白兎物語   作:ぽらり

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6、まいにちが、たのしくて

 

 あれから更に日が経った。ましろとヴォルケンリッター達の間にあった溝は瞬く間に埋まり、などとはいかずとも以前に比べれば幾分も改善されていた。特別何かあった訳ではない。ともに暮らした。それだけだった。

 

 当初こそ、シグナムを初めとするヴォルケンリッター達はどこの誰の使い魔かわからないましろを警戒していたが、何時からかそれをやめていた。理由は至極簡単だ。

 

「ん、んー」

 

「ん? ああ、すまない。いただこう」

 

 はやてが選んだ私服に身を包んだシグナムが、ましろの差し出したマグカップを受け取った。こんなあどけない子供を警戒するなんてバカバカしい。そんな理由だった。シグナムは考える。最初に誰が言ったのかは覚えていない。自分だった気もするが、ヴィータだった気もする。かと言って、シャマルではないとは言い切れない。ザフィーラも同様だ。ヴォルケンリッター共通の見解だった。

 

 シグナムがましろから受け取ったマグカップに口をつける。思わず頬が緩んだ。ホットミルク。はやてにそういう名前だと教わったシグナムはこれが好きだった。しかし、ホットミルク自体に思い入れはないのかもしれない。ただ、この家で。ただ、敬愛する主が淹れてくれたミルクを。ただ、家族が持ってきてくれる。シグナムはこの瞬間が好きだった。

 

「シグナムー。違うやろー」

 

 はやての声が飛ぶ。やや遅れてキッチンから車椅子に腰をかけたはやてと、その車椅子を押してくるシャマルが姿を表した。イタズラな笑みを浮かべたはやてとニコニコと機嫌が良さそうに笑うシャマル。そうだった。親切にしてもらった時は、こう言うのだ。シグナムは微笑みながら目の前にいる幼い家族に向かって言うのだった。

 

「ありがとう。ましろ」

 

 礼を告げられたましろは恥ずかしかったのだろう。慌ててはやての乗る車椅子の影へと避難してしまった。一瞬だけキョトンとしてしまったシグナムだったが、車椅子の影からこちらをチラチラ伺うましろの姿を見て、苦笑を漏らす。

 

 

 シグナムはまたも考えた。こんなにも穏やかな気持ちで笑ったのは何時ぶりだろうか、と。

 

 

 新しい主に仕える身としてこの世界に顕現した次の日。ヴォルケンリッター達は目を丸くした。

 

「それなら、家族になってください」

 

 幼いながらも新しい主であるはやての言ってることがすぐに理解できなかった。聞きなれないイントネーションの所為でも、新しい主が腰掛ける車椅子の影から見える兎の耳の所為でもない。純粋に言葉の意味を理解するのに時間が必要だった。家族。従僕ではなく、家族。困惑の色を強めるヴォルケンリッター達。そこから復帰が早かったのはシグナムだった。

 

「主よ。先程も言いましたが、我々は主のために戦い、そして守護するための存在です」

 

 すでに一度、闇の書について、闇の書が保有する大いなる力についての説明はしていた。しかし、はやてはそれを聞いた上で、あの返答だったのだ。そんな馬鹿な。これだけのものを目の前に吊り下げられていて、求めないなどあり得るものか。シグナムはこの幼い主が一度では理解できなかったのだと判断し、恐れ多くも進言することにした。いくら幼かろうが、欲そのものが無い訳がない。そう思ったのだ。

 

「闇の書は――」

 

「ええよ。さっき聞いた」

 

ピシャリ、とはやてはシグナムの言葉を遮った。

 

 だったら何故、と思わず声に出してしまったシグナム。あり得ない。確かにこんなに幼い主に仕えることは、朧気な記憶の中をいくら攫おうと無かったと言い切れる。しかし、だからと言ってーー

 

「色々突然過ぎて混乱しそうやけど、よくわかったのは私は闇の書のマスターやから守護騎士一同の衣食住きっちり面倒見なあかんってことやね」

 

 朗らかにそう言い切ったはやては守護騎士達に背を向け、ちょうど背後に位置していた洋服ダンスの一番上の引き出しを探り始めた。シグナム達は顔を見合わせた。全員が一様に困惑の表情を浮かべている。無理もない。

 

「ほんなら、まずはお洋服やね。サイズ、測ろか」

 

 メジャーを構えたはやてが言った。もはや守護騎士達の視界にましろの姿はなかった。

 

「ーーそして今に至る、か」

 

シグナムは自然と上がってしまう口角を隠すようにカップに口をつけた。いつの間にか向かいに腰をおろしていたヴィータから何言ってんだコイツと言わんばかりの視線が向けられていたが、何でもないさと濁す。

 

「なあ、ヴィータ」

 

 ほんの少しだけ間が空いて、シグナムがヴィータの名前を呼んだ。自身の名前を呼ばれて、ヴィータは視線をシグナムに向ける。

 

「良いものだな」

 

「……さっきから何言ってんだよ」

 

 本気で心配されてそうな視線にシグナムは苦笑を浮かべた。まぁ、確かにらしくはないのだろう、と。シグナムは自覚していた。しかし、この久しく忘れていた感情が蘇ってきているような感覚が心地よくて、少し位ならと身を委ねているのだ。

 

「ん、んー」

 

 気がつけばヴィータの元へ差し出されているマグカップ。ましろだ。恐らくは主の差し金だろうとシグナムは考えた。家族なんだから仲良くせな! が心情な主はこと有るごとに世話を焼く。それが嬉しくもあり、恥ずかしくもあるわけだが。

 

「ん……」

 

言葉も少なく、おずおずといった様子でマグカップを受け取ったヴィータ。シグナムはここぞとばかりに口を挿んだ。

 

「ヴィータ、違うぞ。こういう時には言うべき言葉があるんだ」

 

 つい先ほど、自分が言われたことだからか、少しだけイタズラな笑みを浮かべたシグナム。ヴィータは一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべてから、ましろに向き直った。

 

「えー、と。その、なんだ。あー、あ、あり、がと……」

 

 頬を赤く染めながら、若干しどろもどろになった感謝の言葉。シグナムは悪いと思っていながらも、思わずくつくつと笑ってしまった。ヴィータには睨まれたが面白いものは仕方ないと、肩を竦めてみせた。

 

「後で覚えてろよ」

 

「さっきのお前の顔はそうそう忘れられんさ」

 

 ふと、シグナムがましろの姿を探す。ましろの姿はすでにそこにはなかったからだ。どうやらシグナムの時と同様に、ヴィータに感謝された直後、文字通りの脱兎となりはやての元へと向かったらしい。小さな主、はやての元でその姿が確認できた。

 

 ましろはシグナムとヴィータからは死角になっていると勘違いしているのか、それとも意識が向いていないだけなのか、どちらかはわからないがその姿を隠すことなく、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうにはやてに何かを報告しているのだった。

 

「なぁ、ヴィータ。良いものだな」

 

「うるせー……」

 

 過ぎる時間は穏やかに。 

 


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