チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
この話で九校戦編は終わりです。
微妙な原作改変があります(威力)
*
「女性を待たせるなんて、マナーがなってないわよ」
「すみません」
女性云々はどこかへ放り投げ、しかし約束の時間に遅れた事について謝罪する達也。
その様子に若干戸惑いながら女性――小野遥は自らの車へと達也を誘った。
決して如何わしい案件ではない。達也から依頼されていた、
「……それと、これ」
達也と無頭竜に関するデータの送受信を終えた遥は、最後にもう一つデータを送る。
「……これは」
それは二つの画像データだった。
余程急いで撮られたのだろう、かなりのボヤけこそ見えるモノの、しっかり文字は読める。
そしてそれは、達也にも見覚えのあるものだった。
「……軍の身分証明書?」
「ええ、そうよ。良く知っていたわね。そう、国防軍の身分証明書。そして、彼が敵ではないという事の証明……に、なるかもしれないもの」
一枚目は、所有者が軍属である事を示す身分証明書。
二枚目はその裏側――
そして、その写真は。
「……追上か」
「恐らく、だけどね。顔立ちは確かにそっくりだけど……追上青君と上尾葵って軍人が同一人物である証拠は見つからなかったわ。それに、未成年である彼が軍属であるとも思えないし」
「そうですね」
自らの事は天高くまで棚上げして、達也は頷く。
遥の言う通り、顔立ち(目鼻口の位置や輪郭)は追上青を彷彿とさせる。だが、それ以外の部分は全く合致しない。
なぜなら、証明書に掲載されている写真の人物は
身分証明書もまた、この人物が女性であると言っている。
「では何故これを俺に?」
「あなたが彼を疑っているからよ。これは彼の家で見つけたもの。これが彼であるにせよ彼でないにせよ、彼は国防軍と繋がりがあると見て良いと思うわ」
「そこまであなたが気を回す理由は?」
小野遥は公安の秘密捜査官。
度々達也の依頼を受ける事はあったものの、本来は自由に動ける身ではないはずだ。
だが、今回の件は明らかに私情で動いているようにしか見えない。
「……春の一件で、テロリストが学校に侵入した時……彼は学校に撃ち込まれた炸裂焼夷弾を上空に蹴りあげて、学校に被害の無い高さで蹴り砕いたわ。自分が爆発に巻き込まれる事も省みずに。
近くの樹に叩き落されて、私が駆けつけた時にはボロボロだったのに……すぐに戦闘が激化していたあなた達のもとに向かった。
もしアレが着弾していたら、実技棟は半壊していたはずよ。彼はそれに気付いて、学校を守ったの。その後どうしてその事をあなた達に話さないのか、って聞いても薄く、力なく笑うばかりで……私には彼が悪い事が出来るような子に見えなかったわ」
「それだけですか?」
それは確かに達也の知らなかった事だ。なるほど、学校を守っているように見える。
だが、追上はそもそも司甲の企みに気付いていた。その上で事を起こすのを見逃したのだから、その罪滅ぼしにそういった行動をするのは不思議ではない。
それに気付かぬ遥ではないはずだと、達也は催促する。
「……似ているのよ。私と」
それが一番の理由である事は火を見るよりも明らかだった。
だが、達也に遥の身の上や事情を聞くつもりはない。恐らく遥も話すつもりはないのだろう。
ただ、「自分と似ているから疑いを晴らしたかった」等という理由で納得させられるほど達也は甘くない。
「では、ありがとうございました」
「っ……ええ、それじゃ」
車を出る達也。
背に何かを言いたげな遥を感じながら、ドアを閉めた。
*
「上尾葵特別二等兵、ね……」
遥と別れた達也はすぐ近くに停まっていた車にいた女性――藤林響子と合流し、今しがた手に入れた
藤林は「
「聞いた事はありますか?」
「残念だけど、ないわ。流石に他の隊の二等兵の名前までは覚えていないもの。けど、少し調べてみようかしら」
「お願いします」
そしてその手にかかれば、消されてすらいない光学ストレージのデータを電子の海から浚うことなど、赤子の手を捻るより容易だったと言えるだろう。
達也の端末がデータを受信する。
「あったわ。上尾葵特別二等兵。十年前の、四月一日に仮入隊。今送ったのは入隊基地とされる朝霞基地近辺の監視カメラの映像の一部よ。
