チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第十七話タイトルは「ヴィジブル・ゴースト」でした。目に見える幽霊。
別荘編三、四話って言いましたが、凝縮してこの話で終わりに成ります。
まぁ夏休みはもう少し続きますがね!
ホラーにはなりませんのでご安心ください。


あいいぅうあいあ いあいおああ

*

 

 

 

「……どういうことだ? 美月には……見えないのか?」

 

「いえ、その……眼鏡を掛ければ、見えるのですが……外すと、消えてしまって」

 

 美月の眼は霊子放射光過敏症だ。プシオンが放つ光を過剰に捉えてしまう現代病の一つであり、幹比古に言わせれば美月の眼は「水晶眼」という、機能的にとても優れた物であるらしい。

 彼女のつける眼鏡はオーラ・カット・コーティング・レンズといって、その放射光をカットできるアイテムになる。

 

 そんな彼女の眼が、眼鏡を付けている時は見えて、眼鏡を付けていない時は見えないと言うのはどういう事か。

 

「あの女性は霊子を持っていないということか? いや、それならば眼鏡を付けていなくとも見えるはず……」

 

「皆さんが見ている場所は、私にはレンズを通した世界のように……歪んで見えます。そこに何かがある、ということはわかるんですけど……」

 

「……」

 

 その現象は、追上青が頻繁に使用する視線外しと似ていた。九校戦の後、追上の戦闘映像を見た限りで、「恐らく視線を外しているだろう箇所」で似たような歪みが起きていたのだ。

 光波振動系の魔法、と思われていたようだが、それがBS魔法の……それも精神干渉系魔法だとするならば、心霊現象の次元にある霊子に作用できてもおかしくはない。未だ仮説の段階ではあるが、霊子は「情動を形作っている粒子」とされているのだから、「見たくない」という情動を操作しているのであれば、納得も出来よう。

 

 であるならば、追上葵のしている事とは何か。

 

 それは霊子の視線外し。美月が見てしまう視界、つまり美月の視線を外しているという事か?

 

「だが、それをする意味は……?」

 

「達也さん?」

 

 達也は、美月を”視て”みた。

 イデアにアクセスし、美月を構成するエイドスを視る。

 ぼやける事無く、視る事が出来た。

 

 追上葵を視る。

 ぼやける。追上葵がいる場所の奥の景色が見えているような、そんな視界。

 

「……美月。もう一度眼鏡を外してみてくれないか?」

 

「え? は、はい」

 

 そこで達也は、精霊の眼の使用を中止する。

 相変わらず注視は出来ないが――、

 

「え……あ、視えました……。……あれ?」

 

 達也が精霊の眼の使用を中止した途端、美月の眼が葵を捉えたのだ。

 これは恐らく、「精霊の眼の視線」などという達也ですら把握していないソレを逸らされた結果、巻き添えで美月の眼まで彼女を捉えられなくなっていた、という事だろう。

 美月の証言を省みるのならば、逸らされたというよりは操作され、ステルスが如く背後の風景を投射されていた、と見るべきだろうか。

 

「どうした、美月? どこへ行く?」

 

「いえ、その……」

 

 眼鏡を外したままフラフラと……葵の方へ歩いて行く美月。

 口は半開きで、目はパチパチと瞬きを繰り返して。

 

 流石にその異常性に気付いたのか、周りの人間達も美月に注目する。

 

 そして美月は、葵の前に立つと。

 

「……あの、間違っていたら……ごめんなさい。けど……追上くん、ですよね? あの、私達と同じクラスの……」

 

「え?

 あ、うん」

 

 そんなことを、のたまった。

 

 

 

*

 

 

 

「いやー、マジで気付かなかったわ! つか、改めて見ると女性要素が欠片もないな!」

 

「ほんとねー。それだけ妹ちゃんの化粧技術が凄いんでしょうけど……というか、やっぱりあの前時代的ヤンキー感はファッションだったのね」

 

「あー、うん」

 

「……良く見たら、耳に穴開いてないんだね。あのピアスはクリップ式?」

 

「うっ」

 

「ちぇー、航君が気付くまで秘密にしておきたかったのに……どこがいけなかったんだろ」

 

 本当に、なんでバレたんだろうね。

 特に隠してはいなかったが、まさかド直球でバレるとも思っていなかった。

 美月ちゃん、不思議な視線の子だとは思っていたが……あの眼、何か秘密があるのかな?

