人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ヴラド「ほう。余に勝利を祈りし美酒を捧げ乾杯したいと。貴様が酌をするというのだな?」

アイリーン「はっ。正統なる魔術師、勝利者に相応しきヴラド氏に、細やかながら勝利の前祝いをと。差し出がましい提案ではございますが、私は貴方の勝利と積み重ねられし研鑽に敬意を表し心より、祝辞と畏敬を捧げたく存じますがゆえ」

カドック(誉め殺しにも程がある。あんなので騙されてくれるのか・・・?)

アナスタシア(分かっていないわね。アレを断るならば器が小さいと罵られるのはあのおじさまよ。時には偽り無い誠意こそ、勝利の鍵となるの)

カドック(そんなものか・・・どのみち任せるしかない。僕は視界にすら入ってなかったみたいだしな)

アナスタシア(あなたは良くて小間遣いだものね。喉が乾いたわ、カドック)

(はいはい、どうせ僕は平凡だよ。だがこの戦いだけは、絶対に投げ出すものか・・・!)

アナスタシア(──)

(僕だって、僕だって。カルデアのマスターみたいに出来る筈だ・・・!)

アナスタシア(・・・それでいいわ。『半分』はね)


バーの語らい~ヴラド編~

「来たぞ」

 

「うん、来るだろうねそうだとも!」

 

最後に残る魔術師、ヴラド。正統にして由緒正しき歴史を有するヴラドが酒の席にわざわざ招かれることを懸念していたカドックの心配と不安を余所に、気品を損なわぬままにやってくる彼を、ジェームズは笑顔で招き入れた。特に不思議な事ではない。最愛の助手たる彼女ならば必ずやってくれるだろうという信頼と確信を持っているがゆえの感嘆だった。シェイカーと一緒に腰を振りまくる姿から、その喜びが伺い知れると言うものだろう。

 

「・・・意外だな。下浅の誘いなど受けるものかなんて突っぱねるとばかり思っていたんだが」

 

「簡単である、バーテンダー。そちらの淑女が礼を尽くし余を出迎えることを望んだ為だ。その言葉に曇りはなく、感情に悪意を見当たらない」

 

礼節と敬意に満ちた態度であるならば、それを受け入れ対する沽券は相手方に委ねられる。其処で余裕を見せねば名誉の問題となるのだ。それを理解した上での完璧な応対・・・どうやら、彼女と同じ顔であるのにはきちんとした理由があったらしい

 

(あなたとは比べるべくもないわね、カドック。君主と一般の立場の違いはなんともできない、と言うことかしら)

 

(それくらいしてくれなくちゃ、とてもカルデア運営なんて出来ないだろうさ。・・・結局のところ、環境さえ万全ならオルガマリーもキリシュタリア側なんだって事なんだろう)

 

凡人が君主クラスに置かれ曲がりなりにももたせるなど出来ない。確かな実力と資格があるからこそ初めて認められるのが実力と言うものなのだ。恵まれなかったな、とカドックは哀れみ半分と安堵半分でアイリーンを見る。実力を発揮できなかった不憫さに、本来の彼女の力が間違いでなかった事の証明に。

 

「余の勝利を祝え、バーテンダー。至上の美酒を馳走せよ」

 

「勿論だとも!ブラッディマリーでいかがかな?お勧めだとも!ブラッディ!マリー!!」

 

「お静かに」

 

(テンション高いなこのおっさん・・・)

 

ウキウキで用意したブラッディマリーをヴラドに馳走するジェームズ。酌をアイリーンが担当し、優美な所作でグラスを鳴らし一口飲む。それだけの所作が、同姓の自分が卑しく見えるほどに厳かで優美である。生まれながらの勝利者とはこういったもの、と雄弁に語るかの様だった。悔しさは・・・もう慣れているので。バナナの皮かかかりまくったワックスの床で滑ればいいのに、と悪態をつきモップ清掃に挑むカドックである。

 

 

「ラン氏の情報から、貴方は血液を触媒とする魔術師であるとか。ブラッディの名を戴く美酒はさぞお口に合うと思いましてネ」

 

「・・・なるほど。ヤツめ、余の魔術を伝えたか。──深淵に触れていないとはいえ、他者に語られるのは不快なものだ」

 

