チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
さて、今回はオイシャサマが出てきます。
誰なんでしょうね!!
それでは。
*
九校戦九日目。
流石に、というべきか、昨夜ばかりは僕も母親と妹の元に行って、しばしの家族団欒を過ごさせてもらった。航君が気を利かせてくれたのだ。
テレビ電話で父親とも会話し、なんでも妹から連絡を受けてリアルタイムで中継を見ていたらしい父親は泣いて喜んでくれた。元から涙もろい父親だが、流石に職場で泣くのは……とは思わないでもないが、やはり嬉しい物があるものだ。
流石に「何か欲しい物はあるか?」なんて聞かれた時は呆れてしまったが。
僕、そんなに子供じゃあないよ……。
航君にお礼を言っておいて、と妹に
送信元は……あれ。
オイシャサマじゃないか。
「あい」
『久しぶりだね、青くん。まずは新人戦モノリス・コード優勝おめでとうと、そう言っておこうかな』
テレビ電話の画面に映るのは、目元が陰になっていて見えない年配の男性。
「あいあおう、おあいあう*1」
『ついては何か祝いの品を贈ろうと思うのだが……何か要望はあるかね?』
オイシャサマは言う。
優し
「えあ、うえおああい*2」
『……君も中々に黒くなったものだ。いや、元からかな?』
「あああいあ、ああいあえんお*3」
『いいだろう。要望を聞いたのは此方だ、その要望を叶えるとしよう』
クツクツと上機嫌に笑うオイシャサマ。
この人は有言実行の人だ。ツケ、というのは――今までの、通院費の事である。
それを無しにしてほしい、などという僕の「身勝手な要望」を飲み込んでくれたのは、自らが切り出した言葉だから。
『では、本題に入るとしようか、追上青くん』
「ええ、
最初に教えられた、オイシャサマの名前。
Ninesという、明らかに偽名だろう名前。だが、僕のこの症状を一目で見抜いたこの人に診てもらうしか、もうどうしようもないくらい追い詰められていた僕は、彼を信用する事にした。
九。オイシャサマも魔法師だ。その数字の意味がわかっていないとは思い難い。
ならば彼は、九に連なる一族なのだろうが……。
『――テレビ電話越しに、君の視線外しを使ってほしい』
「あい*4」
オイシャサマによる僕の診察は、ほぼこう言った事の応酬だ。
出来る事、出来ない事の範囲を見極めていく……ただ、それだけ。
だから僕は、そのまま、言われた通りに視線を外す。
『ッ……流石だ。こちらにアンティ・ナイトがあっても関係無いか……否、映像の”視線”などというあやふやな物を、どうやって操っているのか……』
「あんえいああ、ええいえんあおえんえんおいっえお……うあえうおおおいあうお*5」
『それは本当かね?』
「いあ、いおおうえあいあああ*6」
僕は見える軌道を色分けする事が出来る。
忘れてはならない軌道、区別しなければいけない軌道を選別できる。
僕の眼は遮蔽物があっても軌道が見えるので、既に「色付け」した彼の視線がどこにあるか、手に取るようにわかる。
「おおああいあ……うんおいぅうあういえうえいああ*7」
『君がいれば、逆探知の必要もなくなるというわけか。ますます、惜しい才能だ』
これだ。
しっかりと口に出す事は無いが、オイシャサマはどうやってか僕を軍に入れようとしている。僕がただの子供であれば幼少期からの刷り込みで軍を志望したかもしれないが、残念ながら僕の精神性は少しばかり異質だ。
故に、むざむざ彼の手駒になるつもりはない。あくまでオイシャサマが興味を持っているのが僕のこの「チート染みた力」である事を知っているからこそ、こうやって正面切って一対一で対話しているのだ。
「あぁ、おうおう。おうおおお、おういぉういあいえいえうええあいあおうおあいあう*8」
