人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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トリム「いくつかの再現失敗の紙片を除き、回収完了しました。そちらが、最後となります」

ライネス「最後の記憶はなんだろうな。またギャグか?」

オルガマリー「──いいえ」

【獣の紋様が書かれた紙片】

「緩やかな記憶は、これで終わりみたいね」


主従

「これはっ・・・これは・・・!?」

 

オルガマリーが、呻くように声をあげる。鈍色に染まりきった空。遥か頭上を埋め尽くすおぞましい人の形。そして──漆黒に、染まりきった海。

 

『ぱ、パターン検出・・・!まま、間違いないのだわ!これはお母様・・・ティアマト神の権能!ケイオスタイドと呼ばれる泥なのだわ!』

 

ならば疑うべくもなく迷う必要もない。最後の紙片が導き出した記憶、それは藤丸が最も鮮烈に、そして鮮明に覚えている窮地にして最後の戦い。正真正銘の女神・・・それが獣に堕ちた存在との、人類の未来を懸けた決戦。

 

「絶対、魔獣戦線。バビロニア・・・!」

 

藤丸の垣間見た記憶を元にしているだけあり、その戦いの様相はまさしく絶望そのものだった。楽園時空では十一体が観測され、フォウとエルキドゥが惨殺したとのみ記憶に残る新人類、ラフムが空を覆い尽くし、メソポタミア全域で残る命は数百しかない。──ウルクの、ギルガメッシュ王の王朝、そして治世は文明を維持できないレベルにまで破壊されていた。・・・滅亡が、確約してしまっていたのである。

 

(僅かな要素が、僅かな活路の有無があるだけでこうも違う。なんて──記憶や歴史は繊細なの・・・)

 

自分達の世界の戦いは文字通り、総てを叩き付けた真っ向勝負にて総力戦。そしてそれはこちらも同じ。しかしもたらされた結果と局面はこんなにも違う。ウルクの、ギルガメッシュの積み上げてきた全てが打ち砕かれた事実を記憶であれ叩き付けられ、目眩を覚えるオルガマリー。しかし、記憶の中の者達はそんな感傷に浸る事すら赦されない。

 

「伏せるんだ!!マシュッ!!」

 

「っうっ──!?」

 

記憶の藤丸の声に応え、伏せたマシュの首のあった場所を凶刃が閃き通過した。瞬間にて対処を行う、藤丸に立ち塞がった汚染されし英雄・・・

 

【──至極残念。まずマシュ殿から始末するつもりでしたが】

 

「うしわっ、違う!?弁慶・・・!?」

 

記憶を見る立香も予想外な展開だったようだ。ケイオスタイドは、本来触れたものの細胞に強制的にギアスをかけ、人類の抹殺に移行させるティアマト神・・・否、ビーストⅡの力。反応を察するに、立香の経験した事象では、ここは牛若丸であり、歪められた配置が弁慶だということのなのだろう。

 

「これは、君にとってあまりに・・・」

 

孔明の言葉には、苦渋が満ちていた。善なる者が最も苦痛を感じるものの一つ。それは、大切な仲間が変わり果ててしまうことなのだから。

 

『ダメだ藤丸君!外見はともかく、武蔵坊弁慶の内側は完全にケイオスタイドに食い尽くされている!』

 

「弁慶さん!あなたは本当にもう、ティアマト神の手先になってしまったのか!?」

 

【そう宣言した筈でございます。母上の支配こそ楽土、菩薩の導く安寧】

 

弁慶の肌は黒く染まり、眼光は真紅に、漆黒の眼球が笑みを浮かべている。修羅か鬼畜かと歪んだ笑みが優しいのがただ、おぞましい。

 

【後悔も無念も、この心身から消えて失せた。あとは皆様を連れていくのみでございます】

 

【お許しめされい】【ご覚悟めされい】

 

【【【【どうぞ我等が泥にお沈みめされい】】】】

 

海から涌き出、増えて止まらぬ無数の弁慶。観測したエレシュキガルが思わず腰を抜かし尻餅をついた。それもその筈。『海に汚染された泥の全てから、弁慶の反応が観測されたのだから』

 

『こ、こんなの・・・エアも、御機嫌なアイツも、エルキドゥも御兄様も、部員の皆もいないのに・・・どうやって勝ったのだわ・・・?』

 

図らずとも、藤丸の歩んだ絶望の記憶が証明した。自分達の足跡と奇跡が、何れ程得難いものなのかを。

 

