「シャマル、お皿取ってー」
「はーい。はやてちゃん、このお皿で良い?」
ばっちりや。笑顔を添えられた言葉にシャマルと呼ばれた金髪の女性は頬を緩める。八神家のキッチン。そこに二人の姿はあった。真新しいエプロンを身に付けたシャマルは足の不自由なはやてに代わり、パタパタという擬音が似合いそうな程に忙しなく動いている。はやて的にはそんなに慌てなくても大丈夫なのにと思うのだが、いかんせんシャマルはそうはいかないらしい。それも仕方ないか、とはやてが納得したのにも理由はある。
「はやてちゃん、ごめんなさい。まだ勝手がわからなくて」
どうやら彼女、いや、彼女達はこうした事に慣れていないらしかった。はやてはリビングで待機している三人に視線を投げた。艶やかな桃色の髪を持つ女性、シグナム。切れ長な目が凛とした雰囲気を醸し出している。ヴィータと呼ばれる少女ははやてより幼い容姿で、居心地悪そうに座っている。目付きはやや悪い。はやてはそんなヴィータに苦笑を浮かべた。そして、最後に八神家唯一の男性のザフィーラ。彼は腕を組み、目を閉じて静かに佇んでいる。その鍛え抜かれた肉体は浅黒く、佇まいからも堅気の人間には見えない。しかし、彼の耳を見ることではやてはその考えを改めた。犬耳である。ザフィーラ曰く、狼らしいが、はやて的には犬耳である。ましろがいる手前、獣耳が流行っているのだろうか、などと首を傾げたはやてがいたことは誰も知らない。
「気にせんでええよ。ゆっくり慣れてこな」
ヴォルケンリッター。そう名乗った彼女達との唐突に訪れた出会いからすでに5日程過ぎていた。
あの日の事をはやては思い出す。と言っても、はやてはすぐに気絶してしまったためあまり覚えていない、そして思い出したくないと言うのが本音なのだが。はやてはかぶりを振った。気絶したことはどうでもいい。重要なのはそこではない、と。
気絶から目覚めたはやての視界に広がる白い天井。はやてはすぐにここが自分の家ではないことに気が付いた。ふと腹部に温もりと少しばかりの重さを感じてそこに目を向ければ、ましろが突っ伏して眠っていた。心配してくれたのだろうか?いや、この小さな妹のことだ。してくれたに決まっている。はやては少しの申し訳無さと、多大な愛おしさを込めてましろの頭を撫でる。今だに一人で洗髪を行えない妹の髪はいつも通りの触り心地で、安心感さえ覚えた。
そんなましろの真っ白でサラサラな髪を梳くようにしていじっていると、来客があった。はやてを懇意にしている石田と数人の男性の医師達。さらに、その男性の医師たちに囲まれるようにして佇んでいる四人の男女。白衣を来た人間に囲まれてるから、という理由を抜きにしても、とても浮いている男女だ。はやてはこの四人に見覚えがあった。
本の中から出てきた人達だ。
アレは夢ではなかったのか。目の前の驚愕の事実にはやてはとても驚きたかったのだが、今直面している別の問題に頭を抱えた。
「え、えっと、その人達は……し、親戚! 親戚の人達です! それも遠くの!」
我ながら苦しい言い訳だ。はやては内申でそう思わざるを得なかったが、石田を始めとする医師たちはそれ以上の追求を行わなかった。随分とあっさりしている、と不思議に思ったはやてだったが、彼女の目が捉えたのは後にシャマルと名乗る女性の指輪がキラリと光ったことだけだった。
「今思うと、アレも魔法やったんやね」
そう言うと、横にいたシャマルがバツの悪そうな顔で謝った。別に攻めているつもりのなかったはやてはその意を伝え、自身の車椅子の影からシャマルの様子を伺う妹に視線を向けた。
「ましろ。大丈夫。怖いことないよー」
あやすように言ってみるも、あまり効果はない。その様子にはシャマルも苦笑を浮かべた。物陰から覗き込み、目が合っては引込む。この5日間、その繰り返しだった。
「やっぱり、最初のインパクトが強かったみたいやね」
「反省してます……」
シュンと肩を落としだしたシャマルに加え、話が聞こえていたのであろうシグナムとヴィータもバツの悪そうな顔だ。ザフィーラに至っては表情からは伺えないものの、その犬耳もとい、狼の耳が先程までとは違って下を向いている。反省していることの現れだろう。
「まぁ、さすがにアレは……」
はやては再び追憶にふける。
「主、お下がり下さい」
病院での一悶着の後、なんとか我が家に帰ってきたはやては唐突にその言葉を耳にした。と思った瞬間、ふわりと身体を浮遊感が襲った。わけがわからない。気がつけば、自身の身体は先程までいた位置とは違う場所にあった。そして、まるで守るように立つ四人の男女は一様に敵意をむき出しにしている。何が起こった? 理解が追いつかなかった。どうして、この人達はこんな雰囲気をまとっている? どうして、武器を構えている?
