白兎物語   作:ぽらり

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2、そこで、あなたと

 

 

 春もうらら。4月の半ばを過ぎた頃。いまだに満開をキープし続ける桜並木を進むはやては、隣を歩くましろに視線を向けた。キョロキョロと興味深そうに桜を見ながら歩くその姿に思わず苦笑が漏れる。ウサギの耳と尻尾はキチンとしまってあるようだった。

 

「ちゃんと前向かな危ないよー」

 

 わかってるーと短い返事を頂戴したが、多分口だけだとはやては判断した。慣れたものである。この間もそんな感じで鼻の頭を擦りむいたばかりだというのに。懲りていないというか、なんというか。どこぞのヤンチャ少年よろしく、鼻の頭にバンドエイドを貼り付けている愛らしい妹はどうにも注意力が散漫になりがちの様だった。しかしながらこの妹、困ったもので人一倍臆病でドジなクセしてやたらと外に出たがるのだ。まだまだ目が離せないと思っているはやてとしては同行せざるを得ない。正味を言えば、外出をする様になったばかりの頃、外出自体がちょっとしたイベント扱いだったはやては内心で渋い顔をしたこともある。もちろん、おくびにも出していない。しかし、足にハンディキャップを持っている手前、ほんの些細な障害でさえ大きな脅威となり得るのだ。仕方のないことだった。

 

 もっとも、今となってはそれは随分と昔のことなのだが。

 

 初めはあまり乗り気ではなかったはやてだったが、気がつけば外出を促すことの方が多くなっていた。散歩だけでなく、最近では自身が通っている病院にも連れていく。さらには、今まで頼んでいた食材の宅配サービスも止め、わざわざスーパーに出向く様にもなった。嬉しいことにスーパーでよく顔を付き合わせるようになった親切なおばさんや、はやての足に関して根気強く治療を行ってくれている担当医ははやてだけでなく、ましろに対してもかなり好意的で関係は概ね良好である。一度だけ担当医にはやてとましろの関係を問われたとき「親戚です」と説明を試みたことに対して「いもーとー!」と頑なに主張し始めたましろにヒヤリとする場面もあったが、微笑ましいものを見るような目で納得された。結果オーライ。

 

 ちなみに、図書館にも連れて行ったこともあるが、絵本を読んでいるうちに船を漕ぎ出してしまっていた。はやてと違い、ましろは文学少女には程遠い様だった。

 

 ふと、突然はやての視界からましろの姿が消える。

 

「だから言うたやろー。危ないてー」

 

 それ見たことか。呆れ半分、心配半分なはやてが突然地べたにうつ伏せになって寝そべりだしたドジな妹に声を投げた。ましろはその育ち切っていない手足を投げ出しながら悔しそうに呻く。ものの見事に転んだらしい。ちなみに躓く様なものは何も見当たらない。ましろは立ち上がる。顔面強打は避けた様だが、泣きそうだ。両膝頭は出血こそ無いものの、打ちつけたのか、色白なその肌が赤く変色していた。追い打ちをかけるなら、先日購入したばかりの可愛らしいピンクのワンピースも砂利で汚れ、少し残念なことになっている。

 

「痛かったなー。でも泣いてへん。ましろは強い子や」

 

 よしよし、と頭を撫でながらそそっかしい妹をあやすはやて。両方の手でワンピースの裾の部分を握り、必死に涙を堪えるましろが鼻を啜りながら頷いた。

 

「もうちょっと行ったところに公園があるんよ。そこまで頑張れる?」

 

 砂利によって付着した汚れを手で優しく叩き落としつつ、はやてが言う。またも鼻を啜りつつましろは頷いた。よし。はやては片手で車椅子のレバーを掴み、もう片方の手でましろの手を引いて動き出す。あの公園からは確か海が見えたはず。それを見ればましろも喜ぶに違いない。きっと、いや、絶対に飛び跳ねて駆け回るに決まってる。私はそれを見て笑うのだ。はやての頬は自然と綻んだ。

 

 興奮しながら駆け寄ってくるましろを宥めてベンチに座らせて。喉が渇いているだろうから、飲み物を渡してお喋りして。きっと矢継ぎ早に言葉が飛んでくるだろうから返事をするのが大変になる。ああ、写真を撮っても良いかもしれない。ツーショットだ。足の上に乗せて、抱えてあげよう。携帯電話を持ってきてよかった。待ち受け画面はこれに決定だ。連絡用に、と外出するときは念のために持ち歩くことにしている携帯電話についているカメラ機能が初めて役に立ちそうな予感。思わず鼻歌を歌いたくなる衝動を抑え、はやては少しだけ急ぐことにした。

 

 思い出を作る。そうだ。ましろとの形に残る思い出を作ろう。手始めに写真だ。不意に思ったことだが、我ながらナイスアイディアではないか。さすが私。やるな私。スゴイぞ強いぞかっこいいーーこれは違う。自画自賛が止まらないが、はやての顔が徐々ににやけ出すのも止まらない。単純に嬉しいのだ。今まで家族、あまつさえ友達にまでロクに恵まれなかった少女は思い出を作るという行為が嬉しくてたまらない。いつも一緒にいてくれる妹となら、尚更だった。

 

 ましろと繋いだ手に少しだけ力が籠る。ましろもそれに応える様に握り返した。顔を見合って、どちらからともなく笑う。

 

「おねーちゃん、うれしそー」

 

「うん、嬉しいよー」

 

 なんでなんでーと聞いてくる愛らしい妹になんと言ってあげようかとはやては思案した。しかし、対して意味はなかったらしく、すぐに考えるのを止めた。素直に伝えることにしたのだ。この嬉しさが伝わってくれればいいな、と思いながら。

 

「ましろと一緒にいれるから、お姉ちゃん嬉しいんよー」

 

 我ながらとても恥ずかしいことを言っている気がしたはやてだったが、花が咲いた様に笑ったましろがましろもましろもーと言ったことでとても嬉しくなった。

 

 こんな日がずっと、ずっと続きます様に。

 







病院にて。

「あら、はやてちゃん、その子は?」

「え、あー、し、親戚の子です。今ウチで預かってて」

「……いもーと」

「「え?」」

「……いもーと!」

「井本?」

「こ、こら、ましろ。アカンて」

「いもーとー!」

「明日も通院してくれるかな?」

「いーもとー! て言わせんで下さい先生」

「あはは。じゃあ、先生にお名前教えてくれるかな?」

「いーともー!」

「「!?」」
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