強い鬼と、弱い鬼だ。
強い鬼は分かりやすい。強く、たくましく、思うがままに生きるが故に躊躇いなく退治が出来る。
立派な角は、自身の生き方を誇示する意味もあるんだろう。
・・・私は、強い鬼が好きだ。何故なら、『鬼は嘘はつかない』。退治されるのも、暴れるのも。覚悟の上で生きているから好きだ。
弱い鬼は大嫌いだ。ずる賢く、卑怯で臆病。平気で人を騙し、欺いて、食い物にする。数が多くて、群れてばかりで吐き気がする。
この世界に、人間はもういない。いるのは鬼だ。鬼だけだ。
死んでしまえ。死んでしまえ。死んでしまえ。
死ねないなら・・・私が殺してやる。
お前達が殺した人間のように。お前達が殺した人間がのように。私が殺してやる。
鬼は・・・
皆、殺してやる。
年の始めの◼️◼️◼️
「・・・はっ!?」
何時ものような、そうでないような目覚め。楽園で、頼光に見守られながら眠っていたリッカは違和感と共に目を覚ました。違和感、そう・・・違和感だ。
狂おしい程の情念、というのだろうか。内に秘めた冷えきった感情と、グツグツと煮えたぎるような激情を頭に直接叩き込まれたような、その吐き気を催すような『何か』に、無理矢理叩き起こされたような。そんな感覚をリッカは感じたのである。そして、見渡す景色も楽園の光景ではない。・・・掘っ建て小屋と言っていい、質素な空間に自身は眠らされていた。
「ここって・・・また私の魂ふよふよしちゃったのかなぁ?最近ぐだぐだしかしてなかったからそれの反動で単独レイシフト?いつものパターンかな?」
そう。慣れに慣れ親しんだ魂だけのレイシフト。それに今更怖じ気づくリッカではない。ピンチはチャンス、必ず其処には何かがある。身体は動く、自身は自身と認識出来ている。そうだ、ならば動くのみ!
「よーし!久しぶりに暴れるぞー!どうやって帰ろっか──」
「・・・お目覚めか、お供」
すくりと立ち上がったリッカの背後より向けられた声に、ドキリと硬直する。──その声が、とても冷徹にして艶やかな・・・美しくも威圧に満ちていたものだからだ。
「質素なおうちで大変申し訳ない、ごめんね。でも、川から流れてきた君を救助した手腕は評価してほしいな。私、人なんて助けたのは久し振りだ」
「・・・、あなたは・・・?」
そう、言葉と共に振り返ったリッカは息を呑んだ。其処にいたのは──一縷の無駄すら無い鍛え抜かれた肉体を露にした、自身よりやや小さいくらいの長髪の美女だったからだ。正確には顔と口は見えない。真っ二つに裂けた・・・何かを宛がった紋様の頬当てで隠されている故に。
鎖帷子を纏った、しなやかな肉体。腕の部分には朱と黒塗りの仕込み刃。艶やかな輝きを示す麗しい黒髪が腰まで伸び、ともすれば日本人形と勘違いすらしてしまうような白き肌。誰が見ても美女であり、誰が見ても美しき令嬢であるのだが・・・
「貴女はとてもいい臭いがする。自分の弱さを盾にしない子だ。君は・・・鬼じゃないみたいだ」
余りにも異様なのがその眼だ。深紅の眼光に、黒い瞳。そして眼の白い部分が漆の黒塗りが如く澱んでいる。──瞳の奥底はどこまでも澱みに染まっており、虚ろに窪んでいるような錯覚さえ懐く程だ。声音は抑揚が弾み、情緒豊かなのだが表情が微塵も動かない。蛇の睨みですら此処まで背筋を凍えさせないだろう。気を抜けば、瞬時に殺されるのではないのかと戦慄する程だ。
「御飯を食べなよ。お供で人なら、私は好きだ。お名前教えてくださいな」
「え?あ、リッカ!藤丸リッカです!好きな事は──」
「あ、ごめんなさい。名前を聞くなら自分が名乗らなきゃ。見たところ『マスター』なんだろうし。私は・・・」
静かに正座し、深々と頭を下げる美女。その所作は一切の無駄なく、洗練されきった人間離れしたソレだ。・・・そう、それは当然だ。
「サーヴァント、アサシン。・・・真名は言いたくないので、『
「モモ?──可愛い響き!あなたもサーヴァントなんだね!じゃあ絶対仲良くなれるよ?よろしくね、モモ!」
「・・・はい。鬼じゃないなら、仲良く出来るよ。鬼じゃなければ」
握手を乞いしリッカに、両手で応える髀。そのまま、モモが用意したという釜の飯へとありつく。自身と互いの状況を、確認する為に。
「あ、待ってね。今武装を解除するから」
「え、──えっ!?」
鎖帷子を外し、一糸纏わぬ姿となったと同時に、帷子に仕込まれた毒矢や鎖鎌、煙玉等といった武装に目を奪われつつ、リッカはモモと名乗るサーヴァントと飯を食う──
~御飯食べ 共に語らう 人の性~
「楽園・・・世界を救うマスター・・・リッちゃんがそうだと?」
「お恥ずかしながら!皆に支えられてやってやれましたよ!えっへん!」
モモが炊いた、ほっかほかの御飯に塩をかけ、おむすびを作り一緒に頬張るリッカ。其処で自身の所属と旅路を腹を割ってモモに教え説く。今までの旅路は、とても楽しく眩しいものだと。
