人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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楽園ムネーモシュネー『・・・』

ダ・ヴィンチ「ショックかい?ムネーモシュネー。自身の導きだした結論が」

『・・・はい。悔しさが伝わります。悲しさが伝わります。それ以上に・・・私の導き出した動機が哀しいです。それは、藤丸立香の旅路を、想いを踏みにじる事だから』

「ムネーモシュネー・・・」

『私は、肯定したいです。どんな辛い事も、どんな哀しいことも。忘れるのではなく、共に背負っていきたい。辛いことを忘れるのではなく・・・一緒に哀しんで、苦しんで・・・一緒に、笑いたい』

(・・・ごめんよ、そちらのムネーモシュネー。私の時間が足りないばかりに。でも、君の絶望はもうすぐ終わる)

「・・・止めてくれるよ。私の、生前にもいなかった生涯最高の、傑作にして愛弟子がね──」


決意

『いいか!大体の事情は察せる!大方全てを忘れた方が幸せだ、自分が君を癒すなんて、耳障りのいい言葉を並べられたんだろう!』

 

ロンゴミニアドの類感により、一時的ながら感覚と会話を行えるようになったライネスが懸命に藤丸に語りかける。ムネーモシュネーはそれを止めようとしない。そんなものが無意味であると断定し、決めつけているからだ。

 

むしろ、彼女達の記憶も委ねてほしいと感じている。彼女らもまた藤丸の剣。自身が管理し、存分に忘却させれば、それはそのまま、藤丸の力となる筈だ。これこそが慈悲、これこそが優しき──

 

『そんなものは、優しくもなんともない!それは目の前の機械の陥った袋小路!エラーであり誤作動に過ぎないんだ!』

 

『──、どうして、です?』

 

予想外の答えだった。苦しみや悲しみを忘れることが何故優しくない?人は忘れなければ生きていけない。生まれてから今まで起きた事を覚えていたら、人は潰れてしまう。幼少に残酷に命を弄んだこと、戯れに悪事を働いた事。若気の至り、気の迷い。それらを忘れたくても忘れられないから、人は苦しむのに。

 

『聞こえていなくても叫んでやるぞ!三人で歩いたな!オルガマリー、私、君とこのパッチワーク・ロンドンを!三人で話してきたな!何かを忘れてしまった人々を!忘れてしまった誰もが、記憶を探し求めていた!あんなにも必死に!あんなにも切実に!』

 

いくら忘れても、忘れてしまっても。それらを切り捨てた者はいなかった。いる筈の誰かがいない事を哀しみ、大切なものを忘れてしまっていた事に哀しんだ。忘れた記憶を切り捨てた様な者たちは、誰一人としていなかった。

 

『思い出せないのがどれだけ寂しい事なのか、今の私は知っているだろう!君は大切な彼女を!私は大切な兄上を!それを忘れていたことに平気だった時、どんなに辛かったか!どんなに悔しかったか!』

 

たとえ忘れたものが、形も。そして大きさすら解らなくても。心は決して忘れない。ぽっかり空いた心の部屋に、幸せが満ちていた心の箱に空く穴を見てみぬ振りは決して出来ない。

 

『忘れている方が幸せかもしれない!でも、でも心は嫌だと叫ぶんだ!何かが足りないと、あってほしいと叫ぶんだ!辛いことも、かなしいことも!いつの間にか、かけがえのない心の一部になっているんだ!』

 

【それはあなたの決める事じゃない。カルデアという舞台は、あまりにも藤丸に強いすぎた】

 

あなたしかいない、あなたしかできない。あなたならできる、あなたじゃないと、あなたでないと。そんな賛辞と美辞麗句を並べ立てた果ての少年の末路がこれだ。目の前のただの少年は、もう血にまみれていない場所が無いほどに血に染まっている。身体中が、心が、失血死寸前だ。

 

【だからこそ、私が目覚めたのです。彼の悲しみも、過ちも、今こそ救われるべきなのです】

 

「──すく、い・・・」

 

救い。救済。それは甘い響きの言葉にして誘惑。歩みを止めれば楽になる。忘れてしまえば。もう何も考えなければ。それが終わり、それが安寧。それが閉幕。それが──

 

 

 

──・・・ごめんなさい。最後くらい、最期くらいは・・・

 

──大好きなリツカさんのお役に、立ちたかった・・・──

 

 

 

「───!!」

 

瞬間、藤丸が血走らんばかりに眼を見開いた。虚ろに開いた口を食い縛った。砕けんばかりに歯を食い縛った。身体中の血が、細胞が、気迫と怒りに満ちる音がした。

 

『藤丸、何を・・・!?』

 

「──いらないんだよ、忘れてしまう救いなんて・・・そうだ、思い出した。思い出したんだ」

 

自分が本当に苦しかった事。本当に哀しかった事。恥も外観もなく、泣き喚いて悔やんだ事。──惚れに惚れた女の子が、目の前で自分を庇い、消え去ってしまった事。

 

「オレの辛い時には、オレが逃げたいときには、オレが苦しいときには・・・ずっとあの娘がソバにいてくれた・・・!」

 

そう。自分だって怖いはずなのに。勇気と自身の決意を振り絞って、後ろで案山子みたいに立ってる情けない男を懸命に護ってくれる女の子がいてくれた。

 

「自分の手で人も殺せないくせに誰かに頼りきりの情けないオレが立てた誓い・・・それは、決して逃げない事だった!」

 

どんなに悲しくても。どんなに苦しくても。好きな娘が其処にいる。惚れに惚れた女の子が其処にいてくれる。大好きな女の子が、すぐ傍で支えてくれる。

 

苦しい記憶ばかりだった。だがそれより、それ以上に。自身の記憶には彼女の想いが満ちている。世界が焼かれなかったら逢うことすら無かった、自分の運命がすぐ傍にいてくれたんだ。

 

「オレに必要なのは優しい救いなんかじゃない・・・!オレに必要なのは、愛を貫く強さだ!!」

 

力付くで立ち上がり、頭に触れ、聖杯に接続し記憶を弄るムネーモシュネーの腕をふん掴む。自身の希望に満ちた、情熱の御花畑をこれ以上荒らさせない為に──!

