チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
さて、横浜動乱編の序章に位置するこの話から、主人公の過去やら事情やらが少しずつ明るみになって行きます。たーだの一般人ではないようですよ?
それでは。
あいいいぅうあ うういおあい
*
「オオオオァアッ!」
「オラッ!」
相手の剣の軌道を見ながら、弾かれた場合自身の剣がどのような軌道を辿るかをも見据えて踏み込みを強くする。チート染みた力による逸らしは使わない。使わない故に、躱し切れない下段・中段の斬撃は筋力に物を言わせた強引な引き戻しで剣を合わせ、弾く。
いや、弾かれた。先程から続く何度かの打ち合いでわかったことだが、僕より相手の方の握力に軍配が上がるらしい。カン、と軽い音を立てて弾かれた剣が、回転しながら宙に浮く。左側頭。
「貰っ――」
「アァア!*1」
弾かれ、高速で回転する剣の軌道を見て、しっかり掴む。逆手になってしまったが、むしろこっちの方が僕は得意だ。ククリ刀くらいの短さなら尚良しなのだが。
「何!?」
相手は止めを刺したと思ったのだろう、大振りな右上段袈裟斬りで隙だらけだ。
だから僕は、相手の右側……僕にとっての左側に大きく踏み込み、手元直近の剣の根元を狙い、逆手による突き立てを行う。この剣がソードブレイカーであれば、相手の剣を折る事も出来る技術だ。
まぁ、軍用刀ってそこまで接近戦をする事はないのだが。
「そこまで! 勝者、追上青!」
「……ふぅ~っと。いや、負けたわ。流石は新人戦モノリス・コード優勝者だな?」
「……うい」
「こら、桐原君! 後輩をいじめないの。それに、最後のは自分の油断なんだから……わかってる?」
「はいはい、わかってるよ。相手の剣を弾いた程度で油断した俺のミスだ。改めて、良い試合ができた。またよろしくな」
「おう。 ……あ、うい」
「ははは! 別にどっちもかわんねーよ!」
さて、今さっきまで僕が何をしていたのかと言えば、模擬試合、である。
剣術部と剣道部の交流練習試合……を、やっている第二小体育館の上でいつも通り寝ていた所、「気配があった」などと言う桐原先輩によって連れてこられたのだ。「暇なら試合わねぇか?」と。
長剣道よりは短剣道の方に覚えがある。それに一番得意な銃剣術が使えないのならば辞退しようかと思ったのだが、桐原先輩の「怪我する事じゃなきゃ、何やってもいいぜ」というありがたいお言葉に感銘を受け、一試合を行ってみた次第である。
正直学生剣術なんかに負ける事はないと思っていたのだが、存外……というか、いやはや。
強い。普通に、なんだったら軍人相手でも勝てそうなくらいには。
なんでこの子学生やってるんだろう、ってくらいには強かった。
「……しっかしまぁ……随分とトリッキーな戦い方をするんだな。見た目も相俟って、別人かと思うぜ」
「えー……」
「困んなって。褒めてんだからよ」
見た目――そう、僕はヤンキースタイルを既に止めている。
夏休みでイメチェンしたまま、ダテガーネメを付けた黒髪真面目長髪男子へと変貌を遂げているのだ。それゆえ、今朝登校した時は「……えと、誰?」という目線だけでなく、実際に話しかけられると言う案件まで発生した。
だから嫌だったのだがなぁ、なんてネガらないわけでもないのだが、美月ちゃんが心配そうな眼を
「さって、もう一試合やるか? ……どうした?」
「……いえ」
視線が見えたので、そちらを向いただけです。
第二小体育館の入り口。
そこに二つの視線の持ち主達……達也君と、花音先輩がいた。何故か花音先輩は女生徒用の服を着ている。
「……司波兄。お前って見る度に連れてる女が違うのな」
だが、その疑問は桐原先輩のこの言葉で月光蝶された。
……え?
ん? え?
え?
女の子?
あ、達也君に背中触られて「ひゃん」だって。
かわいい。
女の子だ――!!
「うぁーぉ……」
「ん、どうしたの、青くん」
「い、いえ……」
つまるところ、花音先輩はただのひんぬーな女の子で、啓先輩は男装の美少女と……そしてその百合カップルなのだと、そういうわけなのだろうか。
……いやいや、この流れから考えるなら、啓先輩は普通に男子生徒……? ま、まっさかー。マッカーサー。
「それより、どうして追上がここに?」
「ん、さっきまで一試合やってたんだよ。司波兄も見ていくか?」
「……いえ、俺は千代田先輩を案内しなければ、」
「えー、いいじゃない? 夏休みの間だけで更生した件のヤンキー君の経過観察も兼ねて、ってことで」
復活した花音先輩が言う。
あ、風紀委員の方々にとってはそういう扱いなんですね。
確かに更生した様に見えるかー、そうだよなー。更生も何も、ハナからヤンキーではないと達也君は知っているはずなのになー。
「……では、一試合だけ」
「お! なんだ、司波君物分りいいじゃない」
「諦めただけのようにも見えるけどね……」
先程の試合で審判役をしてくれた壬生先輩(下の名前を知らない)が冷静に言うが、果たして本当にそうだろうか。
なんだか、「見極めてやる」って感じの目線である気がするのだが。
「んじゃ、追上。もう一勝負しようぜ。さっきは剣だけだったが、そこにある武器籠の中から好きな得物を使ってくれていい」
「うい」
そこ、と指し示された場所には、ゴルフのクラブ立てみたいな形をした箱があり、そこに様々な模造武器が入っていた。うわ、モーニングスターとかある。誰が使うんだろうというか剣術関係なくない?
