カドック「・・・・・・・・・」
「ヘイ、セイ、ヘイ、セイ、ヘイ、セイ、ヘヘヘイ。ヘイ、セイ、ヘイ、セイ──」
カドック「うるさいな!?なんなんだ君は!?部屋に戻ってさっさと寝ないか!」
アナスタシア「不躾ね。マスターから教えて貰ったロックを貴方に披露しているのに」
「ロックじゃないラップだ!何故夜に枕元で呟く!マスターのセンスはどうなっているんだ帰れ!」
アナスタシア「ぶー。ふんだ、帰らせてもらうわよ、後悔しないことね」
「後悔なんかするものか、するのは自嘲と奮闘だけだ!」
「そう。見せてもらうわよ、『あなただけの道』をね」
「何・・・?」
「マスターと同じ道を歩かないで、あなただけの道を選びなさい。不格好な猿真似なんて私が見たいとおもうのかしら?」
「・・・不格好な、猿真似・・・?」
(・・・カルデアのマスターと同じ道を・・・。・・・同じ選択をするな、って事か・・・?)
「・・・うるさい、って突っぱねるには、腹が立つくらいに核心を突くんだよな、あの皇女様は」
(・・・ちょっと、落ち着いてみるか。・・・僕はどうしたい?)
「カルデアのマスターに『なりたい』のか?カルデアのマスター『みたい』になるのが僕のゴールか?・・・」
(・・・あぁ、なんだ。簡単な事じゃないか)
「──僕は、『僕にしかなれない』。カルデアのマスターの道は、カルデアのマスターだけの道なんだって・・・そういう事なのかな、アナスタシア・・・」
部屋の扉前
アナスタシア「悩みなさい。迷いなさい。──そうして一歩を踏み出せたなら、私はそんな貴方が歩む道が見たいのだから・・・」
「おやすみ、カドック。根暗で卑屈で、諦めの悪い貴方──」
「あいたたたた・・・血塗れマリーなんて酒を出したからバチが当たったのかナ・・・まさかバーテンダーが腰をクラッシュするとは笑えないジョークだネー・・・」
「しっかりしてください、ジェームズ。あなたの悪知恵が無ければ私達の道は拓けないんですから」
深夜二時、静まり返りcloseの看板が掛けられしバーにて、アイリーン・・・即ちオルガマリーに整体を施術されしジェームズ、モリアーティがうめきを上げる。先程盛大に腰をいわした為、急遽バーを閉めてコンディション回復に勤めているのだ。うつぶせにて隙だらけな姿ながら、モリアーティに警戒の色は微塵もない。モリアーティはスキだらけである。
「すまないネー、こんなに徹夜させて。夜更かしは美容の大敵だろう?」
「私に睡眠は無用ですよ。一分程システムダウンさせれば、また活動は可能です」
「便利だネー・・・流石は万能の願望機。生きたいと願った君の願いを叶え続けている、というわげごはぁっ!?」
グリィ、と右手が腰を痛烈に捉えた。オルガマリーの意思ではなく、宿りしアイリーンの力である。デリカシーの無さを諌めたのだろう。彼女の深淵の秘密を口にしてはいけないわ、と。
「アイリーン、申し訳ない・・・親しき仲にも礼儀ありだネ、ごめんね我が助手・・・」
「私は許します。アイリーンは許さなかった様ですが」
『うふふ、バリツとパンクラチオン。お好みはどちら?』
「慎んで辞退させて!?・・・そうだネ、無礼には誠意で返さなくてはネ。んー、そうだナー・・・」
ふむ、と考え。そして語る事を探すモリアーティ。深夜のお伽噺代わりに見つけたものは──
「この老人の過去語りはいかがかな?キュートでダンディなアラフィフの知られざる過去とか・・・」
「是非お願いします貴方は創作の存在なのですかそれとも実在したのですか?ハッキリさせましょうか教授」
「凄く食い付いてきた!・・・ちなみに、知った真実は如何に?」
「新説として学界に叩き付けます」
「公表する気満々だった!・・・まぁ、君ならいいか。・・・この私は創作物なのか?それとも何処かに、ジェームズ・モリアーティが存在したのか、この私を私たらしめる過去は本当に現実にあったことなのか?・・・まぁ、それは割とどうでもいい事なのサ」
