オ―キド研究所に通い始めて二ヶ月が経った。
最初の三日が過ぎてからは早朝五時集合、夜七帰宅の繰り返し。夕食は家で、朝食と昼食は自炊訓練も兼ねて各自食材を調達のうえ研究所裏庭で調理しているのだがこれが中々難しい。野草を見分けるのも木の実の採取も自分達の知識だけでは到底無理。研究所のポケモンたちの協力でこなせるようにはなったが、慣れない内はポケモンとの意思疎通も出来ず四苦八苦。
オニスズメに頭蓋骨に穴を空けられそうになったり、パラセクトに毒をくらっては死にかけ、ポニータの後ろ足で助骨をやられた。
流血沙汰の毎日に気が休まる暇もなく、骨折・切傷・火傷・凍傷は当り前。包帯・薬草・救命道具がポケットの常備品。全員が鬼気迫る勢いで一時救命処置を学んだお蔭で心肺蘇生法・AEDの使い方も完璧にマスターした。
あれ? ポケモンってこんなに凶悪だっけ?
毎日の疲労でふらつくセキを尻目にどんどん環境に適応していく二人の幼馴染を見ていると、生まれてくる世界を間違えたような気がして悲しくなってくる。
「トレーナー志望、やめようかな……」
素手でイワークを取り押さえるリョクの勇姿からそっと目を逸らすと、岩陰で蠢くピンク色が見えた。
「なんだ?」
静かに近付いて覗き込む。岩と岩に挟まれて動けなくなっている小さなポケモンがいた。
ピンク色の体。スマートな二頭身フォルムに長い尻尾。短い手をばたつかせてもがいているその姿は、幻のポケモン――……
「ミュウ!?」
驚き過ぎて思わず声が出た。
咄嗟に口を覆って後方を窺うが二人に気付かれた様子はない。安心して視線を戻すと、つぶらな青い瞳と目が合った。
じっと嫌な汗が流れる。何せ相手は幻のポケモンだ、下手なことをして恨みでも買えば大惨事が起こる可能性もある。リアルなポケモンは知能が高くけっこう凶暴だとここ数カ月で身を持って学んでいる。
(落ち着け、要は手を出さなければいいだけだ。こちらに敵意がないことを理解してもらえれば切り抜けられる)
ミュウの警戒を刺激しないようにゆっくり後退して遠ざかれば……、そこまで考えて、もう一度ミュウの全体像が目に入る。
イワークが暴れていた時に巻き込まれたのか体の半分ほどを岩に挟まれて尻尾の一部は下敷きになっている。この様子では恐らく怪我もしているのだろう。ミュウならば放っておいても自力で抜け出せると思うが、このまま見て見ぬ振りをするにはどうにも後味が悪い。
一瞬の葛藤の末、セキは手を伸ばした。
「頼むから暴れるなよー」
小声で呼びかけながら小岩を退かしていき、ミュウの尻尾に乗っている岩を全力で持ち上げる。
「ぃぃよいしょおっ!!」
持ち上がった隙間からするりと抜け出したミュウは、ふよふよ空中に浮かびながら不思議そうにセキを見つめる。案の定ミュウの足と尻尾には血が滲んでいた。
「あー…やっぱり怪我してたか」
「ミュ?」
「薬箱持ってるのはシゲルなんだよな」
「ミュミュウ?」
セキの独り言にミュウが小首を傾げる。ノリがいい。意外と人懐こい性格なのか。
「悪い、手持ちこれしかないんだよ。これで勘弁してくれ」
上着のポケットから取り出した自分用の薬草をハンカチでミュウの尻尾に巻きつける。
「今度から気をつけろよ」
軽く手を振ってミュウに背を向ける。研究所に連れて行ってちゃんと手当するべきかと悩んだが、博士たちにミュウを見られたら面倒なことになりそうだ。さっさとこの場を離れるのが一番だろう。
(よし! 厄介な事態は回避できた!)
胸を撫で下ろし上機嫌で幼馴染の元に戻ると二人はイワークと他十数頭の岩ポケモン達の相手をずっとしていたらしく、一人だけサボるなと散々説教される羽目に遭った。解せぬ。