・・・!」

「でも」

「!?」

「でも──思ったことは一つ。どんなに無様でも、惨めでも・・・『挑むこと』だけは、やめなかったのね。あなた」

「・・・!」

「私、あなたの事はネガティブ思考としか思えないけれど・・・そういった不屈な所は、好きになったわ」

「・・・アナスタシア・・・」

「いつか、あなたにしか出来ないような事は現れる筈。いつか、あなただけにしか為し遂げられないような出来事があなたに訪れる筈。何かをしたいと思うなら、その何かが現れるまで足掻いてみなさい。それはもう無様でも、惨めでも・・・その足掻きには、意味があるのだと思うわ」

「・・・・・・そうか。・・・そう、かな・・・」

「ま、何もなかったらしょうがないわね。氷像にでもおなりなさいな」

「辛辣!締めがそれか、君は本当に遠慮が・・・うっ!?」

『カドックの写真』

「その笑ったり泣いたりを忘れないようになさい。──心から笑う人が、最後に勝つのだから」

「・・・──」

「時間だわ。じゃあね、カドック。『縁があれば』、また会いましょう?」

「・・・・・・君との縁だなんて願い下げだ。胃腸がもたないだろうし・・・」


『写真』

「・・・まぁ、来た甲斐はあった、かな」


廊下


カドック(せっかくだ、温泉に入ってから帰ろう・・・)


リッカ「~♪じゃんぬとお風呂~入浴ターイム♪あ、おはようございまーす!」

カドック「あ、お・・・おはよう」

「温泉ですか?素敵な場所だから楽しんでいってくださいね!」

「あ、ああ・・・そのつもりだ」

リッカ「よろしくお願いしまーす!お風呂~お風呂~♪」

「・・・・・・なんだったんだ、今のは・・・こんな訳の分からない場所で能天気だなんて余程・・・」



『思ってもいないことを口にするのは止めなさい。自分が一層惨めになるだけよ。だからあなたはカドックなのよ』



「・・・大物なんだろうな。・・・案外、あんな大物が、世界を救うのに相応しいのかもしれないな・・・」

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