チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第十一話のタイトルは「約束不履行」でした。
最近までの二倍文字数がありますが、勘違いモノなんでシーン被りがあります。ご容赦ください。
ちょーっと原作改変。
そしてプロット改変の余波。


あいいぅういあ ううおうあうおう

*

 

 

 

 九校戦三日目。

 流石に同じ(わだち)を二度踏むわけにはいかないので、今日は摩利先輩が出ると言うバトル・ボード……に、観戦に行く観客をストーキ……追跡して、無事に観客席に辿り着く事が出来た。

 レオ君たち一行を見つけて隣に座らせてもらい、待つこと数分。

 しかし良いスーツだなぁ……。じゅるっ。

 

「お兄様、もうすぐスタートですよ!」

 

 何やら遅れていたらしい達也君が、ギリギリ間に合った。

 深雪ちゃんの声に反応した達也君が座るとほぼ同時にスタートのブザー。

 レースゲームで言う所のスタートダッシュを決めた摩利先輩だが、すぐ後ろに二番手三番手がくっついている。美月ちゃんが言うには去年の決勝のカードらしい。

 摩利先輩たちは凄まじいスピードで水の上を行き、コーナーを曲がって客席からは見えなくなるコースへ入る――直前。

 

「あ?」

 

「むっ?」

 

 僕と達也君が同時に何かに気付く。

 僕の眼は軌道が見える。物理的な障害があっても、だ。

 だから、見えた。

 追い縋っていた二番手の選手が変な軌道を取る。減速するべき部分で加速したのだということくらいはわかる。この運動会に出る選手が、いうなればF1の選手がマシンのアクセルとブレーキを間違えるような事をするとも思えない。

 確実に他者の手による介入が為された事は、僕の眼にありありと映っていたのだ。

 

「オーバースピード!?」

 

 そうして追い縋っていた選手は摩利先輩に突っ込むような形で摩利先輩の方へ。

 だが、摩利先輩はそれを視認した瞬間になんらかの魔法を用意した。何の魔法かはわからないが、恐らく衝撃を殺すものだろう。

 だが、そこで何かが弾けた。

 彼女たちの軌道予測は確実に次の瞬間も水面を滑っていたはずなのに、その弾けた「何か」によって摩利先輩のボードが当たるはずだった水面が陥没し、軌道予測が大幅に曲がったのだ。

 このまま行くのが不味い事くらい、僕にもわかる。

 

 間に合えっ!

 

「……何?」

 

 弾け飛んだ摩利先輩と突っ込んだ選手のボードを、他の壁で弾き返すような軌道に修正して二人の元に向かわせる。普通なら、これほど危ない事は無いだろう。

 だが、僕には軌道が見えている。まるで偶然、まるで奇跡のように。

 ボード二枚をクッション代わりにフェンスと選手の間に挟み込む事など、造作もない!

 

 勿論二人への減速を兼ねた軌道逸らしも行うが、これほど速度が出ている時に無理に軌道を逸らすのは身体に良くないのだ。だから優しく、ふんわりと。

 そして別に壊れても問題ないだろうボードの方へは大きく働きかけて、衝突の際も衝撃を殺すように彼女らを抱き留める。

 

 ……成功。

 見た目からじゃ医療的な事は何もわからないが、血流に乱れはない。少なくとも出血しているという事は無いはずだ。

 

 レース中断の旗が振られる。

 まぁ、一歩間違えば首や頭をやってしまっただろう大事故だ。

 続行とか言い出すような非常識さがなくてよかった。

 

 ……それにしても。

 

 ひしひしと……それはもうひしひしと感じる達也君の視線……。

 これ、完全にバレた、かな?