どうして、この人達はましろに武器を向けている?
「な、何してるんやっ! ましろに何するつもりやっ!」
人の家族に何をするんだと、はやては必死にもがこうとした。しかし、それを剣を構える女性――シグナム――の言葉が邪魔をする。
「主、落ちついて下さい」
「落ち着くんはアンタ達や!」
こんな状況で落ち着いてなんていられるはずもない。はやてはふさけるなとばかりに声を荒らげた。
「勝手と分かっていながら、シャマルに調べさせました。お許し下さい」
「許すも許さんも……っ。とにかく、その剣しまって! ましろが怯えとる!」
はやての言葉を耳にしながらも、シグナムは剣を下げようとしない。横にいる先端の小さな縋を持った少女――ヴィータ――も同様だった。
「この者は、使い魔です」
「それも、バイパスの繋がり先がわかりません。あなたの目的は何?」
シグナムの言葉を引き継ついだ女性シャマルが敵意をさらに強める。
「つ、使い魔……? 何言ってるかよーわからんけど、ましろは何もしてへん!」
だからもうやめてくれと、はやては続ける。こんな時、まともに動かない自身の足が恨めしい。あんなに小さな、あんなに震えている妹を守ることもできないなんて。
「答えろ。童女の姿に化けたところで、騙されはせん」
シグナムが剣を構えた。ましろの震えが強まる。
「――やめねーか?」
不意にヴィータが言った。見れば武器もすでにおろしている。
「ヴィータ、貴様……」
「いや、主もやめろって言ってるし。あと、弱いものいじめしてるみてーでスゲー気分悪い」
「む……」
シグナムも思うところがあったのか、ぴくりと反応した。シャマルとザフィーラも同様だ。先程までの敵意は鳴りを潜め、どうしたものかと言う空気が漂い始めていた。はやてはそのチャンスを逃さなかった。ここぞとばかりに車椅子を前進させ、ましろの元へ向かう。
「ましろっ!」
途中、焦りすぎたせいか前のめりになってしまい、車椅子から落ちてしまったはやてだったが、その勢いを利用してましろに向かって飛び込んだ。押し倒すようにしてましろを抱きかかえたはやてはシグナム達を睨む。
「どちら様かは知らんけど、ましろを傷つけたら許さへんからなっ!」
今思ってもカオスな状況だった。意識を過去から現在まで戻したはやてが苦笑を浮かべる。
「まずは落ち着いて話し合い」
「はい……」
はやての言い聞かせるような物言いに、相変わらずシュンとした様子のヴォルケンリッターを代表してシャマルが答えた。
「闇の書の主としての命令とかじゃなくて、家族の約束。守れる?」
「この身に代えても」
キッチンの方まで来たシグナムの紡いだ言葉にはやては硬いなぁ、と苦笑を加えつつこぼした。
「ま、これからゆっくり仲良くなってこな。時間ならいっぱいあるし」
ましろの頭を撫でながら、はやては言う。そして思う。この子は本当にどこから来たのだろうか、と。
タイトル変更しました。