チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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三十話タイトルは「青は炬燵で丸くなる」でした。
超不定期・亀更新ですが、とりあえず「来訪者編」は最後までやります。


第二部 ダッテガーネメ編
あいあんいぅういいあ あいあいんあ


 新年。

 あけましておめでとうございます、略してあけおめ、さらに略してあお。僕でも言える新年の挨拶である。

 言う相手はいないが。家族相手なら、略さずに言う。

 

 とまぁそんな話は置いて於いて、あ、でもこれは一応記録しておこうかな。

 初夢……というものがある。人体医学的にはなんの変化も無いのだが、一応、年の切れ目、区切りに見る特別な夢のこと。一富士二鷹三茄子ってやつね。

 

 僕はそれが悪夢だった。

 

 実は初夢が初めての悪夢というわけじゃなくて、あの横浜事変が終わってから一月後くらいから見るようになった夢であるのだが、一応、新年あけましての夢も変わらずに悪夢だったので、初夢が悪夢である。

 夢の内容は、どこかよくわからない場所……というか方向へ誘われるというもの。

 おいで、おいで……ではなく、こちらだ、お前の居場所はこちらだ! という、どこか威圧的なもの。

 初めは横浜事変で強く思い出した前世の……戦争の記憶が見せているPTSD(トラウマ)かとも思ったのだが、前世で強く誘われた経験など無い。というか、僕はトラウマになる程あの記憶を後悔してない。満足してやったことだから。

 じゃあ何なのか、と考えた結果……アレはつまり、サンズ・リバーの向こう側で、あの時共に死んだ仲間達が手を引いているのだと、そういう結論になった。

 

 だって僕は死んでいて、死んでいるはずなのに追上青君の頭に憑いちゃって。

 本当に居るべき場所があちらであるのは、間違いない。お前だけずるい、お前もこちらにこい! という、強い怨念みたいなものが、僕を引きずり込もうとしているんじゃないか。そう考えたわけだ。

 ま、例えそうであったとしても、行ってやるつもりはないのだが。

 青君が戻ってきたら、その時は潔く、意気揚々と、「そんなに僕の事が好きだったのか!」とでも言いながら飛び込んでいくつもりではある。もしかしたら前世の奥さんにも会えるかもしれないしね。

 

 ただ、疲れはするもので。

 悪夢は悪夢なのだ。何処か知らない場所に誘われると言うのはストレスで、何より起きている間はこうやって分析できるものの、寝ている間は対峙している……気がする。正直、あけましての授業は酷く疲れていて、なんなら午前の座学はがっつり睡眠した。

 

 なんだかざわめかしいとは思っていたが、それもいつもの事だ。特に達也君の居るこのE組はいつも騒がしい。彼が”騒がしい”の中心に居ながら静かに過ごしているのは少々腹立たしい。

 ちなみに中でも騒がしいのはもちろんレオ君とエリカちゃんである。あの二人はキャイキャイワンワンニャーニャーと、犬猫最終決戦争でも繰り広げているのではないかと思う程に騒がしい。大抵は猫の勝利で終わるのだが。

 

 睡魔と闘いながらも、なんとか午前最後の実習をこなした(と言っても結果はお察しである)僕は、うつらうつらとする頭をなんとかすっきりさせるため、なんとか外の水道に辿り着き、なんとか顔を洗ってなんとかかんとか……ハッ。

 

 少しだけスッキリした(きもする)頭で学食の方へ顔を出すと、見慣れないパツキンチャンネーが。ごめん古すぎたね。金髪美少女が。

 あれが雫ちゃんと交換留学で来たアメリカ人かな?

 顔を洗った直後なので目がしばしばするが、それをはねのけるほどの輝かしい金髪美少女。注視してみると、周りには見た事のある……というか、ありすぎるメンツが。

 

「エリカ、ミヅキ、レオ、ミキヒコね。よろしく」

 

 どうやら自己紹介をしているらしい。ミキ☆ヒコ君以外は流暢な発音で、僕より日本語が上手い。まぁ当たり前なのだが。

 と、レオ君と目があった。

 

「おっと、そこのノッポも紹介しておくぜ。アイツは追上青。英語とフランス語はイケるけど、日本語はあんまり得意じゃないらしいからな、むしろリーナと会話が弾むんじゃないか?」

 

「へぇ、そうなの? ワタシはアンジェリーナ=クドウ=シールズ。よろしくね、アオ」

 

 ……何?

 え?

 え? か、神様……は、嫌いだが、今、今なんて言った?

 

 ()()ジェリーナ、って……言った?

 驚きに目を見開く。開かざるを得ない。

 唇をわなわなと震えさせる。震えさせざるを得ない。

 

 こんな……こんな、美少女が……。

 

「アン……?」

 

 名前を呼べる女の子だなんて!!