 

 

 

*

 

 

 

 運ばれている最中も摩利は意識を保っていた。

 脳が揺れた事ですぐに立つ事はままならなかったが、救急隊員や治癒魔法師への受け答えは十分に出来た。

 

「もう、心配したんだからね? わかってるの?」

 

「ああ、わかっているさ。だが、無事だったのだからいいじゃないか。それより、七高の選手は……?」

 

「あちらさんも、特に目立った怪我はないみたい。流石に危険走行で失格だったみたいだけど……本当、跳ね返ってきたボードがクッションになるなんて奇跡のような事があってよかったわね……」

 

「……ああ」

 

 病院まで駆けつけてきた悪友の言葉に、摩利は出かけた言葉を飲み込んで答える。

 

 自らのボードは反転させただけでそこまで勢いはつけていなかったし、突っ込んできた七高の選手のボードは全く別の方向へ弾き飛ばしたはずだ。

 コースの形から考えても、丁度、偶然に、奇跡的に自分たちの背とフェンスの間に挟まるような軌道を取るなんてことは有り得ない。

 

「……だが、まぁ……全治一週間か……。ミラージ・バットには、ギリギリだな」

 

「本当は止めたいのだけどね……。言っても聞かないでしょ?」

 

「あぁ、医者の見込みなど、覆して見せる」

 

 七高の選手ともつれ合いかけた時も、ふわっという不自然な感覚と共に別々の方向へ引き剥がされた。

 確実に、自分達を救助した者がいる。

 それも、大会運営委員や各校の選手に一切気付かせないような存在が。

 

 だが、それを口外するつもりは無かった。

 言い出さないという事は、隠しておきたいということだろう。

 気付いたのが自分だけで、助けてもらったのだから、礼というわけではないが黙っていた方が良いことくらいはわかる。

 

 それは先程来た司波達也に聞かれた「第三者による妨害の可能性」の話にも出さなかった、秘め事とも言えるモノ。もしかしたらその「妨害」を行った者と「救助」を行った者が同一人物である可能性すらもあるのに、何故か摩利はそれを黙っていた。

 

 言うなればそれは、ただの「勘」。

 フェンスに衝突する直前に滑り込んできたボードが、どこまでも優しく、摩利や七高の選手の負担にならないようふんわりと二人の身体を受け止めた事から、「妨害」と「救助」の術者が別であると――そう、思ったのだ。

 

「……礼を言うぞ」

 

「え? 何か言った?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

 届く事の無いだろう礼。

 それはやはり、病室の空気に溶けて消えて行った。

 

 

 

*

 

 

 

 摩利の「事故」に関する検証を行っていた達也と深雪。五十里啓と千代田花音を呼び込んだ達也は、その映像と検証結果を啓と花音に見せた。

 啓は達也の仕事に舌を巻き、その検証結果――「水中に作用した魔法式が水面を陥没させた」というもの――について、花音と共に頭を悩ませる。

 と、その検証ルームへとノックがあった。

 深雪が対応し、入ってきたのは三つの影。

 達也が啓と花音に向き直る。

 

「ご紹介します。俺のクラスメイトの吉田と柴田と追上です。知っているとは思うが、五十里先輩と千代田先輩だ」

 

「うい」

 

 幹比古と美月が緊張気味に、青が名前だけを簡潔に、啓と花音がざっくばらんに自己紹介を終えた所で、五人から向けられる「?」の視線に達也は簡潔な答えを返した。青は何やら花音と啓を見て首をかしげている。

 

「三人には水中工作員の謎を解くために来てもらいました」

 

 そこから達也は、幹比古と美月に対して自身と啓の意見を話す。摩利が体勢を崩した原因は水面の陥没にあり、それはほぼ確実に水中からの魔法干渉によるものだということを。

 驚いた様子の美月や眉をしかめている幹比古と違い、青は何の反応も示さない。知っていた、もしくは予測していた、という事だろう。それよりも啓と花音が気になるようで、彼らの顔と胸の辺りを交互に見ていた。

 

 達也は続ける。

 可能性――水中に工作員が隠れ潜んでいたなどという荒唐無稽な話ではなく、人間ではないものが潜んでいたのだ、と。

 

「司波君は精霊(SB)魔法の可能性を考えているのかい?」

 

 啓の問いに、達也は頷いた。

 精霊(SB)魔法。Spiritual Being(心霊存在)を扱う魔法のことで、その本体は霊子(プシオン)で構成されていて、観測されている想子(サイオン)はあくまでその「精霊」をコントロールする際に発せられる術者の想子でしかない、というのが現代の最も有力的な仮説だ。

 仮説というのは、魔法師には霊子(プシオン)の状態を見分ける事ができないためのもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 活性の低い霊子を見つける事は、現代の魔法師には困難なのだ。

