あべこべポケモン(仮)   作:ユーキ

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サンタさんからプレゼントされたので初投稿です。

恋愛要素があるし、その中にそういう描写がほんの少しあるから注意して下さいセンセンシャル。


Ending No.01"Shirona"√

 白色を基調としたナチュラルモダンな室内、空調から流れる涼しい風が室内を一定の温度に保たせている。ソファーに腰掛けお気に入りの本を読んでいた時、ふと読み始めてからどれくらいの時間が経ったのだろうかと気になり時計を見上げてみれば、昼過ぎを指していた筈の短針が反対側を向いていた。窓から差し込む日の光は室内を赤く染めあげ、あと1時間も経てば闇が広がるだろうと容易に想像できる。

 部屋の奥、日が差し込む窓に目を向ければ開け放たれた窓の下枠に腰掛け、片足を枠の上で伸ばし外を見ている彼が見える。赤い光の中に浮かぶ黒い影に向かい声を掛けた。

 

「ねぇ」

 

 彼がこちらに振り向く。顔が影となっているが、うっすらと表情が見える。暗がりの中で美しい紅の瞳がこちらの目をまっすぐ見つめ「どうした?」と告げていた。

 

「私がアローラに来たのは休暇兼遺跡探索の為という事は知っているわね? その期限がそろそろ終わるの。今まで黙っていたけど明日の夕方の便でシンオウに戻る」

「……」

 

 私の言葉に眉を顰め寂しそうな顔をする彼。それがどうしようもなく悲しく、そして嬉しい。彼も私と同じ様に別れを惜しんでいるのだと思うと堪らなく嬉しい。

 私には研究者としての職務、シンオウチャンピオンとしての責務がある。それを抑え込み、自分が持ちうる力を使いなんとか滞在期限を引き延ばしてきた。しかしそれにも限界があり、残す所後1日となってしまっていた。

 

「シンオウに帰ったらチャンピオンとして取材を受けたり試合に挑む。研究者として学会に纏めた書類を提出したりもするわ。我儘言ったからシンオウ中を回る様に協会から予定を入れられてるから、シンオウに帰ったら忙しくなるでしょうね」

「……」

 

 ここには休暇と研究で来たのに、突然異世界のポケモン達がアローラ中に現れて否応無しにバトルする事になったり、レインボーロケット団なんていう組織と戦ったり、アローラの大会に参加したり。大変だった、でも彼と出会えた事に比べたら大した事はなかった。

 

「明日の今頃には私は空を飛んでいる」

「……そうですか」

 

 アローラに滞在している間に彼と色々な場所に行った。昔から神話とバトルくらいしか興味を持たなかった自分には親族以外の男性と二人きりでどこかに行くという経験はなかった。どこに行けば良いのかや何を話せば良いのかなんて分からずに初めの頃は緊張し続けていた。でもその後彼から「自分も緊張していた」と言われ互いに笑い合った。それから始まった彼との交流。この数ヶ月はかけがいのない思い出となった。

 

「あの、その。あ、後1日しかないから……」

「はい」

 

 しどろもどろになってしまい上手く言葉が出て来ない。そもそも何を言いたいのか自分ですら分かっていない。明日には彼と別れる、それが寂しくて悲しくて辛くて苦しくて。だから別れる前に何かしたい。でもその何かが分からずにもどかしい。考えが纏まらず頭の中が真っ白ではあるが、それでも何とか言葉を紡ごうとした口から言葉を捻り出していく。

 

「い、今から砂浜に行きませんか!?」

「わかりました」

 

 しかし悲しいかな。こんな経験なんてなかった私には、先延ばしにする言葉しか捻り出す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 アローラには大きな4つの島の他に小さな島々が幾つも存在している。その内の1つである小さな島のホテルへと2人は泊まっていた。小さいながらも豪華な内装のホテルは、政治家や金持ちのプライベートで利用される事が多い高級ホテルであった。一泊何十万という高値であったが、プライバシーを守りたいのならこれ程良い場所はないだろうと部屋を借りた。

 ホテルの従業員は日が沈むとホテルの経営会社が所有している他の島へと向かっていった。プライベートに配慮し夜間離れるのだとか。明日の朝まで彼と2人きり。

 

「風が気持ち良い。あれはヤミカラスの群れかな」

「そうね」

 

 ホテルの外の砂浜。昼間の茹だる様な暑さは鳴りを潜め、海からやってくる風は冷たく肌寒い。前を歩く彼は空を見上げ、遠くの空を飛ぶ黒い影達を眺めている。その姿が絵になって見惚れてしまったが、意識を戻し伝えたい事を考える。

 

「貴方はこれからどうするの?」

「……良くは考えてはいません。カントー出身なのでカントーに帰る、とは考えていません。そこまで執着はありません。自分はただのトレーナー、ジムリーダーでも四天王でも協会の関係者でもないですから。特にしたい事はないので、何か思い付くまではアローラに居ようと思っています」

 

