人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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『よろしく、メルトリリス。頼り無いマスターだけど、精一杯頑張るからさ』

輝かしい記憶。
眩しくて視界がぼやけてしまうほど。
あの時は恐怖しかなかった。絶望しかなかった。

『ごめん、オレがもっとうまくやれていたら・・・』

私の性能ではあの人を守りきれないと
決定的な場面がいつ来てしまうかと、夜ごと泣いていた。

『君には苦労ばかりかけて、ホントにゴメン。でも・・・嬉しいんだ』

でも───あの人は笑っていたから

『君はこんなオレに、力を貸してくれて。君はこんなオレを、マスターと呼んでくれた』

弱かった私は全力で後を追った。
楽しすぎて泣いていた。
辛すぎて笑っていた。
何をしても、
どんな過酷な状況だろうと輝いていた

『行こう、メルトリリス。絶対に、オレから離れないで』

アナタの為なら、
アナタとならどこまでも行ける気がした。
そう、何が相手でも戦えると、戦うと誓った。
あんなにも最悪の状況だったけれど。

『──メルトリリスに触るな。この娘は、オレの大切な主役(プリマドンナ)なんだ』

あの人がいるかぎり、私には最高のものに見えたのだ。
──たとえ、この両手つばさが砕け散っても。アナタの元に飛んで見せるわ──
・・・そんな言葉も、口にしたっけ

『・・・ごめん、お礼・・・ちゃんと言って無かったね』

・・・アルブレヒト、アルブレヒト。素敵なアナタ。今度こそ・・・

『──君と一緒にいられて、嬉しかった。ありが──』

・・・私の手を、放さないで───


スワンレイク・メモリー

「ここは・・・」

 

メルトリリス。快楽のアルターエゴにして、誰よりも先んじて自分を助けてくれたサーヴァント。海底に沈むセラフの信頼できる味方にして、その脚で華麗に舞うプリマドンナ。藤丸は今、その最初のパートナーたる彼女の心・・・その内面へと潜り、緩やかに緩やかに下へと落ちている。味方はいない。此処に招かれたのは彼だけであり、それを迎えるのはメルトリリスのみの空間である

 

心にとって、彼は異物。されど彼を迎えたのは敵対や拒絶の意思ではない。凪の海のような静けさと、愛を甘く囁かれているような安心感である。落ちる速度もただ穏やかで、広大なる海、あるいは湖に漂うかのような感覚を藤丸に懐かせる

 

「・・・メルトリリス?いるのか?」

 

その名前を呼んだとき──ただ漂い、落ちていくだけであった心の空間に、とある心の風景が浮かび上がった。それは彼女であって彼女ではない、しかし彼女だけの大切な記憶の発露であり・・・

 

『えぇ。あなたが選んだ私なら、私はあなたの為に舞いましょう。どうか目を離さないで、マスター。私は、あなたの為だけに──』

 

愛しげに微笑むメルトリリス。その表情が向けられている相手は、誰だか解らない。彼女から見た彼は、彼女にしか解らないのだ。

 

薄暗い場所にて、朽ち果て砕ける寸前だったメルトリリスは、マスターとなる誰かを得て。このセラフの狂い果てた聖杯戦争を共に戦ったという記録なのだと理解することとなる。彼女は藤丸と出逢う前に、他のマスターと戦い、絆を紡ぎ、戦場を駆け抜けていたのだ

 

「───」

 

藤丸はその光景に、記録に。一言も発する事なく見入っていた、見つめていた。記録の中にいる彼女の表情は、記録の中にいる彼女の浮かべる表情は。どれも藤丸が見たことのない、穏やかで優しげな、『可愛らしい女の子』であった為だ。

 

『あなたが選んだサーヴァントが御不満かしら?それは・・・確かに初期化はされておりますが。それでも、あなたを護るプリマとしての自負はキチンとあります。でも、それでも。多少は不格好で良いのです。だって、その方があなたも目を離そうだなんて思わないでしょう?』

