セキのポケモン道中職探し   作:くろでん

2 / 7
一日体験は大事です

 空は天気が良く、心地よい風が野へと吹きぬけていく。

 海が近く山も近い、そんな地形にぽつりと拓けた緑の土地それが、セキが暮らす此処マサラタウンだ。

 

 観光案内パンフレットにはオ―キド研究所と野生のポケモンが数多く見られる手付かずの大自然が全面的に押し出されている。逆に言えば見所がそれしかない簡素な田舎町。

 町一番の美人ママが経営する食堂は大人達に密かな人気を集めているが、住人全員が顔見知りと言える小さなこの町ではどんな美人も近所の御袋さん。セキが食堂に行く度に「ママのオムライスはすっごく美味しいんだ!」とやたらオムライスを熱烈アピールしてきた元気印の少年が、やがてピカチュウを相棒に冒険を繰り広げるあのサトシくんだと気付いた時には、米粒を鼻から吹き出したものである。

 

 セキが自分の異常を自覚したのは六歳の時だ。これが早いのか遅いのかは分からないが、とにかくセキは六歳の時分に自身の異常に気が付いた。

 

 頭の中に巣食う過去の記憶。

 

 日本という国で生きていた頃の体験したことのない思い出、経験した筈のない技術、覚えのない世界地図、学んでいないのに知っている知識。人間一人一生分の記憶が幼児の頭蓋に詰まっている、その中にはポケモンを題材としたゲームやアニメの記憶もあった。

 

 有り得ないことだろう。所謂前世の記憶とかいうものかもしれないが、その記憶の主が本当にセキの前世なのかどうかなど確かめようがない。歴史も地名も全く違うのだ。恐らくは世界そのものが違う。

 折角覚えていても土台が違えば無用の長物。ただ生まれつきぼんやりともう一人の自分の記憶があるというだけではセキに恩恵を齎す効果は無く、セキが己をモブの如き一般人に括るのも至極当然の流れであった。

 

 ……これがもし、過去の自分が英雄だとか偉人だとか、そこまで凄くなくてもまともに働く立派な社会人であったのならば、ちょっとくらいは歳に見合わぬ才覚を示す事もできただろう。

 だが残念なことに、セキの記憶の中で自分は二十七歳の無職フリーター。

 碌に人生経験も積まず、働きたくないけどお金を稼がなければそろそろ両親に将来を危ぶまれちゃうという理由で就活を開始した駄目人間。

 

 現在のセキもかなりの怠け者だが、更に輪をかけた過去の社会不適合っぷりに我がことながら泣きたくなった少年はこれらの記憶の隠匿を固く誓ったのだ。

 そして同時に一つの標を抱いた。

 

「僕は絶対フリーターにはならない!」

 

 手に職をつけ安定した貯蓄人生を歩んでやる!

 

 こうしてセキは、ポケモンチャンピオンに憧れる幼馴染たちの隣でトレーナーの受給率について検索する子供となった。

 

 

「遅いぞセキ!」

 

「君の遅刻癖はいつまでたっても治らないね」

 

 オ―キド研究所に向かうと二人の幼馴染が既に顔を揃えていた。

 苛立ちを隠しもせずに第一声から怒鳴るツンツン頭のイケメンと、気障ったらしい優等生口調で嫌味を言ってくるツンツン頭のイケメン。前者がリョクで後者がシゲル。セキと同い年の、生まれた頃からほぼ毎日を一緒に過ごしている幼馴染である。

 どちらもツンツン頭で顔立ちもよく似ているが、よく眉間に皺を寄せて苛々している方がリョクで、すかした面でよく女の子を周りに侍らせているのがシゲルと案外分かり易い。

 

「怒るなよ。五分も遅れてないだろ」

 

 人を待たせておきながら歩調を一切変えないセキの態度に二人は肩を竦める。

 

「起してやったのに寧ろどうやって遅れるんだよ、お前は」

 

「セキも来たし早く中に入ろう。お爺様をお待たせしてせっかくのチャンスを逃すわけにはいかない」

 

 シゲルの後ろに続いてオ―キド研究所の門を潜る。サトシだけ来ていないが、別に不思議ではない。

 オ―キド博士から本日の許可をもぎ取ったのはシゲルだ。大方、シゲルはいつもの嫌がらせの一環でサトシだけ誘いをかけなかったのだろう。シゲルとサトシはやたらと互いをライバル視しているせいで非常に仲が悪いのだ。

