チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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ファッションヤンキー編
あいいいあ えおんあんおおえあい


「ああ……」

 

 ついに来てしまった。

 見上げる空はまさにTHE・快晴。本日天晴とでも言うべき晴れ空は、憎らしい程に高い。

 というか暑い。暑がりで寒がりな僕は、春より秋より梅雨が好きだ。何故なら外出しなくていいから。

 そんなとりとめのない事を考えながら、太陽光をバンバン反射する整備された地面を歩く。太陽ぷよでも振ってきそうな直射日光。これで春なら夏は灼熱地獄だろうか。

 

「うぅ……」

 

 早くも帰りたいという想いが浮かんでくる。

 いやいや、さっさと屋内に入ればいいじゃんというツッコミも入る。

 なっとうねばねばびよーんびよーんと変なダンスを踊る妖精も現れた。消えてほしい。

 

 エンブレムの無い胸を擦りながら周りを見渡す。

 新天地に舞い上がる男の子。緊張でガチガチになっている女の子。静かに椅子で読書にふける男の子。頬を染めてクネクネしながら身体を浮かす女の子。うーんファンタジー。

 

「……おー……」

 

 ここに集まってネミ☆(意訳)と書かれた案内に従って歩いてきてみれば、そこは大きな大きな建物。崩れるならどこから崩れるのかを計算してみたけれど、まぁ屋根の下にいれば屋根の下敷きにはなるだろう。どこにいても同じだ。

 これがただの体育館だというのだから、驚きだ。全コート使ってバスケットボールをやれば1Qだけで選手はヘトヘトだろう。バスケ部があるのかどうかは知らないが。

 

 ちらっと時計を探して時間を見れば、驚いたことに予定の時刻まであと二時間。

 寝坊や寝過ごしを考えて早めの早めの早めの時間で家を出た事が仇になったようだ。まぁ大体こうなるとは思っていたけれど。

 

「……」

 

 散々引っ張ったけれど、僕がいるこの場所は国立魔法科大学付属第一高校――通称魔法科高校。その敷地内にある体育館の、ド真ん前だ。

 入学式終了後に学生IDが配られると言う話なので学校施設は利用できないし、体育館が開かれるのは式の三十分前。つまり一時間半暇。ひまわり。

 そんな長い時間このソドムの炎の下にいたら、僕はカラカラに干からびてしまうだろう。干物になってしまう。それはごめんだ。ガラガラに進化したい。

 

 適当な思考を捏ね繰り回しながら散策していると、良い感じの中庭を見つけた。

 陰になっている所と日にあたっている所両方にベンチがあり、陰一択だろうと素早く席を取る。椅子取りゲームは負けた事が無いのだ。勝った事も無いが。

 どうせなら雨が降ればよかったのに、なんて考えながらぐでーんと寝転がると、丁度顔の位置だけ日向になった。顔を顰めて反対になる。足が燃える。

 顔か足、どちらを犠牲にするかと問われれば、迷いなく足と答える。

 足は灼熱に焼かれてもらおう。

 

「……」

 

 そんなアホなヒップダンスをしていたからだろうか。

 僕の身体を突き刺す視線を感じた。

 

「……」

 

 トイメン。

 僕の顔が右端にあるなら、彼の身体は左端にあった。彼からしてみれば右端なのだろうが。

 不思議な視線だった。普通の人は放射状の視線を持っている。真ん中が強く、周りは弱い。けれど彼の視線は、なんというか……円錐形だった。楕円錐とでもいうべきか、僕の身体を万遍なく見ているのだ。どこかを見ていない、ということがない。

 

 だが、見られているのであればこう返すしかない。

 こう返す以外の術を、僕は持っていなかった。

 

「あ?」

 

 片眉を下げて、片眉を上げる。

 口は半開き。心無し鼻の穴大き目。

 いわゆる、ガン飛ばし顔である。寝転がってるが。

 

「……」

 