「・・・『我思う、故に我在り』ですか?」
「その通り。重要なのは、私が今此処にいるって事だからネ。・・・さて、何処から話したものかな」
最愛の助手にして生徒たるオルガマリー。その口から語られし、半生の記憶。アイリーン、そしてオルガマリーは静かに耳を傾ける。・・・心から人を信じ愛した事など一度も無い男の成り立ち──
~
──子供の頃の記憶など、なんとも朧気。覚えているのはただ一つ、数式と言うもの。
数式の清潔さ。数式の構造的美学、数式の柔らかさ、数式の恐ろしさ。ただ放り投げた一つのボールですら、数式が成立することで何処に落ちるかが決定する。
・・・無駄も不確定も交わらぬこの世で最も純然たる概念。人はなぜこの魅力に気付かないのか。子供の頃は、そんな事を考えていたと思う。
大人と呼べる年齢になって、私は一冊の本を著した。
『小惑星の力学。星すらも破壊できる計算が記されたホームズ曰く悪魔の書・・・』
その通り。だが、本は他の数学者たちに闇に葬られてしまった。・・・だがしかし、正直な話、それを予測していなかったと言えば嘘になる。
私は知っている。人の小心さを、用心深さを。あの本の恐ろしさに気付いたのであれば、それも当然の事。しかし──そうなると、私はあの方程式を立証できない。
困ったナ、と首を捻る。このままでは一生、あの式が正しいかどうか解らぬままに人生を終えることになる。
──それは厭だ。子供のように思えるが、それは何だか酷く厭だ。
できる、と思ったのだ。やらなくてはならない、と確信したのだ。だから──
私は、悪に手を染める事にした。
~
「・・・成る程。世界の破壊者になるために悪を選んだ、と。数式の実行の過程として」
『あら、理解できたの?私には正直、理解不能な理論の飛躍よ』
オルガマリーは静かに頷き、アイリーンは不思議そうに首を捻る。何故、彼は悪を選びそれに没頭したのか?
「こればかりは理解できない方が正解だヨ、アイリーン。私は証明したかった。自分の式の美しさ、恐ろしさを。その為にどんな敵も倒し、どんな事もすると誓った。そして、計算に没頭した」
「その式を知らしめる為には、悪という手段が最も効率的であったから」
「正解。以来、私は組織作りに勤しんだ。悪に改革を、革命と混沌の糸を張った」
単純である悪に、複雑怪奇な陰謀を。暴力を振るう悪に賢しい知恵を。悪を振る舞い、育て、後押し、浸透させ、そして──
『最後は、ホームズにその所業を弾劾されていた・・・』
「残念でもありませんし当然です。巨悪に相応しき末路と言えましょう」
「だよネー!」
そりゃあそうである。リッカが告げる絶対の真理にして御約束は、きっちりと適用されるのだ。『悪は滅びるのが御約束!』と。モリアーティが滅ばない訳無いのである。悪であるが故に。
「いやぁ、私からするとなんで皆が気付かないのかと助言しただけなのに!」
「それはですね、悪は最適解であることが多い故に今まで悪を知らなかった人生を否定することになるため、見て見ぬふりをしているからですよ」
【最初からこうすれば良かった】【あぁすれば楽だったのに】。理性と常識にて人は培われる。其処には苦難と良識の枷が嵌められる。それに対し悪とは美酒であり、画期的であり、革新的であり、蠱惑的であり、美しい。一度知れば、今まで善を強いられてきた自分の全てが破滅する。人は破滅を嫌うが故に、気付きたくないのだ。【悪を求める自分自身に】。正義の味方はよく怒り、悪の組織はよく笑うものである。
「それなんだよネー。天才だ人間の屑だ破綻者だ怪物だ犯罪界のナポレオンだと煽てられれば!その気になっちゃってネー。・・・とはいえ、とはいえだよ、オルガマリー君」
彼は言う。それでも、悪にまみれた人生を微塵も後悔はしていないという。理由は一つ、いや三つ程ある。