 

「だから、二人に来てもらったんだね。けど、彼は……?」

 

 幹比古の得意魔法と美月の特異性を紹介すると、得心が行ったとばかりに啓が言う。同時に、もう一人の存在を呼んだ意味が分からずに、それを問うた。

 

「追上は別件です」

 

 簡潔に答える達也。その「別件」について今聞いても話を脱線させるだけだと飲み込み、啓は達也に続きを促した。

 達也は続ける。

 幹比古に「今回の件は精霊魔法で起こし得るか」を聞き、幹比古の是の答えに詳細を詰めていく。精霊魔法で出来る範囲。それだけでは、事故を起こすことなど出来ないということ。

 さらに達也は、件はそれだけではないと――七高の選手のCADにも細工が合ったのだろうと言い始める。美月に霊子(プシオン)の兆候を問うが、眼鏡によって阻まれていて見ていなかったという美月の言葉に自らの失念を認めた。

 

「やっぱり裏切りかな?」

 

 CADの細工が出来るとすれば、その調整をしている七校の技術スタッフだけだ。そう考えた花音が推理を口にするが、達也が見たのは青だった。

 

「――追上、お前はどう思う?」

 

「……運営」

 

 今まで一言も発さなかった――達也も問いかける事をしなかった――青が、ボソりと答える。

 運営。

 その言葉が当てはまるモノなど、一つしかない。

 大会運営委員会だ。

 

「やはりお前もそう考えるか……。手口の方はどうだ?」

 

 肩をすくめる青。その動作は「さっぱりだ」というようにも「これ以上は自分で考えな」と言っているようにも見えた。

 各校の使用CADは一度各校の手を離れ、大会運営委員に引き渡される。

 達也と青の見解に絶句している面々の中、淡々と達也が説明を続けた。

 

「万に一つも、警戒を怠らないようにしましょう」

 

 

 

*

 

 

 

 さっき紹介された二人……啓先輩と花音先輩……なんで啓先輩の方は男子用のユニフォームを着ているんだろうか。

 交換している……とか? 仲良さそうだし、それは有り得なくはないが……その場合、花音先輩が男子、ということに……。いや、まぁ、うん。

 確かに顔も……こう、雄々しいというか、猛々しいし、胸も……平らだし。

 いや! でも声が……あぁ、高校生だからまだ声変わり来ていないって事かな? 啓先輩みたいな可愛い子が幼馴染的ポジションにいるなら無理して男らしくなろうとも思わないだろうし……。

 しかし、こんなに可愛くて男の子なのかぁ。可愛くてイケメンな雰囲気とか……僕とは、

 

「――追上、お前はどう思う?」

 

「――うんえい」

 

 雲泥の差だよね。

 うわ、自分で言ってて悲しくなってきた……。

 はぁ~……深雪ちゃんに啓先輩に……どーしてこう、可愛い女の子は既に「イイヒト」がいるんだろうねぇ。まぁ名前呼べないからどうとも思わないのだが! が!!

 

 肩をすくめる。

 しかし待ち時間が長い。達也君の聞きたい事なんて一つだけだろうから付いて来たのに……。

 残念ながら摩利先輩の事件に関して僕が言える事は無いからね。第三者の介入があったのはわかるが、それ以上は僕にはさーっぱり。こういう点では不便なチート染みた力だよ。

 

 

 

*

 

 

 

「さて……追上」

 

「ああ」

 

「その様子だと、聞かれる事はわかっているようだな」

 

 一度摩利に関する件を話し終えた達也が、改めて青に向き直る。

 青は問われる事はわかっているとばかりに手をひらひらとさせ、「逃げも隠れもしない」という事を示した。

 啓や花音、幹比古と美月もようやく「大会委員が犯人である」という達也の推理の衝撃を飲み込み、青を見た。

 

「渡辺先輩と七高の選手がもつれ合いかけた瞬間――奇妙な事が二つほど起きた」

 

「……」

 

「一つは、二人の進行方向のズレだ。確実に渡辺先輩に突っ込んでいった七高の選手は、しかし接触の瞬間右前方30度程にその進路を曲げた。

 あの極限下で、そんな魔法が使えるとも思えん。第三者が魔法を使ったのは明白だ」

 