 こちらに振り返り彼は小さな笑みを浮かべそう言った。彼は柵の無いトレーナー、誰にも縛られずにいる。彼の腕とポケモン達がいればどこででも生きられるだろう。

 

「シロナさんは?」

「え?」

「シロナさんはこれからどうするんですか? 仕事が溜まっているのは分かりますが、その後は?シンオウに留まるのですか?」

「えぇ、どこかで新しい遺跡が発見されたり他の地方から大会への誘いがあったりすれば他の地方に出向くけれど。一応シンオウのチャンピオンだからシンオウに留まるでしょうね」

 

 月の光が照らす砂浜に見えるのは前を歩く彼と足跡と打ち上げられたナマコブシのみ。砂を踏み締める音、押し寄せる穏やかな波音、ナマコブシの小さな鳴き声。この島で立てられた音は漆黒の海に吸い込まれ瞬く間に消えていく。暗闇の中の海は何もかもを飲み込んでしまうのではと思わせる根源的な恐怖を抱かせる、まるであの『世界の裏側』の様に。

 小さなホテルが建つ砂浜しかない小島を一周した所で彼は立ち止まりこちらを振り返った。

 

「それで、言いたい事は纏まりましたか?」

「……いえ、ごめんなさい。伝えたい想いがあるの、でもそれを上手く纏められなかったわ」

 

 彼は急かせる言葉はなく、私を待ってくれていた。自分の事で手一杯であった私とは違い、他人の事を考えていた。彼はバトルが強いだけではなく、優しさまで持ち合わせている。だからこそ私はそんな彼に惹かれたのだ。

 未だに考えは纏まらない。彼はそんな私の事をまだ待ってくれる。でもその優しさに甘えてばかりではいられない。

 

「最初、貴方を知ってどんなトレーナーなのか興味を持った。アローラに来て貴方に会ってトレーナーとしてだけではなく、1人の人として興味を持った」

 

 そう、初めはそうだった。そこから少しずつ貴方を知りたくなった。

 

「貴方と交流を重ねていく内に、1人の人から1人の男性として見始めて、意識して、好意を持ち始めた」

 

 話をして、バトルをして、色々な場所に行って、もっと貴方を好きになって、もっと一緒に居たいと思って。

 

「私は……私は……!」

 

 私の想いは、願いは1つだけ。

 

「離れたくない! もっと貴方と一緒に居たい! もっと貴方とバトルがしたい! もっと貴方と話がしたい! だって私は──」

 

 

 

 

 

「──貴方の事が好きだから!!」

 

 

 

 

 

 私という女は貴方という男性に恋をしてしまった。どうしょうもない程に、そう心が叫んでいる。心臓が痛い程に脈を打っている。飛び出すのではないかという程に暴れている。握り締めた掌と背に汗が流れる。膝が笑い今にも倒れてしまいそうになるが、それをなんとか抑え込み彼を真っ直ぐに見つめる。

 

「……」

 

 彼は驚いて目を見開いていたが、すぐに目を閉じた。それは数秒であったかもしれないし、数分だったかもしれない。緊張の所為で時間の感覚など分からなくなってしまっていた。

 目を開いた彼は空を見上げ大きく息を吐いてから私に顔を向けてきた。

 

「正直に言いますと、驚きました。まさか貴方から想われていると」

 

 何とも言えない顔でそう言う彼。確かにいきなり告白されれば驚くだろう。

 

「先の告白で貴方がどれだけ私を想ってくれているのか、その大きさが分かりました」

 

 想いを言葉にしようとした結果出て来たのが告白。言い切ってから冷静になると格好の付かない愚直な告白だったと恥ずかしくなる。顔が熱くなってきた。

 

「貴方の様な人からの好意、大変嬉しく思います」

 

 その一言、たった一言で私の心は温かな想いで満たされる。まさか自分がここまで簡単に恋に右往左往し、一喜一憂するとは。でも──

 

「──それじゃあホテルに戻りましょう。アローラでも夜は冷えるわ。私の話を聞いてくれてありがとう」

 

 この気持ちは私の一方的な想い。これ以上を求めるのは私のエゴ。伝えたい事は伝えられた、これで良い。思い残す事はない。このままホテルに戻って眠って、最後の1日に備えなくては。

 

「シロナさん」

 

 ホテルに向かっていた自分の後ろから声が掛かりビクリと身体が震えた。その言葉にどう反応を示せば良いのか分からずに棒立ちとなってしまう。

 

「シロナさん」

 

 再度掛かる声、それでも返事も返せず振り向く事も出来ない。ただ俯くしか出来ず、どうすれば良いのか分からない。

 

 

 

 

 

 ドボン!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 背後から声ではない音が聞こえた。まさかと思い振り返る。

 

「ちょ、ちょっと何をしているの! 止ま、とまって! ちょっと待ってってば!?」

 

 視線の先には海へと入っておく彼の姿が。そのまま暗闇を掻き分け進んでいき、こちらの静止に止まる様子はない。

 