 

 

 

*

 

 

 

 その変化は、劇的だった。あまりにも、そう、あまりにも。

 

 早めに教室を出たにも拘らず、遅れて食堂に来た追上。

 その時はまだ、何かを思い起こす様な、思いつめたような顔でリーナを見つめていた。それだけだった。

 

 だが、レオの仲介の後……リーナの名前を聞いた瞬間、表情は懐疑から驚愕へ変わった。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とでもいうような、感動と感激と驚愕、様々な感情が入り混じった表情に。

 

「アン……?」

 

 さらには信じられない物を見たかのような声色で、そう呼ぶではないか。

 

「えっ? あ、その……アオ、ワタシの事はリーナって呼んでほしいの。そっちの方が、呼ばれ慣れているから」

 

 だが、リーナの方に全く心当たりはないようで、困ったように呼称変更を頼む。

 その理由を達也は大体見抜いていたが、確証を得た訳ではないので口を噤む。

 

「ぁ……あ、あぁ……うん……」

 

 そしてリーナの反応に、追上は消え入るような声で了承の意を返す。

 それは「大きな期待が外れてしまった」、とでもいうような声。

 正直な所達也は追上がここまでの感情を表に出す事自体に驚いていたが、それ以上に色々な推測がバタバタと音を立てて立ち上がり始めていた。

 

 リーナの正体は大体わかっている。

 追上の正体も判明している。

 追上の所属組織と、その目的もわかっている。

 

 であるにも拘らず、追上がここまでの感情を表に出したのは……組織ではなく、個人の問題か。

 

 アン。リーナと呼ばれ慣れる前の愛称。つまりは、幼少期。

 あの驚き。リーナの正体と所属組織。秘匿されるべき組織。

 追上のおかしな経歴。小さい頃から海外にいたという、一般人である家族の証言。

 リーナのクドウ姓。追上は誰の懐刀だったか。

 

 導き出される答えは――。

 

 そこまで考えて、達也は(かぶり)を振った。

 これ以上は()()()()()()()()()と判断したのだ。

 

 見るからに意気消沈した追上から眼を外す。

 それはもしかしたら、「なんだか本当に落ち込んでいるようだな」という、彼なりの気遣いだったのかもしれない。

 まさか達也も、追上が「人生で最高レベルに落ち込んでいる」などとは思っていなかったのだが、結果的に彼が目をそらした事は、僅かとはいえ青が目の端に涙を浮かべているなどという、ある意味で決定的シーンを見逃す次第となったのである。

 

 

 

*

 

 

 

「オイウエアオ、ですか? その方が、過去のリーナを知っていると?」

 

 第一高校から二駅ほど離れた、少人数家族用(ファミリータイプ)のマンション。

 そこに、三人の人間がいた。

 一人はリーナ。アンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 一人はシルヴィア・マーキュリー・ファースト。

 最後の一人はミカエラ・ホンゴウ。

 上からアメリカはスターズの「アンジー・シリウス」、同じくスターズの惑星級魔法師「マーキュリー」、USNAから派遣された諜報員である。

 

「ええ……確証はないんだけど、あそこまで”如何にも”な反応をされちゃうとね……」

 

 リーナは思い出す。

 レオに紹介された、追上青という人物が自分に向けた視線を。

 あれは、明らかにアンジェリーナ=クドウ=シールズという一個人を知っている驚愕だった。そんなはずはない。リーナは幼いころからスターライトの隊員候補として訓練を受けていたし、何よりリーナに覚えがない。

 だが、それよりも前……リーナが物心つく前の話であるのなら、文字通り話は別である。

 そしてその時期に出会っていた人間が、日本の魔法科高校にいて、且つリーナを覚えているとなると、色々と都合が悪い。

 

「ふむ。まぁ、日本の高校生を調べる程度なら、特に問題は無いでしょう。どれほど隠していても、こちらの目を逃れる事は出来ない筈です。それほどの隠蔽技術を有しているのだとすれば、リーナの前でそんな失態を見せるはずがありませんからね」

 

「ええ、お願い」

 

 ただ……と、リーナは心の中で呟く。

 リーナは一つ気になっていた。

 それはターゲットの少年……司波達也が、彼、追上青を鋭い目線で見ていた事。

 

 彼らが「信頼のおける仲間」と呼べるような間柄ではないことは、いくらスパイに向いていないと言う自覚のあるリーナでもわかる。

 タツヤに警戒されているアオ。自分を知っているらしいアオ。

 考えても答えの出ない事であるのに、奇妙な不快感が頭を支配して離れない。

 

 不快感?

 

「……?」

 

 それは、直感だったのか。

 無意識に思ったそれは、自覚をすると、泡のように消えて行った。

 

 その感覚の再来は、すぐに彼女が向き合う事態で明るみとなる――。

 

 

 

*




マイルドな勘違い。

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