チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第三十二話のタイトルは「ミキおヒメ様抱っこ」でした。わかるか!
勘違い成分多目


あいあんいぅうあんあ おうあいあいい

*

 

 結構なドタバタがあった次の日。

 夜にあんなに激しい戦闘をしたにも関わらず、僕や幹比古君、エリカちゃんは何もお咎めなし。先輩たちに呼び出される事も、警察に事情聴取されるような事も無かった。魔法師特権って怖いね。

 唯一達也君だけは真由美先輩と克人先輩に連れて行かれたようなので、そこで少しお小言があるのかもしれないが。

 

 吸血鬼に関するウワサ、及びその被害者のウワサは留まる事を知らず、広まる一方で。

 僕も実物を見てしまったものだから真っ向からの否定なんて出来ない。出来ないが、余り尾ひれがつき過ぎると危ういなぁ、というのが正直な感想である。

 敵の正体が”ちょっと異常出力な魔法師である”と言う事がバレたら、今までに膨れに膨れ上がった尾ひれがそのまま「恐怖」として魔法師全体に向けられる視線になるだろう。そうなれば人間主義の思うツボというか、これ幸いにと排斥運動を激しくする事は容易に予測できる。

 そうでなくとも、「魔法師の中には連続殺人を起こすような者が存在しうるのだ」という認識は厄介だ。

 魔法の使えない一般人にとって、善良な魔法師と悪意ある魔法師の区別なんてつかないのだから、無意識のうちに人間主義に取り込まれる結果となるだろう。

 

 早期解決が望ましい。

 多分それは、達也君も、先輩方も、なんなら警察も。

 わかっていることだとは、思うんだが。

 

 早期解決といえば。

 

「あぁ……*1

 

 昼寝にまでついてくるようになったこの悪夢を、ホント、早い所どうにかしたいものだなぁ。

 

 

 

*

 

 

 

「ん……?」

 

 夕方……というか、夜の帳の落ち始め。

 フルフェイスだが、見覚えのあるその姿に気を引かれた。

 達也君だ。

 

 バイクに乗って……どこへ、なんて。

 分かりきった事だ。吸血鬼事件の捜索、もしくは解決に乗り出したのかもしれないな。

 

「あぁ、あうあうんいああえおう*2

 

 この間はエリカちゃんと幹比古君が居たから引き下がらなかったが、リューカンフーに学んだ通り、異常出力を持つ魔法師は出来るだけ相手にしない方向で行った方が良い。

 対人戦で負けるつもりはないが、相手が人間とも思えないような行動をしてくるのなら話は別。昨日戦った限りでは僕でも対処できそうだったのだが、それでも隠し玉があるかもしれないことを考えて自重するのが正しい判断だろう。

 

「へぇ……と言う事は、キミは既に何かを掴んでいるのかな?」

 

「ん?」

 

 振り向く。

 

 光る頭。

 

「やぁ、車内から失礼。追上青君だね。

 僕は九重八雲という者だ。まぁ、九島の懐刀である君なら、既に知っているとはおもうけどね。ちょっと付き合ってくれないかい?」

 

 電動四輪から、いかにも胡散臭い糸目が、僕を見て笑っていた――。

 ……え、誘拐?

 

 

 

*

 

 

 

「Aware, Outwit an arrow…*3

 

 達也の向かった方向、そして今自分たちが向かっている方向をみながらボソっと呟かれたその言葉に、深雪は顔を顰めた。

 兄の、そして自身の師でもある九重八雲に連れ出され、ハイウェイに乗る寸前に何かに気づいたように弟子に指示を出した八雲が示したそこに、彼はいた。

 

 追上青。

 兄に聞く限りでは、相当複雑な経歴を持つ、一概には味方とは言えずとも、とりあえず敵ではなくなった存在。

 だが、今の言葉は……。

 

 まぁ、乗った乗った、と非常に軽く、しかし仄暗い何かを感じさせる八雲の言葉に、一瞬の躊躇を見せながらもキャビネットへ乗り込んできた追上。

 既に走行を再開し、ハイウェイへと乗り込んだキャビネットの室内の雰囲気は、重い。

 

 八雲と、深雪。ハンドルを握る八雲の弟子。

 世俗を捨てたとはいえ、兄と自身の師である八雲とその弟子は言わずもがな、深雪個人も特殊な異能が封じられているとはいえ、相当な戦力を有する。

 にも拘らず完全アウェーであるはずの追上が自然体なのは、この三人を相手にしても問題ない自信があるからか、それとも敵対する気が無いからか、はたまた……。

 

「さて、直球で聞くけれど……追上君。

 君は怪異……あぁ、君達の言い方だとパラサイトだったか。その正体を()()()()()()?」

 

「……いいえ?」

 

 肩を竦め、両掌を上に向けて。

 何を言っているのか全く分かりませんね、とでも言いたげな表情で、追上は八雲の問いかけを否定する。

 

 パラサイトの正体――。

 西城レオンハルトが襲われ、エリカ、幹比古、そして達也が追っている吸血鬼の、その正体を。

 追上青は知っていながらに、黙っていたと言うのか。

 

「知らないはずがないんだ。

 だってキミ――()()()()()?」

 

 その言葉を聞いた瞬間の、追上の表情。

 それは怒りや困惑――ではなく。

 

 気付き、だった。

 

「……ふむ。その様子だと、もしかして君は”捕えられた”のかな?」

 

Enough(いあ……)*4

 

 八雲の更なる問いかけを制止し、追上は居住まいを正す。

 それは兄にも自分達にも見せた事の無い――おかしな表現をすれば、”大人”な雰囲気だった。

 