「・・・こんな可能性も、有り得た、のかな・・・」

 

「有り得たんだろうな。そして誰かの代わりにこの僧侶が犠牲になった。藤丸、君の旅は何の犠牲も出さずに済むほど生温かったか?再現記録が合理性を帯びているなら当然の事だ」

 

紙片の回収任務の終了を経たアサシンが告げる。奇跡でも起きなければ犠牲は当然。犠牲が必要な可能性がゼロにならない限り、それは誰かが肩代わりをするしかないのだから。

 

「藤丸。もうコイツは手遅れよ。中身、ぐちゃぐちゃだもの」

 

記憶のイシュタルが言うように、目の前の弁慶は最早人の形をした肉塊でしかなかった。増え、融合し、また増え、融合する。内側から破裂するまでに融け合ったそれは、最早自我や自己の境界すら存在していなかった。

 

『お母様が敵に回る事が、こんなに恐ろしい事だって、改めて見せられるとこんなにも鮮烈なのだわ・・・。・・・惨い・・・のだわ・・・』

 

これほどまでに、これほどまでにも人類が憎かったのか。ビーストクラスがティアマトを歪めたのか、それは解らない。楽園の電子の海の中で、自分から生まれた草木や山々、海に囲まれのんびりとしているティアマト、今の人類に牙を剥くビーストⅡ。どちらも同じ女神なのだ。それが世界で、こうも違う。

 

【未練なく、悔いなく皆様をお連れしましょう。──【裏・五百羅漢補陀落渡海】!】

 

一斉に泥が波立つ。命あるものを強制的に成仏させる、弁慶の宝具。呼応するように、ケイオスタイドが津波の体を取り始める。

 

【皆様を混沌の泥土に送り届けるまで、止むことはありませぬ】

 

【色即是空】【空即是色】【すでに拙僧は】

 

【【【【【一にして全、全にして一、一にして無、無にして一】】】】】

 

『増殖が止まらない!彼は魔力を、ケイオスタイドから得ている!』

 

「何故だ!なんで人類を滅ぼそうとする!?」

 

【理由は申し上げた通り。あえて言えば拙僧はラフムを美しゅう思います。彼らの在り方は途方もなく尊いと】

 

尊い?あの、不気味で醜悪な怪物が?よりにもよってその言葉を賜るのに、まるでかけ離れたような存在が?オルガマリーとエレシュキガルは、一瞬同じ言語を話しているのかすら疑った。

 

【彼等は群体ゆえ、偉業を必要としません。奇跡を必要としません。誰もが損益で動く。ですからただ一人無償で、傷ついた者達の為に奔走する者もいなくていい。──奔走した者が、他のものにより食い物にされ辱しめられる事もない!美しいと言わずなんといいましょう。ゆえ拙僧は祈ります。あなたの死を、皆様の死を】

 

成仏が、迫る。地獄よりおぞましき、ヒトの終焉と言う解脱が。

 

【死んで、原初からやり直しましょうぞ。無数の拙僧が、伴を致します──】

 

無数に蠢く弁慶が、藤丸達を覆い尽くさんとした──その時だった。

 

「・・・──うーむ、寝覚めが悪い。いつまでも下らぬ苦悶や煩悶を揉むのが好きだな、貴様は。それほどまで逃げおおせた己が憎いか?」

 

【【【【【ぬぅ!?】】】】】

 

風が、吹いた。軽やかな、爽やかな風が吹き、白き刃が閃いた。瞬く間に、蹴散らされる黒き弁慶。

 

「臆病風など戦場で誰でも吹かれよう。──仙人にまでなった智恵も、これでは程度が知れようぞ」

 

牛若丸──そう。これは交換、再現だ。弁慶が犠牲ならば、当然、奮起するのは。

 

【おぉ・・・義経様・・・】

 

「牛若ぁっ!!」

 

「藤丸殿、お待たせ致した!部下の失態は上司の責、この弁慶を名乗る堅物はお任せを!」

 

そのまま牛若丸は弁慶を蹴り飛ばし、組みついた。悩み、苦悩を撒き散らす不出来な僧侶の頭を踏みつける悪戯っ子のように。

 

【なぜこんな時にいらっしゃった!黙って転がっておけばよいものを!今更あなたのような!【誰かのために戦う】愚者の幕はありませぬ!】

 