『半分以上は此方の都合だから、問題は無い。
……しかし、なんだろうな。前々から思っていたが……青くん、これは君の為を想って言うのだが……その髪型は、余り似合っていないぞ」
「……おうううあえあうんえ、いああいおあいえうああい*9」
クツクツと笑うオイシャサマ。
お酒でも入っているのか、いつもより上機嫌だ。
それとも。
「おうおううういああえうおあ、おんあいうえいいえうあ?*10」
『あぁ――そうだ。全く、青くんの妹御には頭が下がる。まだまだ学習が必要とはいえ、こうもはっきり翻訳ができるとは。青くんの一人称が”僕”だった事が、ここ一年の一番の驚きかも知れない』
「おういうええああんいうあういいおうあおういあんえうあえ*11」
『残念だが、機密技術も使用しているのでな。君が我々の仲間になるというのなら、考えなくもないが』
「いえ、えっおうえう。いうんえううえういおいうえあう*12」
そう――装置。
オイシャサマは今、耳にインカムのような装置を取り付けていた。
それは、僕の言葉の翻訳が出来る装置――の、試作品。
妹が長年研究してきた「青兄解読ノート」を学習した翻訳プログラムだ。
それがあれば、それを首に巻いてそのまま発声したりそれ自体が音を発したりしてくれれば、僕のこの不便さはすべて解消されるだろうに。
オイシャサマは、機密技術をふんだんに使っているから「一般市民」である僕には渡せないと、「仲間」――つまり「軍人」になれば使わせて
やっぱり、オイシャサマは完全な味方ではないと、そう思う。
『まぁ、気長に待たせてもらうよ』
「ええ、えあ――
『ほう――これは、英語も翻訳できるのか――』
ぷち。
ふぅ。
この人と話すの、本当に疲れるなぁ。
*
そんなことがあったからか、今日のコンディションはすこぶる良くない。
お疲れモード、という奴だ。
まぁ、既に僕の頑張りどころは終わったわけで、後は先輩方のミラージ・バットとモノリス・コードの応援だけ。
そんな僕は今。
「よ、青! 昨日はかっこよかったぜ!」
「お、追上くん……お疲れ様でした」
「お疲れ様~、追上クン。ま、ミキよりは活躍したんじゃない?」
「何故そこでわざわざ僕を下げるんだい、エリカ……。コホン。それより、青。昨日は最後の最後、本当に助かったよ。改めて、ありがとう」
「……お、おう」
なにか、物凄い歓迎を受けていた。
僕の人生でこういう「ザ・出迎えムード」って家族以外無かったから……どうしていいかわからないな。
まぁ、悪い気はしないが……。なんだろう。
僕なんかより、達也君の方が凄まじく頑張っていたような……。
チラっと一高の選手がいる天幕に目を向けると、
「あぁ、達也はこれでもかってくらい褒めたからな! 多分アイツも食傷気味だろうぜ」
「散々揉みくちゃにしちゃって、深雪に怒られたからねー。いやー
何故かブラコンを強調するエリカちゃん。
強調しなくてもみんな分かっていると思うのだが……。
「お、そろそろ始まるぞ」
九校戦九日目、ミラージ・バット予選、第一試合。
出場選手は、小早川景子先輩。電光掲示板に名前が出たので本人の顔を見る前に名前を覚えた僕にしては珍しい人だ。
「ん……?」
「どうかしたか? 青」
「いあ……」
気のせいか?
景子先輩の腕にあるCADが尾を引いている。
僕のチート染みた力は、軌道が見える。それは普段使っている「これから対象が向かう軌道」だけでなく、「その対象が今まで通ってきた軌道」も見ようと思えば見えるのだ。視界がごちゃごちゃするから普段はあまり使わないが。
そして景子先輩のCADから出ている尾は、まさに「何かが通ってきた軌道」。
「CADの通ってきた軌道」とは別に、「何か」がいる――!