「成る程・・・きっと人間が鬼を駆逐したと見える。それは喜ばしい、とても。素晴らしい、凄く」
「──。モモちゃんはサーヴァントなんだけど、喚ばれた事は無いんだよね?どして?」
うんうん、と頷いていたモモは、リッカの言葉にゆらりと眼を動かした。その表情は、相変わらず動かない。・・・が。
「堪えられないから。『角無し』に仕えるなんて赦せない。殺したくなる。殺さなくちゃならないから」
「・・・角無し?」
「そう。・・・私にとってこの世界は人のものじゃない。角無しが、角有りから奪い取った鬼の世界。・・・私は、角無しなんかと関わりたくない」
角無し。言葉の文脈から見て・・・それは人間の事だろうか?人間の事を、信じられないと言うことなんだろうか。
「リッちゃんは私を見た時、対等の存在として話してくれました。それはあの二人と同じ心を持つ方と断定する『人』に相応しき存在と認識。世界を救っただなんてお疲れ様でした。角無しだらけの世界を・・・私にはできない。すごいなぁ」
「人間、嫌いなの?」
「私にとっての人間はもういない。・・・リッちゃんは、初めての例外・・・かもしれない」
よくわからない、と髀は告げる。何せ、鬼を殺す事しか考えていないし来なかったから、例外など考えた事も無いと言う。
「そっかぁ・・・じゃあ私、モモの初めてのマスターとしてあなたを手伝いたい!いいかな?力になりたいの!」
「力に?ホント?」
「うん!何でも手伝うよ、何でも言って?こう見えて私は誰かの力になるのが生き甲斐なの!モモにも、力を合わせる感覚を知って欲しいなぁ!」
力を、合わせる・・・。その響きを、モモは静かに噛み締めた。力を合わせる、つまりそれは・・・
「・・・人らしい。はい、人らしいです。賛成します。助けてください、もらいます。マス、鱒太さん。いえ、リッちゃん?」
「呼びやすい方でいいよ!」
「リッ、リッちゃん。・・・では、お助けを乞います。此処は特異点です。とある影法師の生前を辿った、再現の特異点。ここからリッちゃんは出なくてはなりません。私は出さなくてはなりません」
だから、マスターを帰還させる戦力を取り戻したいと言う。その為に、自身と共に戦ってほしいと。
「私には三体の従者がいます。ですが三体は今鬼を殺すために暴走状態にあります。三体を束ねて、私はこの特異点のゴールに辿り着かなくてはならないのです。リッちゃんを返す為に」
「成る程!モモを助ける事が自分が此処から出ることに繋がるって事だね!」
「そうなります。その過程で鬼が出ますが、殺していきましょう。躊躇ってはなりません。鬼は角があるのと無いのがいますが、どのみち鬼なので殺すべきなのですから」
そう告げた後、モモは立ち上がりリッカの召し物に手を加える。籠手、鉢巻き、脚絆といった格式の装備を、何処からか持ってきてあれよあれよと装着させたのだ。
「コレって・・・!」
リッカは其処に覚えがあった。日本人なら忘れないその装備。小太刀に立派な帯刀。掲げた旗・・・──
「似合います。流石は人のマスターです。行きましょう、リッちゃん。此方を持ってください」
そして、いそいそと渡されたもの。それは──
「お供を手懐ける為に必要です。死にそうになったら食べてもいいです。御自由にどうぞ」
・・・血染めの袋に包まれた、【吉備団子】──
髀「──!」
瞬間、髀の姿がかき消えた。瞬時に霧散した姿と同時に、乱雑な足音と共に多数の客が顔を出す。
民「おい婆!爺!!こんなもんじゃねぇだろ、鬼からせしめた『財宝』はよぉ!」
リッカ「財宝・・・?」
民「独り占めしようたってそうはいかねぇぞ?殺されたくなかったら隠してないで寄越せってんだよ!!」
財宝を求め声を荒げる男達は、やがて暴れ出す寸前にまでに声を張り上げる。その様子に、リッカは目に入っていないかのようだった。
どういう事か、リッカが問い質そうとすると──
「ちっ、しょうがねぇ。こうなりゃ『娘』の方を──」
髀【──】
瞬間、天井より飛び降りた髀が男を真っ二つに腕の仕込み刃で引き裂いた。そのまま近場にいた連れの首をへし折り、残りの一人の眼を指で突き刺し──
「──!!!!!」
【死ね、角無し】
悲鳴を出す前に、首を切り裂き絶命させる。そのまま死体を家より投げ捨て、無感情のままに見下ろした後にリッカの下へ戻る。
「今の人達って・・・」
【あれが角無し。弱さを盾に弱者をいたぶる生きた肉袋。リッちゃんもお気を付けて】
リッカには、あの人達が鬼とは見えなかった。粗暴ではあったが、確かに彼等は人だった。
人を【角無し】と蔑む謎のアサシン、髀。紛れ込んだ特異点。
リッカを待ち受けるものは、果たして。
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