 

「あ、そろそろ着きますよー」

 

 と、クルーザーの操舵手である黒沢さんが言う。

 物凄い目線を向けてくる達也君と深雪ちゃんとほのかちゃんが多少怖かったが、知らないふりをする事にした。

 

 嵐なんかが来ていたら無理やりにでも逸らそうかと思っていたのだが、そんなことも無くてよかった。

 雫ちゃんの別荘、媒島(なこうどじま)に到着である。

 

 

 

「アッハハハ! 高校デビューで、虐められないためにあんな格好にしたって? 考えが古くない? アンタとどっこいどっこいじゃない!」

 

「おまえなぁ……青は青なりに悩んでやったかもしれないだろ?」

 

「いやいや、今時()()()()()()()()()()()()()()いじめを起こす様な幼稚なヤツは……あぁ、いるかも。結構いるわね、うん。そう言う意味では成功してるかも?」

 

「けどま、早い段階に知れてよかったぜ。ん? ってことは、アレか? 青はどちらかといえば幹比古と気が合うんじゃないか?」

 

「……レオ、それはどういう意味かな」

 

 ビーチまでの道中で、妹が嘘の入り混じったネタバラシをしてくれた。

 小さい頃から海外にいたせいで母国語が英語+フランス語になっていて、日本語はあまり上手くないのだという設定。

 それでいじめられる事を恐れて、逆に威圧するためにヤンキーファッションで登校していたという半分事実半分設定。

 そして、

 

「……で、だ。青、お前……本当にこっちじゃないんだよな?」

 

「うん」

 

 手の甲を口に寄せて科を作るレオ君に即答する。

 断じて、僕はソッチじゃない。そもそも僕の格好これ女装じゃないし。

 

「しっかし、良く気付いたわねー美月。いや、改めて言われればもう見間違えようがないくらいなんだけど」

 

「その……――が、完全に追上くんと同一だったので……」

 

 何が、だって?

 ワンモアプリーズ。ファブ○ーズ。

 

「ふーん、なるほどねー。あ、そうだ。ねぇねぇ茜ちゃん。ミキにも女化粧できる?」

 

「エリカ!? いいから!!」

 

「良いってさー。了承貰ったから、別荘着いたら――」

 

「そっちのいいじゃない!」

 

 ……元気だなぁ、エリカちゃん。

 幹比古君も一々突っ込んでいて疲れそう(小学生並の感想)。

 

「アイツは本当に……。あぁ、そうだ。別に恰好が変わったからって気にしないからよ、これからもよろしくな、青」

 

「……ん。Leo(ェオ)

 

 あぁ、やっぱり良い子だった。

 握手を交わす。

 

「お、見えてきたな……」

 

「おー……MAMMA MIA(アンア・ィーア)

 

「……それ、ここで言うセリフか?」

 

film(ウィウンゥ)

 

「あぁ、映画の方か」

 

 おぉ、一世紀前の映画なのにわかってくれるんだ。

 エーゲ海、行ってみたいよねぇ。

 

「おーい幹比古! ちょっくら競争しようぜ!」

 

「いや、体格的に……っていうかリーチ的にレオと青に勝てる気がしないんだけど……」

 

「大丈夫だろ! 青、お前泳ぎはいけるか?」

 

「うん」

 

「よーし! 達也……は、アイツ……なんでもうパラソルの下にいるんだ……? 保護者か?」

 

 達也君はサングラスをして、パーカーを羽織って、ビーチチェアで寝っころがって僕らを見ていた。その姿はなんだろうな……ハリウッド・スターみたいな。林檎星みたいな。

 と、レオ君の視線に気づいたのか、達也君は手をひらひらさせる。

 俺は遠慮しておくさ、とでもいうような声が聞こえてきそうだった。

 

「んじゃ、行くか!」

 

 僕らはもう服の下に水着を着てきているので、服を脱ぐだけでいい。

 カーディガンは砂で汚れる可能性も考えてリュックの中に詰め込んであるし、ジャケットとワイシャツはリュックの上にファサァッ、しておいた。黒のボトムはこれ、本当にただ黒いだけのボトムスなので、くるくると丸めてリュックにイン。

 

 大きく伸びをして、伸脚。ばきばきばき。

 

 同じように二人の身体からもバキバキと音が聞こえた。

 やっぱり六時間クルーザーの旅は長いよね……。

 

  さて、二人には悪いが……勝ちは僕に譲ってもらおうかな。

 

 

 

*

 

 

 

I WIN(アイウィン)!!」

 

「ゼェー……ゼェーッ、速すぎだろ……」

 

「……僕から……してみれば……どっちもどっちなんだけどね……」

 

 ハッハー、まだまだ若いモンには負けんよ!