まぁ、そういうキワモノは置いておいて、僕が取ったのは二つ。
「……直剣と短剣ね……双剣なんざ、素人が扱えるもんじゃないが……」
竹刀よりは短い、大体90cmほどの直刀と、53cmの短剣。
チート染みた力を使うのであれば、機動力が抜群であるアイオーンを使った蹴り技が一番得意と言い切れる自信があるが、一対一で相手が剣を持っていると言うのならこっちの方が万全だ。
直刀は右手にそのまま、短剣は左手に逆手で。
無論、どちらでも扱えるが、最初に教えられたのはこっちだった……気がする。逆だっけ?
「ハッ、中々様になってるじゃねーか。……いや、さっき負けたのは俺だったな。んじゃ、こっちから挑むつもりで行かせてもらうぜ」
「おう」
昔とは
グリップが無いと持ち難いな……。
「それでは尋常に……始め!」
壬生先輩の掛け声と共に、一気に踏み込む!
*
やはり、明らかに訓練を受けた者の動きだと、達也は内心で再確認する。
降って湧いたチャンスに便乗する形で追上と桐原の試合を観戦をすることになったが、達也は精霊の眼を使っていなかった。使用するとあのクルーザーの時のようにぼやけてしまうのだ。故に、使わずに直接見た方が動きを確認する分には良い。
直剣は主に突きと切っ先による斬撃に、短剣は直前まで忍ばせた後に視覚外からの奇襲に使うそのスタイルは、単独戦闘を主眼に置いたものであると言えた。
孤立無援の状態になった時に、最期の最期まで抵抗するためのもの。
直剣の腹を使わないのは恐らく、そこを銃身と設定しているからだろう。
銃剣術だ。
小銃の銃身に小剣を付けて戦うソレは、二世紀前の日本軍が使っていたもの。もう片方の短剣もまた、銃剣の銃が使えなくなった時に使う物だ。
上尾葵という軍人女性と追上青が密接につながってくる。
思い出すのはあの日。マリーナに集った追上を、あの場にいる誰もが何故か「女性である」と認識していた事。追上葵が追上青であるとわかった後に遥に貰った画像データを見てみると、不思議な事に上尾葵も男性に見えた。資料上で、前知識で「女性」だと思わされていなければ、普通に男性に見えるのだ。
ただ、女性であると思い込んでいると、「男性である可能性」から意識を「逸らされる」。
達也はコレが追上の精神干渉系魔法の真髄なのではないかと睨んでいた。
「らぁ!」
「ェアアッ!」
桐原の模造剣が力強く振り下ろされる。
追上はしゃがみつつ回転し、直剣で桐原の模造剣を絡め取るようにして跳ね上げる。
しかし、桐原は剣を離すことなくむしろ鎌のように自分の方へと引き戻した。
指側への力に思わず直剣を離す追上。桐原は冷静にそれを蹴り飛ばす。
「油断はしねぇぞ……」
「……ィア!」
そこから始まるのは激しい剣戟。
力強い桐原の攻撃を、追上は全て往なし、逸らし、弾いていく。
生き残るための技術。戦闘訓練だけではない経験がそこにはあった。
そして――、
「そこまで!」
「……へっ、ワケ、だな」
「……うい」
桐原の模造剣は追上の首に、追上の短剣は桐原のこめかみに、ぴったりと添えられていた。
勝敗は、
「両者ともに危険行為で失格よ。引き分けじゃなくて、ノーゲームね」
「……えー」
「えー、じゃないの」
勝者無し。
敗者が二人という、なんとも残念な結果に終わった。
達也は追上の戦闘技術への評価し直しと、桐原の評価の底上げを行い、その場を後にするのだった。
*
「……?」
「……うい」
「……え、追上か?」
「うい」
ファッションヤンキーを辞めてからそういえばまだ会った事が無かったな、等と思いつつ、こちらをジロジロと見ては何やら楽しそうに笑う、ウェットスーツが最高だった摩利先輩に溜息を吐く。
会う人会う人こんな反応で、疲れた。
増してやクラスメイトの幾人かも話しかけてくるので、結局サボることになってしまった。いや、話しかけてくるのはいいのだが、こちらに語らせないでほしい。ホント、語れないから。話を聞くのはいいのだが。
「ほー、花音や他の奴らから噂だけは聞いていたが……人はこうも変わるものなんだな……。
それで、何が原因だ? 小早川か?」
「いえ」
「ぶっちゃけた話、お前の更生話などはどうでもいいんだ。私が気になっている事はただ一つ。
あの後、小早川との進展は無いのか!?」
摩利先輩は身を乗り出して聞いてくる。
ウワー、タスケレー、タツヤクーン。
うわ無視された。虎の尾は踏みたくありませんよねそーですよね。
「あぁそれ、私も聞きたかったのよね。ねぇ追上くん、小早川さんと……どこまで行ったの? もうチューまでした?」
「い・い・え」
まぁ待てと。
一度踊ったくらいで、しかも僕としてはなーぜか見つけられたという不可解な相手(まぁそのおかげで出来る事増えたのだが)と何故カップルみたいな扱いを受けなければいけないのか。
景子先輩は確かに普通に可愛いが、名前を呼べないので対象外だって何度言ったらわかるんだ! 言ってないがなァ!
