白兎物語   作:ぽらり

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0、まっしろな

 

 

 どさり、と何かが落ちる音。

 

 その音で思考の渦に取り込まれていたはやては顔を上げた。目の前には景気の良い笑いが飛び交う場面の映しだされたテレビ。どうやらバラエティ番組の様だった。ふと時計を見れば、すでに時刻は22時を過ぎている。またやってしまった。一つだけため息を吐き、はやては少しだけ顔をしかめた。

 

 ここ連日のはやてはずっとこんな調子だった。少しでも気を緩めると、思考の渦にとらわれる。そして、考えることは決まって同じ。自身の境遇についてだった。弱冠8歳にしてこの広い一軒家に一人暮らし。オマケに足が動かないという大変ありがたみのない特典付き。何度考えたことだろう。どうして私の足は動かないのだろうか。どうしてこんな私を残して両親はいなくなってしまったのだろうか。どうしてこんなに寂しい思いをしなくてはいけないのだろうか。どうして誰も一緒にいてはくれないのだろうか。

 

 どうして、私は独りなのだろうか。

 

 考えだしたらキリのないこと位ははやての幼い頭でも理解している。しかし、考えずにはいられなかった。どうしてこんなにも他の人と違うのだろうか。私が何か悪いことでもしたのだろうか。もしかしてこれは罰なのだろうか。どうして私がそれを受けなくてはいけないのだろうか。誰でもいい、助けてはくれないのだろうか。

 

 そうだ、神様なら助けてくれるのではないだろうか。

 

 はやてはよく本を読む。ジャンルは多岐に亘るが特に好むのが剣や魔法のでてくる物語で、読んではその世界に自分の姿を投影し、妄想の中で自分の足で自由に駆け回る。時には空だって飛んでみせる。はやてのささやかな楽しみの一つだった。そして、そんな物語の中には何だって願いを叶えてくれる神様がでてくるものもある。きっと神様だったら助けてくれる。良い子にしていれば、きっと。でも――。

 

 本当は、神様なんていやしない。

 

 はやては頭のどこかで響いた声を聞かなかったことにした。考えれば考える程に嵌っていく深みは、はやての気を滅入らせるには十分すぎて、時間など忘れてそんな思考に没頭してしまう回数も日に日に増えている。幸い、外出中はただでさえ危険が多いために気を張っているので今のところその状態に陥ることはないが、この調子だといつかそのうち。

 

 いけない、とはやてはかぶりを振った。またとらわれてしまった。両の手で自分の頬を叩き前を向く。無理やり口角を持ち上げ、笑顔を作ることも忘れない。よし、と一息。なんとかネガティブな思考を振り切ることに成功したはやては手元にあるリモコンでテレビの電源を落とし、もう寝てしまおうと思い至る。自身の腰掛ける電動式車椅子の操作レバーを握り、寝室へと向かった。向かったのだが、どこか腑に落ちない感覚を覚え、すぐにその動きを止めた。

 

 何か忘れている気がする。

 

 はて、何だったかなと頭を捻るも思いつかない。踵を返すように振り返り、見慣れたリビングを見渡す。キッチンへ足を運んでみる。火元の確認。違う。蛇口の閉め忘れ。違う。戻り、テレビの電源。違う。戸締り。玄関。違う。窓。違う、違うのだが。ああ、そうだった、とはやては思いだした。視線は窓へ。ベランダへと続くそこは何時間か前からカーテンで遮られてしまっている。

 

 何かが落ちる音。

 

 それが聞こえたのは確かにその向こう側だった。洗濯物を干すために毎日のようにそこへ出ているはやてだったが、何かが落ちてくるような背の高いものはなかったと記憶している。物干し竿でさえ自身の高さに合うような位置だ。再び頭を捻る。頭の中に浮かんだ選択肢は二つ。確認するか、否か。わざとらしく眉間にしわをよせて訝しげな表情を作ってみたはやてだったが、実のところ答えはすでに決まっていた。

 

 結構な量のドキドキとほんの僅かなワクワクを胸に抱え、はやてはそろりそろりと窓際へと近付く。自身の体温より少しだけ冷たい布地を掴み、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。さて、鬼が出るか蛇が出るか。どっちが出てくれても大変迷惑だ。あ、結構余裕あるみたいだな、私。なんてくだらない考えを頭の片隅に追いやり、はやてはゆっくりとカーテンの合間から外を覗いた。

 

 息を、呑んだ。

 

 目を見開く。寒気も少し。まず見えたのは足。白くて綺麗な子供の足だった。徐々に上にスライドさせ、その全体像を把握していく。そこにいたの一糸まとわぬ姿の雪のように真っ白な少女だった。起伏のない未成熟な身体。寒いのだろう。震えながらその身を抱いている。腰をゆうに超える程の長い白髪。手入れがされていないのだろう。ぼさぼさという表現がよく似合う。顔、表情は頭髪が邪魔をしていて窺えない。ただ、きっと良い表情はしていない。

 

 はやては冷静に観察している自分に内心で舌打ちし、急いで行動を起こした。力任せにカーテンを開け放ち、窓の鍵へと手を伸ばす。慌てているためか、スムーズに鍵が開かない。ええい、なんで私はロックなんてしたんだ。普段から防犯のためにしていることにさえ苛立ちを覚え、今度は舌打ちが外へ飛び出した。鍵が開く。乱暴に、一気に、窓を開け、外へ出る。その時、はやてと顔を上げた少女の視線がぶつかった。

 

 まるでルビーのように紅い瞳はどこか虚ろで、瞳の奥の光が僅かに鈍くて。

 

 雪が深々と降り積もる12月の夜。はやてと少女は出会った。

 

 

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