チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第二十四話のタイトルは「オール・レンジ・シュート」でした。やろうと思えば何百km先のゴールにだって入れられます。

タイトル当てはどんどんやってくれて構わないです。隠しているモンでもないので。
そしてようやく青の過去の片鱗が明らかに――


あいいいぅうおあ いっえあ

*

 

 

 

 遠くで聞こえたその爆音に、僕はゆっくりと目を開けた。

 昔懐かしい、鉄の箱が衝突して炎上するその音。

 

 直後、ほど近い場所で轟音と振動。これは会場の入り口の方からだろうか。

 会場はざわめきを始め、すぐにでもパニックに陥ることは手に取るように分かった。

 

 僕に集中する視線は二つ。達也君と、深雪ちゃんの目線だ。

 それよりも廊下の方から散乱している軌道が気になって、そちらを向いた。

 人間の肩くらいの高さで上下に揺れる軌道。

 その真っ直ぐな軌道から、それが銃器である事は容易にわかる。

 

 鉄臭い事とは前世と一緒におさらば出来たと思ったのに、高校に入ってから恐ろしい程そういったトラブルに見舞われている気がする。疫病神(トラブルメーカー)が第一高校の、それも1-Eにいる気がしてならない。

 僕じゃない事は確かだ。何故なら、高校入学前は平穏無事な生活を送れていたのだから。

 

 近い。

 こんな場所に銃器を引っ提げてくる奴など、大抵は敵である。軍人のように規則正しい走りでもない。なら、問題はないだろう。

 

 バン! と開け放たれた扉から出てきた男に向かって、思いっきりヤクザキックを放つ。アイオーンはカバンに入っているからね。コンペ会場内でローラースケートを履いている、なんて非常識さは流石に持ち合わせていない。

 僕の数少ない自慢の一つである長身から放たれたヤクザキックは、男の鳩尾にクリーンヒット。後ろの男から銃声。しかし残念ながら、文字通り見えている。

 

 平手打ちするように銃弾の軌道を掌で逸らせば、ほぼ直角に曲がった弾丸は壁へと突き刺さる。一発、二発、三発。美容院。

 神明流に飛び道具は効かない……とでも言いたくなるが、神明流のん・い・うしか言えない僕では伝わりすらしないだろう。

 

 しかし丁度いい。その銃と、腰についているコンバットナイフ。

 貰おう。

 

 

 

*

 

 

 

 第一高校の論文発表が終わり、第三高校へ引き継ぐ……という時に、それは起きた。

 鈴音が言葉を発し、魔法式の起動などは五十里と達也の二人で行っていたからある程度の余裕があった事が、その様子を視界に収める事が出来た要因だろう。

 達也の視界の隅、何故かこの場に現れ、席に着きすらしない長身――追上青が目を開くとほぼ同時。

 

 轟音と振動が会場を揺らしたのだ。

 

 精霊の眼を使うまでも無く、それが擲弾の爆発音であると達也には理解できた。

 だから焦る事無く追上を観察する。

 

 彼が突然足を振り上げ、扉に向かって蹴りを放つと、まるで図っていたかのようなタイミングで武装した男が扉を開けた。

 蹴り返される男。その男の後ろにいたのだろう他の侵入者が発砲したようだが、九校戦で見せたあの受け流しのようなそれで、銃弾を払う追上。

 

 そのまま追撃に行く彼を追いたい気持ちもあったが、反対側の出入り口から武装集団が侵入してきたのでは対応するしかない。

 自分たちの出番を妨害された第三高校の生徒たちがCADを掲げるが、それよりも早く武装集団から銃弾が飛ぶ。それは第三高校の生徒たちの後ろの壁に突き刺さった。

 

 対魔法師用ハイパワーライフル。生半可な干渉力を受け付けない速度と貫通力を持った弾丸を発射するこのパワーライフルを用意できる国など、限られている。達也は早々に当たりを付けつつ、その銃の持ち主の元へ歩いていく。

 

「デバイスを置け! オマエもだ!」

 

 たどたどしい日本語。そして向けられた銃口を意に介さない達也。

 もう仕方がない。出来れば誤魔化しの効く魔法で済ませたいと思いつつも、これだけ大勢の前ではどうしようもないのかもしれない。

 

「おい、待て!」

 

 勇気と無謀は違う。

 既に向けられた銃口に対して、魔法師が出来ることなどほとんどないと言っていい。

 だが、そんなことは承知の上でなお……何の感情も見せない顔で向かってくる達也に恐怖したのだろう。

 

 仲間の制止を振り切って、銃口を向けていた男が銃弾を発射した。

 達也の手が動く。

 

 その手はグーを形作っていて、彼の身体に開くはずだった穴はどこにもない。

 

「銃弾を、掴みとったっていうのか……?」

 

「いったいどうやって……」

 

 誰かが呟いた呆然に、呆然を返す誰か。

 誰も理解できない。理解できない物を、人は恐れる。

 

「化け物め!」

 

 混乱したのだろう。銃は効かないと判断したのだろう。

 その男は、達也へとナイフを持って斬りかかる。

 