情報の漏洩は不徳であり、それが自分の預かり知らぬ場所で行われる、というのは不愉快なものなのだ。伝聞の流布は時に真実すら歪め事実を貶める。ヴラドの名を戴く英雄もまた、そういった風評に存分に苦しめられし者であるが故に

 

「ラン氏のみが秘匿を行うは些か不公平。この場でヴラド氏が情報を開示することは、貴方の名誉に傷をつける事は無いでしょう」

 

「その通りだ、淑女よ。よってアレクにこう伝えよ。彼奴の魔術は『美』の魔術。人を蠱惑し、魅了し堕落させる魅了の術である」

 

よし、とカドックはこっそりガッツポーズを行う。これで三者の情報は掴んだ。多少なりとも情報が漏れた魔術師の脅威は格段に下がる。これで理論上、三人の魔術師は敵としては脅威になり得ざる存在と堕したのが決定付けられた。英雄が弱点や逸話を衝かれれば脆いように、人間や魔術師もまた然り、である

 

(ちなみに僕を調べ上げても無駄だ。何故か?決まっているだろう。歴史が浅くて秘匿すべき秘術なんて何も無いんだからな!どうだアナスタシア!すごいだろう!凡才も悪いことばかりじゃない、と言うことだ!)

 

(そうね・・・悪いことすらないというのは悲しいわね。これからは少しだけ優しくさせてもらうわね・・・)

 

アナスタシアがそっとカルピスをカドックに御馳走する合間に、アイリーンは持ち前の社交術により情報を引き出していく。彼女がかの探偵もののパイオニア的作品に出てくる存在と合致するならば、およそ彼女を欺く、または暴く事ができる者など存在しないのだ。彼女がアイリーンであるならば、の話では、あるのだが。

 

「凡人ならばともかく、正統にして歴史古き魔術師たる貴方に小細工は聞き及びませぬでしょう。アレク氏の方が、貴方に牙を向けるに値する魔術であると愚考します」

 

「然り。後は以蔵がどれだけ金を出すかだが・・・」

 

「出費で支配と権力が得られるならばそうするでしょう。愚かであるならば・・・いえ、愚かであるからこそ、人は時に最適解を選択します。生命を背負う責任に耐えられないという理由で、人命を救助する何処かの無能な所長の様に、ね」

 

(見てる・・・さては根に持ったな・・・!)

 

「愉快な見解だ。・・・ふむ。酒の味は解らぬが、赤い色合いと小粋な酌が大いに気に入った。淑女よ、触媒を手に入れた後、もう一度これにて乾杯するとしよう」

 

「心からお待ちしておりますわ、ヴラド氏。勝利の栄光を、貴方と貴方が受け継いだ歴史の全てに」

 

「・・・つくづく、バーテンダーにしておくには惜しきものよな。その在り方を忘れぬよう、精進するがよい」

 

彼の魔術師は上機嫌さを露にし、席を立つ。良き一時を過ごしたと残し、アイリーンの見送りを背に受けながら

 

(・・・見事なものだな)

 

流れるような会話運びと情報収集、好印象に魔術師の情報を獲得したアイリーン。今回は視界にすら入れなかった自分とは段違いの戦果に感嘆を示していると・・・

 

「──どう?ただの無能なお飾りでは無いことが理解していただけた?」

 

カドックに歩み寄り、フフンと腕を組み胸を張るちょっと大人気ないアイリーンの意外な反応に、やっぱりカドックは参ったよ、と手を上げるより他無いのでしたとさ──




アナスタシア「やはり楽園のメンバーの安定感は素晴らしいわね。流石はマスターの親友たる彼女よ。カドックを助けてくれたのはナイスな判断・・・」

ジェームズ「今の色目?色目じゃないよネまさか。乾杯の約束なんていやいやまさか。ンー、急に無味無臭の毒薬が入り用になるかもしれないナー。なんでだろうナー」

アナスタシア「・・・やきもちはみっともなくてよ、おじさま?」

ジェームズ「悔しくない!悔しくないもん!気品も風格も所作もあちらの方が完成されたダンディだなんてぜーんぜん思ってないからネ!いやいやアイリーンは私の助手だヨ?ホームズでもあるまいし私がそんな」

その時。不安をまぎらわすようにシェイカーを体を使って振り続けたが故に──グキリ、と枯れた大木がへし折れた様な音が響き渡り──

「こ!!腰がッ!!!」

・・・──旧き蜘蛛は、勝手に撃沈したのであった。

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