チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
多分受け入れられない方が多いと思われる本編ラスト。次の話は導入なので、横浜動乱編はこれで終わりです。
申し訳ないですがこの終わり方はプロット作成時から決まっていました。
それでは。
*
ヘリコプター特有の振動に落ちていた意識を取り戻しながら、僕はうっすらと目蓋を上げた。枕をしいてくれているのか、暖かで柔らかい感触が側頭部に伝わる。
そうしてぼやけた視界に映ったのは、圧倒的で暴力的なまでの破壊。
灼熱にして焦熱にして鮮烈な炎のドーム。
強く強く、記憶を揺さぶられた。
時は2016年。今から大体80年程前の別世界の地球で僕は生きていた。別世界と言ってもただ1点――魔法が存在しないということを除けばこちらとほとんど変わらない世界だ。
そしてその世界で僕は……多分、天寿を全うできなかったのだろう。気付けば僕は、こちらの世界に生まれていた。
こちらの世界の、1915年に。
二度目の生を受けた時、しかし日本は戦争の真っ只中だった。
その時から僕は多少死にたがりだったのかもしれない。すぐに軍の戸を叩き、長く訓練や戦場を巡った。幸か不幸か、21歳の時にはお嫁さん……つまり結婚をすることまで出来た。もっとも、ほとんど会う機会なんて無かったが。
僕の最初に生まれた世界の通りに事が進んで、でも僕は何かを捻じ曲げる気にはなれなかった。もっと悲惨な結果になることが恐ろしかったし、何より僕がなにを言ったところで変わる組織でも無かったから。
僕は死にたがりに見えていたのだろう。
そしてそれは、僕が神風特別攻撃隊に自己推薦した時、確信に変わったはずだ。
僕が30歳の時だった。
周りからは止められた。勿論止めてこなかった、肩を押してきたお国至上の奴もいた。
奥さんには泣かれてしまった。何も言えなかったし、何も言わなかった。
自己推薦をした理由はとても簡単だった。
二度目の生などという贅沢を受けているのだから、僕の生は他の人の生よりも価値が低いと思っていた。僕が入る事で死ぬはずだった誰かが死なないのなら、それはなんて素敵なことなのだろうと、当時の僕は本気で思っていた。思いあがり甚だしいのは重々承知だが、本当にそう思っていたのだ。
そうして僕は爆発と鉄の箱に押し潰されて死んだ。最終階級は軍曹だった。
だが、それで終わりじゃなかった。
気付けば自身の死後から135年もの月日が経った、平和になった日本に生まれていた。
オイシャサマの推測はほとんどが正しいのだろう。
僕は21世紀初頭から20世紀初頭へ転生し、20世紀中頃から21世紀終わりにまた転生を果たしたのだ。「物事の終端と先端を繋ぐ軌道をしっかり認識してきた」のだから。
こうして僕は、僕という魂は
僕は知っている。追上青という少年が、僕とは別の場所に存在していた事を。
そして彼の行方は、美月ちゃんが見てくれた軌道の先……天にあるのだという事を。
それが天国という意味なのか、宇宙という意味なのか、はたまたイデアの中という意味なのかは分からない。そういう分野を研究するためにも魔法大学に行きたかったんだ。
軌道を見る事が出来るのも、操る事が出来るのも、そして言葉の終端である母音ーッンしか操れないのも僕だけの話。僕という
エアやアイアンといった普通の魔法は、青君の魔法演算領域を使用させてもらっているのだから。
青君の妹である茜ちゃんはとても鋭くて、自身がちゃん付けされている理由をわかってしまっていたのだろう。彼女がちゃん付けに怒るのはそう言う理由だ。「他人扱いをしないで」と。
でも、仕方がない。あの21世紀を生きていた頃の年齢が不確定だから数えないとしても、僕はもう46になるのだ。奥さんももらっていたし、お酒も飲んでいた。茜ちゃん含め、学友たちを子ども扱いにしてしまうのも仕方がないと、そう許してほしい。自分の妹だなんて、想えない。
いつか必ず、この身体は青君に返す。
もう十二分に僕は生きた。だから、僕はそもそも幸せになろうなんて考えていない。
楽に生きたいならもっと方法はあったが、自分で茨の道を選んだのだ。
残念だが、こればかりは変えられない。
九校戦のあの時、僕は小早川先輩のCADから化成体を追い出した。
僕に同じことをすれば、僕を追い出すことは容易なのだろう。
あとはどうにか、青君を引っ張って来れば――万事解決だ。茜ちゃんにも本当のお兄ちゃんが戻ってきて、両親の本当の子供が帰ってきて、上手く意思疎通の取れない僕なんかじゃなくて、青君自身が友達と笑って過ごす事が出来る。
だからもう少しだけ待っていてくれ、青君。
君の友達として、僕は必ず君を取り戻すから。
*
「青さん……大丈夫ですか?」
「ん……あぁ、えいいあお*1」
「よかった……ホッとしました」
近くで美月ちゃんの小さな声が聞こえて、僕も小さく返事を返す。
近くというか、頭上というか。
あとこの枕柔らかいし……その、手触りが、肌っぽいというか、布越しの肌っぽいというか!