 掲げられた腕。

 達也はそれを、いとも簡単に、バターナイフでバターを取るかのように。

 何の抵抗も無く、手刀で斬り落とした。

 

「ぎゃ――」

 

 短い悲鳴さえも上げる暇なく、男の鳩尾に達也の拳が入る。

 

「な――」

 

 残った男が震える手で銃を構えるが、達也に気にする様子は見られない。

 そうだろう、弾丸を掴みとる事が出来るのだ。その弾速に、わざわざ銃口を向かなければ反応できない等という事も無い。そう、彼らは考えた。

 一歩。達也が進む。

 

 二歩――進む前に、男の後ろから影が這い寄った。

 まず男の左右の眼球がぐりん、と上下を向き、次にその首筋をガン! と殴打され、崩れ落ちる。

 

End(エンッ)

 

 追上だった。

 ぐるりと回って、片付けてきたらしい。その気配に気付いていた達也に驚きはない。

 

 追上は右手にハイパワーライフルを、左手にコンバットナイフを持っていて、制服を着ていなければ侵入者の仲間とも取れる格好だった。

 

「あ……縛り上げろ!」

 

 と、そこでようやく呆けていた生徒たちが動き出す。

 取り押さえる必要はない。だが、復活されてはかなわない。

 ここにいるのは戦闘経験こそ少なかれど、手練れの魔法師たちだ。

 武装集団を完全に再起不能にするのに、時間はかからなかった。

 

 

 

*

 

 

 

 会場への侵入者を捕縛した後、突破する、なんて言って達也君達は会場を出て行ってしまった。

 会場はざわついたままで、一部僕へ、大部分は出て言った彼への恐怖も見られる。僕も傍目に彼の所業をみていたが、あんなに恐ろしい魔法を扱えるとは思ってもみなかった。

 何度も言う様に、僕は軌道が見える。銃弾がこれから行く先も、これまで辿っていた軌道も見えるのだ。

 だが、達也君の掴みとりは、その「行く先」をバラバラにしていた。

 分岐という意味でのバラバラではなく、軌道そのものを粉々にしていたのだ。

 

 第三高校の小さい子(確かシンクロウ君)が言っていた「分子ディバイダー」という魔法は、物体の軌道まで分解してしまうものなのだろうか。

 なんて恐ろしい魔法だろう。僕のチート染みた力が何の意味も無さなくなってしまうじゃあないか。

 

 ……いや、そんなことはないか。

 敵対しなければいいのだし。あれ、なんだろう、この落ち着いた気持ち。

 さっきあーちゃん先輩がステージの前で何かやっていたのが関係しているのかな?

 あー、リラックス。

 

「あの……残ってくれた、という事は……その、こちらに付いてきてくれる、ということでいいですか?」

 

「ん?」

 

 リラックスしていると、突然声をかけられた。

 あーちゃん先輩だ。後ろには廿楽先生もいる。

 

 あれ、いつの間にか真由美先輩がいない。

 ……なんだろう、彼らは置いてけぼり組かな?

 まぁ、一人でうろつくのは危険だろうし。

 

「ええ」

 

「……ありがとうございます」

 

 ぺっこりん。

 そう、あーちゃん先輩は僕に頭を下げる。

 おかしいな、この人二年生じゃなかったっけ。

 後輩なんだから、ありがとう、だけでいいのに。

 

「では、地下通路を行きます」

 

「えっ」

 

 急いで会場内にある案内板を見る。

 ……わお、色々なとこに繋がってるぅ!

 

 急いで廿楽先生の元へ向かい、案内板の元へ引っ張り出す。

 何故いないんだ美月ちゃん! 僕の言葉をある程度翻訳できる君にいてほしかったよ……。

 

 

 

*

 

 

 

「あー、ん! んー、おーいっえ、おーあうお……*1

 

「……僕達がここにいて、他の集団が他の通路から来た場合、鉢合わせになる……そう言いたいのかな?」

 

「あい*2

 

 言葉がわからなくても、言いたい事はわかる。

 それは廿楽の頭脳によるところが大きく、少なくとも一緒にいた安宿には何が言いたいのかまではわかっていなかったようだった。

 だが、一人がわかれば十分だ。

 

 丁度様子を見に来たらしい十文字克人に訳を話し、沢木と服部をこちらに付けてもらう廿楽。あずさも異論は無いようで、改めて地下通路へと向かう。正面衝突の危険性があってなお、この大人数で地上を行くのは危険であるからだ。

 殿は青が務める事となった。

 

 気付けば青はいなかった。

 

 

 

*

 

 

 

 迷った。

 

 不味い不味い。

 殿が一番やっちゃいけない事をやってしまった。

 ――守るべき集団から離れる。

 敵の攻撃を一手に引き受けて、とかならまだしも、単純に道に迷ったは不味すぎる。

 服部先輩と沢木先輩は強そうなのでまぁ戦力は問題ないのかもしれないが、それでも後方注意は大切だ。

 彼らの位置はわかる。もしものためにとマーキングして置いた視線があるから。

 だが、そこへ辿り着く方法がわからない。目の前には壁。もしこれを某かの手段で崩そうものなら、地下通路自体が崩れると言う恐れさえある。

 