「なんだ、つまらん……」
「えぇ……」
まぁ、そんなことだろうとは思ったが。
さて、今の会話からわかるように、今僕は風紀委員に……ではなく、生徒会室にいる。
摩利先輩、真由美先輩、あーちゃん(先輩?)、りんちゃん先輩、達也君、深雪ちゃんがこの部屋にいるのだが、凄まじい女性率である。
こんなドキッ☆女だらけの生徒会室! に僕がいる理由は……実の所、わからない。
真由美先輩に首根を掴まれて連れてこられただけなのだ。僕の意思ではない。
「さて、追上くん。今日あなたがここに呼ばれた理由は、わかっているかしら?」
「いえ」
「……即答ね。今日君を呼んだのは、先月の九校戦についての話がしたかったからよ。大会運営委員からちょっと申し立てがあってね」
「?」
真由美先輩は少し困ったような表情で、あるものを机の上に置いた。
それはカード型のCAD。モノリス・コードで僕が使ったものだ。
「覚えがあるわよね」
「……ええ」
「モノリス・コードでは、事前に大会用CADに登録してある魔法式を運営委員がチェックして、競技用に適するかどうかを判断するんだけど……追上くんが使ったコレ、何も登録されてないのよね」
「……あー」
あぁ、そう言う事か。
そうか、僕が登録しなくていいって言ったんだもんなぁ。
「けど、あなたは試合中に光波振動系の魔法を使った。殺傷ランクはCにも満たない物と判断されたからその魔法自体はいいんだけど……CADに登録されていない魔法をCADを通さずに使った、という部分が問題でね。
オイシャサマは僕のチート染みた力の事を二つのBS魔法だ、と言っていた。
だが、僕なりに色々調べた結果BS魔法師というのは普通の魔法を扱う事は出来ないらしいのだ。僕の場合、普通の魔法演算領域だけでなく言語中枢にまで圧迫されているこの二つの力がある以上、アイアンやエアなんかの魔法は本当は使えないはずなのだと。
しかし僕は他の魔法を使う事が出来る。
だから、僕のこれはBS魔法なのではなく単なる先天性スキルなのではないかと、最近は思い始めている。いや、ある意味後天性か。
つまり何が言いたいかというと――、
「じゃ、撮影開始するわ!」
「あい。――アイアン!」
風紀委員会本部の地下にある訓練場(?)のような場所で、特別に返してもらったアイオーンでもって魔法を行使する。
いつも通りの硬化魔法。
「硬化魔法の反応を検知しました」
「じゃあ、次。そのCADを脱いで、光波振動系を使ってみて」
「うい」
カメラの画角の一部を回転させるように逸らす。
「はい、オッケーよ。……けど、本当に先天性スキルなのね。そういうのを持っている子は第一高校にも何人かいるけれど……任意で発動出来て、発生がここまで早いのはかなり珍しいと思うわ」
「だが、目を瞑っている相手には効かない、か……。この魔法は何か名前をつけているのか?」
「いえ」
ゲー吐いても知らねえぞ平眼球共! でいいならありますよ。
「無難に『視界回し』でよろしいのではないでしょうか。効果から見ても、先方はそれで納得するかと」
「ん、じゃあそれで! リンちゃん、返信お願いね!」
「はい」
リンちゃん先輩が冷静に名前を決めてくれた。
視界回し。うん、じゃあ今度からソレ使うよ!
「……ふむ、少し興味があるな。追上、一瞬でいいから、私に視界回しをやってみてくれないか?」
「うぇ?」
「ちょっと摩利?」
「いいだろう、真由美。強制的に回される視界、というのは中々興味がある。ほら、来い」
……まぁ、いいか。
別に疲れるってわけでもないし。
えいっ☆
僕のこの力を、公で使っても問題はないのだ、ということである。
*
この後めちゃくちゃ怒られた(巻き添え)