 彼は視線を自分が持つ端末に戻す。

 特に珍しくも無いフィルムスクリーンの情報端末。先程と違い、視線が上から下へと動いているあたりは読書だろうか。僕のカラダは二次元に負けたらしい。

 

 なんだか癪なので、懐から仮想型端末を取り出して装着した。確か魔法科高校では仮想型ディスプレイは禁止されていたはずだが、まだ入学式を終えていない、つまり本校生になっていないのでセーフだろう。

 ゴーグル型のそれで行うのは、ひたすらクッキーを生産するゲーム。ARになってもひたすらクリックするだけという、恐ろしい程に単純で中毒性のあるゲームだ。一世紀続いているらしい。

 

 恐らくはたから見た僕は、ごついゴーグルをつけて人差し指だけをひたすら動かしている怪しい金髪だろう。言ってなかったが僕は前時代的ヤンキーな格好をしていて、ぼさっとした金髪に赤とか銀とかを入れて、耳ピアスまでしている。エンブレムのない制服を着崩し、持ち込み禁止の仮想型ディスプレイで遊んでいる男。まさにドロップアウトしたヤンキーそのものだろう。

 これは要らぬ誤解を招かぬよう、そしてある種の誤解を促進させるための措置であり、決して僕がヤンキーと呼ばれる類いの人間であるということではない。不良行為なんてしたことないし、街でお婆さんが困っていれば秘密裏に重量軽減の魔法式を使って荷物を運んであげるくらいには善良だ。疲れたくはないので魔法師が傍にいたり監視カメラを振りきれなそうだったりしたら見捨ててしまう。ごめんねお婆さん。

 

 とまぁ、話は逸れたが僕はひたすらに近づき難い存在なのだ。

 金髪が無言で指を動かし続けている姿なんて、それはもう奇異にみられるはず。

 目論見通り目の前の彼も話しかけてくる事は無く、平穏な時間だけが過ぎて行った。

 

 現在のクッキー総生産量はvigintillionを数えている。漢数字に直せば千那由多。素晴らし気かなクッキー天獄(てんごく)。初めて使うルビがこんなにくだらないものになるとは誰も思っていなかっただろう。

 AR空間の視界には余すところなく至る所にクッキーが降り注ぎ、建物を埋め尽くしている。

 良い良い……まだまだ! 焼・菓・全・夜!

 

 

 

「――あなたも新入生ですね? 開場の時間ですよ」

「あ?」

 

 生産量を示す数字が一桁も数字が変わらないまま、どれほどの時間が経ったのだろうか――。一日? 一年? 一世紀? 

 今言われた事を加味すれば、たったの一時間半なのだろう。

 それほど短い時間を引き伸ばし、僕はクッキーの生産に集中していたらしい。これが……ゾーン?

 

 馬鹿な事を考えていないでゴーグルを取れば、そこにクッキーはない。代わりにメロンパンがあった。あれもクッキーと言えばクッキーだ。じゃあここは現実ではない?

 

「聞こえていましたか? あと二十分ほどで開場の時間ですよ」

「あー……おう」

 

 ARに夢中になっていて聞こえていないと思ったのだろう。メロンパンさんは残り時間を付け足して、もう一度言ってくれた。それに生返事を返せば、メロンパンナちゃんは少しばかり顔を顰める。

 明らかな先輩へのこの態度、しかもイイトコのお嬢さんな雰囲気のあるメロンパンナちゃんにはあまりなじみの無いジャンルの人間だったのかもしれない。

 

「それと、当校へは仮想型ディスプレイの持ち込みは禁止しています。今日は仕方ないとしても、」

「あいあい~」

 

 お小言を途中で遮れば、更に顔を顰めるメロンパンナちゃん。

 けれど仕方がないのだ。許してちょんまげ。

 

「……私はこの第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。あなたの名前は?」

 

 内心でそんなことを思っていたからだろうか、メロンパンナちゃんは自らの名前を名乗ってから僕の名前を聞いてきた。これは目を付ける気マンマンなのだろう。出来るのならご遠慮願いたいところだが、このご時世、匿名掲示板でさえ個人の特定が容易いのだ。

 生徒会長なんて言う職権乱用し放題な立場の人相手に、偽名が通じるはずもない。

 

追上(おいうえ)

「……下の名前は?」

「………………(あお)

 

 長めに言い渋ってから、ぶっきらぼうに言い放つ。

 追上青。これが、僕の名前だ。

 

「追上青くん、ね。……ああ、貴方の事、先生方の間では有名になっていたわよ」

「……」

「入学試験、文章題と小論文共に『あ』だけを羅列して出してきた奴は初めてだ、って」

 

 勇者の名前かな?