関係あるかはわからないけど、顔のデータは完全に一致したわ。それが証明になるんじゃないかしら?」
「……」
それは画像データだった。
――一人の老人と、一人の少年が握手をしている画像。
老人はにこやかに、少年は硬い顔で。
「まさか、九島閣下?」
「そうみたいね。そして少年の方は多分幼い頃の追上君……コレ、かつら? なるほど、今の顔も黒髪のかつらを被せると……中性的になるわね。幼い頃なら、なおさらかしら」
厄介だ、と達也は思った。
これで少なくとも、追上自身が軍に関係のある身分である事がわかってしまった。上尾葵との関係の方は一旦放置しても、追上が軍の……それも九島烈に関係のある人物だとすれば、達也が手を出すべき案件ではない。
もし追上の身を達也が脅かすようなことがあれば、それは追上と達也二人だけの問題ではなく、達也の家と国防軍の衝突にも成りかねないのだから。
「これで、
「九島閣下が間者を抱き込み、二重スパイとして使っている可能性もあるのでは?」
「……流石に深読みが過ぎるんじゃないかしら……」
達也がここまで追上を疑うのには理由があった。
それは、彼のあまりにも卓越した戦闘技術の所以がわからない、という点だ。
達也自身も、そして今隣にいる藤林も追上の経歴を調べた。
そこにあったのは、「普通」。特別事故を起こしたり、特別事件を起こしたり、何かに巻き込まれた事の無い――ただ、幼いころに病院を転々としていた記録の或る男児。
魔法の魔の字も出てこない家庭に生まれ、地域の小中学校に通っていた少年。周囲と協調性の無い不良生徒である部分は確かに普通ではないかもしれないが、特に行方不明になったような期間も存在しない、不良生徒だからこそ周囲の人間(子供や教員)がその存在を証明しているただの少年。
その来歴に、一片たりとも「戦闘行為を行った」もしくは「戦闘訓練をした」という情報が無いのだ。武術や武道の経験さえ見つからなかった。
だというのに追上は、未熟な、という修飾が付くとはいえテロリスト十数人に囲まれても一切ひるまず、逆に相手を制圧して見せた。先程の遥の話もそうだ。ただの少年が「実技棟を破壊できる程の炸裂焼夷弾を瞬時に見分けて」「自身の身も省みずに蹴り砕き」「すぐに行動再開できる程度の傷しか負わない」等という馬鹿げた現実を掴みとれるだろうか。
受け流しや回し蹴り一つとっても、流麗過ぎるのだ。誰の教えも請わずにあそこまでできるのなら、それはもう天才という言葉では片付けられない傑物であると言えるだろう。
達也は違う。達也は幼少から家に様々な戦闘技術を叩きこまれている。一体幾人の人間を殺めたかもわからない。八雲の教えを受け、技術を磨き、いつ戦闘に成っても対処できる下地が出来ている。
だが、追上の経歴はそうではない。
そうではないのにも拘らず、対処できている事がおかしい。
ならば秘された何かがあると考えるのは、極普通の事だ。
「とはいえ、これ以上俺が手を出して良い相手ではないようですね」
怪しい。怪しいにも程がある。
が、手を出せないのならば仕方がない。深雪に危害が及ぶと言うのなら容赦はしないが、それ以外で何か動きを見せたとしても、達也が関わっていい案件ではないのだから、仕方がない。
「上尾葵と追上青……子供だましのようなアナグラムね。っと、そろそろ着くわよ」
「はい」
何か事を起こした日には軍が……九島烈が対処をするだろう。
そうして、達也の中から追上に対する「事を起こしたらすぐにでも排除する」というレッテルは消えたのだった。
*
九校戦十日目。
なんで九校戦なのに十日やるんだろう、なんて思いながら、僕はいつも通り観客席にいる。モノリス・コードの決勝戦に克人先輩が出るのだ。
そして試合は、準決勝決勝共に、圧倒的な結果で終わった。
服部先輩と鋼太郎先輩の魔法もさることながら、克人先輩の「壁」が何物(誤字に非ず)も寄せ付けない。モノリス・コードなのに一切コードを打ち込むことなく先輩達は九高と三高に勝利。
第一高校の総合優勝が決まったのだ。
克人先輩の使っていた壁の魔法(名前は知らない)は僕と相性が良さそうだったが、服部先輩(下の名前がわからない)の砂嵐は本当に苦手分野だ。
よく台風の進路、なんていうのが天気予報で映し出されるが、そこにしっかりとした軌道があるわけではない。あれは逸らせない。