 

「・・・・・・」

 

『辛いのも、道筋が見えぬ戦いが不安なのも分かります。だけど、どうか絶望に目を閉じないで。だって、目を閉じてしまったら。誰が私の舞踏を見てくださると言うのでしょう?』

 

その言葉の一つ一つが情熱的で、その行動の一つ一つが献身的で。思わず藤丸の顔も綻ぶ程に初々しいメルトリリスの姿に、更に笑みすら浮かべてしまう。まるで・・・──

 

「──まるで恋する乙女の様だ。そんな事を考えているんでしょう?解るわよ。貴方の事くらいお見通しです」

 

そんな彼に、悪趣味ねと悪態をつきながら現れし誇り高きプリマドンナ、本心たるメルトリリス。その行為に、藤丸の行為をすがめながらも、決して拒絶する事なく。優しく柔らかに彼の存在を受け入れた

 

「メルトリリス、これは・・・」

 

「・・・えぇ。私はあなたと出逢う前にマスターと契約し、このセラフに挑んでいた。あなたが見ているのは一周目・・・私がキアラにサルベージされて反旗を翻し、そして力及ばず廃棄処分されていた時にマスターに拾われた時の記録よ」

 

自分ではあるが、それはただの記録と自嘲するメルトリリス。今の自分には無意味なもので、あなたが見ているのは心の見せる誤作動であると。だが・・・藤丸には、そうは思えなかった

 

「大切だったんだね、前のマスターの事」

 

素直な感想が、口をついて飛び出した。ただの記録・・・そんなのは照れ隠しで方便だって、鈍い自分もすぐ解る。だって、記録の中のメルトリリスはどの表情も、輝くような幸福の微笑みに満たされている

 

廃棄し、捨てられ、舞台の端でただ消えるのを待つのみだった人形に手を差しのべる誰かによって再び踊ることが、飛び立つことが出来た。自らに期待する何者かの、力となることが出来た。画面の向こうの、心の中のメルトリリスはそんな喜びと輝きに満ちていたのだと、藤丸はそんな確信を懐いていたのだ

 

「・・・そうかも知れないわね。無様に土にまみれていた彼女は、確かに再び羽ばたいたかもしれない。怪物に、恐れず手を差し伸べた誰かのお陰でね。でも・・・」

 

その終わりは、あっけなく、残酷で。ガラスのように夢のように消え去ったのだという。懸命に戦う画面が映し出される。メルトリリスが決死の想いで戦い、倒そうと奮い立っているのは紛れもない・・・

 

「・・・ビースト、Ⅲ・・・」

 

その脅威を取り除くために、セラフを正しく取り戻すために彼女と、どこかのマスターは戦った。だが──

 

『あぅ、っ・・・!ぐ・・・!!』

 

『あら、不出来なのは見た目ではなかったのですね。少しつまんだだけで崩れ潰れるだなんて。脚に比べてなんと脆く不細工な翼でしょう』

 

奮闘空しく、両腕を砕かれ戦闘不能にされるメルトリリス。彼女は懸命に戦った。マスターは懸命に支え寄り添った。ただ──あまりにも。獣が強大に過ぎたのだ

 

「・・・・・・」

 

そのまま、総てを砕かれんとしたメルトリリスの前に・・・当然のように庇い立つ者がいた。それは、彼女にとっての初めての・・・──

 

『おや、マスターがサーヴァントを庇うなど。酔狂な真似の御覚悟はできておりますか?』

 

『ぁ、あ──』

 

『───、───』

 

一言、二言。彼が呟いたのと、総てを融かす毒の掌が迫るのは同時の事で

 

『待って・・・待って!その人は、その人だけは!お願い──!』

 