「ッ! 冷たい!」

 

 しかし、どうすれば良いのかと混乱している時点で私の身体は動いていた。彼を追い掛け海へと足を踏み出していた。

 黒のパンツが足首から海水を吸い上げ、頭を瞬時に冷やす。彼も私も手持ちのポケモンはボールに入れてホテルの中、既に腰まで海水に浸かる彼、このまま進めば野生のポケモンに襲われるかもしれない。

 逡巡したのは一瞬、そのまま彼の後をおった。パンツどころか下着にまで海水が染み込むが構わずに進む。

 

「お願いだから! 止まって!」

 

 波に押されながらも進み、漸く彼の腕を捕まえた。

 

「やっと……やっと捕まえたわ……」

 

 息が乱れる、彼も私と同じ様に肩で息をしている。水面は顎に届くか届かないかとらいう高さであり、波に浚われても可笑しくない場所に来ていた。

 どつしてこんな事をと問うと彼は「やっと自分を見てくれた」と呟いた。

 

「え?」

「シロナさん。貴方は自分に好意があると、好きだと言いましたね? でも好きだと告げるだけ告げてこちらがどう想っているかも聞こうとせずに帰ろうとした。だからです」

 

 悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべた彼に驚き想わず手を離してしまった。

 

「そ、それだけ?」

「はい」

「それだけの為に?」

「はい」

「こんな危ない事を?」

「はい。でも『それだけ』なんて言葉で片付けてほしくはないですね」

 

 拗ねた様に眉間に皺を寄せた。いや、確かに『それだけ』で済ませてはいけない。わたしの想いに対しての彼の返答なのだから大切な事だ。しかし何もここまでしなくとも良いではないか。そう思う反面、彼の応えから逃げようとした自分に反論する権利などないと口を閉じた。

 

「……」

「……」

「……寒いですね」

「……え、えぇそうね」

「…………戻りましょうか」

「…………戻りましょう」

 

 彼が手を差し出してくる。その掌を握り締め、灯りが点くホテルへ向かい引き返す。冷たい、とにかく冷たい。戻ったら温かいシャワーを浴びて早く横になりたい。あのベッドはふかふかしていて寝心地が良さそうだった。

 

「そういえばシロナさん」

「何かしら」

 

 ホテルへ想いを馳せていた私に彼が声を掛けてきた。視線を彼に向けると笑みを浮かべ──

 

 

 

 

 

「──私も貴方が好きですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝起きでぼんやりとする頭。起き上がれば空調から流れてくる冷たい風にぶるりと身体が震えた。視線を下に向ければシーツだけしか身に付けていない自分の身体が。昨日の出来事とその後にした事を思い出し、視線を横に向ける。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 起き上がった自分の隣では男性が眠っている。彼の名前は【ユーキ ・トレニウス】。多くのトレーナー達を魅了して止まない男性トレーナー。そんな彼が隣で眠っている、自分と同じ様に一糸纏わぬ姿で。シーツで隠されているその下を見たのだと思うと『やったのだ』という高揚感と『昨日はがっつき過ぎてはいなかったか』という羞恥心が込み上げてきた。

 

「ふぅ……責任、取らなきゃ」

 

 無意識の内に溢れた言葉。責任、せきにん、セキニン。彼とそういう関係になったのだから最後まで責任を取らなくてはならない。

 ならないのだが……。

 

「どうすれば良いのかしら?」

 

『責任を取る』

 

 言葉にすれば簡単だが、いざ行動しようにも何から始めれば良いのか。生まれてこの方バトルと研究ばかりという男っ気のない生活を送ってきた。チャンピオンになってから更に忙しくなりそういった方面の知識が全くない。

 ユーキと一緒になるのだから更に稼がなくてはならないのでは? いや、ユーキと過ごす時間を増やす為に仕事を減らした方が良いのでは? 最近は家事や子育てに関して日夜ニュースで取り上げられているのを見る。夫婦間の問題ですれ違い、破局になるなど考えたくない。その辺りはしっかりとしなくては。

 

「恋人かぁ……周りはどんな反応をするのかしら。マスコミなんて好きに騒ぐでしょうし。なんで人の恋路で騒げるのかしら」

 

 それが仕事なのだから仕方ない。でも人の恋路くらい見守ってほしいもの。そういえばカトレアも彼に対して並々ならぬ興味を抱いていた。他にも彼に好意を向ける女はいるのだろう。そういった者達からの『ちょっかい』はご遠慮願いたい。

 

「ふふっ」

 

 やらなくてはならない事が多過ぎる。しかし考えて行く内に笑みが浮かんでくる。困難がある、それすら彼との生活の一端なのだと思えばプラスに考えられる。特別な人が出来るだけで人はここまで変わるのかと自分でも驚いてしまう。

 

「そろそろここのスタッフが戻ってくる時間ね」

 

 髪は乱れて服は着ていない。空が起きる前に身嗜みを整えなくては。




19:19に投稿しようとしたらバッチェ書き切れませんでした。

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