もっとも風の回転そのものを逸らしてしまえば消すことは出来るだろうが、あの大きさを掻き消すのは中々骨が折れそうだ。
そんな考察をしながらいやー面白かった、なんて風に伸びをして帰ろうとしていた……の、だが。
「おいおい、新人戦モノリス・コードの功労者がどこへ行くつもりだ? ん?」
「……うぇーい」
そんな感じでニヤニヤした摩利先輩に首根を掴まれて、無理矢理後夜祭合同ホールというパーティ会場に連れ込まれてしまった。僕が一番嫌いな、人の多い場所。観客席みたいな周囲の人間が全員同じものをみている集団であるならともかく、こういう雑多で……誰に話しかけられるか分からないような空間は鬼門でしかない。
だから早々に視線外しを行って壁の花に徹する事にした。どうせ達也君にはもうバレているのだから、隠す必要はないのだし。達也君にバレているなら彼らにも伝わっているだろうし。
なんだか中央付近でラブコメを繰り広げている深雪ちゃんと将輝君を視界に収めつつ、料理をつつく。うまっ。
そうしている内にダンスが始まった。
先程からキョロキョロと誰かを探している摩利先輩も服部先輩と踊り始めたし、もうそろそろ視線外しは切っていいだろう。喋らなければ僕はヤンキー。こういう格式高い場所に来るような企業の社長なんかが話しかけてくるとも思えない。
そう思い、僕は視線外しを切った。
「……ねぇ」
「え」
切った瞬間に声を掛けられるなど、思ってもみなかったが。
*
後夜祭合同パーティにて、小早川景子は不可思議な既視感に見舞われていた。
思い返すのは九日目のミラージ・バット。
自身の魔法が発動せずに、落ちかけた時の抱擁。
そしてその後の、霊子が飛んで行った現象。
あの後真由美の話を聞いたところ、自分や司波深雪の、そして七高の選手のCADに細工がされていて、自分の身に起きた事はその細工が原因だろうということだった。当事者故に、こっそり話してくれたのだ。
その細工はSB魔法によるもので、非活性状態の霊子が自身のCADに潜んでいたのだとも。
それを聞いて、ならば助けて貰ったのだと小早川は確信した。
潜んでいたモノが勝手に出ていくとは思えないからだ。事実、出て行ったCADで小早川はリカバリを行い、一位こそ取れなかったものの棄権にはならなかった。細工は一高にポイントを取らせないように行われていたものらしいので、確実だろう。
誰かが小早川のCADから霊子を取り除き、自らを助けた。もしあそこで落ちていれば、魔法不信になっていたかもしれない窮地を救ってくれた人物がいて、しかしお礼も言えていないこの状況はなんとも歯痒いモノ。
そんな折の、後夜祭。
あの時感じた、「霊子を押し出した掌」のような感覚が、会場全体を覆っている事に小早川は気付いたのだ。
それを感じた瞬間、小早川は友人たちの輪から離れその「押し出し」を最も強く感じる場所をふらふらと目指した。
そして辿り着いたのは、何もない、誰もいない窓際。
右を見ても、左を見ても誰もいない。
だが、次の瞬間。
見覚えのある姿。新人戦モノリス・コードにおいてディフェンダーを務めた一年生。
知らない顔ではなかったが故に、すぐに声を掛けられた。
「……ねぇ」
「え?」
彼は見た目にそぐわないあどけない少年の様な声で、疑問を浮かべる。
小早川は直感的に彼が見た目通りの性格ではない事を見抜いた。
「ありがとう、ございました」
深く頭を下げる。
何故敬語を使ってしまったのかはわからなかったが、これが小早川の隠さない気持ちだった。
ただただ、感謝を。
「ぁ……い、いえ」
少年は戸惑ったように、驚いたように後頭部を掻き。
そして一瞬目を瞑り、もう一度目を開いた時には子供とは思えない大人の顔つきになっていて。
そして小早川に手を差出し、
「
お一人ですか?
と聞いて来たのだ。
この場でその言葉の意味する事はただ一つ。
踊りませんか、という事。
矢張り見た目にそぐわないその紳士ぶりに、小早川はなんだかおもしろくなって、その一年生の手を取った。
「ええ、リードよろしくね?」
「
そうして、他校の選手や企業関係者からは余りにも流麗で美しいダンスを行う事への、一高の選手からは接点が一切想像つかぬことへの驚きを浴びせられながら、二人は一曲だけ時間を共にしたのだった。
*
(ヒロインにはなら)ないです