・・・懸命の願いは、当然のように聞き流され。彼女が総てを懸けて護ると誓ったマスターは、ビーストの手によって融かされ絶命を果たした。彼女のマスターと紡いだ絆は、此処で無惨に踏みにじられたのだ

 

『まぁ、なんと初々しい。消え去るその瞬間まで私を睨み付けて、あなたのような人形を庇うだなんて。随分と、気狂いな方を愛したものですね?メルトリリス?』

 

『・・・ッ・・・!・・・・・・ッ・・・!!』

 

『そんな顔をしなくとも、すぐに後を追わせてあげます。存分に懺悔し涙なさい?『私の至らなさが、あなたを殺したのだ』と。うふふ、うふふふふ・・・──』

 

手を伸ばし、キアラの嘲笑が響き渡り・・・其処で記録は終わっていた。メルトリリスの初めてのマスターとの戦いは、其処で終わったのだと告げるように

 

「・・・私の想いは、一時の夢として終わったわ。泡に包まれ、あっさりと消えてなくなった。私の舞台は、とっくに幕を引いている」

 

でも、あなたは違う。これからあの獣に挑み、打ち倒し、世界を救うのだという。ならば、自分は問わねばならない。彼女という獣を討ち果たすために、どうしても必要なものがあるか

 

「私の質問に答えなさい。嘘をついたり誤魔化したりしたら、あなたをここで溶かして取り込みます。これに答えられないなら、あなたはどう足掻いてもキアラには勝てない。心して」

 

その答えこそが、自分を倒すただ一つの答え。メルトリリスは口にせずとも願い、言葉にせずとも祈っている。

 

──どうか、愛しい貴方。その気持ちを持っていて。そうすれば、貴方はきっと勝てるから。

 

「──あなたには、好きな人・・・求める想いはあるかしら?生きてきた中で、大切な人は出来たかしら」

 

その答えこそが、淫らに現実を犯す『ソレ』を討ち果たす唯一無二の剣であるから。その本心を、彼女は毅然と問い質す──

 

 

 




藤丸「・・・・・・」

メルトリリス「・・・・・・」


藤丸「・・・──いるよ。いるんだ、好きな人。ちょっと前に、大声で叫んじゃったけど。オレには、想っている人・・・幸せになってほしい人がいる」

メルトリリス「・・・例えその気持ちが伝わらず、ずっと胸にしまうものであったとしても?」

──そう。きっとあなたは後悔しない。こんな問いは、ただの意地悪だ

「うん。例えその人が、オレ以外の誰かと幸せになったとしても・・・笑顔で見送ってみせるよ。だって・・・それが」

そう、それが。与える愛とは違うもの。与えられたい愛とは異なるもの。それが、無常に現実に破れる、不確かで意地らしいだけの想いだから

「オレが、好きな人に向ける気持ちだから。オレは・・・好きな人の幸せを、ただ願っているよ」

メルトリリス「・・・、そう」

あなたはきっと、そう言うと。解っていたから。もう自分に、悔いも思い残しもありはしない

「ならいいわ。あなたはきっとあの女に勝てる。・・・戻りなさい。私の負けよ」

そう、それは私では無いけれど。あなたのヒロインは、私なんかではないけれど

藤丸「メルトリリス・・・!」

「──頑張りなさい。その青臭くて見ていられない恥ずかしい気持ち、応援してあげる。最後まで見ていてあげるから」

ありがとう。嘘偽りなく告げてくれて。ありがとう、最後まで、誠実なあなたでいてくれて

これでもう、思い残す事は何もない。その刻になれば、私はあなたのために羽ばたきましょう

──あなたの(おもい)を、護るために。

「さようなら、藤丸立香。せいぜい最後くらいは、カッコいい処を見せなさいね?」

……ええ。さようなら、見知らぬアルブレヒト。もうすぐ繋いだ手は離れてしまうけれど。
 もうすぐ、この体は崩れ去ってしまうけれど。
───でも、繋いだ心だけは、離れないわ───

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