 

『な、何を・・・!』

 

「初めてマシュに一目惚れした頃から!オレはずっとあの娘に誇れる自分になれるように生きてきた!!」

 

あり得ない。ムネーモシュネーが戦慄する。塗り潰したはずの記憶が、萎えていた気持ちが、それを遥かに上回る『怒り』と『決意』に押し返されていく。こんな事はあり得ない。聖杯の支配を、自身の観測を、救済をはね除けるなんて・・・!

 

「世界の行く末や、誰かの僻みやっかみなど知ったことか!マシュのマスターはオレだ!マシュと歩んできたのはオレだ!!オレの敵は・・・!オレの恋路を阻む全てのものだ!!」

 

ようやく気が付いた。ようやく踏ん切った。マシュの想いを塗り潰され、汚されてようやく、自身の弱気を握りつぶし踏み潰した。

 

「誰かが出来たなんて、誰かが上手くやったなんて関係ない!マシュの為に、マシュと歩む未来の為に!失われた未来を取り返す!その為なら、何が立ちはだかろうとブッ飛ばす!!」

 

『あなたは・・・そこまで・・・!誰かの為に世界を滅ぼす等と宣うまでに、壊れてしまっていた・・・!』

 

「愛じゃない・・・!!オレのこの気持ちはずっと淡い恋心だ!そしてその恋の為に、理不尽な現実を乗り越える!!恋こそが、マシュへの想いこそがオレのぉお・・・───!!」

 

眼を血走らせた藤丸が叫ぶ。身体能力も魔術の才能も無い自身が、唯一誇れるたった一つ。それこそが藤丸立香の──!

 

「全てだぁあぁあぁあぁ!!!うぅうぉあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあーっっっっっっっ!!!」

 

『ああっ・・・!そんな、そんな・・・!』

 

突き破った。打ち破った。もたらした救いを、安寧を、そんな滅茶苦茶な理由で。なんなのだ、この出鱈目さは。なんなのだ、このハチャメチャさは。ただ、異性が好きなどという理由だけで。

 

『・・・あなたは、狂っている。誰かにすがり、依存しなければもう立てない程に狂い果ててしまった』

 

「はぁー・・・!!はぁー・・・!!はぁー・・・!!」

 

『そんなのは錯覚です。愛など、恋など、粘膜が産み出した幻想です。心臓にも、脳にも観測されない生殖本能がもたらす原始的欲求です』

 

癒さなくてはならない。狂ってしまったのなら治さなくてはならない。だって、これ以上傷ついてほしくない。壊れてほしくない。

 

万能の天才が愛し、また未来を託したあなたが壊れていくのが堪えられない。休んでほしい、眠ってほしい。これ以上、あなたの涙を見たくない。これ以上、自身の存在意義を見失いたくはない──

 

『マスターの精神を治療することも、また私の──』

 

──瞬間。

 

『───大当たりね(ジャックポット)

 

『───!!!??』

 

轟音、空気を切り裂く音。飛来する『何か』。藤丸を回避し、ムネーモシュネーの鳩尾に正確に叩き込まれた『それ』。

 

『──照合。これは『寿命』の概念を削り去るアトラス禁断の兵器・・・!『黒き銃身(ブラックバレル)』・・・!!』

 

何故、オルガマリーがこのタイミングで。いや、予測はしていた。だが、藤丸の前に立っていた自分を正確に、そもそも何故、聖なる槍を・・・。

 

──まさか。

 

『・・・・・・位置を、確かめていたのですか・・・!私と融合した事で生まれた、極小の急所を計算し、其処を、其処を正確に──!』

 

『御明察。ぶっちゃけた話、あなたが何を話そうと関係無かったのよ。何故なら──』

 

そう、何故ならば。

 

【──魔弾、命中】

 

『・・・ジェームズ・モリアーティ・・・!』

 

其処は既に、蜘蛛が張り巡らせた糸の上なのだから。




ロンドンタワー・最上階

モリアーティ「いやはや全く。私の蜘蛛の糸の範囲で喋りすぎだよ。──しかしいい銃、いい腕だネ。まさか数百㎞は離れている相手に、暗闇の中で私の計算通りに叩き込むとは」

『クラスカード・ダ・ヴィンチ』

「万能の天才にかかれば、こんなものです。──しかし、中々に命懸けでしたね。あなたの霊基を乗せて・・・」

「ま、消滅は避けられないがそれはサーヴァントならいつもの事。最後に、君と戦えたから良しとしよう。アイリーン・アドラー」

『・・・ジェームズ』

「君達はこのパッチワークの中で、完璧なユニゾンを私に見せてくれた。私は数式が大好きでネ。収まるところに収まるもののなんと素晴らしい事か!・・・残念なのは、君が幻霊なところか」

『・・・ふふっ。いいのよ。私はただのオペラ歌手。あなたたちと比べたらマイナーだもの』

「いいや。そんな君だから・・・そんな君だから。出逢えたんだよ。素敵な、相棒にね」

「・・・教授」

「さ、行きなさい。計算の答えを出しに。決めるのは──君達だ」

「・・・はい。行ってきます。私の・・・誇らしき教授」

アラフィフ「・・・援交するおっさんの気持ち、解っちゃったかも。胸キュンッ!!」

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