「え……いああうあ?*2」
「いああうあ……司波達也? 達也さんがどうかしましたか?」
キッと強い視線を感じた。
深雪ちゃんからだ。
「あんえおあいお……*3」
「そう、ですか? ……でも、本当に……無事で良かったです」
「あぁ、うん。おうおおうおおうお*4」
この戦火で、誰1人死なずに帰る事が出来たのは……本当に、素晴らしい事だと思う。
*
「司波達也? 達也さんがどうかしましたか?」
救助ヘリの中、隣で美月に膝枕をされていた追上青が、そう呟いたらしい。
彼の視線の先にあるもの。
それは、お兄様のマテリアルバーストによる灼熱の光球。
アレの術者を、この距離で見抜いたというのか。
「And end my wars…*5」
そう。あくまでここで終わるのは、このテロにおける戦争のみだ。
これが始まりである予感など、恐らくは自分や追上青以外の魔法師たちも感じている事だろう。
ここから、更なる苦難が待ち受けているだろうと言う、漠然とした不安も。
*
「いあ、いあ……(いや、いや)」
まさか、まさか。
十月にあった横浜の事件から既にひと月まるまるが過ぎて、今は十二月。
僕はまだ学校に在籍できていた。
あれだけ暴れたし、なんだったら人を殺めたりもしたのだが、全てが正当防衛、とのこと。わざわざオイシャサマに確認してもらったので間違いない。
オイシャサマといえば、僕の軍属の取り消し要求を一切呑む気が無いらしく、だったら翻訳機貸してくださいよと言ったら軍備品を外に出すのは云々と、まぁ一応尤もらしい答えを返されてしまった。
この身体が僕の物だったら軍に襲撃を仕掛けて翻訳機を奪い去るレベルの怒りがその時は湧いて来たのだが、流石に申し訳ないと思ったらしいオイシャサマは代案を用意してくれた。
それが、これ。
「お帰りなさいませ」
「あいいいおうおういいえんいいうい、おいうえあお*6」
「はい、認識しました」
二十代後半の女性……その声は非常になめらかで濃淡が無く、その瞳は何処を向いているか分からない無機質なものだ。
それもそのはず、この女性はHumanoid Home Helper……通称3Hと呼ばれる人型家事手伝いロボットで、この子の型番は「3HタイプP96(3Hパーソナルユース九十六年型)」。型番からわかる通り、最新も最新型な四次元ポケットの無いドラ○もんである。
「ああえいぁんい、あえっあっええーういおいえうえう?*7」
「はい、了解しました」
何が最新型かといえば、勿論この機能。
「追上青専用自動翻訳機能」!
多分この子をバラせばその装置が手に入るのだが、それで壊してしまったら意味が無いし、恐らくオイシャサマの事なので僕みたいな素人が手を出せる位置に置いていないと思う。
ただ、この子のおかげで家族との意思疎通が大分楽になった。
この子自体が軍属の機械ということで友人皆々には繋がらないように設定されているのだが、オイシャサマが特例として家族にだけは許してくれたのだ。
そう、家族との、メールのやり取りを!
茜ちゃんはあくまで僕のイントネーションから母音ーッン語を翻訳している。
なので、今までは文面での意思疎通は出来なかった。
それが、なんと! 自動翻訳機能によって、この3HP96ちゃんが! ウチでの愛称ミクロちゃんが! メールを書いてくれるのである……!
それを通して、ようやく僕の言葉は普通に伝わる! 本当に、茜ちゃんの翻訳方法作成と上尾さんのプログラム作成には感謝の念しかない。
「いうおいぁん、あおうあああんあうおえーうおあいあいんあ。おいいいいうぉうあおあああんえおえあい*8」
「はい。起動します。『お気に入りフォルダ7番』ゲームアプリは検出されませんでしたが、このまま起動いたしますか?」
「えっ*9」
な……そんな馬鹿な!?
だってそこには……そこには!!
「フォルダ内、テキスト1件、です」
「……いあいえ*10」
「読み上げますか?」
「うん」
「『肌色多すぎ。妹にこんなもの見せないでよね!』読み上げを終了します」
膝から崩れ落ちた。
いや、いや。
まさか、まさか。
CEROはDだったのに……!
何はともあれ。
こうして僕は、一応の意思疎通手段を得たのだった。
*
そして全体を通して仕込んでいた伏線……
タイトル(ガワ)と本編(中身)が違うと言う事の示唆……
接続終助にして接続助詞であるコレを、ずっと使っていなかったのはこの伏線だったのだよ!!
地味すぎて気が付かなかっただろう
そいでは!