 なんたって僕には軌道が見える。どこへどのようにどういう風に身体を動かせばもっとも阻まれずスムーズに泳げるかが一瞬で分かるのだ。

 今の僕であれば、「アトランティスから来た男泳ぎ」だって夢じゃあない。

 

 さて、遠泳から帰ってみると、達也くんとほのかちゃんがいなかった。

 

 何やら良い雰囲気になったらしい。

 大方、ほのかちゃんが溺れかけた所を達也君が助け、しかしほのかちゃんのメロンを触ってしまったか見てしまうかして、ほのかちゃんが達也君を執事に指名した……といった所だろう。

 

「青兄、お帰りー。はいこれ」

 

「……うん?」

 

 航君と妹もイチャイチャしているのを遠目で見ていたが、どうやらラッキースケベ的な展開は無かったらしい。まぁ、中学一年生と小学六年生じゃあまだ早いよね。

 ちなみに妹の胸は「それなり」である。明言はしない。

 

 そんな妹から差し出されたのは、オレンジ。

 マンダリンオレンジ。

 しかし冷凍。

 

「深雪さんが手で握ると、普通のみかんが冷凍ミカンになるの。すごくない?」

 

「あー」

 

 なるほど。

 やきもち焼きか。

 焼いているのに冷えるとはこれ如何に。

 

 皮をむいてジャリジャリ食べる。競泳で火照った身体には丁度いいクールダウンだ。

 

「夕食、バーベキューだって」

 

「ん」

 

「……無理、してない?」

 

「ん」

 

 ありゃ、透けちゃったかな。

 何度も何度も来る「よくわからない視線」に気を割いていたせいで、少しばかり疲れているのは事実だ。どうやら妹ではなく僕を狙っているらしいこの「よくわからない視線」は、全方位から囲むようにやってくる。

 ので、僕はそれをぐるっと回すように、視線で膜を作るようにして逸らしているのだが、遠泳中にやるには随分と苦労があった。厄介なのは、この視線の出所が分からない所。

 強いて言えばイデアから直接見られているような、そんな視線だから出元の辿り用がないのだ。

 

 だからまぁ、疲れたと言えば疲れた。精神的疲労が、ね。

 

「……やっぱり、言った方がいいんじゃ……」

 

「……ううん」

 

「そ、そっか……」

 

 あぁ、妹はそっちを心配していてくれたのか。

 まぁ、当たり前だが、クルーザーに乗ってから……いや、家を出てからか。

 僕は普通に喋っていない。妹なら理解できる母音ーッンの言葉を、妹が近くにいるのに話せないのは確かにストレスだったかもしれない。

 

 だが、それでも……みんなにバレるのは、嫌なんだ。

 そんなことで突き放してくるような人たちではない事はわかったが、これは僕の矮小なプライドの問題。

 それについては、本当に迷惑をかけてしまう。

 

「あぁ」

 

 そうだ、お願いの一つを果たしてあげよう。

 達也君達が帰ってくるまで少し時間がかかるだろうし、せめてもの()()()()に、これくらいはしてあげなきゃ。

 

 両手で笛を抑えるような動作をする。

 

「……疲れてるんじゃないの?」

 

「いい」

 

「……いい、青兄。あくまでこれは、私の我が儘だからね?」

 

「うんうん」

 

 我が儘を叶えるのが、兄の仕事である。

 それを罪滅ぼしに使わせてもらえるのだから、やはり妹には頭が上がらないね。

 

 

 

*

 

 

 

 水着から服に着替え、しっかりと頭の水気を取ってから別荘に上がらせてもらった。

 航君の案内の元、楽器のある部屋に向かう。

 なんでもお父さんの趣味で集められたものらしく、そういうの勝手に触ったら不味いんじゃないかなー、なんて思っていたのだが、既に許可を取ってあるとの事。 

 ヨウイガイイナー。

 

