「お早うございます」
「おはようございまーす」
「おうお早う! 飯運んできたぞー」
いやー慣れって恐ろしいね。最初は警戒していたモンスターたちも、今じゃすっかり気軽に挨拶できる仲。何が好きか、とか外はどんな感じか、とか世間話もするようになったんですよ。なんて快適な監禁ライフ。そう、監禁。忘れそうになるけど、私達魔王軍に捕まってるんだよね……。
あれ、そういや研究のために鬼岩城に連れていくって話どうなったんだろ……?
「……原作じゃ、地底魔城は最後溶岩に沈むんだよね」
骸骨が出て行ったのを確認してから呟く。
私には、原作を変える力なんて無い。だから待つ。
クロコダインが地底魔城で手当てされ、マァムがダイ達をおびき寄せるための囮になる。その時をただただ待つ。私達が脱走するのは、マァム脱走に便乗できるその時しかない。
「優香、大丈夫。僕がいるよ」
「……うん」
ヒーローをぎゅっと抱きしめる。今ここにいる小さな勇者と一緒に、私はこの世界を生き延びるんだ。
「ヒュンケル様、よろしいので?」
「ああ、あいつらに渡したところでろくなことにはならん。それなら何処かへ逃げて行った、としている方がマシだ」
ハドラーとザボエラが訪れたのは少しひやりとしたが、俺の居城で勝手な事はさせん。もし何か探すような仕草をしたら、すぐに兵士たちに対応するように命令を出しておいた。魔王軍を裏切るような行為だが、誰一人として逆らう者はいなかった。
……我が不死騎団の兵士たちすら絆す女、か。なるほど脅威かもしれん。だが奴の目には、敵意などみじんも感じられなかった。連れていたスライムの目には、確かな光が宿っていた。
そんな奴らを、あの非力な奴らどもを強くするための実験体に……? 冗談じゃない。そんな力、俺は認めん。今は意識のないクロコダインも、竜騎将バランも決して認めようとはしないだろう。
アバンの使徒を倒して、それで終いだ。鎧の魔剣を携え、闘技場へと向かう。
あの女とスライムを守るための魔王軍への裏切り。この選択に、俺には何の迷いも後悔も無い。
我が父バルトスも、きっとそうしただろうから。
地底魔城のあちこちで足音で響く。例の小僧、ヒュンケル様、と骸骨やミイラ達の声が聞こえてくる。ダイ達がやって来たんだ。
「……もうそろそろ、かな」
「準備おっけーだよ!」
青色が牢屋の中をぴょんぴょんくるくる飛び回る。私も軽く準備体操はしたけど、正直ただ走るだけで逃げ切れる相手じゃないよね。向こうは城の造りを完全に知っているけど、私たちは何もわからない。
つまり今回の脱走、鍵になるのはどれだけ相手の動きを止められるか。
「さん、に、いち……」
「いつかこの時がやってくるとは思っていましたよ、ユウカ殿」
「……え?」
私達が突き破ろうとしていた扉が開く。そこには、モルグさんが鈴を片手に立っていた。その顔はどことなく寂しそうな、見ているこっちが悲しくなるようなもの。
「むう、優香とぼくのじゃま?」
「いえいえ、とんでもございません。逆ですよ、脱走の手助けです」
どうぞ此方へ、と先導される。私とヒーローは顔を見合わせた後、後ろをついていくことにした。ヒーローは何時でも反撃できるよう、ライデインを使う準備をしながら。
「獣王殿の手当ても終わっております。彼のお方ならきっと、お二人を無事に地上へと送り届けられるでしょう」
ゆっくりと廊下を歩く。兵士達はみんな私たちを見守るだけで動かない。こちらです、と扉が開かれる。
「……久しぶり、だな」
隻眼となったクロコダインが斧を片手に待っていた。その隣にはガルーダもいる。
「獣王の裏切りにアバンの使徒。これほどの機会、そうそう訪れるものではありません。ヒュンケル様直々の命令、今こそ果たすときでしょう。それではよろしく頼みます、獣王殿」
「ああ、任された」
ヒュンケルの命令。手助け。それらの言葉が意味するのは。
「……ちょっと待った。それじゃ、まるで」
「ええ、ヒュンケル様は貴方方を逃がそうとしていらしたのですよ」
「…………いつから?」
「貴方方が地底魔城へと来た時からその考えはあったようで。世話係の言葉を聞いて確信しました。お二方を決して魔王軍に渡してはならない、と」
ずっと。最初っからこうするつもりで、私達と過ごしていた。
「あー……うん。いろいろ急すぎて何が何だかわかんないけど……」
ありがとう。それしか言えない。
その言葉を聞いたモルグさんはにっこりと笑って、早くお行きなさい、と優しい声で返した。
「別れの挨拶は済んだか? では、行くぞ」
クロコダインが外へ向かって歩いていく。その後をついて歩く。私たちはその間、後ろを振り向かなかった。
「む……何だ、この音は!?」
大地がゴゴゴゴゴと揺れる。どうやらこの音は地の底から響いているようだ。その事に気付いたクロコダインははっと顔を上げる。
「まさか噴火するのか!? ユウカ、俺に掴まれ! ガルーダ頼む!!」
獣王の体に抱きかかえられるようにして掴まる。ガルーダはクロコダインの肩を掴み一鳴きして、上空へと飛翔した。
「あわわわ……溶岩が、ぜんぶ……」
腕の中でヒーローは震えていた。さっきまで自分たちがいた場所が、溶岩に沈んでいく。噴火はすべてを飲み込んでいった。きっと、地底魔城にいたモンスターたちも……。泣きそうになるのをぐっとこらえる。
「……この闘気、まさか!?」
クロコダインが何かに気付いたようだ。そうだ、ヒュンケルは溶岩に飲み込まれて、その後……。
「時間も少ない、巻き込んでしまうが構わんか!?」
「大丈夫、やっちゃって」
「優香がそういうなら、僕もだいじょーぶ!」
「……フ、二人とも良い目だ。行くぞぉッ!」
火口の中に突っ込んでいく。斧を振りかざすとそこから疾風が噴き出し、溶岩を掻き分ける。その中心にヒュンケルがいた。鎧はぼろぼろ、全身大火傷で意識を失っている。
「ハァッ!!」
獣王がヒュンケルを抱き上げる。彼らは再び空へと舞い上がった。
「ひどいけが……はやく治さないと!」
「わかっている……あの森に降りるか。あそこなら安全だろう」
「…………う」
苦しそうな顔をして呻くヒュンケル。
「今度は私たちが助ける番」
「ああ、そうだな。こいつは死なせたくない、死んではならん男だ」
私たちは彼に助けてもらった。その恩を、まだ返していない。
「……まだ貴方に、助けてくれてありがとうって、伝えてないんだ」