「『楽しかったから』だよ。うん、性格破綻者だからこうならないでネ。その上で我が生ほど楽しい人生はそうそう無かったと断言できる」
人間が思い通りに動くのを見るのは楽しく、陥窪に落ちるのは楽しい。崖から滑り落ち、小石につまずき転び天から花瓶が墜ち、その様はまさに喜劇だと、モリアーティは愉快に笑う
「『
「そうだとも。冗談だとも。『この話を聞いた君がそう思ってくれるほどに、私の人生は楽しかった』。・・・ま、一番面白いのは私の最期だよ。ライヘンバッハの滝サ」
悪党の末路に相応しい惨めさにて、おまけに道連れにしようとした彼は生き延びた。朝でなく夜でない、灰色に煙る空。機銃のような唸りを上げる滝はひんやりと冷たく。
『あ、そういえばそこが気になったの、ジェームズ。貴方は何故、わざわざ殴り合いなんて野蛮な土俵に乗ったのかしら』
「・・・そうだねェ。作り物なら、倒されなければならない御都合主義かもしれないが。実在していた私なら、・・・そして君なら分かるんじゃないかネ、我が助手よ」
頷くオルガマリー。・・・それは解る。合理的で、計算高い者が唯一譲れない不確定要素が、あるのだとしたら。
「──意地、でしょう。悪役として、直接対決は最高のシチュエーションですものね」
馬鹿な生き物です事、とオルガマリーは呟くも、その選択を否定せず。まるで子供みたいなんだから、とアイリーンは呆れながら笑い。
「そうだとも。──誰かに負けるのは良くても、こいつにだけは負けたくない。・・・互いに、そうだったというだけなのサ」
そんな自分とあの探偵の愚かしさを・・・やっぱりモリアーティは、笑っていたのだった。
モリアーティ「では、そろそろ眠るとしようかネ。退屈なお話で済まないネ。補填はこれで勘弁──」
アイリーン『待って。後悔してない理由を聞いていないわよ、ジェームズ?』
モリアーティ「あー、そうだネ。まぁ後悔していない理由は二つ。まずはリッカ君というマスターに出逢えた事サ」
彼女の計算式は実に雄々しく、美しく、鮮やかだという。悪の総てを喰らう悪。余さず悪を知りながら、それらを儚き善を護るために蹴散らすヒロイン。叶うことなら、アメコミヒロインとして書いて起きたかったとも
「あぁ、それは確かに──」
「そしてもう一つはオルガマリー!君という最愛の助手に出逢えた事だヨ!」
「・・・は?」
「何を不思議そうにしているのかネ。誰一人信用、信頼しなかった私が唯一心血を注いで完成させた最高の助手にして生徒。私が育て、ホームズを倒し、そして私すらも越えた現代のアイリーン・アドラー!」
英霊として手にした二度目の生にて手にした、最高の宝物にして報酬だと、モリアーティは賛辞を口にする。我が総ての悪と計算は、君という人間を手にする為であったのだと。
「君は私にとってのワトソンだとも。私という人間が悪を選択した果てに待っていた我が運命よ。君に出逢えた事が蜘蛛糸の果てに在ったのなら、何度でも謳うとしよう。総ての悪は報われた!私の人生という式は!最高の解を得たのだと!・・・とネ」
オルガマリー「───、・・・・・・──」
モリアーティ「ま、そういう事サ。・・・もうちょっと若かったら見映え良かったのにネー、ごめんネー」
アイリーン『ふふっ。──何か、言ってあげたらどうかしら?』
オルガマリー「あ、あの、その・・・」
モリアーティ「どうしたかネマイガール。このダンディになんでも」
オルガマリー「セクハラですっっ!!」
「嘘ぉ──!?」
──照れ隠しのパンクラチオン整体により、再び腰が割れたような音が響いたが。問題なくモリアーティは復活しましたとさ。
・・・──暫くオルガマリーは、モリアーティと目線も言葉も交わさなかったという──
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