 そうして、そこについた。

 

「……おー」

 

 そこは、確かに。

 音楽室……とでもいうべき場所。

 置かれたグランドピアノやチェロが、なんともクラシックな雰囲気を醸し出している。

 

「青兄、どれ弾けそう?」

 

「……んー」

 

 妹の耳に口を寄せる。

 

「いぉっおえんいぅうあええ*1

 

「あ、うん。じゃあどうしよっか。それじゃあ、また十分後くらいにくるよ」

 

「うん」

 

 そう言って、航君の背中を押して出ていく妹。

 扉が閉まると同時に、

 

「うぅ~……*2

 

 と、大きなため息を吐いて、へたり込んだ。

 溜息でさえ母音ーッンになってしまうこの声帯に嫌気も差したがそれよりなにより。

 

 ようやく、よくわからない視線が止んだ。

 一息つける……ふぅ。

 

「おっおいいぉういい……*3

 

 立ち上がる。

 折角妹が本物の楽器に触れられる機会をくれたのだ。

 航君とお父さんに感謝して、精一杯楽しませてもらおう。

 

 

 

*

 

 

 

 バーベキューを終えて。

 雫と深雪が「お散歩」に出ていった。

 達也とほのかも部屋を出た。

 

 いつのまにか青と茜も居らず、航はうとうとしていたために黒沢に寝室へと連れて行かれた。

 そして、美月は――。

 

 

 

 暗い廊下。

 月明かりが窓から差し込み、点々と廊下を照らしていなければ歩く事の無かっただろうそこを、美月は何かに導かれるようにふらふらと歩いていた。

 彼女の顔に今、眼鏡はない。

 

 美月の眼に映っているのは、光の奔流。

 それはいつか、幹比古の精霊の喚起を見た時とどこか似ている光景だった。だが、決定的に違う所がある。

 幹比古のそれは、呼吸音のような、ゆらぎを持ちながらも規則的な霊子のシグナル。

 対してこれは、この世に生まれ出でてしまった事を嘆き、悔やみ、歓喜する赤子の産声のような、指向性だけが設定されている霊子の濁流だ。

 

 そしてその霊子の一つ一つが、真っ直ぐに放出されているのを美月の眼は捉えていた。

 それはまるでプリズムに映った光のようで、とても……恐ろしい程に美しかった。

 

「……ピアノの音?」

 

 廊下の奥。

 扉から漏れ()でる光が見えてきたと思えば、ピアノの鳴り音が美月の耳朶を打った。

 その音も、霊子も、その部屋から出ているようだ。

 美月は意を決し、その扉を開く。鍵のかかっていない扉は存外軽く、すんなりと開いた。

 

 部屋の中では、数多の線が楽しそうに走り回っていた。

 またも思い出すのは幹比古の精霊魔法。神祇魔法と幹比古の呼んでいたソレは、様々な色の球体だった。

 

 この部屋を縦横無尽に駆け回っているのは、数多もの線だ。(せん)であり、(せん)であり、穿(せん)であり――(せん)だった。

 美月の耳に聞こえる曲は鎮魂歌。

 それが聞こえるという事は、弾いている者がいる証だろう。

 

 グランドピアノ故に正面からは見えない。

 だから美月は、その「線」が身体を貫く事も忘れてぐるりと周った。

 

「……」

 

 そこにいたのは、追上青。

 トレードマークとも言うべき金髪から黒髪になった、長身の……少しだけ怖い人。

 そして、脳の辺りに凝縮された霊子光のようなものが常にある人だ。美月が葵を青と見抜けたのも、これが要因である。

 

「美月さん、美月さん。こっち」

 

「ひゃっ!?」

 

 突然肩を叩かれ、美月は小さな悲鳴を上げた。

 だが、すぐに「しーっ」と口に人差し指を当てられて黙る。

 肩を叩いた人物は、追上茜……青の妹だった。

 

 美月は茜に促されるまま、部屋に在った椅子に座る。

 

 眼を瞑ったままの青は気付く様子も無く、演奏を続ける。

 

 悲しい曲だ。

 聞く者に涙を誘う、苦しい曲だった。

 胸の痛くなるその曲調につれて、数多の色をした線の「速度」が大きくなったり、小さくなったりを繰り返し、流れていく。

 