 一度地上に出るしかない。地上に出て、そこから探そう。

 

Air(エア)!」

 

 既に履いていたアイオーンで以て、飛び上がる。

 単純に梯子を飛ばしたというだけで、天井にぶち当たりにいったわけではないのであしからず。ヘビガラス。

 

 

 地上へ這い上がった――そこで、僕はソレを目にする。

 何かの建物へと猛スピードで突っ込んでいくトラック。

 僕が軌道を変える暇も無く、そのトラックは。

 

 サラ……と、その全てを粒状に変えられて――消滅した。

 

 消滅した。

 

「え……あ……?」

 

 言葉が出ない。

 何だ、今の。

 

 いや――知っている。

 いつか、あのスナイパーの男を守った時に、交戦した。

 あいつだ。あいつがここにいる。

 

 怖気が走る。

 だが、それよりも先に対応しなければいけない軌道があった。

 

 放物線を描いて飛来する、恐らく小型ミサイルのものだろう軌道を直上へと捻じ曲げる。

 幾本も幾本も重なっているそれを、捻じる様にして一本に束ね、交差させる。

 横合いから放たれた波のような物も捻じ曲げる。放射状の波なら僕の手に及ぶ物ではないが、範囲が絞られた波ならば軌道が存在する。

 

 傍から見れば、珍妙不可思議な光景に映った事だろう。

 

 真っ直ぐに建物へと向かっていたはずのミサイルは、いきなりその軌道を直上へと変更し、絡み合いながら天空にて爆発したのだから。たーまやー、である。

 春先の事件と違って、幾つものミサイルがあったからわざわざ蹴り砕かずに済んだ。

 

「……今のは」

 

「流石は九島老師の懐刀。我々の出る幕はありませんでしたか」

 

 ほど近い場所から声。

 一つは克人先輩のもので、もう一つは知らない声だ。小枝ちゃん。

 

 知らない声の人はどうも僕に言っている様なのだが、九島老師って誰。

 

「あぁ、失礼しました。国防陸軍第一○一旅団独立魔装大隊大尉、真田繁留であります。上尾葵特別二等兵殿、これを」

 

「上尾葵? ……あぁ!」

 

 渡された通信機のような物を付けながら、思い出す。

 確かあれは、十年前……オイシャサマの診療所に入るためには診察券を作らないといけないとかで、でも幼い僕では診察券を作る事が出来ないから仮の名前を作ったのだっけ。

 確か診察券は箪笥の中に仕舞ったっきりで、最近はてんで使わなかったはずなのだが……。

 

 というより、特別二等兵って何。

 

『聞こえるかね、青君……いや、上尾葵特別二等兵』

 

「……あい*3

 

 通信機の通信相手はやっぱりオイシャサマだった。

 真田大尉と十文字先輩は既にここを後にしていて、またも置いてけぼりである。この翻訳機があれば僕の言葉を伝えられるのに!

 

『君を騙す形となってしまって申し訳ないのだが、君は既に軍属だ。昔、私の所へ君を呼び込んだときに作らせた診察券……あれが軍属の身分証明書となる』

 

「うぁーお。おえあいっういえうえ*4

 

『いつか君が言っていた、君の過去……二世紀ほど前にこの日本国を守っていた、国防軍の青年よ。こうして都合のいい時だけ君の力を頼る私を、罵ってくれても構わない……。だが、今だけはその力を貸してくれないだろうか?』

 

「いいあえんおおんあおお。おっおおいぉえいいえうああい*5

 

 何言ってんだこの人。

 いつ僕がそんなこと話したって言うんだ。

 

『君は優しいな……。あぁ、既に応援は出ている。では、頼んだよ』

 

「え?」

 

 ガチャ。

 そんなレトロな受話器を置く音はしていないが、それだけで通信は切れてしまった。

 ……優しい、とは一体。

 

 

 

*

 

 

 

『言いませんよそんな事。とっとと助勢してください』

 

 今しがた切れた通信の先にいた少年の言った言葉を思い出す。

 その先天的なスキルに目がくらんで抱き込んだ幼い少年。検査の折、ある種の自白剤を用いて聞き出した彼の過去は、想像の及びつかない物だった。

 

 彼には前世というものがあり、それをしっかり覚えていると。

 1915年に生まれた軍曹止まりの軍人だった――十年前、彼はそう言っていた。

 若くして命を散らしたと言う彼。それが此度も騒乱に巻き込まれる運命にあろうとは。

 

 せめて今世は、彼が道半ばに命を散らすことの無いように。

 九島は、切なる願いを天へと向けるのだった。

 

 

 

*

 

*1
あー、ん! んー、こー行って、こーなると……

*2
はい

*3
はい

*4
わぁーお。それはびっくりですね

*5
知りませんよそんなこと。とっとと除名してください







予測可能回避不可能

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