チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第三十一話タイトルは「神は死んだ」でした。
勘違い濃度少な目


あいあんいぅういあ いいおいえあああっお

*

 

 週明けの教室は、なにやら怪事件とやらの話とやらでもちやら……もちきりだった。やらやら。

 ミクロちゃんを使ってまで何かを検索する程知識欲の無い僕にとって、その話は新鮮。

 しかもこの3000年間近の近未来……もとい現代において、『吸血鬼』なんていうのだから驚きである。

 

 話題で餅をついているのはいつもの面々も変わらない。

 特に血の気高いエリカちゃんは達也君の机にぐんにゃりと座って彼に話しかけている。

 吸血鬼、臓器売買ならぬ血液売買ではないのか、とか。

 それだと一割しか抜かなかった意味が解らない、とか。

 血液工場、死体放置など物騒な単語ばかりが出てくる。

 

 吸血鬼。ヴァンパイアか、ドラキュラか。反対にしてアルカードか。

 僕はどっちかというとエイブモズなので、妖怪としての格は下の下だろうなぁ。あいや、タソゥグかも。

 

「いやですね、人間主義みたいな風潮が強くならないといいんですけど」

 

 美月ちゃんの言った、人間主義。

 確か、魔法師を排斥して人間だけの元の社会に戻ろう、という主張を掲げている人たちの事だったか。

 まぁ、気持ちはわかる。

 僕だって意味の解らない軌道を粉々にする能力を持った魔法師とか、精神まで凍らせてしまう凄まじい魔法を持つ魔法師とか、今でも怖い。

 その銃口が絶対にこちらに向かないという自信が無いのだから、尚更に怖い。

 僕に身を守る術が無かったら、やりたいことがなかったら、早々に学校をやめていただろう。

 だから彼らを批判する事は出来ない。出来ないと言うか、するつもりがない。

 僕だって魔法の無い時代を二つも生き抜いたのだ。別に、魔法が無くとも生きていける。

 殺されると言うのなら全力で対抗するが、使ってはいけないと言われるのなら普通に従うだろう。僕の問題を解決した後、ならだが。

 

「おーっす」

 

 と、レオ君がその輪に入ってきた。

 なんだかお疲れモードだな。夜に何をしていたのだろうか? 他意は無い。

 

 とりあえずそろそろ一限目。朝の井戸端会議は終わりだよー。

 

 

 

*

 

 

 

「……さん? ……青さん?」

 

「ん……」

 

 美月ちゃんの声に目を覚ます。

 酷く悪い夢を見ていた気がする。気がするだけ。

 それも全て美月ちゃんのスイカで癒されました。

 

「……あぁ……」

 

 大きく欠伸を一つ。

 辺りはすっかり茜色。

 夕方だ。

 

「おおいえうええあいあおう*1

 

「いえ、大丈夫です。……あの、酷くうなされていましたけど……」

 

「うん、あううあっあああえ*2

 

「大丈夫、ですか?」

 

「うん」

 

 どうやら待っていてくれたらしい。

 頭が下がるね、ほんと。

 

 ……悪夢。

 適合がどうのとか、血液がどうのとか……正夢じゃないといいんだが。

 

「あえおうあ*3

 

「はい」

 

 いやぁ、良い子。

 幹比古君は幸せ者だねぇ。

 

 

 

*

 

 

 

 次の日、レオ君は学校を休んだ。

 なにやら訳知り顔の達也君たちは暗い雰囲気。何かあったのだろうか?

 

「その……レオさんが」

 

 かくかくしかじかまるまるうまうまなっとうねばねばびよーんびよーん。

 そんなふざけた纏め方をしている場合ではない。美月ちゃん曰く、エリカちゃんからのメールにより――レオ君が、吸血鬼事件が主犯、吸血鬼の被害に遭ったと知らされたのだ。

 ミクロちゃんのメールアドレスは家族にしか教えていないので、僕には届かなかったという次第である。

 

 僕の中の吸血鬼に対する敵愾心がぐーんとあがった。

 

「放課後、皆さんでお見舞いに行くことになりましたけど……」

 

「うん、いうお*4

 

 学校なので、小声で。

 コエカタ○リンのような軌道で飛ぶならともかく、音は波なので軌道を操り辛い。

 だから、こちらにできる事……声を小さくするという手法で対策を取るのである。

 

 大丈夫だと、いいなぁ。

 

 

 

*

 

 

 

「多分、レオが遭遇した相手は『パラサイト』だ」

 