「たわけ、幕がないのは貴様も同じ。それを押しての登壇よ。恥も外観もありはせぬ。──不甲斐ない。このような泥海を、我が壇ノ浦にしようとは」

 

【・・・最期の、戦場──ならば拙僧と共に死に候え──!!】

 

組みつかれた弁慶もろとも、新たに涌き出た弁慶が牛若丸を串刺しにする。それは・・・皮肉極まる見世物だった。

 

「馬鹿者が。弁慶が私を串刺しにしてどうする。──我が身、『弁慶・不動立地』──!」

 

【おぉ、ぬおぉおぉお!矛が、矛が抜けぬ、っ・・・!】

 

「騙すならもっと本気でやれ。刀の百や二百など何するものぞと仁王立て。宝具も使ったのも下策よな。特別な本体があるとわざわざ知らせてくれようとはな」

 

【弁慶・・・弁慶の仁王立ち・・・そんな・・・】

 

「・・・私は周りの心が解らぬ阿呆。弁慶、貴様は周りの心ばかりを汲む愚かな男であった。世を儚み、私に尽くしての仁王立ち。それは──弱者へのいたわりの証だ。・・・正直に言おう、弁慶。私は、逃げ出せた貴様が羨ましかったよ」

 

逃げ出せれば、弱さを認められたら。弱さを強さに変えられる人であれたら。きっと違う未来はあったのだろうか。

 

【やめよ!やめよ!義経様!!】

 

「貴様はおろかで、臆病だから生き延びた。そんなお前が何故今更愚かさを捨てようとした。誇りの為しか生きられず、戦場でしか死ねない我等にて、御坊をこそは希望だったものを」

 

逃げていい、臆病でいい。死なずに生き延び、誰かを労る強さを。誰かの死を悼む強さを。それを示した一人の臆病者を、腰抜けなどと語るまい。生きた者にのみ、明日が来るのだ。──牛若丸は、刃を構える。その姿は、鮮烈なる分身と共に。

 

【それは、遮那王流離譚の奥義──】

 

「遠からんものは音に聞け。近くばよりて目にも見よ。鞍馬に学んだ技の冴え、不出来な坊にくれてやる。・・・『壇ノ浦・八艘跳』──!!」

 

無数に駆け、飛び立つ牛若丸。そしてそれは、天才の刃。牛若丸の奥義であるがゆえに。間合いを詰め、瞬間に真なる弁慶の核を・・・──一人の坊の未練を、断ち切った。本来の弁慶を貫いた形で、牛若丸は看取るように寄り添い目を閉じる。

 

「天狗の仕込みたる歩法には自信があったのだが。──遅参を許せ、常陸坊」

 

【──馬鹿なことを。そんなこと、ありえますまい】

 

牛若丸が、義経が遅いことなどなかった。凡才を置き去りにし、何にも縛られぬきままな風のように、振り向かず、軽やかに駆けた生涯の義経が、まさか。

 

【あなた様が遅れたことなど、一度としてありませなんだ・・・我等が、最後まで貴方に追い付けなかった・・・・・・】

 

御許し、くだされ──涙と共に告げられた一人の忠臣の嘆きと共に。記憶の再演は終わりを告げる──。

 




トリム「・・・小紙片。回収しました」

藤丸「・・・・・・・・・・・・」

ライネス「何も言わなくていい。こういうことはある。こういうことはあるんだ。・・・何も犠牲にしない物語なんて、人の身には遠すぎて、眩しすぎるんだ」

エルメロイ二世「だから私達は背負うんだ。後悔でも、なんでも道を作る。どんな道を選んでも、失敗だとしても、だ。先達がくれたものをポケットに詰めて、少しだけ休憩したら、また歩き出すんだ」

グレイ「・・・偽物の記憶でも、拙はこの再演を忘れません。絶対に」

オルガマリー「・・・紙片はこれで全部のようね。魔力は十分な筈。行きましょう、藤丸君」

藤丸「・・・所長」

「・・・?」

「・・・やっぱり、オレ。今生きている歴史が好きです。・・・ギルガメッシュ王達の歴史から繋がる今が、生きてほしいって・・・思います」

「・・・──私もよ、藤丸君」


楽園カルデア

エレシュキガル『お母様ぁ~!』

ティアマト『どう、しました?大丈夫、大丈夫ですよ。エレシュキガル。お母さんはずっと、皆を見ていますからね・・・大丈夫・・・』

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