「……」

 

 青は何も言わずに達也の言葉を聞く。

 だが、そのまま続けようとする達也に流石に、と啓が口を開いた。

 

「少し、待ってくれるかい? そのシーンの検証もしていたのかな?」

 

「はい。こちらです」

 

 聞かれる事がわかっていたと言う様に達也は先程まで摩利の事故のシーンの検証をしていた端末を弄る。時間を進め、衝突直後のシミュレーションが数値と共に流れ始めた。

 それは七高の選手が摩利にぶつかる直前。項目名の部分に多量のunknownが出現する。

 明らかに、外部からの力がかかっている証拠だった。

 

「これは……」

 

「使われた魔法は移動魔法と思われますが、検知器や監視員はその兆候の一切を捉えていません。それに、七高の選手に骨折などが見られなかった事から単なる移動魔法ではない事は事実です」

 

「減速魔法は検知されなかったのかい?」

 

「はい。渡辺先輩達の身体がボードに激突するまでは、減速効果を受けた痕跡はありません。ですが……」

 

 達也がさらにキーボードを操作する。

 シミュレーターが進み、観客の誰もが「奇跡」と称した件のシーン……「弾き飛ばされた二枚のボードが跳ねかえってクッションになるシーン」を映しだした。

 そこにはもうunknownしか表示されていないのではないかと思う程数多の力が、二枚のボードにかかっていた。

 

「これが二つ目の奇妙な事です。コースの角度から見ても、ボードの材質から見ても、あのような跳ね方をする可能性はありません。万に一つも」

 

「……そのようだね」

 

 しかもボードはフェンスに当たった直後、有り得ない跳ね返りを見せて二人の身体を抱き留める様に二人にぶつかっていた。入射角的にこの角度で跳ね返る事が有り得ないなんて、中学生でもわかる。

 

「追上。お前はこれが起きる事を知っていたな?」

 

「……ああ」

 

 詰問……いや、尋問するような口調で青へ言葉を投げる達也。

 青もまた、特に抵抗する事無く「是」を示す。

 

「お前は渡辺先輩達が助かる事を知っていた……そうだな?」

 

「ああ」

 

「――お前の背後にいるモノは、今回の件で俺達と敵対する気はないと見ていいんだな?」

 

「ああ――お、おう?」

 

 どこか歯切れの悪い返事。

 だが、言質は取った。

 達也の見立てでは、青は精神干渉系魔法のBS魔法師。達也と同じように、なんらかの手段で魔法演算領域を取って付けられたとしたのなら、二科生という成績にも納得がいく。

 同時に、今回の様な高度な魔法使用は青には不可能だろうという事もわかる。

 だというのにあの二人が助かる事を知っていたというのなら、それは青の背後にいるだろうフランス、もしくは同じ間者(スパイ)の誰かに高度な移動魔法を行使する者、もしくは移動魔法のBS魔法師がいるのだろうことは想像に易い。

 

 今、日本に敵対する意思はないと、この日本魔法教会主催の九校戦で示したのだろう。

 「この九校戦に働きかけている組織とウチは何も関わりが無いぞ」という事を。

 

「背後? 敵対?」

 

 話についていけない啓達が首をひねっているが、それを説明する気は達也に無かった。

 青にもないらしい。

 ならばなぜ五人を返さなかったのかといえば、青の視線外し対策だ。

 彼を囲う様に見ていれば、視線を外して逃げられる事も無いだろうと言う、青の精神干渉系魔法に対する「今できる最低限」に、彼らを利用したのだ。

 

Et(エォ) alors(アオゥ)*1

 

 それで? と、わざわざフランス語で聞いてくるのは「もう話す事は無い」という意思の顕れか。

 

「いや、もういい。それが聞きたかっただけだ」

 

「あいあい」

 

 ともかく、これで懸念事項が一つ増え、一つ減った事に成る。

 「聞きたい事があります」という学友や先輩、妹の眼差しに耐えながら、達也は息を吐いた。

 

 

 

*

*1
えと、あのぅ?





啓ちゃんと花音くんだと主人公は思い込んでいます。

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