 放課後、レオ君の病室に向かった僕達は、レオ君に事の次第を聞いていた。

 戦っている最中に力が抜ける、と言った時点で幹比古君は何かに気付いたようで、彼はその吸血鬼をパラサイトと呼称した。

 幹比古君曰く、パラサイトとは超常的な寄生物(paranormalparasite)――略してパラサイトで、妖魔や悪魔、ジン、デーモンといった、各国でそれぞれ呼ばれていた”ソウイウモノ達”の事を指すのだそうな。

 僕がまさにそれだよ、とは流石に言えなかった。美月ちゃんがいるとしても。

 人に寄生して、人を人以外の魔性に作り替える。うわ正に僕じゃん、とは思った。

 

「レオ、君の幽体を調べさせてもらってもいいかな」

 

「お、おう。良いぜ」

 

 疑う事無く、レオ君は応じる。

 幹比古君のすごい剣幕もさることながら、レオ君の度胸もやっぱりすごい。

 曰く、幽体というのは精神と肉体を繋ぐ霊質で造られた、肉体と同じ形状の情報体らしい。まず霊質がわからない。でも要はアストラル体ってことでいいのかな多分。

 幽体とは精気、つまり生命力の塊で、パラサイトはこれを食べるのだと。あ、僕とは違うね、良かった。僕はそんなもの食べないし。

 で、幹比古君はこの幽体を調べる事が出来るのだと。

 なんで君二科生なの?

 

 そして、何か大層な呪具(というらしい)を取り出して、瞑想を始めた。

 

 ものの数分。

 

「なんというか……達也も大概凄いと思ったけど、レオ、君って本当に人間かい……?」

 

「おいおい、随分なご挨拶だな」

 

 幹比古君の言葉に気分を害したような顔になるレオ君。

 だが、幹比古君は気付かない。

 なんでもレオ君は並みの魔法師なら昏倒して意識不明になる程精気を抜かれているらしく、こうして起きて話していられるのは有り得ないのだとか。

 その悪意の無い物言いに、レオ君は声を荒げる事は無い。傷ついてはいるが、抑えている。

 とても高校生の忍耐力には思えないよ。

 

「そろそろ面会終了の時間です」

 

 その元気な様相に忘れがちだが、彼は病人。

 無理させてしまってはお見舞いの本末転倒。

 エリカちゃんとカヤさん(どんな字か知らない)を残して、僕達六人は病室を出るのだった。

 

 

 

*

 

 

 

「やっぱり先輩たちと協力した方がよかったんじゃないかな……」

 

 これで通算十一回目となる弱音を吐く幹比古君。まぁ、確かに同意だ。あんまりにも危険すぎるから。

 だが、エリカちゃんはそんなことは聞き入れない。

 報復。この一点に染まっている。

 

「青も何か言ってやってよ……」

 

「え? うーん……」

 

 レオ君や美月ちゃん程僕を理解しているわけではない幹比古君は、よくこうやって僕に無茶振りをする。何か言ってやってよと言われましても。

 

 今僕達は、深夜の街を三人で歩いている。大分早歩き。

 目的は勿論、吸血鬼。ヴァンパイアハントである。

 

「ミキ、どっち?」

 

 エリカちゃんと幹比古君に同行するに至ったのは、エリカちゃんの「アンタも腹の虫がおさまらない、って顔してるわね」という言葉。

 抑揚高く頷いて、此処に至る。

 ちなみに幹比古君は案内役らしい。

 案内方法は、

 

「……はぁ」

 

 交差点の中央に立てた棒。

 直立するソレは、幹比古君が離れてから数秒後――ある方向に倒れた。

 

 そう。

 棒占いである。これ運じゃないのかなぁ、とか思う。いくらなんでもそんな魔法は無いだろうなぁ、とかも思う。

 でも幹比古君は真面目だし、エリカちゃんも信じている。

 僕が口を挟むわけにもいかない。まぁ、何もないなら何もないでいいのだ。レオ君に手を出されたとあって、達也君が出ないとも思えないしね。

 

「こっちか……」

 

 でも、そういう時に限って本命を引いちゃうんだよな……。

 目先にある、防災用の小さな公園。

 そこに、乱舞する軌跡を認めながら……僕は二人の後を追った。

 

 

 

*

 

 

 

「見つけた! ミキと青はコートの方を。あたしは仮面を抑える!」

 

 お、初めて青って呼んでくれたな、なんて感想が出るのも束の間、すでに交錯……というか戦闘の始まっているコートと仮面に対し、エリカちゃんは物凄い速度で突っ込んでいく。

 

 幹比古君に目配せをして、僕も行く。両手にはそれぞれ長さの違う鉄棒。流石に刃物を持ち歩くわけには行かないからね。

 上尾さんに頼んで色々と機能の追加された(と言っても微々たるものだが)アイオーンを蹴り進め、コートの方へ肉薄する。

 

 帽子に白い覆面、ロングコート。

 武器は持っていない。リューカンフーと同じく徒手空拳か。

 

「ェアッ!」

 

 軌道修正を伴った右の長剣……もとい鉄棒による打撃。

 側頭部にあたれば一撃で昏倒必至のソレを、しかし相手は躱す。スピードタイプ!

