チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
日刊更新からいきなり20日も開けていくスタイル(猛虎落地勢)
しかも文字数は少ない
*
学校に隣接する丘を改造して作られた野外演習場。その人工森林の中を、模擬ナイフと模擬長刀を両手に疾走する影が一つ。
僕だ。
「イッ!」
「む」
完全に視野角外から接近したはずの一撃は、突如出現した透明の壁に阻まれる。驚く意味なんてない。もう何十回も繰り返した事。よって、すぐに離脱する。こういう時高身長は不便だ。昔の様な、低い身長があればもっと違ったのだろうが。
直後、先程僕が攻撃した相手――十文字克人先輩の足元が崩れ落ちる。
小石を拾い、克人先輩の目へと向かってソレを投擲。避けられた。逃走。
なるほど、九校戦の時は「相性がいい」なんて思ったが……真逆も真逆。相性は最悪だ。座標指定で出てくる防壁。攻撃にも転用可能なんて、チートだよチート。
森の中を駆けずりまわりながら、心の中で悪態を吐いた。
*
怪我が完治したわけではないが、退院の許可を貰ったその次の日の話だ。克人先輩から、練習相手の話が来たのは。
論文コンペの警備に駆り出されるらしい克人先輩は、多対一の訓練相手を求めているらしく、僕や幹比古君といった二科生にも練習相手の話が来た。
妹に話せば絶対に大目玉を食らうのだろうが、僕にとってはいい機会だと、絶対安静だとか言われた腹の傷を隠して参加の意を示したのが数時間前。
前回の敗北で痛感した格闘技術の再習得のため、僕は今アイオーンを使わずに模擬刀二本だけで戦闘を行っている。ある程度の所まではこれで行くつもりだ。
僕の本来のスタイルは銃剣術を基礎とした長刀術と短剣術の二つ。アイオーンによる蹴撃は、あくまでチート染みた力が万全に振るえる状況下でのみの戦闘スタイルだ。
たとえ16年程度のブランクがあったとしても、染み付いた動きは覚えている。
そこに、克人先輩という本気で打ち込んでも倒れない相手が自分から来てくれたのだ。しかも模擬戦という、死傷リスクの少ない機会を引っ提げて。
これは乗るしかないだろう。
「オオアッ!」
「……!」
リューカンフーを真似て、防壁に止められた長刀をそのままに、引き絞った身体で短刀による突きを行う。防がれる。いや、圧されている!
「どうした、魔法は使わないのか」
「ッ!
当分はこれだけで行こうと言ったね! あれは嘘だ!
口では
「何?」
克人先輩の防壁は、実際には「ただの壁」を造り出す魔法とはワケが違う。
何重もの紙を絶え間なく組み合わせを変えながら重なり合わせ、その紙に対応した魔法でないと通さない「面」を造り出す魔法。しかも対応する魔法は変わり続ける。例え最初の一枚を突破したとしても、次から次へと枚数は増え、変化し、故に阻まれる。
そんな面倒くさい魔法の上に、克人先輩の凄まじいまでの干渉力があって、初めて「防御不能」の壁となるのだ。
とはいえ、三次元的であれ四次元的であれ「輪郭」があって「軌道」があるのなら、僕のチート染みた力の効果範囲内だ。
軌道が見えるのなら、操る事が出来る。
それがどういう作用を齎しているのかは、正直わからない。克人先輩の驚き様から察するに、有り得ない事なのかもしれない。
だが、起こせているのだから、何か原理はあるのだろう。
それを深く追求する気は、今の僕にはない。
「ォォオオオ!!」
「クッ……」
短刀による再度の刺突。それを避けようとするも、克人先輩の足にはいつのまにか草が絡み付いていた。さらに、地割れが起こる。ぜったいれいどに並ぶいちげきひっさつ!
地割れと僕の刺突。これは一撃入ったか――と、思った次瞬間。
「ウッ……?」
ガク、と崩れ落ちる。
あ、膝が。不味いな、外れ癖が付いちゃったかもしれない。
しかも、喉に鉄分の味が……。
*
「はぁ。全く……絶対安静って、私言ったよね、青兄」
「……うん」
「全く……まぁ、学校の授業だったなら、仕方ないとは思うけど……いいえ、は言えるんだから、ちゃんと断らないと」
「……うん」
「流石に病院を抜け出すことはしないだろうから、今日は帰るけど……いい? ゼッタイ安静、だからね? ゼッタイ、だよ?」
「……あい*1」
そんな感じで、再入院である。いやはや、全く。
情けないなぁ、本当。
「……えお*2」
ちょっとは、掴めたような気がする。
次は負けないぞ、と拳を握りしめ――うすら寒いあの視線がこの部屋を向いている事を感じて、ナースコールを押そうとして踏み止まる。アイツ相手にナースの一人、何が出来るというのか。
そうしているうちに、扉が蹴破られた。最初から正規の方法で開けるつもりなどなかったのだろうその蹴りは、僕にとっては好都合。
克人先輩の防壁を真似て、扉ごと奴を吹き飛ばす。
「何者だ!?」
外で若い男性の声がする。まずい、病院の職員だろうか、リューカンフー相手に一秒持つとも思えない。
次は負けない、とか思ったが、この状態で勝つのはどう考えても無理だ。得物もないし、アイオーンすらない。絶望的――、
「
と、吹き飛ばしたリューカンフーのそんな呟きが聞こえた。
千葉? 千葉って、エリカちゃんの苗字?