「――あっあい、いええいうんあえ」

 

「え?」

 

 その最中で、青が何かを喋った。

 何と言ったのかはわからなかった。英語か、フランス語か、はたまた別の言語か。

 

「やっぱり、見えているんだね、だって。美月さんには何が見えているの?」

 

 彼の言葉を茜が翻訳する。

 見えている。その言葉が差すところは、一つしかないだろう。

 

「……沢山の線が……川みたいに、流れ星みたいになって……」

 

「おお、えんあんあ――いえう?」

 

「その、先端は見える?」

 

 青の言葉を茜が翻訳する。

 その翻訳方法が――彼が何をしゃべっているのか、美月は漸く気が付いた。

 だけど、今はその問いに答えた方がいい気がして。

 

 言われた通り、線の先――川の終端を美月は探す。

 辿って行くと、部屋にあふれる線が全て一本の線であることがわかった。数多にも折れ曲がり、数多にも重なっているが、これはたった一つの線で、それはまさに青の脳の前方から出ている事に気付く。

 

 そうして、辿って行った線の先は――、

 

「……空……部屋を突き抜けて、空へと伸びています」

 

「――……あーうおお。あー、あうおおえー。おいぁあいうあああいあえあお……」

 

「なーるほど、あー、なるほどねー。そりゃあ見つからないわけだよ……? 青兄、何か探してたの?」

 

 青はピアノの演奏を続けながら、大きく肩をすくめた。

 途端、乱反射するように駆けまわっていた線が真っ直ぐ統一されていく。

 

「ん、いぉっおおおあいおいぉうえんおえー。おっあー……」

 

「友達の少年……? それ、私も知っている人?」

 

「うん、おういっえいういお」

 

「良く知っている人……?」

 

 知らずの内に張りつめていた緊張が解けて、同じくして部屋の空気も弛緩した。

 聞かねばならない事がある。

 だが、美月は中々それを言い出せなかった。

 

「ああえいぁん。いういいぁんいえうえいいえあええ*4

 

「……いいの?」

 

「うん。いいああっあおおあああっあい、おおおういぅうっえいうおえんあああいああ……*5

 

「……わかった。あと、茜ちゃんって呼ばないで。ちゃんと呼び捨てにして」

 

「おえんおえん、おおああいえお、ああえいぁん*6

 

 ここまで聞けばもう疑念は確信になっていた。

 彼の口から出る音が、一定のモノしかないことなど、誰であっても気が付くだろう。

 

「美月さん。青兄が”こう”だって、知ってた?」

 

「……いえ。今初めて、知りました。その、追上くんは……」

 

「そう。青兄にはちゃんと言葉が喋れない。言語障害……になるのかな。あ、い、う、え、おと小っちゃいつ、ん、しか声にできないんだ。文字も書けないよ」

 

 それは衝撃だった。

 美月もまた霊子放射光過敏症という「障害持ち」だ。だが、青のそれは、美月とは比べ物にならない程の「障害」――。

 

「あああおうあ、おおいぉういぉうおあおうあえい……あおうあおうおういあいっあんあ」

 

「だから僕は、この症状を治す為に……魔法科高校に入ったんだ、って」

 

「あ……私と、同じ……ですね」

 

 本当は同じではないのかもしれない。

 美月のそれは「有効活用」も出来るが、青のものは「障害」にしかならない大きすぎるハンディキャップだ。

 だが、同じであると思ったのだ。

 軽い、とは少し違う。

 ただ青は、その「障害」を「ただコントロール出来ていないだけのモノ」としか捉えていないような、そんな気がした。

 

「皆さんに言わないんですか?」

 

「うん。おええあいおおあえあえうおあいああい、いあえおあいおあんおああっえうああえ」

 

「うん。それで態度を変えられるのは嫌だし、今でも割と何とかなってるからね、だって」

 

 そうだ。美月も、初めの頃は自身の眼のことをひた隠しにしていた。

 青も同じ、という事だろう。

 

「……それにしても、追上くんって……その、全然見た目に合わない口調と言いますか……」

 

「青兄は元々幹比古さんみたいなインテリ系でしたからー。学校では相当無理をしてると思いますよー」

 

「いえいあいあい」

 

