白兎物語   作:ぽらり

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4、であいました

 

 

 

 包丁のたてる小気味の良いリズムがましろの耳に入り込んだ。トントン、トントン。それが聞こえる度にましろの白いウサギの耳がピクピクと反応する。隣で包丁を握るはやてはそれを横目でチラリと確認してから、手を止めた。そして、目線をカレンダーに向ける。

 

 その日付を囲うように付けられた赤い丸は微妙に不格好で、添えられている文字もお世辞にも綺麗とは言えずに幼さが前面に押し出されている。はやてはその文字を見る度に自身の心がふわふわと浮足立つのを感じていた。とても、不思議な感覚。かつて感じたことがあるような、とても懐かしいような。そんな、不思議な感覚。不快感は微塵もない。むしろ心地よささえ感じており、胸の奥が暖かくなる。

 

「おねーちゃん! いくつ? いくつになるの?」

 

 シンクに両手をかけ、ピョコピョコ跳ねるましろが嬉しそうに顔を綻ばせながらはやてに質問を繰り出した。それに対してはやては得意そうな顔を浮かべて答える。

 

「八神はやて。明日で9歳になります」

 

 6月4日。翌日は、はやてが向かえる9回目の誕生日だった。

 

「急ごしらえにしては中々やと思うんやけど、どうやろか?」

 

 調理を終え、テーブルに並べられたはやての手料理の数々。誕生日の前日ではあるが、すでにお祭ムードなましろに影響されはやてはその腕を奮ったらしい。普段よりも品数は多く、ちょっぴり豪華なそれを一通り見渡したはやては横にいるましろに確認するかのように質問を投げた。

 

「ごちそー! おねーちゃん、すごー!」

 

 期待通りの返球に内心鼻高々なはやてはそうやろそうやろーと言いながら、いつにも増してキラキラと目を輝かせているましろの頭を撫でる。撫でる。撫でる。二割ましだ。それからややあって、はやてがましろをひとしきり撫で終えた後、2人は隣り合って卓についた。これがこの2人の定位置である。そして、待ちきれないとばかりに身を乗り出しているましろにはやては苦笑を浮かべながら、両手を合わせるように促した。

 

「ちゃんといただきますしなきゃアカンよ」

 

 元気良く頷いたましろははやてに習い、両手を合わせる。満足げな笑みを浮かべたはやては一拍置き、その挨拶を口にした。

 

 いつからか当たり前になった2人での食事。毎回がかけがえのない時間であることに変わりはないのだが、はやては今日という日を忘れることはないだろうとのちに語る。

 

 はやては思う。何時ぶりだっただろうか。隣に祝ってくれる人がいた誕生日は。自分が生まれたことを、今ここにいることを心から喜んでくれる家族がいてくれる誕生日は。翌日のことを考えると、いつの間にか忘れてしまっていた不思議な感覚がはやての涙腺を否応なしに刺激する。

 

「おねーちゃん、どーしたの?」

 

 はやての涙に気が付いたましろが心配した様子で尋ねた。しかし、はやてはなんでもないと笑いながら誤魔化し、一連の動作の様にましろの頭を撫でる。その行為は単なる誤魔化しのために行ったのかもしれないが、その手つきはまるでましろの存在を確かめるようにも見えた。そんなはやてを不思議に思いながらも、自らの頭部から伝わる心地の良い感覚にましろは身を委ねた。そうして、2人っきりの少しだけ豪華な食事の時間は過ぎていく。

 

 夜が、更ける。

 

 楽しい食事の時間も終わり、入浴も済んだ。そんな2人がいつにも増してじゃれあいながら潜った布団の中は日中にしっかりと外干ししただけあって、とても気持ちがいい。せっかくだから、日をまたぐ位までは起きてようかとはやてとましろは決めたのだが、これはあっという間に寝てしまうだろう、という結論がはやての頭のなかで自然と弾き出された。ましろの上がりきったテンションメーターも時が経つにつれて段々と下降の兆しを見せている。

 

 ああ、眠い。

 

 もういいか、と半ば意識を手放しウトウトとし出したはやて。どれ位そうしただろう。何時の間にかましろははやてより先に静かに寝息をたてていた。あどけなさを多分に残す妹の顔を寝ぼけ眼で一瞥したはやてはそっと目を閉じる。きっと、明日は今日よりもっとステキな一日になるだろう。そんな予感を胸に抱きながら。しかし。

 

「--っ!?」

 

 不意にましろが飛び起きた。頭頂部から生えるウサギの耳はピンと張り、寝起きとは思えない程に見開かれた赤い眼と同じ方向を捉えている。

 

「ど、どないしたん?」

 

 ほとんど意識が持っていかれていたはやてだったが、ましろとくっついていたためか、ましろが起き上がった際に半ば強制的にその意識を覚醒させられた様だった。

 

 ましろは答えない一点を凝視している。はやては目線を追った。本棚だ。ここのところ全くと言って良い程代わり映えのしない場所。元々、はやては図書館へも行くのでどうしてもという場合以外は書籍の購入はしていない。だからそこに置いてある書籍は把握している。把握しているのだが。

 

「本が、光って……?」

 

 光る本など置いた覚えは無い。そもそも本が光るなんて話はあり得るのだろうか。あまりにも突飛つ過ぎる出来事にはやての思考は追いつかない。唯一わかったことは、光を放つ本が何時の間にか家にあった物だということ。何か感じとるものがあって捨てずにとっておいたものだということ。

 

 本の放つ光が増す。

 

 あまりの光量にはやては思わず目をつぶった。しかし、ましろを掴んだ手は離さない。そして、次に目を開いた時、目の前には見知らぬ男女が全部で四人。

 

「闇の書の起動、確認しました」

 

 桃色の髪をしたスタイルの良い女性が発したやけに凛とした声を最後に、はやては意識を手放した。

 

 

 

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