 

「!?」

 

 だが、躱すのは僕に対して最大限に分が悪い。

 その軌道は見えている。見えているのだから、対処も出来る。

 

「アァイアンッ!!」

 

 思いっきり振り抜いた脚(というかアイオーンに)アイアンをかけ、ロングコートを蹴り飛ばす。めちゃくちゃ重いが、関係ない。軌道操作に重量は関係ない。

 さらに追撃。鉄棒を滑らせて中間を持ち、槍投げをするような体勢で身体を引き絞り――射出!

 

「!」

 

 鉄棒はガンッという音を立てて弾かれる。慣性に従い、ロングコートも叩き落された。

 さっき蹴った時も思ったが、人体の立てる音ではない。何か魔法を使っているのだろう。

 

 こっちが一つ武器を失ったと見るや、ロングコートが急接近してくる。

 僕をまじまじと見つめて――まぁ、回しやすい視線だね。

 

「!?」

 

 自分が何故倒れたのかもわからないだろうロングコート。その背中に、弾き飛ばされていた長い方の鉄棒が突き刺さる。勿論計算して弾かれた、なんてことは無い。チート染みた能力万歳である。

 ただ、自由落下程度の威力しかないので奴にダメージは無いだろう。

 そもそもダメージ目的ではない。

 鉄が奴の身体に触れている事が目的なのだから。

 

 カッと夜闇には凄まじい光量――局地的な雷がロングコートの身体を貫く。

 

「アアアアッ!」

 

 女性っぽい体つきなのに、悲鳴は獣のようだ。

 人を造り変える魔性。なるほどね。

 

「ッ、不味い!」

 

All right(オーァイ)

 

 背後、倒れるロングコートが幹比古君の雷を溜めて放とうとしていたソレ。本物の雷は軌道が非常に見えづらいのだが、これは魔法。何処に落ちるか、どこに放たれるか決まっているモノならば、軌道が存在する。

 であれば、僕が操れるのも道理である。

 

「軌道屈折術式!?」

 

「貰った!!」

 

 エリカちゃんと闘う仮面が何かを叫んだが、それが隙となったのだろう、エリカちゃんの勇ましい声が聞こえた。

 あっちは大丈夫かな。まぁ、こっちを手早く終わらせればいい話か。

 

 放たれた雷撃の軌道を逸らし続ける事で、まるで僕自身が帯電しているかのように身体の周囲を雷撃が走る。

 

 放出系魔法は拡散するから苦手だったのだが、いつぞやの小早川先輩のCADに巣食っていたナニカを取り出した時から、上手く操れるようになった。拡散すると言ってもそれは端の話。芯を抑えれば操り様はあるのだ。

(……何故、我々に敵対する)

「あ?」

 

 今何か――。

 

「青、早く!」

 

「っ、おう!」

 

 ロングコートが放ち続けていた雷撃の全てをロングコートに差し向ける。

 目を灼く光量。あと僕が凄く熱い。雷熱い。めちゃくちゃ熱いっていうかこれ火傷してる。

(お前はこちら側だろう!)

arrete(アァーォッ)*5

 

 ともすれば本物の雷にも届くかもしれない雷撃がロングコートを焼く。

 過言である。こんな至近距離で本物の雷が直撃したモノの傍にいれば、僕どころか幹比古君も無事じゃすまないだろう。

 それくらいの威力はありそう、という話。

 

 幹比古君とのコンビネーションアタック。

 名前は……そうだな、ディグ・ヴォルトとか……あ、ィとォしか発音できないや。

 

「アァッ!」

 

「……ああっ!*6

 

 未だ意識を失っていないのは正直信じられないのだが、あろうことかロングコートは雷撃を収縮し始めた。

 全方位に放つつもりだ。これだから放出系魔法は嫌いなんだ!

 全方位だと、軌道もクソもない!

 

 エア――最初のベクトルが足りない。間に合わない。

 軌道操作――何を?