「ちょーだるいよ、だって」

 

「否定はしない、と聞こえたのですけど……」

 

 美月が苦笑気味に茜のボケに突っ込むと、追上兄妹は揃って目を見開いた。青に至っては、今までずっと続けていた演奏を止めてしまっている。

 そしてぐりんっ! と、美月へと首をまっすぐに向ける。

 

「……美月さん! 青兄の言葉、わかったんですか!?」

 

「いういいぁん! うっいぁえ、あうあうんおおおあういあんえうあ!?」

 

「え? え、えっと……ごめんなさい、今のは聞き取れなくて……」

 

「いや、今のは聴きとらなくていいですよ美月さん。青兄の妄言ですから」

 

「いえぇ」

 

 今のが「ひでぇ」だという事はわかった美月。

 だが、妄言と言われると好奇心が湧くもの。特に「いういいぁん!」は美月ちゃん、だと思われるので、少なくとも自分に関係することだろう。

 

「少しなら、聞き取れます。その……聞き取りの穴埋めのために、先程追上くんがなんて言ったのか、教えてもらえませんか?」

 

「……『美月ちゃん! ぶっちゃけ、達也君のどこが好きなんですか!?』」

 

「へぁ!?」

 

 ピアノを弾き始める青。

 ねこふんじゃったーのーたー。

 コミカルな空気が部屋を覆う。

 

「いえっ、別にそのっ、私は達也さんのことを好きなわけじゃっ!」

 

「あー、あぁえいえんうあおんえぇ。いういいぁんい、おおあいぁんい、いうういぁんい、えいあいぁんい……」

 

「激戦区だもんねぇ、って。深雪さん、ほのかさん、雫さん、エリカさん……って、達也さんそんなにモテるの?」

 

「うん。うっおう」

 

 「うん、すっごく」である事はわかったが、現在美月はそれどころではない。

 確かにエリカちゃんは今日達也さんを意識していたみたいだった、とか、深雪さんやほのかさんは言うまでも無く達也さんが好きなんだろう、とか、雫さんも達也さんを狙っているようだったし、とか、考えれば考えるほど深みにはまっていく。

 

「……青兄はモテないねー、中々」

 

「おー、うっおんえううえー()*7

 

「だって青兄、僕が名前を呼べない人は恋愛対象外だ! とか言ってるくせに、実際呼べる子と出会っても積極的に行かないじゃん。第一高校にいないの? 呼べる子」

 

「いあいい、いえおいういああいああー。うっいぁえおう、おいうえおおうあういあい*8

 

「……選り好みできるのは今の内だと思うけどなー」

 

「あっいああえうっえううえぇああえいぁん!*9

 

 美月は一人思考の渦に飲み込まれ、追上兄妹はじゃれ合う。

 終わらないかに思われたその負のスパイラルは、

 

「あぁ、いういいぁん。いんあいあああっえおいえうえう?*10

 

「あ……はい。勝手に口外したりはしません」

 

「おー……私とお母さん以外で青兄と話せる人が増えて、何より何より! 完全じゃないみたいだけど、上尾さん以外にいてよかったね、青兄!」

 

「あー、あいあいおうあえ。あ、いういいぁん、おああいあいえんあおうあ、いうあいいぉうえいうおうあんあっえいおうえ*11

 

「はい!」

 

 こうして。

 達也がほのかに、深雪が雫に、そして青が美月に「秘密」を明かした夜は、静かに過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

*

 

*1
ちょっと練習させて

*2
ふぅ~……

*3
よっこいしょういち……

*4
茜ちゃん。美月ちゃんに説明してあげて

*5
うん。知りたかった事がわかったし、その報酬っていうとヘンな話だが……

*6
ごめんごめん、怒らないでよ、茜ちゃん

*7
おー、ぶっ込んでくるねー

*8
いないし、居ても行く気は無いかなー。ぶっちゃけ僕、年上の方が好きだし

*9
さっきから抉ってくるねぇ茜ちゃん!

*10
あ、美月ちゃん。みんなには黙っておいてくれる?

*11
あー、確かにそうだね。さ、美月ちゃん、お互い大変だろうが、いつか治療できるよう頑張って行こうね






そんなワケで、「理解者」は美月になりました。
(でもヒロインというわけじゃ)ないです。

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