 セキが一人除け者にされた幼馴染に胸の内でエールを送っている間にオ―キド博士とシゲルたちが何やら喋っていた。

 

「おお! シゲル、リョク、よく来たな。セキも一緒か。お前さんたちは相変わらず仲がいいのう」

 

「こんにちはお爺様。今日は貴重な機会をありがとうございます」

 

「爺ちゃん久しぶり」

 

「ナナミは元気にしておるか?」

 

「元気だぜ。大学のレポートが一段落ついたとかで数日振りに隈が消えたよ」

 

 博士の孫であるシゲルは勿論、親しげな挨拶を交わすオ―キド博士とリョクも一応親戚にあたる。オ―キド博士の甥の息子がリョクなのだそうだ。

 リョクの両親は海外で仕事をしているため家に居ることは滅多にない。まだ乳幼児だったリョクは姉のナナミさんと共にマサラタウンの実家に置き去りにされ、たまたま隣家に住んでいたセキの母親が生まれたばかりの息子と一緒に面倒をみた。

 その所為なのかリョクはオ―キド一家よりもセキの家族と親しく、姉の美容に気を遣うシスコンフェミニストに育った。

 

「こんにちはオ―キド博士。シゲルに誘ってもらったけど、僕たちも裏庭に入っていいんですか?」

 

「うむ。最初はシゲルにトレーナーの下積み修行として頼まれ許可を出したが、お前さんたちもあと半年ちょっとで旅立ちじゃ。ポケモンの生態に触れておくのも必要だと思ってのう」

 

「ありがとうございます」

 

「その代わり手抜きは絶対に許さんぞ。此処の裏庭には研究用のポケモン以外にもトレーナーから預かっとるポケモンや野生のポケモンたちが生活しておる。彼らの世話をするにも触れ合い方ひとつで命を落とす危険性があることを忘れるな」

 

 オ―キド博士の真剣な言葉にシゲルとリョクも真面目な表情で頷く。

 

「宜しくお願いします、お爺様」

 

「怪我が怖くてトレーナー志望できるかよ」

 

 二人の覚悟に博士は満足げな微笑みで早速裏庭へと三人を連れ出した。

 

(僕はまだ何も言ってないんだけどなあ……)

 

 博士たちはセキの覚悟表明を待たずして彼等は裏庭へと歩き出す。

 釈然としないが高揚する彼等に水を差すのも悪いので黙ってついて行く。出来るならこのまま家に帰りたい。庭の隣に広がる原生林を眺めてセキは溜め息を吐いた。

 

 オ―キド博士の先導で一通り裏庭を歩いて回りポケモンたちのチェックを行っていく。怪我の有無や病気の兆候を調べる基本的な項目から始まって、縄張りの確認や池の水質調査など次から次へとやることが山積みに出てくる。見る物聞く物初めてばかりのセキ達は失敗の連続。

 最初はポケモンたちを間近で見る度に目を輝かせていたリョクとシゲルも途中からは疲れてきたのか反応が乏しくなっていた。それでもオ―キド博士に言われたとおり手を抜かず丁寧に一匹一匹を看ていたのは素直に凄い。

 

 ポケモンとの触れ合いに一番引け腰だったのはセキだった。

 考えてもみてほしい。素人が動物園の檻の中に入って何が出来る。結局セキは性格の大人しい小粒サイズのポケモン達ばかりを選び、やんちゃな奴や大型サイズはシゲル達にさりげなく押し付けオ―キド博士の目を誤魔化した。

 それでも二ドランに手を噛み千切られかけたりナゾノクサの痺れ粉を吸い込んで麻痺痙攣をおこし危うく酸欠死するところだったが。

 

「よしよし、今日はこれで終わりにしよう。よく頑張ったな」

 

 終了を告げられた瞬間、思わず三人の口から安堵の声が漏れる。日が暮れるまで慣れないポケモンたちの世話に奮闘した結果、研究所に戻った時には三人ともすっかり疲れ果ててまともに歩くことも出来ない状態だった。

 

「明日も頼むぞ」

 

博士の最後の一言を聞いて三人は床に崩れ落ちる。一日じゃないとか、解せぬ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。