 アイアン――雷撃は防げない。イァーンも同じ。

 

 残念ながら新しく追加された魔法に克人先輩のようなバリアは入っていない。

 全力で逃げる――も、相手の魔法が放たれる方が早い。

 

 万事急須か。お茶を淹れてどうするんだ。

 

「――」

 

 その雷光を。

 いつか、九校戦行のバスを追いかけている時に見た――不可視の暴風が消し去った。

 

 風上にいるのは、バイクに跨ったまま銀色の拳銃をこちらに向けている、ヘルメット。

 

 ……達也君か。

 あ、という声。幹比古君の方を向けば、幹比古君も此方を向いている。

 

「あ」

 

 ロングコートが逃げ出していたのだ。

 そりゃそうだ。僕の注意が逸れれば、そうするのは道理。

 仕方がないので視線回しを行おうとして――一瞬にして辺りを包み込んだ莫大な光に目を灼かれ、仰け反った。

 破裂音からして閃光弾だろうが、折角雷光から暗闇に慣れかけていた目にそれはダイレクトアタックが過ぎる。

 

 視力が回復した時には、仮面の魔法師もロングコートも、姿を消していた。

 ……おかしいな、既に逃げていたロングコートはともかく、仮面の魔法師まで見逃すなんて。僕の軌道視認を掻い潜ったっていうのか?

 ……それは、脅威だなぁ。一難去ってまた一難。

 

 

 

*

 

 

 

「三人とも、無事か」

 

 珍しく僕の安否も気遣ってくれた達也君に頷く。

 実は腕を火傷しているが、まぁ些細なモノだ。

 

 その……アンダーウェアこそ着ているものの、上着を無残にも切り裂かれたエリカちゃんに比べれば。

 

「青、それ……」

 

「いい」

 

 一番近くで戦っていたからだろう、気付いている幹比古君が何かを言いかけるが、制止する。出来るだけ達也君のあの治癒魔法のお世話にはなりたくない。あれを受けてから悪夢を見るようになったのだ。何かあるのかもしれない。

 

「どうして達也君がここに?」

 

「幹比古から連絡を受けていたからな」

 

 この場の三人の総意をエリカちゃんが代弁したと思ったら、二人だったようだ。

 即ち、幹比古君は知っていたということ。

 エリカちゃんのジト目が飛ぶ。

 でも、頼れる人に頼るのは正しい選択だ。

 

「そろそろいいか。人が集まってきているぞ」

 

 その言葉に、急いで幹比古君がトレーサーのモニターを視る。

 僕にはよくわからないが、光点がいくつか見えた。エリカちゃんの言っていた他の捜索隊、というやつだろう。

 

「エリカ、乗って行くか」

 

「うん、お願いっ」

 

 達也君がエリカちゃんを後ろに乗せる。

 ノーヘルは罰金だぞ~。

 

「達也、僕はっ!?」

 

「幹比古は追上に乗せてもらえばいいだろう」

 

「ぷはっ」

 

 エリカちゃんが噴き出す。

 乗せる、と来たか。

 ふむ……よかろう。

 

「え、ちょっと、青?」

 

「うん」

 

「うんじゃなくて!」

 

 俵抱きとお姫様抱っこ……後者でいいかな!

 

 

 

*

 

 

 

 テレビの中継車に偽装した移動基地。

 そこで、アンジー・シリウス――の姿のままのリーナは、エリカにやられた傷を癒しながら愚痴と思案を巡らせていた。

 

(……一瞬しか見えなかったけど、アオの使った軌道屈折術式……あんな強度、見た事が無い。……いいえ、つい最近。アオのものには遠く及ばないけど……サリバン軍曹の使った軌道屈折術式は、もともと彼が使っていたものと比べ物にならない強度を持っていた)

 

 彼女が()()した部下。

 その部下の彼が使っていた術式と、先程見た追上青の術式。

 こんな短期間に同じ術式を偶然使う者が現れるなんて、リーナには思えない。

 

(それに、アオは凄まじく高い身体能力を持っていた。背も高いし体格も良いから有り得ないとは言い切れないけど……人間をあんな距離まで蹴り飛ばせるもの?)

 

 女性型とはいえ、人間の身体を何mも蹴り飛ばした上に、そこに投擲した棒を当てる。 

 反射神経、動体視力共に高校生の成し得るモノではない。

 

(……もしかして)

 

 思いついた可能性を、リーナは捨てきる事が出来なかった。

 

 

 

*

 

*1
起こしてくれてありがとう

*2
うん、悪夢だったからね

*3
帰ろうか

*4
行くよ

*5
お縄だ!

*6
やばっ!


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