 それでも入学が出来るのだから、なんともまぁ。

 ギリッギリだったみたいだが。

 

「少なくとも私には真似できないわ……」

 

 でしょうね。

 ちなみにひらがなの「あ」だけでなく、「ア」や長音符も入れたはずなのだが、どうやら知らされていない様子。あーあ。

 

 お小言はもっと続きそうだったので、後ろ手を振ってポッケに手を突っ込み、中腰で体育館へ向かう。

 入学前からお先真っ暗だ。保険は効きますか? 一寸先は闇……。

 

 

 

 

 

 メロンパンナちゃんという妨害はあったものの、なんとか十分前に体育館に到着出来た。

 既に席はほとんどが埋まっていて、適当な空席にドカっと座る。ここ、空いてますか? なんて聞かない。聞いたらおかしいだろう。見た目ヤンキーだぞ僕は。

 栄えある誉れ高き第一高校に突如現れた前時代的なヤンキーに周囲がざわつく。ザワークラウト。

 

「あ?」

「ひっ!」

 

 視線を感じた方にガンを飛ばせば、思った通り顔を逸らす生徒たち。

 中には対抗するように睨みつけてくる子もいたが、視線を完全に絡め取って睨み返せばものの数秒で顔を逸らす。ふ、容易い。よういい。

 

 そんな感じに来る視線全てを押し返す為にキョロキョロしていると、見覚えのある頭を見つけた。複数の女の子と喋っている彼。

 さっきの彼だ。ほら、クッキーに埋もれていた子。

 

 同じく新入生だったらしい彼をじっと見つめる。

 ……やっぱり、変な視線だ。隣の女の子も大分変だが。

 少し彼を観察してみる事にした。ほどなくして、入学式が始まったが。

 

 

 

*

 

 

 

 司波達也は内心で溜息を吐いていた。

 面倒だな、と。

 

 原因は先程から強烈なガンを飛ばしてくる金髪の男子生徒だ。

 入学式の二時間前にこの第一高校に到着した達也は、時間を潰す為に中庭にあったベンチで読書をしていた。していたのだが、ほぼ同一のタイミングで向かい合う形で置かれた反対のベンチに座った件の男子生徒に遭遇してしまったのである。

 その余りにもヤンキー然とした恰好は今の時代珍しいもので、つい不躾な視線を向けてしまった事は自らに非があるのだろうが、男子生徒はこれまた前時代的なガン飛ばしを行ってきたのである。

 すぐに手元に持っていた情報端末へ視線を落としたが、今なおガンを付けてきている辺り目を付けられたのだろう。入学早々揉め事を起こしたくない彼としては、正直に言って煩わしいと感じるものだった。

 

 この手の輩は諦める、という文字を脳内辞書に持っていないので、更に煩わしい。

 

 その一方で興味も湧いていた。

 無論それは人間性に、ではなく、あんなヤンキーでも入学できるのだな、という第一高校への感心。自らもあのヤンキーも二科生とはいえ、第一高校に入学するという事自体がそれなりの難度を誇る。

 よく落とさなかったな、という学校への感心と、あんなナリでも一応の能力はあるのだな、というヤンキーへの感心。そのどちらもが合わさって、ようやく興味となり得ているのだ。

 

 それもまた、新入生代表の答辞が始まると同時にバーナーに当てられた雪の如く消えて行ったのが。

 

 

 

*

 

 

 

「E……」

 

 交付されたIDカードに示されたクラスはE組。FとかGとかHでなくてよかったと、心の底から安堵する。良いクラスだな、E組。イーだけに。イーッ!