そしてそれは、起こった。
*
「……!」
小早川の身体に、一瞬で様々な事が起きる。
滑空の為に起動しようとした魔法式が起動しない、驚愕。
地に引かれて身体落ち行く――原初の恐怖。
それをどうする事も出来ない、恐慌。
そして、減速魔法とは違う……何かに包まれるような、
その暖かい感覚に、小早川は落ち着きを取り戻した。
冷静に、CADを操作する。
その直前に、ナニカがCADの中から出て行ったのがわかった。魔法師では活性化状態でないとその存在を認知し得ない――
それを知覚しながら――果たして、滑空の移動魔法は行使された。
観客や審査員からは、小早川が空中で数cm程ズレたかのように見えたかもしれない。だが、その後はしっかりと計算通りに開いている足場に着地出来たから、気にする事は無かっただろう。
「……」
己の身に起こった事を把握しているのは、小早川本人だけだった。
だからこそここは、意を決しもう一度跳躍魔法を使う。疑問や恐怖を振り払い――何の問題も無く、跳躍魔法を行使する事が出来た。
今度は光球の優先権を取る事が出来た。
もう小早川に、躊躇いは無かった。
*
『達也、幹比古だけど……今話しても大丈夫かい?』
「ああ、大丈夫だ。どうした?」
『さっきの試合だけど……柴田さんが、達也に伝えたい事があるって』
「美月が? わかった、代わってくれ」
小早川の試合が終わり、一瞬魔法を失敗しかけた小早川に懸念を抱いていた所、幹比古から携帯端末へ通信が届いた。音声通信用ユニット――インカムを接続し、達也は応対する。
『代わりました、美月です』
まるで頭に「お電話」とでも付きそうなハキハキとした口調で美月の声が聞こえてきた。
「美月、何か視えたのか?」
「何かあったのか?」ではなく「何か視えたのか?」と聞くのは、その「伝えたい事」が霊子放射光過敏症を用いたものであるとわかっているからだ。
『ええ、その……先程の試合で、小早川先輩が一瞬だけずれる前に、小早川先輩の右腕の辺り……CADを嵌めている所で、光……いえ、”精霊”がパチッと弾けたみたいに見えて……』
「そうか、視えたのか。それで、その『精霊』は弾けて散って行ってしまったんだな?」
『……いえ、小早川先輩が空中で止まっている最中……ほんの一瞬の間に、北東の方角へ飛んでいきました』
「何?」
達也は敵の「カラクリ」が少しだけ見えた気がしたと同時に、その飛んで行ったという言葉に新しい謎が浮かんだことを察した。
だが、確かに……もし「飛んで行っていなければ」、小早川は再度魔法を発動する事も出来ずに落ちていたかもしれない。
何より、あの「ズレた」一瞬……慣性中和魔法にしては心無し長い時間中空にいたような気もする。
『あの、達也さん……?』
「……良くやったな、美月。今の情報はとても役に立った」
『ありがとうございます!』
慣性や移動魔法に長けた魔法師で、隠密性のある者など……姿形こそ知らないが、この九校戦の会場に紛れ潜んでいるらしい「奴ら」以外にはいないだろう。
だが、霊子まで操作できるとなると、恐らく一人二人ではないのだろうことは分かってくる。追上はあくまで端末で、その背後にいる「奴ら」は一体幾人この国に入り込んできているのだろうか。
だが、それよりも。
今回の「敵」を、排除しなければいけない。
達也は、大会運営委員のテントのある方向を睨みつけた。
*
ミラージ・バットの第二試合が始まった。
先程の試合では少々肝を冷やしたから、今度は最初から全開で見る事にする。
先程景子先輩の腕にいた「何か」は、普段の軌道操作では操る事が出来なかった。
が、視線操作の方ならいとも簡単に動かせたので、地球の自転による軌道を操作して思いっきり曲げてやったらそれはもう物凄い勢いで北東へ飛んで行った。
地球の自転速度は時速1700km。あの「ナニカ」に慣性が働いているのかは知らないが、地球が球体である事を考慮せずに捻じ曲げたので今頃宇宙の旅をしている事だろう。
さて、そんなわけのわからないモノの話はおいといて。
いやなにあのコスチュームR-18なんじゃないのアレ考えた奴誰だよGJ!
とはいえ。
個人的には……バトル・ボードのウェットスーツの方が好きかなぁ。
色味が……ちょっと、ねぇ。
あと前列男子諸君。下から覗くのは止めなさい。
「しかし、残念だったな。渡辺先輩の治療、間に合わなくて」
「ああ……」
そう、ミラージ・バットに出るはずだった摩利先輩の治療は、ギリギリドクターストップが出てしまったのだ。聞いたところによれば摩利先輩は凄まじく粘っていたようだが、真由美先輩達に抑えられて(誤表現に非ず)、代役の深雪ちゃんがそのまま続投。
僕がもう少し早く気付いていれば、摩利先輩は三年生最後の運動会を華々しく飾れたのだと思うと……少々、居た堪れない。
まぁ、ここで無理をして今後の魔法師人生に罅が入ったら目も当てられない。
ドクター&真由美先輩達GJ、と称賛を贈っておこう。
「おぉ、始まるぜ!」
「まーた、ああいう衣装だとすぐに鼻の下伸ばすんだから……」
「伸ばしてねぇ!」
じゃれている二人を余所に、ミラージ・バット第二試合第一ピリオドが開始する。
……この競技、僕出来るよね。見た目の一切合財を気にしなければ。
……あ、だめだ。エアは途中で止まれないんだった。
*
……僕も、投擲……いや、跳躍か。
そう言う意味で「空を跳ぶ」事はよくある。
だが、これは……。
恐ろしい。
怖い。
……いや、懐かしい。
そうだ、僕もあの、鉄の鳥で――。
*
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