そして、扉が吹き飛んだ廊下――吹き抜けになっているのでシャンデリアが綺麗――の左から右へ、イケメンが黒い刀のようなものを構えて飛びかかって行った。今直感的に「黒」と表現したが、実際は見えていないナニカだ。外側に、僕の視線さえも弾く何かが発生していた。
そこから繰り広げられる、化け物同士の戦闘。
リューカンフーは分かっていた通りだが、イケメンこと修次さんも化け物だ。僕のように軌道が見えているわけでもないだろうに、リューカンフーの全ての攻撃を避けきっている。リューカンフーもリューカンフーで、見えない刀を避け続ける。
数瞬という僅かな間に攻防を繰り広げたのち、修次さんはリューカンフーの打ち込みを手刀で逸らし、その腹に見えない刀を突きいれたではないか。
だが、リューカンフーも身体を捻る事で内臓の損傷を避け、倒立。さらには修次さんに踵落としを落とす。
喰らえ!
「!?」
ボキッという音が響く。凄まじい勢いで振り下ろされた踵落としの軌道を変えて、もう片方の足へ直撃させたのだ。
今です!
隙を逃さず、修次さんの見えない刀がリューカンフーを襲う。しかし、今度は大仰に避けられた。リューカンフーはそのまま階下へと身を投げ、ガラスを割って逃走したようだった。
「シュウ!」
そして始まる、摩利先輩と修次さんのラブラブ風景。
僕が見てるって気付いていないらしい。デバガメ精神を遺憾なく発揮して、始終を見させてもらう事にした。キス……はしないかぁ。残念。
ちなみに、僕が凝視していた事に気付いた摩利先輩は、顔を赤くしながら怒ってくる姿が何とも可愛らしかったです。
*
「ええ、顔と足はもう大丈夫ね。お腹の傷も、ほとんど塞がっているわ。とはいえ……」
「ういあえんいん、えうえ*3」
「わかっているならよろしい」
登校してすぐに保健室へと向かった僕は、安宿先生のもとで診断を受けていた。
幸い膝の脱臼は癖になることもなかったし、顔の傷も瘡蓋は残れども深くはなかったようだ。
腹筋は未だにジクジクと痛むのだが、内臓が傷ついていないだけマシである。
「……それと」
「あい*4」
「君の頭……ああいえ、その症状の事じゃなくて。君の頭の中にある”それ”……自分で気付いているの?」
「――……」
なんでも、安宿先生は身体の異常を生体放射として視覚的に捉える事が出来るらしい。
それは僕のチート染みた力における視覚的部分に良く似ていて、相手を見ただけで「わかる」のは当たり前なのだそうな。
そして、そんな安宿先生の言う’僕の頭の中’。
「ええ……いういえいあうお*5」
「それなら、いいんだけど」
普通の病院で検査を受けた時にはこの脳は正常だった。
オイシャサマの検査では微量の霊子が検出された。
そして僕は、昔をしっかり覚えている。
「えあ*6」
保健室を出る。
そう、わかっているから。
*
「青……その、傷は大丈夫なのかい?」
「ん? あぁ。おう」
克人先輩との訓練時に共に戦っていた幹比古君が気遣うような口調と態度で話しかけてきた。
最初から勝てるとは思っていなかったが、僕の搬送後に再開された訓練試合において幹比古君は一人で善戦したらしい。摩利先輩が褒めていた。
幹比古君は魔法師らしくない、どちらかといえば魔法使いらしい魔法を使う。
そんな後衛一辺倒な幹比古君が、僕の様な遊撃手や他のアタッカー無しであの克人先輩に善戦したというのだから、その実力は推して知るべしだろう。なんでこんな子が二科生なんだ。
というより、レオ君といいエリカちゃんといい達也君といい、二科生ってなんだっけ……? と深く考え込まざるを得ないような人材が溢れかえっているのがこのE組である。
「十文字先輩が青の事を褒めていたよ。軍人のような手堅い動きかと思えばトリッキーな戦法も取る、複数人を相手しているかのようだった、って」
「うぁお*7」
克人先輩怖っ!
だいたいあってる。
「それと、君の使った移動魔法についてもし都合が悪くなければ二、三聞きたい事がある、ってさ。論文コンペ前に聞いておきたいとのことだったけど……」
「ういうい」
「うん、じゃあちゃんと伝えたからね」
恐らくはその伝言の方が用件だったのだろう。
幹比古君はそういって、自分の席へ戻って行った。
都合が悪くなければ、ということなので。
都合悪いから行かなくていいよね。
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あんまり触れないけどいつも誤字報告してくれてる方々ありがとうございます!