 一世紀以上前の伝説のやられ役の真似をしながら体育館を出る。もちろん内心でだ。ヤンキーがいきなり「イーッ!」って叫び出したら怖すぎるだろう。

 

「……ん?」

 

 頭を貫く視線。

 振り返ってみれば、そこにいたのはクッキーに埋もれていた彼。と、女子数名。

 内、平らな子が物凄く強い目で睨み返してきた。いやいや僕君の事睨んでない睨んでないハランデイイ。

 

 あんなハーレム厄介ごとの塊の気配しかしないので、ここはいっそすがすがしいくらいに避けられようとクッキーに埋もれていた彼に向かって中指を立て、笑う。ところでコレ、男に対してやっても本来の意味だと傷つくの僕だよね。

 もっとも現地でさえ本来の意味で使っている人はいないのだろうが。

 

 うわ、平らな子が憤怒の形相になった。やめてほしい。あ、でも話しかけないでくれるならいい。それなら大歓迎だ。

 そのまま後ろ手振りポッケで去る。教室に行く気はないし、その辺の端末からやることは済ませてしまおう。

 良いぞ良いぞ、良く滾る逃走よ!! 逃げるが勝ちってなァ!

 

 

 

*

 

 

 

「それにしても……いるのね、まだ。ああいう前時代的なヤツ」

 

 それはむすっとした表情の赤茶の髪をした女子生徒から放たれた愚痴のような呟きだった。

 彼女の名前は千葉エリカ。今日初めて会って友達になった柴田美月、司波深雪、そして司波達也と共にケーキ屋へ来てからの一言である。

 

「……まぁ、その驚きには同意しておくよ」

「お兄様? どちら様の話ですか?」

 

 ケーキ屋というか「ケーキも出してくれるフレンチ店」であるここは、座って話すのにはもってこいだった。

 エリカの呟きに、美月は「あはは……」と苦笑し、達也は流し目に頷く。

 3人が男子生徒と邂逅した後に合流した深雪にはわからない話題に、少しだけ不満な顔をして深雪は話題の人物を兄に聞いた。

 

「……深雪は、あまり深く関わって欲しくないな」

「そうねー、あんなヤンキーに深雪が近づいたら、何されるか分かったもんじゃないし。って、うわ。司波くん顔怖い顔怖い」

 

 エリカと美月の脳裏に浮かぶ、ヤンキーと優等生の二単語。

 創作物の上ではもはや廃る程に掛け合わされたこの二つも、実際に知り合いが毒牙にかかりかねないと思うと遠慮したい。

 無論、その優等生の兄が何があろうと許さないだろうが。

 

「ヤンキー……不良生徒がいたのですか? 新入生に」

「ええ。とびっきりの、THE・ヤンキーって感じの奴がね。

……でも言われてみれば、よくあんなヤンキーが入学できたわね。あぁでもヤンキーが実は頭いいって設定は鉄板か……」

「あー……」

 

 深雪の問いにエリカが答える。

 エリカの言う鉄板がどこの鉄板なのかはわからなかったが、美月にも思い当たる節があるのかまたも苦笑いをする。

 魔法科高校は名門校に数えられる高校だ。

 ヤンキーなどという存在自体、希少価値が生まれかねない程に珍しいと言えるだろう。

 

「ああいうの、かっこいいとでも思ってるのかしらねー」

「さ、さぁ……」

「深雪、分かっているかとは思うが……」

「もう、エリカもお兄様も、心配しすぎです」

 

 自分の身は自分で守れますからと、さらに不満顔になる深雪。

 それでも心配を続ける(エリカはからかい半分だったが)二人に深雪が拗ね、美月が宥めるといった事をしているだけで、どんどん時間が過ぎて行った。

 不本意な事に、そのヤンキーの話題だけで短くない時間を使ってしまったのである。

 

 その日はそれで解散となり、二人と一人と一人は自らの帰路に着くのだった。

 

 


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