Where(ェア) did() you(ウゥ) know(ンォウ)*5

 

「知った、のではなく、知っていたんだよ。

 僕達忍びは、君みたいな者を古来から相手にしてきたからね」

 

「……Really(エアイー)*6

 

 あぁ……と、感慨深いような溜息を吐く追上。

 二人の会話は断片的にしか理解できないが、多少空気が和らいだことを、深雪も……加えてハンドルを握る八雲の弟子も感じ取っていた。

 八雲の放つ言葉、所作には同情が。

 追上の雰囲気には、疲れが。

 

 ようやく一つの山場を越えた、という……()()()()()()()ような。

 

「それで、物は提案なんだけどね。

 彼らを追い返す事に、協力してやってくれないかな。僕は忍びだから、僕個人の用件以外に口も手も出すつもりはないけど……結果によっては、君の願いも叶うかもしれない」

 

「……Je l'ai eu.(イゥイー)*7

 

 最後に言語を変えたのは、立場を変えたからか。

 何やら八雲へ大層感謝している様子の追上の姿に、深雪は一層の尊敬と、ちょっとばかしの胡散臭さを八雲に抱いていた。胡散臭さは、主語の無いその会話に対して。

 

 

 

*

 

 

 

 すわ誘拐事件かと思ったが、大変収穫のある話し合いだった。

 

 九重八雲と名乗ったつるっぱげの男性。自分をシノビだなんて言うからちょっと身構えていたのだが、なんと彼は僕を見ただけで、見抜いたのだ。

 

 僕が転生(てんしょう)した存在である、って。

 

 そして、その直前に言ったパラサイトと僕が同類で、正体を知っていると言う言葉。

 あれはつまり、パラサイトもまた転生したダレカであるという事なんだろう。

 

 そう考えれば色々合点が行く。

 

 通常の人間には考えられない異常出力。

 僕のチート染みた力が、転生によるものであるのなら、相手にそれがあってもおかしくはない。

 あの獣じみた悲鳴。

 同じく言語系に何か異常があるとしたら、共通項がまた増える。

 

 八雲さんによれば、シノビは昔から転生した人間を相手にしてきたという。

 つまり僕は然程特別というわけではなく――普通の人に比べれば特殊だが――それなりに件数のある内の一つ、という事なのだ。

 

 それがとても、安心した。

 

 昔からそういう事例があって、しかも対処する人間が歴史を重ねているということは、対応策、治療方法が存在する、ということだ。

 八雲さんが最後に言った「願いが叶うかもしれない」という言葉が最たる証拠だろう。

 つまるところ、追上青君を引き戻し、僕を剥がす方法が、此度の事件の結果次第では手に入るかもしれないのだ。

 

 そうとなれば、協力要請に応えないはずがない。

 

 達也君に任せればいい、なんて言っていないで、積極的に動くとしよう。

 そうと決まれば早速捜索に向かいたい……のだが、そういえばこの車、どこに向かっているんだろう?

 

 

 

*

 

 

 

 自分が何者かわからなくなっていたパラサイト――それが、九重八雲が下した追上青の正体だった。

 

 解決するのは達也君の仕事だから。

 そういう理由で口にする事はしなかったが、八雲の中で今回の事件の全貌は既に視えている。

 マイクロブラックホールの生成実験があったこと。

 その実験が、灼熱のハロウィン事件を経て行われた事。その時期から吸血鬼事件が発生していた事。

 パラサイトとは、八雲たちの常識で言うのならば”外部からの闖入者”、もしくは”意図無き漂流者”であり、現代魔法の知識と照らし合わせても、それは確実である事。

 

 そして、複数いるパラサイトが今回のマイクロブラックホール生成実験で”入ってきた”のだとすれば――追上青は、もっと昔に行われた実験の際に”入ってきた”のだということ。

 

 これ以上は憶測だが、追上青に憑いているパラサイトは”入ってきた”時に、捕えられてしまったのだろう。恐らくは、フランスに。

 そうして長い時を過ごしている内に、自身の存在を忘れた……もしくは忘れさせられ、駒として今まで扱われていた、と。

 だから、八雲は彼に同情の眼を向けていた。

 神祇魔法でさえ、精霊との対話がある。東亜の使役魔法だってそうだ。

 それを、無理矢理抑えつけ、記憶を改竄し、良い様に使うというのは……俗世を捨てた八雲が義憤に猛る事は無いにせよ、可哀想ではあった。

 

 パラサイトというのは皆願いが共通している。

 帰りたい。

 自身の意志で”こちら”に来たパラサイトはいない。皆、引きずり込まれ、それに対しての怒りから暴れているケースや、帰る為に、生きる為に人間を襲うケースが九割を超える。

 追上青に憑いたパラサイトはそれを忘れさせられているのだろうが、本来の仲間と接触し、その意思に触れる事が出来れば全てを思い出すだろう。

 

 帰る事が出来るかどうかは、八雲の知るところではない。

 だから、かもしれない、と言った。

 

 これもまた忍びとしての役割の一つだ。

 何も退治する事だけが妖魔、怪異への対処ではない。

 鎮め、還す事。

 穏便に行くのなら、それに越したことは無いのだから。

 

 顔つきの変わった追上を見ながら、八雲は細い目を更に細めて、にこりと笑った。

 

 

 

*

 

*1
はぁ……

*2
まぁ、達也君に任せよう

*3
意識を逸らす事が出来たようだな……

*4
もういい

*5
どこで知ったんだ?

*6
……そうかい

*7
……了解


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